人を想うというのは、簡単だが難しい
その気持ちを言葉にするのは、もっと難しい
剛毅朴訥
「フリオ!腹減ったッス!!」
「分かった!分かったから離れろティーダ!!」
腹が減って抱きつく必要が一体どこにあるのか?そんな疑問を抱く俺の前で、ティーダはフリオニールに回した腕を離そうとしない。
ジタンに言わせると、アレが“年相応”な振る舞いなんだそうだ。
しかし、人には元々の性格というものがあり、それと年齢による成長をかけ合わせて考えるべきではない。
そうではないだろうか?
「そういうお前は、ちょっと控えめなんだよ」
その時ジタンはそう言ったが、それはどこまで正解なんだろうか?
正解も何も無いんだろうけれど。
空腹だ!と騒ぐティーダを引っぺがして、フリオニールは食事を作りに向かう。
いつもの光景だ、いつもの……。
その光景に、俺は嫉妬している……?
彼の笑顔は確かに綺麗だ。
女性の妖艶さとは違う、作りものめいた大人らしさもない、純粋に心から“笑いたい”と思っているから、あんなに綺麗に笑えるんじゃないだろうか?と思う。
それは俺の勝手な想像でしかない。
だが、あながち間違いでもないだろう、きっと……。
その笑顔が、俺以外の誰かに向けられている…そういう当たり前と言えば当たり前の状況に、自分は嫉妬している。
俺では、それを独り占めできないからだ。
羨ましいというのなら、彼の隣りに立てばいい、そう言われても仕方ないだろう。
だが、そうは簡単にいかない。
彼に近付くのをどこかで恐れている。
近付き難い、良い意味で。
自分が隣に立っても良いものか、そんな事を考えてしまうのだ。
ジタンに言わせれば、「もっと自分に自信を持て!」と言うんだろうが、そう簡単に自信なんて持てるものか?
待ってるだけじゃ、何も進展は無いのは分かっているんだがな…。
自分の感情を表に出すのが得意なアイツと、俺は全く種類の違う人間だ。
自分を卑下している訳ではなく、これが事実だ。
そう思って、もうすっかり癖になってしまった溜息が、自然と零れ落ちた。
「当たれ」
強い意志を持って放たれた矢を退けて、相手の方を睨む。
ガンブレードでも、魔法攻撃でも自分からは少し距離が遠い…もう少し近付かなければ何もできない。
しかし、迂闊に近付けば彼のアックスなりナイフなりが飛んで来るのは目に見えている、相手の出方を伺いつつ徐々に距離を詰めるより他ない。
そう考えていた俺の下へ、今度は氷塊が飛んでくる…それを腕で跳ねのけて、一気に距離を詰める。
相手の急所を先に取った方の勝利……鎧等で防御されていない部分への攻撃は禁止。
あくまでも、お互いの技の修練の為に行う手合わせだ、怪我でもしたら元も子もない。
ガンブレードの射程範囲内に相手を捕らえ、引き金に指をかける。
円の淵から脱出する相手の、思っていた以上に軽やかな動き。
アレだけの武器を装備しておきながら、よくそんな動きが出来るな…と毎度の事ながら関心する。
次の動作へ移ろうとした俺の視線と、空中の彼の視線が一瞬交差する。
真剣な眼差し、金色の……輝く瞳。
その瞳の美しさに、一時だけ、見惚れる。
目が合ったのはほんの僅かな時間だ、だがその僅かの時間は俺の次の動作を一秒遅らせるのには充分だった。
その一秒は勝負を決するのにもまた、充分な時間。
「勝負、あったな……」
俺の首筋に宛てられた相手の赤い血の色の様な剣の、冷たい感触を感じ俺も降参を示す。
「さっき、どうかしたか?一瞬判断が遅れたみたいだけど」
「…大丈夫だ」
どこか捻ったか?と本気で心配するフリオニールに、俺は首を横に振って答える。
アンタの目に見惚れた等と、正直に告白できるハズが無い。
そして、そんな気の抜けた事を言っていて、本当の闘いで自分は大丈夫なのか?
どうやら、己のツメの甘さを律する必要がありそうだ。
「本当に、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ!」
語気を強めてそう答えると、彼は口をつぐむ。
その驚いた表情に、俺は直ぐに自分の態度を反省する。
「……すまない」
「えっ、何が?」
「…………多少、気が立ってるみたいで…言葉が荒かった」
自分の反省を言葉にすると、彼は微笑んで「そんな事気にするなよ」と言ってくれた。
だが、気にするな…と言われても無理だ。
自分には言葉が足りない、常々それはよく思っていた。
考えていない訳ではない、筋道を立てて論じるのは得意かもしれない、ただ…それを口にしようとした時に、どうしても言葉になり難い。
特に、人を想う時に…どう声をかけていいか分からない。
自分自身でも、時々酷く嫌になる。
「とりあえず、帰ろうか?」
そう言うフリオニールに、俺は無言で頷き彼の一歩後ろを歩いていく。
「二人共お疲れ様」
野営地に帰って来た俺とフリオニールを見て、迎えてくれたセシルがそう言った。
「結構長い時間修行してたみたいだけど、二人共、怪我とかしてない?」
「ああ、大丈夫だよ…なぁ?」
振り返って尋ねる彼に、無言で頷く。
「まだ皆は戻ってないのか?」
「うん、まだ日も高いからね…お腹が空いたら戻って来るんじゃないかな?」
「おいおい、皆そんなに子供じゃないって、なぁスコール?」
話を振られても、残念ながら首を縦に触れない。
昨日、帰って来た瞬間に腹が減ったと言って抱きついていたのは、俺と同世代の少年だ。
セシルもそれを思い出したのかは知らないが、隣でクスクスと笑っている。
「帰って来る子が居るんだよ、君の料理が食べたくてね」
「ティーダの事か?アイツは食欲の塊みたいなものだからな…」
「いいじゃない、まだまだ君達は成長期でしょ?食欲旺盛な方がずっといいよ」
君達…という事は、実年齢よりも上に見えようとも、間違いなく俺もフリオニールもその中に含まれているという事か?
「はぁ……じゃあ、アイツ等が帰って来るまでに夕飯の準備でもしようかな?」
小さく溜息を吐いてそう言って、持っていた武器や装備を解きに向かう彼の後ろ姿を眺めていると、セシルがまたクスクスと笑った。
その笑い声を疑問に思うと、騎士は俺にふわりと柔らかい笑顔を向ける。
「君も、彼が好きなんだね?」
「…………」
唐突にそう言われ、言葉に詰まる。
何て答えるべきか思考する俺に、彼は笑顔で続ける。
「分かるよ、君よりも多少は長く生きてるからね…そういう感情も、僕は知ってる」
分かっている、彼は俺よりも大人だ。
態度も性格もずっと、俺よりも落ち着いている。
大人っぽく見えるんじゃない、大人なんだ。
その違いは、歴然としている。
「フリオニールは、凄く魅力的な人だからね」
「…………」
「あっ!安心してよ、僕はただ仲間としてそう思うだけだからさ」
落ち着いた声でそう話す彼の目を見る。
「ジタンは君の味方みたいだけど、それは君に頑張って欲しいからでしょ?」
「気付いてたのか?」
「聞こえちゃったんだ、君とジタンの会話が」
会話というか、アイツが一方的に喋っていたんじゃないだろうか?
アイツが俺に気を掛けてくれているのは嬉しいが、その気の利かせ方で初めて迷惑を被ってしまった。
まあ、相手がこの騎士である以上は…大丈夫だとは思うが……。
「人を好きになるのは自由だけど、それで身を滅ぼさない様に…それだけ注意してね」
「分かってる」
「そう……じゃあ、お邪魔そうだから僕はちょっとこの辺でも歩いてくるよ、彼には…そうだな、散策に行ったみたいな事を言っておいて」
「…………分かった」
「うん、じゃあね」
夕飯までには帰って来るよ、という彼の台詞を聞いて溜息。
本当に、溜息は癖だ。
武器を下し、あの着脱し難そうな鎧を外した彼は、ゆくりと背伸びをする。
片手にはエプロン、彼の愛用の品だ。
「あっ、スコール…セシルは?」
「散策に行ってくるそうだ」
「そっか、一日ここに居ると疲れたのかな?」
彼からの言い訳をそのまま適応したものの、フリオニールは疑う事をしないようだ。
それはそれで罪悪感がある、しかし嘘という訳でもない。
まさか説明する訳にもいかないし、セシルは本当に森の方へと歩いて行ってしまったのだから…間違いではないハズなのだ。
無駄だとは理解しているが、自分へ向けてそう弁明し俺は溜息を吐く。
「溜息を吐くと、幸せが逃げるらしいぞ」
ティーダが前にそう言ってたと、そう言う彼。
それは別に、立証されている訳でもないだろう?
まあ、彼が別の仲間を引き合いに出してきている時点で、俺の気分は少し落ちる。
「この程度で逃げる幸せ、大した価値は無い」
素直ではない物言いでそう返してみると、「そうだな、俺も同じ事思った」と、俺の返答に共感できたのか、彼は顔を綻ばせてそう答えた。
予想外の反応。
同じ事を思った、そんな小さな共通した考えに笑顔を付けて返してくれる彼に、俺は今凄く嬉しかった。
「もう、夕飯の準備するのか?」
エプロンを付けている彼を見てそう尋ねる。
「ああ、ちょっと早いけどな…セシルにお腹を好かせた食欲旺盛な奴等が帰って来るって言われたからさ」
奴等…まあ、確かに食べ盛りが多いな。
「…………手伝おうか?」
「えっ…いいのか?」
驚いた様に俺を見つめ返して、問いかけるフリオニールに俺は頷く。
「どうせ、する事もない」
どういう訳か、自分の口に自然と登って来た言葉を、自分でも不思議に思いつつ俺は彼の隣りに立つ。
料理なんて、ほとんどした事無いんだが……なんとかなるものだろうか?
「スコールってさ……以外と、不器用なんだな」
「…………煩い」
野菜の皮剥きに苦労している俺を見て、フリオニールは笑う。
不器用なのは自分の口だけで充分だというのに、手袋を外し包丁を持った俺の手は、俺の意思に反して中々思うように作業をこなしてはくれない。
むしろ、アンタが器用すぎるんじゃなのか?そう言いたくなる位に、彼はするすると作業をこなしていく。
毎日やっていれば慣れる、と彼は言うが…初めて会った時から既に彼は立派に家事をこなしていたと記憶している。
1歳しか離れていないハズなのに、育ってきた環境の違いという事なんだろうか?
技術というのは、身につける必要に駆られると自然と上達するものなのだ。
彼には、こういう事をする必要があった…そのお陰で、今俺達はかなり助かっているわけなのだが……。
「そういう風の吹き回しなんだ?急に手伝ってくれるなんて」
「ただ、何となくだ……迷惑だったか?」
不安になってそう尋ねると、彼は慌てて首を振る。
「迷惑とかじゃなくて、なんだか珍しいなと思ってさ……なんか嬉しかったから」
照れた様に頬を染めてそう言うフリオニール。
鍛錬の時とは違う、優しく愛らしい表情に目を奪われる。
「!!…っ」
「あっ、大丈夫か?」
相手の表情の変化に気を取られ、うっかりと自分の指を傷つけてしまった。
自分の指を見れば、ジワリと傷つけた指から赤い血が滲み出してきている。
手にしていた包丁を置き、剥きかけの野菜は隣りのフリオニールが取り上げる。
「そんなに深くなさそうだな、良かった……」
俺の指を見てそう話すフリオニール。
傷の具合を見る為に触れ合っている自分と彼の手、自分とは違う暖かな手の感覚にどうしていいか迷う。
大丈夫だから…と言って、彼の手から逃れようか否か逡巡していた俺の目の前。
フリオニールはゆっくりと、俺の指に唇を付けた。
「ぁっ……」
傷の上を舌が撫でて行く、痛い様な、こそばゆい様な感触。
目の前で起こっている出来事を、頭の中でどう処理すべきなのか…今、俺の脳内は完全に活動を止め、一切働いていない。
「血、止まったみたいだな…小さい傷だから大丈夫だとは思うけど、雑菌入ってたらいけないから洗って消毒した方が……って、スコール?」
ようやく口を離してくれたフリオニールは、俺を見て首を傾けただろう。
実際、俺は彼の表情を見ていない、そんなものを見ている余裕なんてない。
その場に蹲って、高鳴り続ける自分の心臓をなんとか落ち着けようと必死になる。
「大丈夫かスコール?まだ痛むのか?」
心配そうに声をかける相手に、俺は蹲り地面を凝視したまま首を横に振る。
自分の頭の中をグルグルと巡る様々な何か、感情とかどこかの思考の断片とかに、今見た光景が重なって氾濫し、そして拡散する。
捕らえどころの無い何か、良く分からないものが自分の体内を走っている…一つ分かっているのは、今の自分の表情は決して見せられたものでは無い…という事。
心臓があまりにも活発に働いている為に、体温が上がって真っ赤になっているに違いない、情けない顔の自分なんて…。
「アンタの行動は…時々、心臓に悪い」
なんとか喉の奥からそれだけ絞り出して口にすると、上から「えっ?」という声が落ちて来た。
「ああ…もしかして、嫌だったか?」
「…………」
「あっ、ゴメン!なんか怪我してるの放っておけなくて……」
自分の行動の恥ずかしさに、彼が気付いたのか否かは放っておいて、必死で謝るフリオニール。
「嫌だ、という事じゃなく…その……」
「その…何?」
言いかけて止めた俺の言葉の先を尋ねる相手に、俺は盛大な溜息を吐いて体を起こす。
高鳴っていた心臓は急速に通常の状態へと戻りつつある、無理に落ち着けさせていると言った方が正しいのだが、そんな事はいい。
自分の身に起こった出来事についても、大分飲み込めてきた。
「こういう事には、慣れてない…」
こういう事がどういう事なのか、彼はしばらく考えを巡らせ、自分が取った行動であるとようやく思い至った様で「あっ…あれは別に!!」と頬を真っ赤に染めて俺に訴えかける。
「あの、何か意図してやったとかじゃなくて!!…よく傷は舐めておけば治るって言うだろ?自分が擦り傷とか出来た時とか、よくするから…その、何ていうか?癖っていうのか?それで……つい」
弁明を続ける彼に、俺は無言で首を振る。
「別に、嫌だとは言って無い…ただ、驚いただけだ」
人の無意識というのは恐ろしい、なんだかそう実感させられた。
「そうか……なんか、ゴメン」
別に謝ってほしかった訳ではない、心臓が止まるかと思う位に驚きはしたが、それだって時間が経ってみれば嬉しい出来事だ。
口が裂けても、そんな事は言えないけれども……。
まだじんわりと熱を持つ自分の指先を見て、ふと溜息。
胸の奥に溜まったものを吐きだす様に、溜息は吐く。
それは、人の不幸や遣る瀬無さだけではなく、幸福等によってでも自然と零れる。
「……次は、気を付ける」
「ああ」
ありがとう、と謝辞を述べる彼に俺は無言で頷く。
「大した事は、出来ない」
一拍置いて謙遜でも何でも無い事実を述べると、「その気遣いが嬉しいんだよ」と、彼は笑ってそう言う。
そんな風に、言葉で伝えられる術をもっと持っていればいいのに……。
実際は迷惑かもしれないけれども、彼の笑顔を今、俺は一人で独占できている。
その事実だけで、充分な位に幸せだ。
50,000HIT御礼!!
貴方の御来訪に感謝します
黒い森〜花鳥風月の宴〜 管理人・忍冬葵
50,000HITリクエスト小説完成しました!
chie様のみお持ち帰りOKです!そして、いつ何時でも返品して下さっても構いません……。
リクエストで「スコフリを…」という事でしたが、どうでしたでしょう?
ウチの発展の無い、周囲が見てて歯痒い様な青い関係のスコフリを気に入って頂けてる様で嬉しいです。
最近、ちょっとずつスコフリもメジャーになってきてますからね…良い事です。
剛毅朴訥(ごうきぼくとつ)は、強い意志を持ち・飾り気が無く・口数が少ないこと……という意味だそうです。
個人的にはかなりスコールにピッタリな四字熟語ではないか?と思います。
大した内容がある訳ではないのに、書くのに時間がかなり掛ってしまいました、お待たせして申し訳ないのです。
リクエストありがとうございました!!
2010/4/20