全ての色が、消え去ってしまったかのようだ…
白一色に染まった世界
世界の全てが停止したような、そんな幻想まで抱いてしまう

そんな中…聞こえてくる“声”がある

細氷声音

この歪んだ世界でも、天候というものがあるとは思わなかった…。
地面を覆い隠してしまっている、真っ白な雪を見て彼はそう言った。
雪が降った事ではしゃぐ仲間を余所に、どこか懐かしむような目でその様子を眺めている彼に、この寒い景色を彼はよく知っているのだろうか?とそう尋ねた。

「記憶にはないんだけどさ…なんだかとても懐かしいんだ。だから、きっと…俺は雪の降るような場所で暮らしていたんだろうな」
確かな懐かしさと思い起こせない記憶の先に、彼の瞳が何を捕らえようとしているのか?
どこか遠くを眺める彼の表情は、望郷の念に駆られている。

「今日は、ここにコテージを立てて休もうか」
そうセシルが声をかけられ、彼は現実に戻って来たかのように「手伝うよ」と仲間の方へと駆けて行ってしまった。
彼の歩いて行ってしまった後、遠のいて行く彼の姿を眺めた後、ゆっくりと残した足跡を辿って、私も彼等を手伝いに向かった。


肌を刺すように寒い外気を避けるように、コテージの中で暖を取って過ごす夜。
体が温まるように…と、フリオニールが作った特製シチューに舌鼓を打った後、それぞれが思い思いに過ごしていたのだが…コテージの中でも雪に囲まれている為に寒く、皆一つの部屋に固まっている。
一つの場所に固まっている方が、暖かいからだ。


「いっその事さ、今夜は皆ここで寝ようか?」
「おっ!いいんじゃない?その方が暖かいしな」
バッツの提案に乗っかるジタンだが、その提案に真正面から反対する少年が一人。

「男ばっかりの中に、ティナも混じって寝ろって?」
「ナイト様、登場だよ」
からかうジタンに対し、オニオンナイトは頬を赤らめて「別にそういうのじゃないよ!」と言う。
「男女が同じ部屋っていうのは不味いだろうって、そう言いたいの!」
「でもさ、こんな寒い場所で一人で寝る方が凍えるだろ?」
「そうそう、それにさ皆が寝てる中で何か悪さしようなーんて考えるような馬鹿は居ないだろ?なぁスコール?」
「……そうだな」
彼等の問い掛けに、酷く迷惑そうな顔でそう返答するスコール。
二人がかりで反論されぐうの音も出ない少年に対し、勝機を感じ取ったジタンが問題にされている少女に話を振る。

「ティナはどうなんだ?オレ達と同じ部屋はやっぱり不安?」
「ううん、皆と一緒って…中々ないから、何だか楽しそう」
大所帯で雑魚寝しようとも、少女にはどうやら抵抗はないようで…むしろ、大家族のような雰囲気に心を躍らせている少女の笑顔に、彼女の“ナイト様”は負けた。

「ティナがそう言うなら……別にいいけどさ…」
納得がいかないようだが、しかし少女の希望に反対するつもりはないのだろう少年が、渋々といったようにそう言う。
「心配しなくともさ、ティナの身はお前が守ってやるんだろ?」
「当たり前だろ!!」
赤くなってそう言う少年に、ニヤニヤ笑いのジタンとバッツ。
完全に遊ばれている事に、いい加減に気付けばいいものを…。

「ジタン・バッツ、もうその辺りにしておけよ」
そんな彼等を見かねたのか、フリオニールが溜息交じりにそう声をかける。
彼の人声に「はーい」と言って従う二人。
まるで、本物の家族のやり取りのようだ。

「フリオニールってば、お母さんみたいだね」
どうやら、私と同じ事を思っていたらしセシルがクスクスと笑いながらそんな事を言うと、彼は顔を赤らめて「お母さんはないだろう」と小さな声で否定する。
「えー、でもフリオって何かお母さんみたいな雰囲気持ってるッスよ!料理美味しいし」
「ティーダ…家事が得意なのと、お母さんみたいなのはまた違うと思うよ」
苦笑いしてティーダにそう言い返すセシルだが、その横で剣の手入れをしながら彼等の話を聞いていたクラウドが顔を上げ。
「つまりは、家庭的なんだろ…庶民的と言った方がいいかもしれないが」
完全に彼等の援護に回るクラウドに、彼も疲れたように溜息。

「何だよ、クラウドまでそんな事…」
「別にからかってるわけじゃなくてね。なんていうか、フリオニールって僕達と違って家の仕事に凄く慣れてるでしょ?年齢の割に凄くしっかりしてるしさ、器用に生きて来たんだなって、僕はそう思うよ」
「器用に…って、別にそういう事じゃなくて…必要だったから、身に付いたんだと思うぞ……きっと」
語尾になっていくに連れて、どこか不自然に切れて声が小さくなる彼。
ふと、その瞳の奥が言い知れない深淵を覗きこんでいるように、一瞬暗くなる。

「どうした?フリオニール?」
心配して声をかけると、直ぐに彼は顔を上げて「何でもないんだ」と、首をゆるゆると振る。
その目は何時も通りの澄んだ琥珀ではあったが、その表情に違和感を覚える。
どこか、無理をして表情を取り繕っているような…何かを隠しているような……そんな顔。


一体、どうしたんだろうか?


「さてと、ここで寝るなら寝具運んでこないとな…バッツ、ジタンも言い出したんだし手伝ってくれよ」
そう尋ねようとした瞬間に、彼は立ち上がって奥へと向かう。
「はーい母さん」
「了解だよ母さん」
「だから、母さんじゃない!!」
軽口を叩く二人にそう言い返す姿は、別に何の事はない、普段のフリオニールと同じだ。
私の思い過ごしなのだろうか?
その疑問は心の奥に仕舞って、彼等にからかわれているフリオニールの手伝いに向かう。

「ありがとう、ウォーリア」
抱えた寝具を請け負い、室内へと運び込むのを手伝う私に向けて、彼は笑顔で礼を言う。
影のない、綺麗な笑顔。
やはり、思い過ごしだったのか……と、その時は思った。

その時は……。


消灯後の室内は、酷く静かだった。
誰かの打つ寝返りや、小さな寝息以外には何の音もない。
耳を澄ませていなければ、世界が消えてしまったのではないか…と、そんな錯覚を起こしてしまいそうな中で、ぐっすりと深い眠りに落ちた。
だからだろうか?……夢を見た。
白く、冷たい夢を…。


雪原に立っている。
周囲は何もない、あるのはどこまでも続く白い野原と、突きぬけるような空ばかり。
振り返れば、地面には私が歩いてきた足跡が、遠くから自分の足元まで続いていた。

他には何もない。
ここに居るのは、私だけだ。
ここがどこなのかも分からない。
どこへ行こうとしているのかも、知らない。

とりあえず、歩き出してみる。
行くアテはない、目標になりそうなモノは何も見えないが、とにかく、自分が真っ直ぐだと思っている方向へ向けて歩いて行く。
どれくらい歩いただろうか?
どこまでも変わらなかった景色の中に、ふいに何かを見つけた。
雪の中にあって、太陽光を照りかえす綺麗な銀色。

「フリオニール?」
よく見知った仲間の姿を見つけ、そちらへ向けて歩みを進める。

彼の姿が近くなるにつれ、自信を持ってそれが彼であると分かり、彼へとあと数メートルという所で、その背中へ向けて声をかける。
「フリオニール」
呼びかけてみるものの、彼の元へは届いていないのか彼は振り返らない。
高い空へ向けて虚しく響く彼を呼ぶ声。

「フリオニール、どうしたんだ?」
ようやく彼の元へ辿り着き背中へ向けて名を呼ぶと、彼はようやく私の存在に気づいたようにゆっくりと振り返った。
その、彼の目を見て、震える。
澄んだ琥珀は濁りがない、だが…ガラスを見ているような、冷たく光のない瞳。
感情を全て奪い去ってしまえば、人はこんな表情をするかもしれない…そう思うくらいに、今の彼には何もない。

「フリオ、ニール?」
「声が、聞こえるんだ……」
虚空を見つめる彼が、何の脈絡もなくそう口にする。


だが、周囲には何もない。
どこまでも続く雪原と、青い空と、彼の隣りに立つ私だけ。
そして彼には、隣りに立っている私の存在など眼中にはない。
同じ大地にありながら、別世界に立っているような…そんな感覚さえ覚える。


すっと…彼の頬を涙が伝う。
「フリオニール、どうしたんだ?」
「……俺を、一人にしないで欲しいんだ…」
「フリオニール?」
「ねぇ…置いて行かないで……」
何かへ向けて、そう必死で言う彼の表情が悲しみに歪む。
それに耐えきれず、彼に手を触れた瞬間…周囲の雪と同じように、彼は一瞬で真っ白に染まり砕け散った。

呆然と佇む私の周囲に、砕けてしまった白い欠けらが光を反射してキラキラと舞い上がる。
それは、美しいが優しくはなく…決して、温めてはくれない光。


「君は…何を聞いたんだ?」
そんな私の疑問すら、周囲の雪に溶け込んで消えていってしまう。

何もかも、白く。
白く……消えてゆく。


うなされた、という訳ではなかったのだが…目覚めは良くなかった。
気分が悪いというか、重いというか…とりあえず、普段より幾分早く目が覚めてしまったのは、あの夢の所為なんだろう。
その夢に出て来た仲間の姿を探して、ふと隣に手を伸ばす。
「…?」
パタリと、床の上に落ちた自分の腕に不信感を覚え、ゆっくりと身を起してみると…昨晩、隣で就寝したハズの彼の姿がない。
もぬけの殻となった彼の寝具は、既に冷たくなり始めている。
どこへ行ったのだろうか?
夢の事もあり心配になって、ゆっくりと起き上がると、仲間達を起こさないよう細心の注意を払って部屋から出る。
仲間達の家事を一手に引き受ける彼の事なら、朝食の準備でもしているのかと思ったが、キッチンはガランとしていて人の出入りした形跡はない。
アテが外れて、他の部屋を探そうとした所で、窓に映った景色が気にかかった。

真っ白な雪の中に揺れる、陽の光を反射する銀色。
窓に近付き、手を付いて外を覗きこめば…コテージから少し出た所に立つ、よく見知った人影。
急ぎドアから外に出ると、肌を刺すように冷たい外気が突如として自分に襲いかかって来る。
冷やされた空気に体が震えた後、その先に広がっている景色にようやく気付いた。

吐く息さえも凍り落ちてしまいそうな冷たい空気の中、空から降る、キラキラと輝く欠けら。
雪でも霰でもない…冷たい光を湛えた何か。
風の殆ど感じられない世界で、雪原の中心に佇む仲間の背中。


その姿が…どこか夢の彼と重なって、自分の中に沸き起こる恐怖。


「フリオニール……」
私の呼ぶ声に気付いた彼が、こちらを振り返る。
「おはよう、ウォーリア」
笑顔で挨拶をする彼に、ほっと胸を撫で下す。
その目が、ガラスではなかったからだ。

「何をしているんだ?こんな所で」
新しく積もった雪の上に足跡を残し、彼の元へと向かう。
「ダイヤモンドダストがさ、綺麗だろ?珍しいんだぞ」
降り落ちてくる欠けらを眺めてそう言う彼に、私は何と答えようか迷う。
美しいとは思う…だが、今の私には素直にそれを受け入れられない。


「声が、聞こえてくるんだ…」
隣りに立っていた彼の一言に、背中に冷たいモノが流れた。
夢の中の彼と、同じ台詞。

「ダイヤモンドダストが降ってる中に居るとさ、時々…何か音が聞こえてくるらしいんだ…もう会えない人が何か伝えたくて、生きてる人達に話しかけるなんて話も、あったかな?」
「……誰の声が、聞こえるんだ?」
夢の中で聞けなかった事を、現実の彼に尋ねる。
「ハッキリと何か聞こえるわけじゃないよ、ただそういう話があるだけでさ」
私の問い掛けに、彼は苦笑いしてそう返答する。
そうやって否定するのは、子供の間だけ通じる御伽噺や言い伝えのような、不確かなものだからだろうか?
だけど……。

「君には、聞こえるのか?」
「そうだな…聞こえそうな、気がするかな」
彼が見つめる先に、一体誰の姿を追っているのか……。
会えない人、というのは誰なのか。


『ねぇ…置いて行かないで……』


「死に別れた、大事な人達が…何か伝えたいのかなって思うとさ、動けなくなるんだ」
おかしいだろ?そんな訳ないのに。
そう言って微笑む彼は、私に心配をかけない為だろうか、悲しみを跳ねのけようと、無理矢理その笑顔を作りだしているようで…。
その姿が、酷く痛々しい。


ようやく理解できた。
彼は器用に生きてきたのではない、そうやって生きる事を求められたのだ。
年相応に振る舞う事を奪われた、早々に大人になる事を求められた子供。
何にでも、必死で耐え抜く事だけを覚えてしまったのだ。
誰にもすがらず、誰にも心配をかけさせなければ…それで全てを解決できると、そう思っているのだろうか?

それで、君は救われるのか?


「フリオニール…」
触れてしまえば消えてしまうのではないか、という恐怖から彼に手を伸ばすのを一瞬、躊躇う。
そんな恐怖を振り払い、彼をしっかりとこの腕に抱き締める。
長らく雪の中に立っていたからだろうか?彼の肌は想像以上に冷たい。

「ウォーリア?どうしたんだ」
赤くなった頬は、刺すような寒さからだろうか?
不思議そうに見返す彼に、ゆるゆると首を振る。

「私は、君を置いて行かない」
そう呟く、吐き出される息さえも白い。
体から離れてしまえば、どんどん温度が奪われていく。
「…何?」
冷たく冷えた彼の体が、接している場所だけ少し暖かくなってくる。
人の温度を取り戻している、そう感じられ、彼を抱く腕に更に力を込める。

「一人にはしない、だから…消えないでくれ」
「ウォーリア?どうしたんんだ?」
戸惑ったようにそう言う彼は、私の腕の中でもがく。
恥ずかしそうに身を捩る彼を、決して離したくはない。
今だけは、どうしても。

「夢見が、悪かった」
「夢?」
意外そうにそう言い返す彼に、私はゆっくりと縦に首を振った。

「大丈夫、俺は貴方の側に居るから」
そうやって微笑む君はとても大人びていて、決して、私にその涙を見せる余地はない。

ああ…彼の方が、痛みに慣れている。
恐怖にも、悲しみにも…耐え抜く強さを持っている。

どんな逆境でも生き抜く、野の花のような強さ。
彼等は酷く強く、同時に脆く崩れてしまいそうで……。
だから、心配になるのだ。


いつか、折れてしまわないかと……。


「大丈夫だよ、ウォーリア」
そう私に告げる彼の瞳には、私を思う優しさが映っている。
どんな言葉にして、この思いを彼に伝えたらいいのだろうか?
私を慕ってくれる彼に、どうすれば伝えられるだろうか?

彼としばらく無言で見つめ合った後、ゆっくりとその唇を塞ぐ。


「っん」
彼からの抵抗はなく、ギュッと、私の腕を掴む彼の手に一瞬力が籠る。
長く触れて、その唇に人の熱を取り戻した頃、触れた時と同じくゆっくりと彼から離れる。


「君が愛おしい」
白い息と一緒に彼へとそう告げると、頬を染める彼がゆっくりと頷く。
「ありがとう、心配してくれて」
嬉しそうにそう言う彼に、胸が締め付けられる。
赤く濡れた頬を手で手で包み込み、「もう戻ろう」と、ようやく口にできた。
本当に言いたかった事は胸の奥で燻ったまま、彼と共に雪原の中を歩いて行く。


— 一人で涙するくらいなら……この胸で泣いてくれればいいのに 

あとがき

WOLフリで悲しげな感じになってしまいましたが、こういうのが書きたい気分だったんです。
めちゃくちゃ寒い時期だったので、ダイヤモンドダストを話の中でどうしても入れたかったのです。
ダイヤモンドダストには天使のささやきとか、星の囁きとかという別名もあるとか無いとか、そういう話を聞いたんですが…寒い中でどこかから声が聞こえてきたら、それはもう多分命が危ない時だと思うのです…。
だから、WOLは心配したんです、どこかに消えてしまうんじゃないのかって。

しかし…フリオが実は雪国の生まれらしい、という事を知って物凄く驚いたのは私だけではないと信じています。

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