高く高く、青い空はどこまでも続いている
どこへでも、繋がっている

彼等とも、同じ空の下に居る様な気がする……

天涯比隣

仲間から離れて、そっと一人、川岸に向かう。
河原の柔らかい草の上、そこに腰を下して一息吐く。
そこで、懐から紅い石を取り出す。
透き通る様に美しいその石は、俺の愛するのばらの花の様な、綺麗な薄紅色の輝きを放っている。
コレがなければ、俺はあの出来事を…きっと、ただの夢だと思っただろう。
長い、長い夢なんだと。


何一つ、忘れていない。
彼等と歩んだ、闘争の記憶は俺の中に残っている。
笑いあった記憶も、苦しみや痛みを共有した記憶も、全て…この脳裏に焼き付いている。

これも全ては、このクリスタルが俺に残してくれているのだろうか?
太陽の光を浴びて、赤い光を俺に投げかけるクリスタルを眺めて思う。
彼等は、今何をしているのだろうか?

平和な世界を作れたのか、あるいはまだ、彼等の宿敵に立ち向かっているのか……それは分からない。
だが、彼等の存在が、今、自分の力になっているのは間違いない。


「何してるんだ?フリオニール」
「レオンハルト」
探したぞ、という義兄は俺の隣りへとやって来る。
その姿を眺め、俺は持っていたクリスタルを仕舞う。

「随分、綺麗な石だな」
俺のクリスタルを見て、彼はそう言う。
「何か、大切な物なのか?」
「……ああ」
彼の質問に頷けば、レオンハルトは不思議そうに俺を見る。

「なんだか、最近お前が変わったとマリアが言っていたが、確かにその通りかもな」
「えっ?」
「何だか、少しの間にぐっと大人っぽくなった」
そう言う義兄に、俺は苦笑いを返す。
そんな事は無いよ、と言うものの、そんな俺の言葉を相手は否定する。
「何か変わった、上手く言葉に表せないが…お前は、どこか強くなった」
キッパリとそう言う相手に、俺は照れた笑いを零す。

「その石が、何か関係してるのか?」
「えっ!?」
鋭い相手の質問に、俺は驚く。
「今まで、そんな物を見た事がなかったから…何か関係があるかと思ったんだ」
どうして分かったのか?その疑問が、顔に現れたんだろう。
驚く俺の反応を見て、レオンハルトはそう言う。
「多分…信じてくれないと思うぞ」
「はぁ?何だよそれ」
俺の返答が満足できなかったのか、彼は少し不機嫌そうに俺を見返す。
でも、本当の話だ。
こんな事を話しても、きっと信じては貰えない。

召喚魔法というモノが存在しない俺の世界では、別の世界に呼ばれるなんて、全く未知の考えなのだ。
実際、あの世界で召喚石を初めて見た時の俺は、酷く驚いたものだ。
他の世界には、こんなものが存在していたのか…と。
この口で、言葉にしてしまえば…それはただの夢物語の様に聞こえてしまう事だろう。


ここではない世界、見た事のない人達。
別の世界から集められた、戦士達。


太陽の名を冠す…青年。
生命の唄を歌う…盗賊。
獅子の心を持つ…傭兵。
孤独に耐え忍ぶ…兵士。
魔の力に怯える…少女。
風の導きに従う…旅人。
光と闇を秘めた…騎士。
知と理に満ちた…少年。
夢を追い求める…義士。
光と共にあった…戦士。


彼等と世界を救う旅をした。
崩れて行く世界で、右も左も知らない場所で、歩んできた俺達。
色々な物を見て、知らない事も沢山教えてもらって。
自分の世界以外に、こんな世界があるのかなんて知って…。
それでも、俺はここへ帰って来た。


「信じられるか?こんな話」
笑いながら彼にそう言うと、義兄は真剣な顔で「信じるよ」と言った。
その言葉に、俺は耳を疑った。
何度も言うけれど、こんな夢物語に近い話なんて、一笑されてしまうとそう思ったのだ。
「何で本当だと思うんだ?」
「何でって、実際にお前は行ったんだろう?」
「ああ…だけど」
「お前が急に成長した理由も、それならば説明がつく…俺達が知らない内に、別の場所でそんな事をしていたなんてな……」
そう言って俺の頭を撫でてくれる相手の、暖かい手の感覚に、どこか懐かしさを感じた。
そういえば、こんな風に彼の撫でてもらったのは久しぶりの事だ。
成長したと言われたのに、同時に子供に戻った様な気がして…どこかくすぐったさを感じる。

「良い人達だったのか?」
「ああ、ティーダは一つ違いなんだけど、凄く明るくて何時も前向きでさ、それに俺に凄い懐いてくれて、何だか弟ができたみたいで嬉しかったな。
それから、ジタンは舞台役者と盗賊を兼業してるらしくてさ、なんだか色恋なんかにも明るくて、俺より年下なのに色々教えてもらったな。
スコールは凄く物静かだけど、戦闘の技術や知識はとても高くてさ、なんだか傭兵の学校に行ってるとか行ってたな。
クラウドは俺達の中でも一番年上で、いつも冷静でさ、頼りになるお兄さんみたいな存在だったな…それに、色々と知らない事も教えてくれたし。
ティナはお淑やかな感じの女の子で、凄く魔法が上手いんだ、料理とか裁縫とか教えてあげたら凄く喜んでくれてさ。
バッツはいつも自由な感じで、実際旅をして暮らしてるから色んな場所の事知っててさ、面白い話をよく聞かせてくれたんだ。
セシルは王国の騎士だったんだ、凄く物腰が柔らかくて紳士的で、いつも俺達の事優しく見守ってくれててさ。
オニオンナイトは俺達の中で一番年下なんだけど、戦士として凄く頑張っててさ、それに凄く頭が良くて、俺も知らない事しっててビックリしたよ。
ウォーリアは……」
そこまで順調に話していたのに、そこで言葉が詰まる。
青い鎧の、誰より真っ直ぐに進んでいた戦士。
「ウォーリアは、絵に描いた様に逞しい戦士でさ、小さい頃に見た勇者様みたいなそんな雰囲気で、いつも誰よりも真っ直ぐに進んでいた、頼りになる人だった」
今も、思い出される…彼の姿。
あんな人は、今までに見た事が無い。
真剣な眼差し、驚くほどに整った顔立ち、そして誰も寄せ付けない立ち姿。
なのに…闘いの場から離れると、途端に彼は人の姿に戻る。
記憶を無くしたという彼は、何も知らなくて。
でも、俺達と過ごして行く内に、どんどん色々な事を覚えていって。
色んな感情も……取り戻していって……。


「そのウォーリアという男、随分と…何か、思い入れでもあるのか?」
「えっ!?……何で?」
心を見透かされた様でビックリする俺に、義兄は苦笑して俺を見つめる。
「いや……なんていうか、その人を語る時のお前の表情がさ、他の仲間とは違う顔をしていたから」
「ああ、俺あの人に…凄く、憧れてたから」


「君が好きだ」
こんな時も、彼は一切視線を逸らさない。
真っ直ぐに俺を見つめて…。
それはとても強い、力を持った意思のある瞳。

俺の憧れる、その人。
好意を受け入れるのは、酷く勇気が必要だった。
俺で、本当に良いのか…と。
怖かった…。


でも、彼の想いは純粋だった。
俺も…それを受け入れる意思があった。
好きだったんだ、純粋に彼の事を。
とても…とても、大切な人だ。
こんな感情を他人に抱いたのは、初めてなんだ。

決して、忘れられない人。


「随分と、惚れてるみたいだな」
「え!ぇええ!!」
俺の回想が口に出ていたのか、それとも、この義兄は俺の知らない間に、読心術でも使える様になったんだろうか?
俺の反応に対し、義兄は不思議そうに見返し「憧れてたんだろう?その男に」と、続けた。
ああ…そういう事か。
彼は、人柄とかそういうのに憧れるという意味で“惚れる”なんて言葉を使ったんだろう、っていうか当たり前か。
男同士の恋愛なんて、この厳しい義兄からすると、考えられない事だろう。

「なんだか、お前が成長した意味が分かった様な気がする…」
「何?」
ボソリと呟いた言葉を聞きとり損ねて、聞き返すと「いや、こっちの話だ」と彼は手を振った。

「それで、その仲間達とは、また会いたいのか?」
「そうだな…」
その質問の答えを考えつつ、空を見上げる。
どこまでも続いて行く、青い色。


世界は丸く、どこまでも繋がっている。
それを教えてくれたのは、一体誰だっただろう?
仲間の海賊だっただろうか?それとも、飛空艇の技師だったか…幼い頃、両親に聞いた話だったか……。
だけど、その通りだと思うんだ。
「…会いたいというより、また…会えるんだって、思うんだ」
世界が違うんだから、もう会う事もないだろう…と普通は感じるハズなのに。
でも……今でも思う。
ふとした瞬間に、彼等が一緒に居るんじゃないのか……って。

俺を見つけたティーダが、コチラへ向かって走って来るんじゃないか、とか…木の上から遠くを眺めるジタンの、金色の尻尾が見えたんじゃないか、とか。
仲間から少し離れた場所で、スコールがあの特徴的な武器を磨いてるんじゃないか、とか…野営地に帰れば、今日もクラウドが一緒に鍛錬でもしないか?と誘ったりするんじゃないか、とか。
花を見つければ、それを見たティナが喜ぶんじゃないか?とか…風が吹けば、バッツは今どこに居るんだろうか?とか。
仲間の元に戻った時に、セシルが何時もの様に出迎えてくれるんじゃないか、とか…本を手にすると、オニオンナイトが喜びそうだなと思ったり、とか…。
月光を見る度に、俺達を導いてくれたウォーリアを思い返したりするのは、きっと寂しいとか、あの世界の事を引き摺っているとか…そういう事ではない。
本当に会えると、そう思っているんだ。

「何の根拠も無いんだけどさ、でも…不思議とそう信じられるんだ」
隣りに居るレオンハルトに、俺はそう言う。


世界は越えられる。
それは、女神に召喚されて知った事。
だけど…その越える方法は、神だけが持っているのではないのではないか?
俺達も、いつかその方法さえ知れば、また巡り合う時が来るのではないか…。
もし、そんな力が無かったとしても。
世界は輪廻の中にある。
それも知ったのもあの世界での事。
幾度も幾度も回る輪廻の果て。
その巡りがいつか…彼等と再び巡り合わせてくれるのではないか?と思う。
それは、ここではないどこかの話かもしれない、だけど…だからこそ再会した時に、俺は胸を張って彼等に会いたい。
俺は、俺の夢を叶えられたのだと…そう。


俺はあの世界で、夢を追う力を得た。
途中で諦める訳にはいかない。
同じ夢を見てくれた、仲間の為にも…この世界を、花で満たす日まで…歩みを止められない。
そう、約束したから。


「お前も、大人になったな」
「そんな事無いよ」
照れた笑いを見せる俺に、レオンハルトは「そうかもな」なんて、言って笑った。
「だけど、そうか…俺達を置いてそんな場所に居たのか……」
「怒った?」
「いや、ただ単純に寂しいと思っただけだ。俺も会いたかったよ、お前が憧れるという……その戦士にさ」
そう言うと、レオンハルトは立ち上がった。
「そろそろ出立の時間だろう、戻ろうか?」
「ああ」
彼に言われて、俺も立ち上がる。


レオンハルトには言っていないけれど、また会えると思っている理由が、実はもう一つある。
それは、この世界へと戻って来る、別れ際の事……。
他の仲間達が、それぞれの世界に戻った後…最後に残ったのは、俺とウォーリア。


「ありがとうウォーリア、貴方に出会えて…俺は、本当に幸せだったよ」
最後は、笑って別れようと思っていた。
この人の思い出に残る、最後の姿かもしれないから…だから、泣きたくなかったんだ。

必死に笑顔を取り繕う俺に、ウォーリアが優しく微笑みかける。
なんて、温もりのある笑顔……。
その笑顔で、彼は俺に近付き…元の世界へと帰る為に、少しずつ消えていく俺を抱きしめて、そして…。


そっと、優しくキスをした。


消えて行く俺の体は、彼の温もりを確かに感じていた。
だけど、その感覚もどんどんと薄れていく。
そんな俺の目を真っ直ぐ、真剣な表情で彼は見返した。
それは、戦闘時の彼を彷彿と思い起こさせ。
そして同時に、あの日、俺に自分の想いを伝えた時と同じ目だった。


「また会おう、フリオニール」


彼は、“いつか”などという、仮定の言葉なんて使わなかった。
その声からは、“必ず会いに行く”という、彼の意思が伝わってきた。

いつだって……この人は、真っ直ぐなんだ。
そして、その意思は…俺達を、必ずその方向へと導いてきた。
だからきっと、この人は俺に会いに来る。
そんな風に、強く俺は思った。


「その時は、必ず貴方に…俺の夢を見せてあげるよ」
不思議な事に、そう口に出した言葉は強い意志になって、きっと達成できるモノに感じた。
きっと…それを聞いた彼が、笑っていたからだと思う。

「約束だぞ」
「ああ!」
そう返答した俺は、きっと泣いていただろうと思う。
だけど、笑ってもいたと思う。


胸元に入れたクリスタルの光に導かれて、きっと…会えるだろうと、信じている。
青い空を見上げ、俺はどこかに居る恋人を想って、微笑みかけた。


‐‐‐‐‐


「何してるんだよ?ウォーリア」
クリスタル越しに空を見上げていた私の元へ、仲間がそう声をかけて来た。
「いや……大事な人の事を、思い出していた」
そう返答すれば、相手はニヤリと笑いかけ「あの恋人か…」などと茶化す。


また会おう、と約束した彼。
今はどうしているのか、それは分からない。

彼は、自らの故郷の為に戦うと言っていた。
そんな彼は、きっと夢を叶えられるだろうと思う。
あの、平和を祈る彼ならば…。


さわさわと、草原を風が走っていく。
その風に乗って、どこからか赤い花弁が舞い落ちて来た。
そっと掌で受け取れば、それは彼が胸に抱いていた、あの花の花弁だと気付く。

優しく撫でて行く風…。
暖かく降り注ぐ光。
再び見上げた空の先、彼が……笑いかけてくれている様な気がした。

あとがき

55,000HIT御礼!!
黒い森〜花鳥風月の宴〜 管理人・忍冬葵

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