握った金属の冷たさと、相手と戦う時の筋肉の軋み
この手は、それしか知らない
ふと休んだ時に、手を陽の光に向かって伸ばしてみる
これが、私のクセだ
一体、何故そんな事をするのか自分でも分からない、だが…
陽の光の暖かさに泣きそうになるのは、何故だ?
慈愛燦々
私が記憶を無くし、名前もなくただこの世界に召還され、闘いの輪廻に巻き込まれて、一体どれくらいの月日が経ったのだろうか?
果てしなく続く闘争、だが、不思議とそれが嫌になる事はない。
私は剣を振るう事しか知らない。
だからだろうか?闘いの日々に苦痛を感じないのは。
しかし、それではいけないと、心のどこかが叫んでいる。
これでは、ただの闘うだけの意思の無い人形ではないか、そう自分のどこかで思っている。
だが、私はどうすれば変われるというのだろうか?
心の内に、ぽっかりと穴が開いてしまっているような気分だ。
その隙間を埋めるものが一体何なのか、私にはその答えが分からない。
その答えをくれたのは、他ならぬ仲間の彼。
「隣、いいかな?」
「ああ、構わない」
そう返答すると、ちょっと微笑んで私の隣へと腰を下ろす銀髪に褐色の肌の青年。
「何か、私に用かな?」
「用もなく、来たら駄目かな?」
私が彼を拒絶していると勘違いさせたのだろうが?遠慮するようにそう尋ね返す。
「いや…皆、あまり私に係わり合いを待たないようにしているようだから」
「そうでもないさ、ただ…」
「ただ?」
微妙なところで言葉を切る彼に、私は語尾を拾って先を促す。
「ただ、貴方がどこか一人にしてほしいんじゃないかって、時々思う時があって。
そんな雰囲気の時は、近寄り難いなって思うけど」
「そうか…」
知らず知らずの内に、そんな雰囲気を出していたのか。
闘いに気を張り過ぎなのかもしれないな、私は。
だけど、それ以外の何をしたらいいんだろうか?
必死に戦って仲間を守る事、それが私にできる唯一の道だと、そう思っているのに。
「私は、どうやって人と接したらいいのか分からない」
自分の口から出た言葉に、自分でも大変驚いた。
しかし、私はずっと悩んでいた。
仲間達と自分の中に、どうしても相容れない一線があるようで。
それが何なのか、分からなくて…。
「えっ…?」
この言葉は、隣に居た彼にも届いたようで驚いたような声が上がった。
「ウォーリア、それ…どういう意味?」
「さあ?私にも分からない」
求めていたような的確な解答が得られず、彼は怪訝そうな顔をした。
「すまない、だが私にも分からないのだ、何というのか…この手に足りないものがあるのは分かる。
それが、私と君達の間に何か踏み込めない溝を作っているようで。
どこか、胸の奥に虚しさが募っていくんだ」
私に足りないものは、一体何なのか?
その問いかけに答えてくれる声はない。
ただ、幾度も幾度も、同じ質問が繰り返されるだけだ。
闘うだけならば、それも気にならないというのに。
それだけではない何かが、私には確実にあるから、だから、こんなにも私は悩んでいる。
足りないものを、探している。
彼は真剣な顔で、私の言葉に耳を傾けてくれている。
「君から見て、私はどう見える?どう映る?
私には、一体何が足りないのか、君には分かるかな?」
そう問いかけてから、自分の失敗に気付いた。
こんな答えの出ない質問をして、彼を苦しめてどうしようというのか。
直ぐに、撤回しよう。
そう決めて、「答えなくていい」と言おうとした所、私の頬に暖かい何かが触れた。
何かじゃない、それは目の前の青年の手だ。
「フリオニール?」
彼の行動の意味が分からずに、首を傾げる。
「貴方は、こうやって誰かに触れられた記憶がないんじゃないのか?」
すると、彼からこんな質問が返された。
誰かに触れられた記憶…確かに、自分という存在の全ての記憶を失ってしまった以上、昔の事は知らないが、今現在記憶がある限り、こうやって誰かに触れられたのは初めてだ。
だが、どこか懐かしく感じる…?
記憶にはないが、確かにこうやって私も誰かに触れられた事があるのだろう。
それは、一体誰だったのか……。
記憶は、闇の底に沈んだままで蘇ってはこない。
「貴方はあまり俺達に関わらないようにしているけど、でも…。
本当は、人の温もりが欲しいんじゃないのか?」
「人の、温もり……」
彼の掌の温もりが気持ちよくて、そっとその手に自分のものを重ねてみる。
剣士として多くの武器を扱う彼の手は、剣や弓を扱う為にたこが多く、また小さな傷も多い。
これは、彼が闘いの中で生きてきた証だ。
今の私のように。
「どうして?」
私でも、分からない答えを彼は導き出せたのか?
そう問いかけると、彼は真っ直ぐに私を見返してふわりと笑った。
どこか安心できる、優しい微笑み。
「俺も、人の温かさが欲しかったから……」
彼は、そう言った。
昔を懐かしむような声で。
彼は、幼くして自分の両親を戦争で亡くしたらしい。
その間、育ての親に引き取られるまでの間に感じた恐怖をよく覚えている、そう話した。
一度、感じた温もりが離れていく、それがとても寂しくて、心細かったと。
だから再び、その手に人の温もりを感じた時には、たまらなく嬉しかったんだと。
「貴方にも覚えがあるだろう?記憶はないかもしれないけど、でもきっと」
「ああ、なんだか懐かしい」
人とは、こんなにも暖かいものなのか。
闘いの中だけでは感じられない、人の優しさ。
「貴方の事を皆信じてる、望むならもっと近付いてくれていい。
俺達は貴方を拒絶しないし、もっと貴方の事を理解したいと思う」
私の頬から手を引き、私の手を両手で包み込んでそう言うフリオニール。
「仲間だから、貴方も俺も…」
そう言って微笑む彼の笑顔は、とても優しく。
そうやって触れてくれている手は、陽の光のように暖かい。
陽の光に手を伸ばしたくなるのは、人の温もりを求めてのこと。
だが、伸ばしても届かない光に、悲しくなった。
今、その温もりは目の前にある。
求めていた答えを、与えてくれた相手の持つ優しさ。
慈愛に満ちた、笑顔…。
空いた心が、満たされていく。
ふいに、私は泣きたくなった、悲しくもないのに。
だが、涙は拭えなかった、その温もりを離したくなくて…。
人の温もりに泣く私に、彼は暖かい笑顔を向けてくれた。
その笑顔に、今まで感じた事のない感情が沸き起こる。
“彼の温もりを、守りたい”
心のどこかが、そう叫ぶ。
剣を握る手に、別の力が宿る。
これこそが私の求めていたものなのだ、そう気付くのとほぼ同時。
私は…彼を好きになっていた。
黒い森〜花鳥風月の宴〜 管理人・忍冬葵