赤と青は違うもの
対になって、相対する
赤と青は同じもの
たった一つの、自分の半身
唯一無二
緊張のあまり体を固くしている兄貴に、俺は微笑みそっと頭を撫でる。
「そんなに緊張しなくっても大丈夫だって」
「…そう言っても」
怖いんだ、と頬を染めて告げる兄貴の手をきゅっと握ると、俺の視線に居た堪れなくなったのか、ふと兄貴が俯く。
「そんな、処女じゃあるまいしさ…怖がらなくってもいいじゃんか」
「お前!なっ、何言ってるんだよ!!」
真っ赤になって怒る兄貴に、俺は笑って「冗談だよ」と告げる。
「じゃ、いくよ」
真面目な顔に戻ってそう告げると、まだ頬の赤い兄貴が怖々と俺を見返す。
「ん……」
近付く俺の腕を感じ目を閉じる兄貴の、その表情が本当に可愛くて…俺は内心、密かに笑う。
「誕生日プレゼントに、何が欲しい?」
ある日の夕食後、洗い物をする兄貴が俺にそう尋ねた。
そういえば、もうそんな時期なのか、と思い出し、洗い物を続ける兄貴にニヤリと笑いかける。
「じゃあ…」
「却下」
俺の笑顔にどこか不審な点を見つけたのか、兄貴は無表情に俺の提案を引き下げた。
「早っ!ちょっ…せめて話くらい全部聞いてよ!!」
「聞かなくても、その表情で良からぬ事を考えてるのは分かる」
俺の煩悩は今まで共に過ごして読みきった、とでも言うように、作業を続けながらそう答える兄貴。
「酷いな、俺は兄貴の愛情があれば何もいらないって、そう言うつもりだったのに」
そんな兄貴へ向けて、少し頬を膨らませてみせると、兄貴は心底呆れたような、疲れたような溜息を吐いた。
「その“愛情”っていう表現に付属してくる、お前の性欲がなかったら、俺はもっと静かに暮らせるんだけど」
「いいじゃん、俺ちゃんと兄貴の事、めちゃくちゃ気持ちヨクさせてあげ…」
「それ以上言ったら、フライパンで殴る」
うん、心に誓ってもう言いませんから…だから、その泡の付いた凶器は下に置こうか。
「プレゼント、って言ってもな…別に欲しい物なんて無いんだけど。兄貴は何かあるの?」
「俺も別に無いよ、だから…俺は別に何もいらないかな」
「そんなわけいかないでしょ!二人の特別な日だぜ、お祝いしようよ」
誕生日は、俺達二人がこの世に誕生した日。
誕生前からずっと一緒だった俺達が、この世で出会った最初の日。
それはもう、最上級に特別な日だ。
「お祝いなら、他に何でもいいだろ?少し作る料理豪華にしてみるとか…」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
兄貴も本当に物欲ないなぁ…女の子ではないにしても、恋人なんだし…『指輪』くらい言ってくれてもいいじゃないか。
……指輪、か…。
「あっ…そうだ!」
ポンッと掌を打つ俺を、兄貴が不思議そうな目で見つめる。
「どうしたんだよ?」
「兄貴、俺とお揃いのアクセ買おうぜ!相手とお揃いの奴を相手へ送るって、これどう?」
俺の閃きに対し、兄貴はしばらく黙りこんで考えていたが「それでいいなら、別にいいけど」と了承の返事。
「兄貴とお揃いね…何がいいかな」
兄貴と俺とじゃ服の趣味が違うし、どんなのにでも合うようなシンプルなデザインがいいかな…。
「あんまり高いものは止めろよ」
「分かってるって!じゃあ、今度の日曜にでもさ、一緒に買いに行こうよ」
満面の笑みでそう言えば、兄貴は小さく笑って頷いてくれた。
俺の大好きな兄貴の笑顔に、心が癒されつつも…少し心配になる。
兄貴、ちゃんと分かってるよね?
俺が兄貴をデートに誘ったって事、分かって頷いてるよね?
日曜は、それはそれは気持ちが良いくらいの快晴だった。
久々に町を一緒に歩く俺と兄貴、赤いパーカーの俺に対し青いニットの兄貴。
好きな色が対になっている事から、小さい頃はずっと俺は赤を、兄貴は青をどこかに身につけるように言われていた、ほとんど義務的に。
そうしないと、両親ですら見わけがつかなかったくらいだ。
その当時からの癖が、今でも抜けていない。
俺達に共通する事だから、それはそれでちょっと嬉しいんだけどさ。
「こういうリングとか、兄貴は付けないよね?」
シルバーのリングを見せて尋ねてみると、兄貴は少しの間黙って考える。
「普段付けて生活するには、指輪はちょっと邪魔かな?なんか、小さいと無くしそうだし……」
そんな事言われると、大抵のアクセは無理になると思うんだけどな、兄貴。
俺のよく行くアクセショップの店先で、兄貴と二人そんな会話を交わしつつ、小さく溜息。
この人、俺があげたもの以外、本当に装飾品なんて付けないからね…。
無駄を省いて生きるっていうのが、スマートな生活である事は認めるけどさ、俺の付けるアクセを見て「カッコいい」とか「似合ってる」とか、そんな感想をくれるなら、少しは自分もって思ってもいいんじゃないか?同じ顔なんだし、絶対兄貴だってこういうの似合うに決まってるんだから。
「あのさ…俺に聞かなくても、お前が決めればいいんじゃないか?」
消極的な兄貴が、遂に言ってはいけない事を言ってしまった。
「それじゃあ、一緒に来てる意味ないだろ!」
っていうか、こういうデートは、一緒にアレコレ迷ってる時間が一番楽しいんでしょ!
…なんて、この人に言っても「そんなものか?」って、そんな返事が返ってくるんだろうな……。
いや、むしろ「これってデートなのか?」って、そんな事をサラッと言ってしまいそうなので、間違っても口にはできない。
「俺は兄貴に選んで欲しいの…そういえば、さっきから俺ばっかりだっけ選んでるの、兄貴は何がいいと思う?」
本当の事を言うと、俺が選んだものじゃなくて…できれば、俺は兄貴の選んだものが欲しいのだ。
「何がって……そんな事言われても」
俺に迫られて、困った表情を見せる兄貴。
そういう兄貴の顔も俺好きだよ…今言ったら、多分怒られるけど。
「自分が付ける事はこの際だから一度忘れて、俺にあげたいもの、選んでみてよ」
悩んでる兄貴に助け舟を出せば、しばらく沈黙して考えていたようだが、最終的に「分かった」と小さく呟いて、俺の隣りを離れて店内を見て回る兄貴。
その真剣な横顔もいいな、とか思ってる俺の頭の思考回路は、兄貴を基本に回っている。
意識せずにいられないのだ、あの半身は。
俺と同じ体を持っているハズなのに俺とは全く違う兄貴、正反対で対を成している俺達によく人は驚くけれど…実際、俺と兄貴程同じものも存在しない。
いうなれば、ルビーとサファイアの違いのようなもの。
全く違う色合いを見せているけれど、実際は同じ鉱石。
凄く似すぎている正反対。
同一だけれど、自分とは交わりきらないもの…。
そういうもの程、欲しくなってしまうのだ。
まるで…自分が足りてないように思えて。
双子で比べる対象がハッキリしているだけに、その想いは強くなる一方なんだと思う。
だから……俺は兄貴が大好きだ。
「何か見つかった?」
何かを手に取って眺めていた兄貴に向かってそう尋ねると「あ…うん」という曖昧な返事。
そんな兄貴の手元を見ると、そこに光っていたのは、赤い小さな石のピアス。
「ピアスか……いいね、これなら邪魔にもならないし…どうする?これにする?」
「これにするって…でも、俺ピアス開けてないし」
特に“俺”という部分を強調してそう言う兄貴。
双子だから何でも一緒…といいたい所なんだけど、まあ今の所兄貴と俺とで違う点はいくつかある。
髪型は一緒だけど、別け目は違うし…それに、ピアスを開けてるのは俺だけだ。
「お前に似合うものって言ったら、なんとなくピアスがいいかな…とか思ったんだけど、やっぱり…止めようか」
「いいよ、大丈夫。俺が兄貴の耳にピアス開けてあげるから」
残念そうな顔の兄貴に、俺は真顔でそう告げる。
「えっ……そんなの、家でやって大丈夫なのか?」
明らかに不安が顔に表れている兄貴に、俺はそっと微笑みかける。
「案外大丈夫なもんだよ、ピアッサ—でバチンってするだけ。まあ開けた後はしばらく消毒しないといけないから大変だけど、それくらい俺がしてあげるし…だから、それにしようよ」
俺の提案に、兄貴の視線が揺れる…ああ、迷っているんだな、何かもう一押し。
「あっ…これ、色違いもあるんだ……同じヤツで、青いの」
兄貴の手にしていた赤いピアスの隣り、透き通った海のような印象的な色の青いピアスを見つけ、兄貴の方を伺い見る。
「赤と青のお揃い、ちゃんと予算以内だし…俺、これがいいな」
半分懇願の入った俺の提案に、しばらく黙って考える兄貴。
「…………分かったよ、これでいいんだな?」
再度俺に確認するように尋ねる兄貴に、俺は笑顔で頷いた。
消毒液でしっかりと消毒し、ピアッサ—を手にした俺は、再度開ける位置を確認してから兄貴の耳朶をそっと挟む。
怖がる兄貴が、すっと俺の服の端を掴んでいるのを見て、可愛いな……とか思いつつ、ここは我慢。
早く終わらせて楽にしてあげた方がいいだろう。
バチンという機械音と一緒に、手元に感じる感覚。
「ん!……」
ビクリと体を震わせる兄貴の背中をそっと撫で、ピアッサーを耳から離し、もう片方のピアスをセットして再び兄貴と向かい合う。
「ほら、もう少しで終わるんだから我慢してよ」
「……うん」
緊張感の抜け切れていない兄貴にそう告げて、反対側の耳を機械に挟む。
再び鳴るバチンという音と、手に残る感覚。
「…はい、お終い」
頑張ったね兄貴という台詞と一緒に、まだ目を閉じたままの兄貴の唇へチュッと軽いキスを送る。
「お前な……」
そんな俺に呆れたように声をかける兄貴だが、満足そうに微笑む俺にかける言葉はないと思ったのか、それ以上は何も言わなかった。
赤く染まった兄貴の頬、褐色の肌と銀髪のコントラストの間に、小さく光を放つ赤い石。
「似合ってるよ、兄貴」
「兄貴はやっぱり青い方がいい?」
このピアスに決めた時に、ふと俺は兄貴にそう尋ねた。
いつものように、お互いの好きな色を選んでいるんだから、当然自分は青い方だと思っていたに違いない兄貴が少し不思議そうに俺を見返す。
「何で?」
「俺、青い方がいいな…って」
「なら、青でお揃いにしたらいいんじゃないか?」
ゴメン兄貴、そういう意味じゃなくて……。
「兄貴に、赤い方をあげたいの」
「何で?」
俺の提案が腑に落ちないのか、兄貴はその理由を尋ねる。
「赤は嫌い?」
「嫌いじゃないよ…結構好きな色だけど、でも…」
「俺の色だから、かな…兄貴が俺のものだって、主張したいんだよ、俺は」
「なっ!……」
言葉を失い、真っ赤になる兄貴に俺は微笑みかける。
「…で、俺は兄貴のものなんです、って主張したいの」
「そんなの……誰も気づかないだろ?」
「いいじゃん別に、こういうのは気分なんだし、いいでしょ?」
「…………まあ、なんていうか…お前がいいなら」
兄貴の受け身な返答に少々物足りなさを覚えつつも、一応目標は達成かな?
俺の耳には、既に付け替えた青い石が輝いている。
こんな小さな石で相手を縛れるなんて、全然思ってはいない。
ただ…これを俺が兄貴に施した事実は確かなものだし、鏡を見れば嫌でも目に付く相手を表す色に、少しでも互いの存在を身近に感じられればいい。
他の誰よりも側に居たし、今だって他の誰よりも近い存在なんだっていう自信も確信も、確かにあるのに…それなのに、一緒に居れば居るほど、物足りなくなってくるのだ。
もっともっと、相手が欲しくて仕方ない。
自分の側に居て欲しい。
ただ一人、他の何にも変え難い…存在。
俺は、兄貴を愛してる。
「兄貴、愛してるよ」
ぎゅっと抱きしめてそう言うと、兄貴は少し照れたような声で「知ってるよ」と返答する。
抱きしめた腕に力を込めて、兄貴の赤く染まった頬に頬を寄せる。
俺と同じ位置に輝く、石へキスを送ると、くすぐったそうに兄貴は身じろぐ。
この世にただ一人、自分と全く同じで正反対な存在……。
どうか、いつまでも俺の側に居てほしい。
「これかも一緒に居てよ、兄貴」
俺の我儘な言葉に、兄貴がフッと微笑んだのを感じた。
「お前の相手ができるのは、俺くらいだよ」
そんな強気な発言と一緒に、俺の背中へ回される腕こそが、何よりも俺を捕らえて離さない。
年明けて初のフリー小説でしたが、とにかく双子を書きたかった一心で書き上げられました。
ただ……誰も突っ込んでくれなかったんですが、最後の御礼の部分が4万ヒットなのに間違えて1万ヒットってなっている事に、ついさっき気付きました。
お持ち帰りいただけた方で気付かれた方、こっそり修正してくれてると…嬉しいかな……。
自分のミスですね、分かっていますよ……以前のフリー小説の御礼文をコピペした自分が悪いんですね。
まあでも、双子の兄弟の誕生日祝いはやってみたかったんです、フリオの誕生日って公式で設定されてないですよね?ならば、いつどんな形で祝っても良くない?とか思い至ったのです。
ピアスを開ける時って、なんか雰囲気エロく見えませんか?……実際はそうでもないんでしょうが、いいじゃないですか、夢を見るのはタダなんです。