「おとーさん、あの中には何があるの?」
「お社は神様のお家なんだ、あの中には神様が居るんだよ」
「神サマは何をしてくれるの?」
「神様はここに居る人達をその力で守ってくれるのさ。
お父さん達のお家はね、ずっとその神様の為にお仕事してきてるんだよ」
「どうして?」
「それはね、昔から続く決まり事なんだ。
フリオニール、お前もいつか分かるよ」

愛執染着

いつだったか思い出せないけれど、幼い頃の記憶。
神様が住んでいるという社は、自分の身近にあって、まだその頃はありがたみというものも良く分かっていなかった。
成長していくにつれ、神様なんていうのは信じる人間には存在するんだろうと考える様になった。
それはつまり、実際にはそんなものは居ないと言われればそうなってしまうのだ。
今の時代はかつてより、神様も妖怪も住みにくくなってしまった。
俺達の側にまで、その波はすっと押し寄せて来ていたのだ。

神様は実在する……その事実を知ったのも、つい最近になってからだった。


朝の日課となっている境内の掃除も、寒い季節には辛いものがある。
吐き出す息は白く、箒を持つ手も冷えて赤くなってきている。
「おはよう、フリオニール」
ぎゅっと背後から抱きつく誰かに、ビックリした。
「ちょっ……ウォーリア、動き難いから止めてくれ」
「ああ、済まない」
すまないと謝っている割に、その腕を外す気配を見せない相手。

実際に神様が居たって構わないさ、だけど、こんなに人の身近に表れてくれるとは思ってないだろう。
一応、なんて言葉を付けなくても。俺を抱きしめている相手はこの地域一体を守る神様で、俺はそれに仕える人間なのだ。
崇める相手がこんなに側に居て、簡単に接触してこられても困るのだが……。

「ウォーリア、掃除が出来ないんだけど」
「そうだな」
「はぁ……終ったら相手してあげるから、少し離してくれ」
これじゃ、何時まで経っても何もできない。
俺の提案に、この我儘な神様は仕方ないといった様に手を離した。
社の階段へ腰かけると、俺の仕事を眺める相手。
以前、手伝ってくれると申し出てくれた事があるのだが。何度も言う様に彼は神様で、俺はそこに仕える者である以上、彼に仕事を任せる事はできない。
だが相手が離れた事で少し寒くなってしまったので、早く掃除を終わらせてしまおうと思う。


「終ったよウォーリア」
枯葉を片付け竹箒を片手に社に戻って来ると、待ちくたびれたとでも言う様に、彼は俺を手招きした。
「こんなに体を冷やして、大丈夫なのか?」
赤くなった俺の手を両手で包み込む、神様にも体温があるという事を、彼との触れ合いで初めて知った。
白銀の毛並み、狐の耳と九つの尾を持つ神様は膝の上に俺を乗せた。
背後から抱きこまれ、全く身動きが取れない状況。
確かに温かいものの、恥ずかしい。
「昔は、この周辺にも雪が降ったんだ」
「そうなのか?」
「ああ。こんな風にして二人で雪を眺めたりしたんだ」
二人で……というのは、かつての“俺”の事だろう。
この土地神の為に、自分の魂を捧げたのは千年以上前の俺自身。
この土地、この血筋へと再び戻る…らしい。
過去の記憶は、僅かだけ存在する。
昔と今の俺は地続きなのだろう、ただ、全く同じかと言われればそれは違うのだろうけれど。

「ひぁっ!」
「やっぱり、冷たいな」
そんな事を触って確かめないで欲しい、俺の着物の合わせから中の肌を直に触れる相手に抗議すると。ウォーリアはしばらく黙っていた。
ふいに俺の体が浮き上がった。
浮きあがった…正しくは、抱きあげられたのだ。
「ウォーリア!何す……」
相手の無言の行動に上げた俺の声は、直ぐに風にかき消されてしまった。


突然立ち上がった彼は、俺をどこに連れて来たのか……それは、この神社の境内にある古井戸の底。
既に枯れている、と聞かされていた井戸の底には横穴が続いている。
真っ暗なその場所に、ウォーリアはそっと手をかざす…ぽぅっと彼が生みだした無数の小さな光が、奥へと続く道を照らし出した。
光を一つ手に取って見ると、それは小さな火の欠けらだった。
触れてみても不思議と熱くはない。人が作りだす火とは、明らかに違うものだ。
「ウォーリア、どこに行くんだ?」
俺の手を取って歩き出す相手にそう尋ねるも、「良い所だ」とそう言うだけで、他の事は答えてくれない。
暗い洞窟をしばらく歩いて行くと、だんだんと温かい空気に満たされてきた。周囲を見回すと、霧の様なものが出ている。

洞窟の一番奥にあったのは、ぽっかりと空いた広い空間と、その中央で湧き上がる泉。
湯気の立つ、透き通った綺麗な水は湯らしい。
「ここの井戸は、元々この湯からの水を引いていたんだ。ただ、何百年か前から湧き出る湯の量が変わってしまって…井戸に引ける程ではなくなってしまった。だが、人が入る事が出来る程度の量は、まだ湯が湧きだしてくれているんだ。
これなら、体を温めるのに文句はないだろう?」
「入ってもいいのか?」
「構わないさ、冷えた体を温めるといい」
そう言うと、俺の了解を取るよりも先に衣服へと手をかけるウォーリア。自分で脱ぐからとその手を押し留め、幻想的な黄色い光の灯る中、そっと湯の中へと体を沈めた。

朝の冷えた空気の中に晒されていた体には、少し湯の温度は熱いくらいだ。だけど、とても心地良い。
「んー……気持ちいい」
「喜んで貰えて良かった」
肩まで湯に浸かり、ほっと息を吐く俺に微笑みかけてウォーリアはそう言う。
「私も一緒に入っていいかな?」
「えっ……あ、いいけど…」
相手にそう答え、俺は伸ばしていた足を折り曲げて胸の前で抱え込む。
人と神様が、同じ湯に浸かっても良いものなんだろうか?いや、相手は全く気にしていないようだからいいんだろうけれど。
そんな事を考える俺とは対照的に、相手は全く気に留める事もなく泉の中に体を浸して俺の隣りへとやって来る。
綺麗な九つの尾は濡れる事を嫌ってかどこかへと消してしまい、より人の姿へと近くなった彼は俺の肩へと手を伸ばした。

「少し、温かくなったかな?」
「うん……まあ」
そう答えつつも、肩の上を滑り鎖骨を撫でていく彼の指の動きが気になる。
距離を取ろうと湯の中を移動しようとしたら、彼の腕は俺の腰へと瞬時に伸ばされ、阻止されてしまった。
「ウォーリア……あの、あんまり変な事は…」
「君の神様のお願いを、聞いてはくれないのかな?」
ニッと口角を上げた狡い笑顔……。
残念ながら、彼に仕えると約束した以上、彼の望みは叶えてあげないといけない。
それが俺の彼への誓いだ。

近付く彼の顔、寄せられる唇を抵抗する事なく受け入れると、ふっと彼は満足そうに微笑んだ気がした。


ドーム状になった洞窟の中では、僅かな音も大きく反響して聞こえてしまう。
自分の声も、体を動かす度に揺れる水が立てる音も、必要以上に大きく聞こえる。
「ぁっ!!……ウォーリア、待って!」
俺の蕾へと伸ばされた指が入り口をぐっと押し広げ、そこから体内へと熱い湯が入り込んでくる。
「ひゃ、ぁあ!!……熱い」
人の体温よりも熱い湯と一緒に、俺の奥を穿つ熱の塊に体が跳ねる。
はっ、と息を吐くと俺を宥めるように、頬や首筋に優しく唇で触れる。

「愛してるよ、フリオニール」
囁かれる言葉も、酷く熱い。
熱い……。
「ウォーリア……熱いよ」
俺を揺さぶる相手にそう告げると、ぎゅっとしっかりと支えてくれる。
「好きだ」
俺を追い詰めているのは彼だというのに、俺を助けてくれるのはその追い詰める相手だけ。
おかしいとは思う、だけど、一つ分かっているのは…。

「フリオニール愛してる」
俺はどうも、この神様に愛されているらしい……。
それは、千年も前から。


「……済まなかった」
「うん……」
そっと目を開けて相手を見ると、優しく俺の頭を撫でる相手の手がそっとその上に被さった。

社の中、板張りの室内は陽が昇って居ても少し暗い。
大した事はない、ちょっとした湯あたりなのだが…相手に心配かけてしまっている事と、原因が彼にあるのは間違いない。
しゅんと反省した様に垂れ下がった彼の耳が、少し愛らしい。

熱せられ過ぎてしまった体に、今度は外気の冷たさが心地良い。
湯冷めするのもいけないから…と、俺の体にはウォーリアの羽織りがかけられている。
熱くもなく、寒くも無く……少し頭がクラクラするものの、浮いている様な感覚は不思議と心地よい。

「あっ……フリオニール、雪だ」
「えっ?」
そっと体を起こすと、ちらほらと空から舞い落ちてくる雪が見えた。
寒いと思ったら、だけど……雪は嫌いじゃないんだ。
「綺麗だな」
「ああ」
すると、最初にそうしていた様に背後から彼に抱きこまれる。
「君とまた、こうして過ごせる日々がきた……」

この神様は、俺の覚えていないかつての俺の事を言う。
それは少しだけ、悲しいというか、悔しいというか…不思議とそんな気持ちが沸き起こってくる。
かつての自分と今の自分は、確かに地続きだろうけれど…かつての俺は、今を生きる俺とはまた違う人なのだ。
少なくとも、今の自分にとっては。

「ウォーリア、これからの貴方の側に居るのは…俺だから。
俺も、貴方が好きだから」
少し振り返って相手の目を見てそう言うと、彼は少し微笑んで頷いた。
その綺麗な笑顔を、もっとずっと見ていたいと思った。

あとがき

W記念フリ—リクエスト小説で「朱門の内で」の続編でした。
地下室にのみ上げた作品でした、神様と神主の息子という妖怪パロディです。
作者本人が、何気に和モノが好きなので…袴いいよね!袴!……ってなりながら書いてました。

しかし、リクエストして頂いてから…今まで作者の予定が立てこんでおりまして、アップするのが大変遅くなってしまいまして申し訳ございませんでした。
リュカ様のみお持ち帰り可ですよ、この様な感じになりましたが…お気に召していただければ幸いです。

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