これは一夜の夢
明日には消えてなくなる…そんな幻

「だから、俺の事は目覚めたら忘れて下さい…」

夢幻泡影

東国の都を旅立って、西方へと向かう。
祖国では英雄と呼ばれた、王家に巣食う魔物の討伐を見事に果たし、国を救ったと言われているが…一歩外に出て見れば、この世界全体に辛く悲しい出来事は溢れている。
私は旅立った。行く先々で魔物の討伐を引き受けたり、賞金首を捕まえたり…その様な事をして僅かの礼を貰い、旅を続けていた。
砂漠に埋もれる様に作られたこの町に辿り着いたのは、西方の国を目指す途中に体を休め、また新たな資金を手に入れる為でもあった。

「アンタ、仕事を探しに来たのかい?」
酒場の女主人はカウンターに着いた私にそう尋ねた、こうやって紹介されて来る人間も、珍しい事ではないのだろう。
町で話を聞けば、この酒場ではそういう仕事を取り扱っていると聞いた。
「魔物の討伐でも、賞金首の捕縛でも、剣で出来る事であれば何でもしよう…人道に背く事でなければ」
「フン、言うねぇ…アンタ、ただの賞金稼ぎ…って訳でもなさそうだ」
「…………さあな」
「まあいいわ、紹介出来る様な仕事が無いか…探してやるよ」
レイラという名の酒屋の主人は、そう言うとニッと笑った。
その時、店内の照明が暗くなった、反対にパッと照らされたのは寂れた舞台の方だ。
笛や琴の音と共に舞台に躍り出るのは、艶やかな衣装に身を包んだ妖艶な踊り子達、彼女達の登場で酒場の空気がガラリと変わる。
「彼女達は?」
「この近辺で活動してる女郎共さ…顧客を集めるのには、盛り場が一番だろう?」
成程…この小さな町で、この酒場は日陰の者達の仕事を斡旋するのに一役買っているのだろう。
酒場の主人にしても、彼女達によって客が集まるのだから損をする事はない…といったところか。
「その身一つで生きてる奴等だ、他の人間がなんて言おうとも…ああいう人間の決意は、強いよ……あの子もね」
舞台を見てそう言う彼女、その視線に誘導される様に私も興味を無くしていた舞台を再び見る。

その瞬間、私の世界からその人以外の全てが消えた。

中央で一人佇むのは、青い煌びやかな衣装に身を包みベールを手にした踊り子。スカートから覗く綺麗な足や装飾品で飾られた腕が誘う様に動き、健康的な褐色の肌に銀の髪が酷く映える。
そっと顔を上げた時に金色に煌めいた、意思の強そうな鋭い瞳はとても美しく。曲に合わせて踊るその体の、妖艶な肉体に惹きつけられ、目が離せない。
ただその全身から感じ取れたのは、強い意思。

「主人、あの踊り子は…」
舞台が終ってからそう尋ねると、彼女はちょっとだけ息を吐いた。
「見ての通り男妾だよ……この町じゃ一人だけさ。ああいう道しかあの子は選べなかった…覚悟したんだろうね」
「覚悟した?」
「舞台に立つのは今日が初めてなのさ…だから、他の踊り子と違って一人で立ったのさ…顧客を、付けさせる為にだ」
顧客…つまりは今夜、彼と寝る相手の事か……。
見知らぬ男を相手に彼がどんな行動を取るのか…想像するだけで、体の奥底から言い知れない禍々しい感情が沸き起こって来た。

「主人……彼を…」
「なんだい?アンタ…あの子が欲しいのかい?」
「駄目だろうか?」
「…いいや、待ってな話を付けて来てやるよ」
奥へ消えた主人を見送り、溜息を一つ吐いた。
一体どうしてしまったのだろうか?色事に対しては自分は淡白であると思っていた、スラムに居る女郎の誘いを跳ねのける事等は容易い事だったし、今まで他の町で色を買った事はない。
それだというのに、彼に対しては何故こんなに抑えが効かないのだろうか?
凛と強く咲こうとする、彼の真っ直ぐなあの瞳が焼き付いて離れない。


通された部屋は、寝台と小さなテーブルだけが置かれた簡素なものだった。
今夜一晩の宿がまさかこんな場所になる、とは思ってもみなかったが…心を静める為にふっと呼吸を整える。
荷物と腰に下げていた剣を置き、着ていた鎧を外した所で、扉を叩く控え目なノックの音がした。
ドアを開けた先には、艶やかな衣装に身を包んだ舞台で見たあの美しい姿のままの彼が居た。
周りの景色など、もう何も必要はなかった。
彼がそこに居る、夢の中に居る様に体が軽くなる。
もしかしたら、これは本当に夢なのかもしれない。それならば、今の自分の安定しない感情にも説明が付く。
だが……。

「ぁ、あの…貴方が……今晩の?」
緊張しているのか少し上ずった声、女性と見まごう程に美しいのに…その声まではやはり誤魔化せない。
だが、目の前に立つ人物を私は酷く酷く求めている。
「その通りだ、私が君を呼んだ……中に」
入る様に促せば、彼は小さく頷いて部屋の中へと踏み入れた。
後ろ手にドアを閉め、鍵をかける。
「私はウォーリアという…」
「戦士、さん?」
「通称だ…私には名前がない、皆がそう呼ぶからそう名乗る事にした。君の名は?」
「……フリオニール」
フリオニール、声に出さず呟くと。砂丘に落とした水の様に、その名前が胸の奥へと深く染みいって来る。
そっと手を伸ばして、その肩に触れると温かい確かな温もりがそこにある。
嗚呼、夢ではないこれは現実だ。
その事実を確認するだけで、私は幸福になれる。

「あの……お、じゃなくて…あの、ワタシは」
「君が男性である事なら知ってる、あと言葉を気にする必要はない…私は素の君が知りたい」
そう言うと、驚きに目を見開く彼。
そんな彼をそっと抱きしめて髪を撫でると、私の胸に必死にしがみ付く彼のその力が更に愛おしいと感じる。
「君の事が知りたい、できるならば…何も包み隠さず」
彼の口元を隠す布を取り払い、小さく震える彼の不安を吸い取る様に優しく口付ける。

覚悟はしていたのは間違いない、それでも緊張なのか恐怖なのか細かく震える彼の体を抱きしめて、そっと横たえさせる。
「どうしたら、いいですか?」
見上げる彼はそう尋ねるが、彼に私が求めるものは一つ。
「君は何もしなくていい。ただ私を、感じてくれればそれでいい」
彼の体へ手を伸ばせば、ひゅっと息を飲む音がした。
恐れないで欲しい、そう言い含めても緊張が解れる訳がなく…ならば、全てが忘れる程に夢中にさせればいい。
はぁ…と熱い息を吐く彼の唇を再び塞いで、ゆっくりと力の抜けていく体を撫で上げる。
「ひっ!……ん、んん」
自分の上げた声に驚いたのか、彼は目を見開きぐっと唇を噛む。
「声を抑えないでくれ…聞かせて」
「なんで…んぁ」
「綺麗な声だからだ」
彼はそんな私を不思議そうに見つめ返す、こんな男の声のどこがいいのか?とでも言いたいのだろうか。
どんなに高価な楽器よりも、素晴らしい音楽よりも、魅力的な音だと思う。

「ぁ、ふぁっ!」
つっと触れた胸の飾り、ビクンと震える体と上がる悲鳴にも似た声に心の内で微笑む。
「感じる?」
「はっ……んぁ」
明確な答えはないけれど、言葉にしなくとも分かる…君は感じてくれている。
触れ合う度に、寄り添った体から恐怖と緊張が抜けていくのが分かる。その代わり、彼の体は初めての感覚に震えている。
その震える手が私の足に触れる、そっと彷徨う手は足の付け根へと回る。
彼の方を伺い見れば、恥ずかしそうに頬を染めて「貴方も」と小さな声で呟いた。
おずおずと手を伸ばした彼は、衣服の上から育ち始めた私の雄に触れてビクッと震える。
「ぁ……大きくなって、る?」
「勿論。君が魅力的だからな」
隠されているのもいいが、見たいと思う方が強くて彼の衣装を取り去ってしまえば。下着の中で形を変えた彼のモノが露わになる。

「……随分と、色っぽい下着を身に付けているんだな」
「…………」
思った事を口にすれば、真っ赤になってそっぽを向かれてしまった。だが…白地に同色のレースで飾られ、サイドを紐でとめた下着で、羞恥心からか頬を真っ赤に染めている彼には、並々ならぬ色気がある。
サイドの紐に手をかけてゆっくりと解けば、生まれたままの姿の彼が現れる。
私も彼の目の前で衣服を全て脱ぎ 起ち上がった彼の雄に私の雄を押し付けると、「ひゃんっ!」と可愛らしい声が上がる。
「一緒に、気持ちよくなりたい」
一度は離れた彼の手を再び取って私の雄へと導く、私は彼のものを手に収め、二つの熱を同時に擦り上げた。
「あっ!ぁああん」
「君も、して?」
耳元でそう呟くと、嬌声を上げる彼は我を思い出したかの様に小さく自分の手を動かす。
二つを同時に扱う事に慣れず、最初の方は動きが鈍かったものの。しばらくすると、快楽をより求める様に私へと腰を擦り付ける様になってきた。
もしかすると、此方の才能があるのかもしれない……だが、他の男にも同じ姿を見せるのは嫌だと思う。

「もういい」
大きく育った二つの雄から彼の手を放す、どうして?という様に疑問に満ちた目が私を見つめ返している。
その瞳の奥に、溜まった熱を持て余す彼の困惑が見て取れた。
今日は彼を支配するのは私なのだ、早く全てを見てみたい。その一心で、二人分の溢れた蜜を指に塗りつけて、彼の蕾へと差し込む。
「えっ!ぁ、嫌」
「我慢してくれ…少し待てば、ヨクなる」
そう言って宥めれば、彼は小さく頷いて私に全てを任せた。
狭い内部、ここはまだ誰も知らないのだ。今日、私が開拓するまで誰も踏み入れた事のない場所。
そう思うだけで、心の奥が満たされる。
急く気持ちを抑え込み、ゆっくりと念入りに解してあげれば。彼の内側は私を求める様に熱く絡みついてくる様になった。
そろそろいいだろうかと思って彼を見れば、涙交じりの琥珀色は熱を持って私を見つめ返す。
「ウォーリア、さん……っん!」
求める様に、今夜始めて私の名を呼んだ彼に噛みつく様にキスを贈る。

この衝動を、もう止める気はなかった。

「ふぁっ!ぁ、ぁああ……」
赤く頬を染めた彼は、トロンとした目で私を見つめる。
「ぁ、あ…熱い…凄くあつ……」
「ああ、君も…凄く熱い、それに柔らかくて心地いい」
何度でも彼を味わいたいという強い願いがあるものの、一度しかない初めてをゆっくり味わいたかった。
性急に彼を攻め立てる、この溢れてくる欲をなんと称したらいいだろう?
「ふぁっ…ああ、駄目だぁ…も、ダメ…へんに、なる!!」
「いいから、全て私に寄越してくれ。フリオニール…君の全てを、私に」
駄目だと何度も首を振る彼の奥を、何度も何度も強く穿つ。
舞台で見るよりも美しく、魅惑的な踊りを見せてくれる彼に…私は、もう夢中だ。
「あっ!!ぁあああああ……」
グッと収縮する内壁と、響き渡る彼の声。
こんなに満たされた事はない。彼の中で性を放った瞬間に、私を包んだ充足した何か熱い感情を忘れないだろう。


「貴方は、旅の人でしょう?」
充分に満足出来る程、お互いを高めた後で。横になり目を閉じていた彼を私の腕の中へ引き寄せた時、ふいに彼はそう尋ねた。
起こしてしまったのかと思ったが、最初から眠りに落ちてはいなかったらしい、しっかりと意識を持った彼の目がそこにあった。
「そうだ…私は、これから西の国を目指そうと思っている」
「なら……もうここに来る事は、ないんですね?」
そう尋ねる声は、酷く寂し気で……だけど、どこか諦めがついているものの様に聞こえた。
「あっ……貴方を困らせる気はないんです。分かってますから、これは一晩の夢…ですから」
「フリオニール…」
何と声をかけようか、迷う私に対して彼は笑いかけた。
「今夜はありがとうございます、貴方に会えて嬉しかった……でも、明日になったら貴方の事、もう忘れますから。だから、貴方も俺の事は忘れて下さいね」
そう言う彼に、私は溜息を吐いた。
たった一晩だけだ、そう彼は信じているのかもしれない。
だけど、どうやら嘘は下手なようだ……忘れるからと言う、その目が酷く寂しそうだ。
きっと忘れられない、いや…忘れてなんて欲しくない。ずっと私が永遠に彼にとって大事な存在であればいいと思う。
側に居て欲しいなんて、夢を見せる彼等には口に出来ないのだろう。
彼にとって悪夢なのか綺麗な夢なのか、それは分からないけれど……私は終らせたくない。
「フリオニール……私は、君の事が欲しくなってしまった」


「あの子達にとって、誰か一人への絶対の愛は自らの身を苦しめるだけのものなんだよ…体が商売道具だからね、望まない相手とそういう関係になる事だってあるさ。だから、あの子達にとって夜の出来事はただの夢なんだ…砂漠の寒い夜が見せる、熱を持った幻なんだ…ってね。昔からこの辺の女郎は皆そう言うよ、自分を愛してくれる男なんていうのは砂漠が見せてる夢なんだってね」
店主は私を見てそう言う、「奢りだから飲め」と私の前に酒の注がれた大きなジョッキが置かれる。
「自分の事を身受けしてくれる、そんなモノ好きなんてそうそう居ない。そういう場所なもんだから、彼女達はお役御免になるまでずっと夢を見ないといけない訳だ…正しく悪夢さ」
「その話を、何故私に?」
そう尋ねると、店主は二ッと片方だけ口角を上げて笑った。
「砂漠の夢に捕らわれていながらね、彼女達は待っているのさ…自分の事だけ愛してくれる相手の事を。でも人の心なんて分からないだろ?だから心配になるのさ、その後、あの子達がどうなっちまったのか」
じっと店主は私を見つめる、その目は私に何を問うているのか……。
「私が彼へ向けた愛情は、夢でもなんでもない…真実だ」
「……どうだろうね」
私の事を試す様に彼女はそう言う、信じてはくれないのだろうか。
「信用を失うのは一瞬さ、でも信用を得るのには時間がかかるものだろ?」
「なら、納得させられるまで何度でも訪れよう……だから、今夜も彼の側に」

彼をこの手に出来るのならば…千の夜だって、厭いはしない。

あとがき

大変お待たせしました、7万HITとサイト2周年記念フリ—リクエスト小説で東国の騎士と踊り子フリオのパロディ。
以前にチャットでこういうの書きたい…と言ったのを覚えて下さっていたそうで、作者としては機会が与えられて嬉しかったです。
一応、ベリーダンスの映像とか見たんですが、あまり活かされてないですね……。
大変遅くなって申し訳ありませんでした、彩芽様のみお持ち帰り可です。
満足いく作品に仕上がっていると嬉しいです。

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