我々より先の時を生きた、尊敬すべき先代の方々へ

貴方達に、感謝します……

合縁奇縁

「さてと……」
目の前に積み上げられた食器を前に、俺は自分へ向けてそう声を出す。
料理というのは、後片付けまでを含めて料理というのだと、昔誰かが…おそらくは自分の母親が、そう言っていた。
だからだろう、食事の用意もその後片付けも気付いた時には、自分が全て請け負っている。
別に、それを苦に感じた事がない辺り、本当に自分は主婦業が板に付いているのではないか…と、時々一人で苦笑いする。

でも…まあ、それも悪くないか。

そう思えるのは、自分の料理を喜んでくれる人がいるからであり…少しでも、仲間の役に立てているのだと、そう感じられるからだろう。


「いつも済まないな」
洗いものを続ける俺の背中に、そんな声がかけられる。
「ウォーリア」
ちょっと振り返って、相手の名前を呼ぶと彼はふと表情を緩めて「手伝おうか」と名乗り出てくれた。
「大丈夫、もう終わったからさ…ありがとう」
彼の心遣いに感謝しちょと微笑み返すと、洗い終わった食器を元の位置に戻す。

「君のその指輪は、大事なものなのか?」
水仕事の際に外して置いておいた、右の指を飾る指輪を見つけた彼が俺にそう問いかける。
「見た限り、いつも付けているようだが……」
「……ああ、その通り。大事なものだよ」
彼の質問にそう返答し、俺はその二つの指輪を取り上げ、右手の薬指と小指へとその指輪をはめた。

「誰かからの、贈り物…か?」
そう尋ねる彼の表情が、少し曇る。
俺はそんな彼を見て、少し吹き出しそうになった。


心配しなくとも、貴方が考えたような…恋仲にあった人から貰ったものではないよ。


「両親の形見なんだ…コレ」
赤い石と青い石の二つの指輪を撫でて、俺は彼にそう答えた。
俺の言葉を聞き、彼の表情はすっと和らぎ「そうか」と僅かに頷いた。
「薬指のは父親の、小指は母親のものだったんだ……なんていうか、お守りみたいなものかな?」


前の世界での記憶が酷く薄れている中で…僅かに残った記憶の欠けら。
その一つの、自分の両親に関する記憶。


二人の指に光っていた石。


俺の家族は亡くなったんだという事実を知っている以上、その二人が身につけていたこの指輪は、彼等の形見になるのだろう。
そうなんだろうと思う。
そこまでの記憶は残っていない…でも、常に身につけている為に、自分の一部のように感じられるその指輪。

結婚指輪だったんだろうな、きっと。


「幼い時に、俺…両親を亡くしたからさ。こうやって、常に身につけていると…二人が見守ってくれているような、そんな気になれるんだ」
そんな想いは幻想だと、そう思われても構わない。
それくらいに失ったものは、大きかった。
幼い自分には、特に……。
「両親の事、好きだったから…だから……恨みも大きいのかもしれない」
どんな傷を負ってでも故郷を取り戻したいと、そう強く願える程に……。
「君の、ご両親か……」
そう呟くウォーリアの表情が、どこか寂しいものに映った。


家族とは、どういうものなのか…以前、彼は俺にそう尋ねた。
前の世界での記憶を一切持たない彼は、自分の生まれを疑っている。
俺達のように、ちゃんとした人として生まれたのか?
闘う為に、作られた存在ではないのか……と。


「ウォーリアにも居たんだよ…貴方と血の繋がった家族が」
彼に、俺は微笑みかける。
そして、彼の手を取る。
剣ダコのある彼の手は、水で体温を奪われたばかりの俺の手には、とても温かい。
「だから、貴方はここに居るんだ」
真っ直ぐ、彼の瞳を見つめてそう言えば、彼は驚いたように目を見開く。


体の中に流れるのは、貴方が誰かから受け継いだ血で。
ここにある温もりは、貴方が誰かから受け取った温もりで。
彼等がいなければ、貴方はここにはいなかったんだ。


「君のご両親がいなければ、君もここには居なかったわけか……」
「そうだよ」
「こうやって、君に会う事もなかったのか…」
そう言うと、彼は彼の手を握っていた俺の右腕を、そっと持ちあげた。
「感謝しなければいけないな、君のご両親には」

— こうやって、君をこの世に送り出してくれた事を —

そう言うと、彼は俺の右手にキスを落とした。
彼のそんな行動に、俺は、なんだか…恥ずかしくなってきた。


「あの……ウォーリア」
「君を残してくれた君のご両親に約束しよう…君を必ず幸せにすると」

真剣な瞳で俺を見つめる彼に、俺の顔は完全に真っ赤に染まった事だろう。
俺の右腕の指輪をそっと撫でると、彼はやっと俺の手を離してくれた。


「なんか…プロポーズみたいだ」
彼と触れあっていた自分の手を見つめ、そう呟く。
この人は、恥ずかしい台詞を平気で口にするから、付き合っている方は時々疲れる。
「そのつもりだったんだが…」
「えっ!?」
相手の言葉に驚き、彼の表情を見れば酷く真剣な表情のまま、彼は俺を見つめ返す。

「君が、誰かの死に傷付き、悲しむような姿を私は見たくはない…君は、今まで充分悲しみを背負ってきた。
君を幸せにできるなら、私は持てる力の全てを尽くそう」
彼の真剣な言葉に、俺の心臓はドクリと大きく拍動する。
「君を幸せにしたい、フリオニール…この思いだけでは、足りないだろうか?」
「えっ!!いや!!その…あの……ウォー、リ…ア、あの…あの俺」
真っ赤になって、自分が何を言っているのか、いや、何を言わんとしているのか自分でも分からない。


ただ、彼の想いがとても嬉しくて……。
そんな風に想われている自分が、とても、とても幸せ者に思えてきて…。
こんなにも、誰かに想われるのが幸せだって、誰かが側に居る事が幸せだって…それを、失う前に気付けて。
感じられる事が嬉しくて…。


「フリオニール?……フリオニール、泣かないでくれ」
慌てたように俺の肩を掴み、俺の表情を伺い尋ねる。
「私に落ち度があったなら謝る、だから泣かないでくれ」
必死で俺を宥める彼に、俺は零れ落ちてきた涙を拭って、彼に笑いかける。

「ウォーリア……俺、嬉しいよ」
貴方に出会えて。
神様の偶然で、こうして世界を超えて貴方と知り合えた事に…。
「ウォーリア、俺…俺、幸せだよ」
笑いかけた俺に、彼は驚いたような表情を見せた後、穏やかに微笑み「そうか」と満足そうに頷いた。


貴方と出会えたのは、そこに縁があったから。
どういう繋がりなのか、それは分からないけれど。

全ての巡り合わせに、感謝します。
貴方と出会えて、幸せです。




〜オマケ〜

さて、そんな二人の背後に…キッチンを覗き見る人影が。

「完全に二人の世界だな」
用事があってキッチンで洗いものをしている仲間を呼びに来た兵士は、溜息交じりにそう言う。

「ラブラブッスね」
「そうだね」
そんな兵士を見つけた騎士と夢想は、幸せそうな二人を見て微笑ましそうにそう言う。

「まあまあ、そっとしいておいてやろうぜ…幸せそうだしさ」
(なら、何で覗いてるんだ?)
旅人に連れて来られて、自分も覗くハメになった獅子が心の中でそう呟く。

「覗き見なんて、趣味悪いよ」
「そう言いつつ、お前もちゃっかり覗いてるんじゃんか!」
皆が覗いてたらやっぱり気になる少年に、そっとツッコミを入れる盗賊。

「二人共、お幸せに」
少女が微笑ましく二人を祝福し、その後、そっと二人に気付かれぬようにそのドアを閉めた。

あとがき

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黒い森〜花鳥風月の宴〜 管理人・忍冬葵

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