恋人達に、幸あれ!!
St. Valentine's Day【他校生編】
「付き合って下さい!」
すっと礼をされて、頭を下げられてそう言われても…俺は困るだけだ。
「残念だが、俺には彼女が居る」
そう言って、彼女が差し出した品物を小さな声で謝罪しながらも返却する。
俺は、あまり甘い物は好まない…俺の事が好きだというのならば、もう少し好みくらい知っておいてほしいものだ。
……まあ、良く知らない人間が自分の好みを知っていたら、それはそれで怖いが。
世間はバレンタインデーと言う事で、どこか浮足立った雰囲気のある校内を歩きつつ、俺は小さく溜息を吐く。
ポケットの中に入れている携帯を取り出す。
新着メールは無い、コチラから送ろうにも…何を書いていいのか分からない。
『何をしている?』
結局、その一文以上に何を書けばいいか分からず、そしてこの質問に関しても、大体の答えは想像できるので、別段聞きたいと思っているわけでもない。
日曜だというのに、俺の学校は今日も休みは無い。
私立高校の特進コース、そのカリキュラムの中で組まれた特別授業があるからだ。
そこまで勉強しなければならない理由というは、将来の進学の為・または就職の為だ、と言われているのだが……。
自由を奪い取って、ただ我武者羅に知識を植えつけられた人間というのは、本当に社会で役に立つのか…そこに所属する人間としては、こんな事を考えてはいけないんだろうけれども、時々それを疑問に思う。
「はぁ……」
有意義に時間を過ごせていない、そう思うのにそこから抜け出せないというのは…何とも言えずもどかしい。
今日の授業は、昼までだ。
これが終われば、会いに行ける。
結局、打ち終わったメールは送られず、何通目になるか分からないが、俺の指先一つで削除される事になった。
放課後、解放感の漂う教室を急いで抜けて学校を出る。
メールの着信を見ると、一通の新着メール。
『もう学校終った?お昼ご飯まだ食べてないんだけど、スコールもまだ食べてないなら…良かったらお前の分も作ろうか?』
そんな気が利く恋人に、嬉しく思いながら『すまない、頼む』と、謝罪の言葉と一緒にお願いすれば『簡単なモノになるけど、ゴメンな』と、逆に謝られてしまった。
簡単だろうと、作ってくれるだけで嬉しい。
『ありがとう』という、感謝の気持ちを込めた一言を打ちこんで、急いで送信する。
彼の住むアパートのドアの前、深呼吸してから呼び鈴を押す。
別に、ここには今までに何度も足を運んでいるけれど、彼が開けてくれるまでは今も緊張する。
内側から響く小さな足音と、呼び鈴に返事する「はーい」という声。
ガチャリというドアの開く音と一緒に、俺の姿を見てニッコリと笑ってくれる恋人の笑顔。
「いらっしゃい、スコール」
そう言って迎えてくれた青年に、俺は「お邪魔します」と言ってから上がり、彼にまた律儀だと苦笑いされる。
「俺しか居ないんだから、もっと気楽にしてくれて構わないんだぞ」
「そうは言っても、俺の家じゃない」
そう返答する俺を彼は真面目だと言うが…アンタだって、俺に劣らずに真面目な人間じゃないか、と毎回言い返したくなる。
今までに、そう言い返した事は一度もないが……。
「急に作ったから、大したものじゃないけど」
そう言って彼が出してくれたのは、色どりの綺麗なパスタと野菜のスープ。
……急に作ったと、言っていなかっただろうか?
その割には、手が凝っているように見えるのだが…。
そう指摘すると、彼は恥ずかしそうにそれを否定する。
「パスタなんて茹でて材料と絡めるだけだし、スープもコンソメ入れて煮ただけだからさ…本当に簡単なんだ」
恥ずかしそうに笑ってそう言うからには、本当なのだろう。
俺自身は料理はほとんどできないので、彼の“簡単”という言葉はどうにも信用できない。
こうやって何でもこなせてしまうのは、料理好きで家庭的なこの青年だからこそなのだろう。
「いただきます」
「召し上がれ」
両手を合わせてそう言う俺を、彼は少し緊張した面持ちで見つめる。
そんなに見つめられると、食べにくいんだが…そんな事は言わずに、彼の料理を一口…。
「美味しい」
「本当に?」
「ああ」
頷く俺を見て、彼は安堵の溜息を吐くと、ようやく自分の皿に手を付ける。
そういうどこか女性的というか、可愛らしい部分があるこの青年と知り合ったのは本当に偶然の事だ。
ウチの学校の野球部が他校との交流試合に行く時に、何故が自分は連れて行かれた。
助っ人として色々な部に参加している友人に、無理矢理連れて行かされたのだが…それが良かったのだ。
試合の盛り上がる中、あまり騒がしい場所が苦手な俺はコッソリとそこを抜け出し、適当に中を歩いていた。
そして、行き着いた先が彼が所属する弓道部の練習場。
土曜で、練習も終わった後だったらしく残っていたのも自主練をする彼一人だけだった。
正直に言うと……俺はその時、彼に見惚れた。
集中した横顔に、凛とした佇まい。
何より、その身に纏う静かでどこか厳かな雰囲気。
どこか近寄りがたい気さえもする、その姿が…酷く、綺麗だった。
ピンと張った弓から放たれる力強い矢は、風を切るように真っ直ぐに飛び、的へと当たった。
凄いモノだな……と関心する俺の方へ、顔を上げた彼の視線が向く。
「ぁっ……」
「何か用、かな?」
自分の使っていた弓を片手に、俺の方へと近づいてくる青年に言葉の少ない俺は、更に言葉に詰まる。
「その制服は…今日、野球部は交流試合だったもんな。もしかして迷った?」
「…いや……」
さっきまでのどこか近寄りがたい雰囲気は一体どこへ行ったのか、人に好かれそうな輝く笑顔を俺に向ける青年。
「邪魔をして、すまない……ただ、騒がしい場所は苦手なんだ」
「プッ…何だよソレ、確かにここは静かだけど、だからって何もないぞ」
どうやら、俺の返答がおかしかったようで、笑ってそう言う青年に俺は首を振る。
「アンタが居る、な」
「ハハハ、確かにその通りだ」
真剣な表情と違い、そうやっておかしそうに笑う彼の表情は、それはそれでどこか幼く可愛いい。
「俺はフリオニールっていうんだ」
ひとしきり笑った後、彼は俺に向けてそう名乗った。
「スコール、だ」
控えめにそう名乗った俺を手招きし、「良かったら見学して行くか?」とそう聞いてくれた青年は、俺を弓道場へと入れてくれた。
それからだ、こうやって度々会うようになったのは。
「学校があるなら、無理に来なくても良かったのに…」
食事中、俺にそう言うフリオニールに…迷惑だったか?とそう尋ねる。
「いや、誘ったのは俺の方だし、別に迷惑なわけじゃないんだけどさ…お前の方こそ、予定が詰まってるんじゃないのか?
進学校だから、勉強とか大変なんだろ?
俺が会いたいって言ったからって、無理に来なくてもいいんだぞ」
控えめにそう言う相手に、ゆるゆると俺は首を振る。
「俺も会いたかった」
「そっか……嬉しいよ」
ニッコリと笑うフリオニールに、俺は嬉しくなる。
相変わらず、彼の笑顔は可愛い。
俺とは違い、表情豊かな恋人。
その横顔を見ていると、俺自身もどこか表情が緩んでくるらしい。
意識しているわけではない、自然な動きであって…俺自身も気付いていない。
それを指摘したのは、他ならぬこの恋人。
「スコールってさ、優しい表情してるよな」
「……そうか?」
無表情だとよく言われる俺に、そんな事を言ったのは彼が初めてだった。
「ああ、なんか大人っぽくて綺麗な笑顔だ」
彼がそう言うなら、その通りなんだろう。
それが本当ならば…俺は、きっと彼の前ではその“優しい”と称される表情をしているのだろう。
「スコール」
「何だ?」
「ん…何かお前、幸せそうだから」
どうしたのかと思った、とそう言う相手に「お前のお陰だ」とそう返答すれば、不思議そうに首を傾けつつも「そうか」と笑って言ってくれる。
多分、彼は距離感の取り方が上手いのだ。
この年頃に多い、慣れ慣れしいタイプでもなく、かといって俺のように人との接触が苦手なわけでもない。
他人との居心地の良い距離感の取り方を、心得ている。
近すぎず、遠すぎない…そんな微妙な距離感を知っているのだ。
弓道を行う彼は、“距離を測る”という行為には慣れているのかもしれない。
…意味が、違うかもしれないけれど。
「ご馳走様」
「お粗末様です」
礼儀作法に気を使い、手を合わせてそう言えば彼もそれに答えてくれる。
食器を下げるのを手伝い、後片付けくらいはできると彼と一緒に流しに立つ。
「エプロン、いる?」
上着を脱ぎ、袖をまくる俺にそう尋ねるフリオニール。
「いや、大丈夫」
「そうか?制服汚さないように気をつけろよ」
そう言う彼は、愛用している青いエプロンを付けながら俺の隣りに立つ。
家庭科の実習以外で、ほとんんど行った事のない皿洗いを慣れない手つきで手伝いつつ、彼はそんな俺を見て笑う。
「苦手ならわざわざしなくてもいいぞ」
心配するようにそう言う相手に、俺は首を横に振る。
「大丈夫だ」
「本当に?」
「大丈夫だ!」
再度尋ねる彼に強く言い返すと、苦笑いして手伝う俺の手元を眺める。
「スコールは、甘い物嫌いだったよな?」
泡を洗い流す水の音に混じって、彼がそう言うので首を傾ける。
「苦手だが、食べれないわけじゃない」
「そっか……」
今日の日付と彼の質問…。
なんとなく、答えが予想できた。
「バレンタインデー…だったな」
その一言を口にすると、彼は重苦しい溜息を吐いた。
「はぁ……やっぱり、迷惑か?」
彼の表情が一気に暗くなったのを見て、俺は首を振る。
彼が『会いたい』とメールをくれた理由は、もしかしなくともこの為か…。
そういうイベント事を、彼が気にしてくれるそういうだけで嬉しくなる。
恋愛に奥手である彼が、恋人のイベントを意識してくれているなんて……。
洗い物を終えて、リビングの元の椅子に座る俺。
キッチンではフリオニールが飲み物を淹れるから、と言って何か作業をしている。
「はい」
俺の前に熱い湯気の上がるコーヒーカップと、皿に乗ったケーキが差しだされる。
「作った、のか?」
「一応な……そんなに甘くはないと、思うんだけど…」
自信なさそうにそう言う彼の、緊張した面持ちは、さっきの手料理の時以上のものだ。
黒いコーヒーには砂糖もミルクも添えられていない、俺がブラックしか飲まないのを、良く知ってるからだ。
フォークを取り上げて、普段はあまり食べないケーキを口に運ぶ。
口の中に広がる、甘過ぎないケーキの味に本当に、俺の好みを考えてくれたんだろうな、と思う。
「美味しい」
「……本当に?」
素直に口にした感想だったが、疑いの目で見る相手に「本当だ」と強い口調で言う。
「本当だよな?」
「本当だ!」
さっきの二の舞になってしまっている事に気付いたのか、彼がフッと笑う。
そうやって彼を見て、俺も笑顔になる。
多分、自然に零れた笑顔。
「相変わらず、料理上手だな」
「そうでもないぞ、簡単な物しか作れないし」
そう否定するものの、その頬が少し赤く染まって、表情もさっきよりも輝いているのを見て、内心では嬉しいんだろうと思う。
じっとその表情を見つめ続けていると、彼は不思議そうに首を傾ける。
「どうかした?」
「……いや」
見惚れていたとは言えず、微妙にお茶を濁した言い方をする。
そしたら、彼は微笑んで俺の隣りへと移動する。
彼の持って来たカップの中には紅茶だった、そういえば、彼は紅茶しか飲まなかったな……。
俺の為に、用意してくれたのか…?
何も言わずとも、好みを理解してくれている…という事か?
どこか通じているようで、嬉しい。
「偶にはさ……こういう事しても、いいかな?って思ったんだ」
ぽつぽつと俯きがちにそう言う彼の方を見れば、首筋まで赤く染まっている。
そんな彼の頭を、優しく撫でる。
いや、優しいと思っているのは俺だけで、実際の自分の手つきがぎこちない事は分かっている。
洗い物にしても、人と接する時にしても…自分が不器用である事は、自分が一番よく知っている。
「ありがとう」
不器用な自分なりに、そう言葉にしてみれば彼は優しく微笑んでくれる。
そんな彼を自分の方へと抱き寄せる。
偶には、もう少し近付きたいと思っても……別に、罰は当たらないだろう?
こんな日くらいは……。
バレンタイン特集、第五段、スコール×フリオバージョン。
バレンタイン小説は基本的に攻めキャラに何か役職名的なものを与えていますが……そんな中、スコールだけが凄く決め難かったのです。
色々考えた結果、結局“他校生”とかいう、微妙な役職についていただきました。
スコフリは、二人共が奥手で見ている方がイライラしてくるような、そんな不器用な恋愛してればいいと思っています。
フリオが弓道部だったのも、管理人の趣味です…袴いいよ袴、という主張です。
2010/2/16