雨上がりの空、見上げた先…
琥珀色に輝く朝日、彼の瞳の様な色

空に広がって行く、透き通る青い色
それを彼は、私の瞳だと言った

幸福之誓

『今夜は…いつ帰って来れますか?』
彼からかかってきた電話。
本当は、私だって帰りたい……だけど。
「すまない、今日は遅くなるだろう……日付を越える可能性もあるから、君は先に休んでいてくれ」
『そうですか……』
彼の声のトーンが、少し落ちる。
寂しがってくれているのか、それとも悲しんでいるのか…その両方という事も考えられる。
彼が私に心を許してくれている、その事実があるからこそ、私は早くそこへ帰りたいと思う。
私の事を待ってくれている、信じてくれている人の元へ。

『あの、作った夕飯はラップかけて残しておきますから。帰って来た時に、もし食事がまだなら…食べて下さい』
チラリと時刻を確認する、夜の8時はとっくに過ぎている。
多分、律儀に私の帰りを待ってくれていたんだろうな…。

誰かと一緒に暖かい食事を取る。
普通の家族ならば当たり前の事を、私達二人は今になってようやく手に入れたのだ。
だというのに、私の方はそれを毎日堪能する事ができない、止むに止まれぬ事情がある。
警察官という私の職業柄、まず、家に帰れない…なんていう事もザラにあるくらいなのだ。
ああ……早く、帰りたい。

「早く帰りたいよ」
言葉になって表れた思いは、大きな溜息と一緒に吐き出された。
それを聞いた彼は、電話口の向こうでフッと息を零した。
多分、それは微笑みではなく、苦笑いだろう。
『お仕事、頑張って下さい。俺、ウォーリアさんが帰って来るの……待ってますから』
彼の声に混じって、外で降り続ける雨の音が電話口の向こうから響いてくる。
待ってる、その言葉が私の気持ちをどれだけ急かす事か…君は分かってるんだろうか?
まるで、雨の中に放り出された子猫を待たせている気分だ……。
こうなったら、できるだけ早く帰るしかないだろう。


だけど、現実はそうは甘くない。


すっかり日付も変わってしまった時間になって、ようやく解放された。

国家公務員というのは、楽な仕事ではないのだ。
ザザ降りの雨の中、家路へと向かう足取りは重い。
本当は、泊まりでも良かったんだがな……この体は、本気で疲労している。
だが、それでも私は自分の家に帰る道を選んだ。
できるだけ早く。


ようやく帰っり着いたマンション、普段と全く同じ動きでエレベーターのボタンを押して、狭い箱の中で大きく溜息。
チン、という到着音と共に、箱の中から吐き出される様に廊下へと出ると、自分の部屋のナンバーを確かめ、ドアの鍵を開けて中へ入る。
音をできるだけ立てずに入り、まずは汚れた体を温めようと風呂場へと向かう。
そこには、キッチリと折り畳まれた洗濯物が置いてあった。
私の着替えだ。
用意してくれた相手は、一人を除いて他に居ない。

「本当に、君は良いお嫁さんだな」
そう一言呟き、ようやく私は一日分の汗を流せた。


サッパリとした気分で台所へと向かう、水を飲もうと冷蔵庫を開ければ、綺麗にラップに包まれた器が並んでいた。
残してくれていた夕飯を温め直している間、リビングに出てみると、部屋に置いたソファの上に見慣れない固まりがあるのを見つけた。

そっと近寄って観察する。
ソファの上で体を丸めるのは…この部屋のもう一人の住人。

「本当に……待っててくれたのか、君は」
眠るフリオニールがいるソファの下に座り、その寝顔を観察する。
幼い寝顔、こうして見ると年相応に見える。
だが、穏やかそうではなく…どこか寂しげに映るのは、私の気の所為ではないと嬉しい。
同時に、腑甲斐無い事でもある…。
寂しい思い等、させたくないのに。
できるだけ一緒に居てあげたいのに、その願いが叶わない。
……一緒に、居てあげたい?

「違うな」
いかにも相手の為を装っているものの、これは私の気持ちだ。
私が、彼と一緒に居たいと思っているのだ。

少しでも長く、少しでも多くの時間を共有したい。
彼の笑顔を見たい、彼が幸せに微笑む姿を。
もっと……見ていたい。


普段は、尻尾の様に結われている長い髪は解かれ、サラリと肩口から背後へと流れている。
毛先を取り上げて、その毛先を指先で弄んだあと、手を差し入れゆっくりと梳く。
頬に触れると指先へと伝わって来る、自分よりも暖かい体温。
愛おしい温もり。

「好きだ、フリオニール」
心にある想いを口にし、私を慕ってくれている彼の額へと、そっと唇を寄せる。
優しく触れて、直ぐに離れる。
くすぐったかったのか、身動ぎする相手の猫の様な動きに、自然と自分の頬が緩むのを感じた。


そっと彼の背と膝裏に腕を回して抱き上げる。
よく寝ているから、このまま寝かせてあげたいのだが、こんな場所で寝かせるのは気が引ける。
もう少し、彼の寝顔を一人占めにしたい所でもあるのだが。これ以上、寝込みを襲う様な真似をしてはいけないと、理性が告げた。

「ん……ぅ…ウォーリア、さん……」
薄らと開かれる、彼の瞳。
綺麗な琥珀色を湛えたそれは、私を見つめて、何度か瞬きした。
「ぁ…………何!?」
しばらくボーとしていた彼は、自分の置かれた状況をどうやら飲み込めなかったらしい。
「暴れないでくれ、落としてしまう」
「えっ!……だって、どうして?」
「君があまりにも気持ち良さそうに寝ていたから、起こすのが悪い気がして」
なら、もう起きたのだから下してくれ…そう言う彼を無視して、そのまま寝室へ向けて歩く。

「ウォーリアさん!!」
「いいだろう?私がそうしたいんだ。しっかり捕まらないと、危ないぞ」
そう話すと、彼は小さく溜息をして、おずおずと私の首へと腕を回した。

「ウォーリアさん」
ベッドに彼を下し、見上げる彼が小さく私を呼んだ。
「うん?」
「おかえりなさい」
そして、おやすみなさい…そう頬を染めて言うと、布団を被ってしまった。
しばらくその姿を眺めていたが、彼がそれ以上、身動ぎする事はなかった。
「ただいま、フリオニール……良い夢を」
微笑んでそう言うと、彼の横になる寝室から出て行く。

私は、彼の笑顔に帰って来たかったのだ。


翌朝、目が覚めたら時刻は早朝。
空は白んできていて、もうそろそろ陽が昇る頃だろうか?
ぐっと伸びをして起き上がると、寝室からリビングへと向かう。
サワリ…と室内へと走り込んできた、朝の涼やかな風。
開け放たれたベランダのガラス戸、その向こうの柵にもたれかかって、空を眺めている彼。
そっと後ろから近寄り、その肩へと手を伸ばす。
「おはよう、フリオニール」
「あっ……おはようございます」
振り返る彼の、銀の髪がそっと私の頬を撫でた。
「もしかして、俺が起こしてしまいました?昨日…遅かったのに」
「いや、目が覚めてしまっただけだ……それにしても、君は朝が早いな」
「偶然ですよ…ちょっと、今日は早くに目が覚めただけです。そしたら、なんだか空が綺麗だったから」
確かに、雨上がりの空は雲一つ無く、とても澄んで美しい。それにどこか、いつもよりも高く感じる。
「ウォーリアさんの目と、同じ色ですね」
そう言って笑う彼に、私も必然的に笑みが零れる。

「でも、寂しいんです…一人で居るのは」
ふと呟かれた彼の言葉に、息を飲む。
「フリオニール……」
「こんな事、前は思わなかったんですけどね…怖かったから、人と居るのが」
伏せられる彼の顔が、また曇っているんじゃないのか…?と心配になる。
泣いて欲しくない。
どうか、泣かないでくれ。
その願いが通じたのかは知らない、顔を上げた彼は、どこか晴れやかな笑顔を見せた。

「貴方と居るの、楽しいんです…楽しいんじゃないのかな?うん、でも嬉しいです。
待っていた人が、ちゃんと帰って来てくれるって……」
私だって嬉しいさ。
笑顔で、私を迎え入れてくれる人が居る…。

「不思議ですね……それだけなのに気分が良い。なんだか、こうやってただ居る事が凄く、嬉しいんです」
以前は、苦痛にしか感じなかったというのに……。
そう語る彼の横顔は、どこか晴れ晴れしていて綺麗だ。

「そうか」
彼の肩を抱き寄せると、その私の手を取り、頬を寄せる彼。
ほっ…と吐き出される吐息の中に、彼の安堵の音が含まれている。
「俺、凄く幸せなんですよ」


こうして、生きている事が。
誰かの側で、生きるという事が。
どうしてこんなに、幸せなんだろう。


そう呟く彼は、真っ直ぐに私を見つめる。
「ウォーリアさん、お願いですから…俺の側へ、帰って来て下さいね」
見つめる彼の瞳に満ちた、懇願。
それは、私の方こそ…願う事だ。


「私はできるだけ君を、幸せにしたいと思っているんだ」
「えっ……」
驚く彼に、私は続ける。
「君には笑っていてほしいんだ。君の笑顔を見ていると、私も幸せだから」


寂しい思いはさせたくない。
できるだけ一緒に居たいし、私の隣りで笑っていて欲しい。
そう願う自分の中にある独占欲に気付き、苦笑い。

苦笑いで留まらなくなる日が、いつか来るのだろうか?
もしそうだとしても、私は、彼の幸せを最優先に考えていたい。
悲しみから、救ってあげたいのだ。
君の笑った顔を見れれば、それだけで、私の気分も晴れやかなものへと変わるから。


琥珀色した彼の瞳と、同じ色の朝日が昇る。
そっと彼を抱き寄せて、この腕の中に閉じ込めて。
彼に向けて囁く。


「一生、幸せにしてあげよう」


空が青いのは、光があるからだ。
雨上がりの空を綺麗に感じられるのは、きっと、空が喜んでいるからだ。
その光を、ただ一人だけが抱く事を。

あとがき

現在地下室で書いてるWOLフリの番外です。
結構、自分で好き勝手書いているモノを人に「好きです」とか言われて、ちょっと調子乗りました。
ここで書いた二人は、地下室で書いてるモノよりもずっと仲が進行してますが…本当に書いてて楽しかったのです。
自分が楽しんでどうするんだって話ですね、いや、ちゃんと祝う気はあるのです!

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