Yes my master !!

「最近、近隣諸国の動向が怪しくなってきています」
「確かに」
王女の言葉に、私は正直に頷き返した。
国の事を第一に考える王女に対し、この場での嘘は逆に為にはならない。

彼女は強く、また同時に賢い方だ。
この国を治める王女としての役割を、彼女は立派に成し遂げている。
私は自分の持てる力を活用して、王女を支えるのが仕事だ。


「この国に足りない力とは、何でしょう?」
「そうですね……やはり、優秀な魔導士が不足している事が問題でしょう、特に人材不足なのは召喚士です」
「召喚士…ですか、貴方の使うものだけでは駄目なのですね?」
「はい、私が使える召喚魔法は専門の者と比べれば大したものせはありませんから」
謙遜でもなんでもなく、本当の事だ。


召喚士は、精霊・魔獣・魔物…とにかく、ありとあらゆる人外の存在をこの世界のどこか、あるいは別の世界から召喚し、自分と契約を結ぶ事で彼等を自分の力として使用する。
召喚魔法は、他の魔術とは少し趣が異なる。
白魔法を専門とする自分は、あまり召喚魔法は得意とは言えない。
召喚には魔力も必要であるが、召喚士としての力で必要なのは、むしろその人物の人柄とでも言うのだろうか?

力だけで従わせる術師は、彼等の中でも低級〜中級までしか扱いきれない。
人間の持つ魔力よりも、人外である彼等の方が、持っている魔力は高いからだ。
だから、そんな術師はいつか自分の力に慢心し、彼等に見切りをつけられる。


そんな術師では意味がない。


我等が必要としているのは、本心から召喚した魔物達を付き従わせる、それだけの魅力を持った人物だ。
それだけの才能を発掘しなければならない。

「実は、私に一人心辺りがあるのです」
「まあ、本当ですか?」
「はい、私が見た限りにおいて、その青年は確かな才能を持っています、修行次第では、歴史に名を残す程の人物になるかもしれません」
むしろ、私にはそれだけの確信があった。

「そんな方が、この国に……」
「もっと正確に言うと、この城ですね」
「……城に?」
不思議そうに首をかしげる王女に、私は頷き返す。
「はい。私の言う人物は、実はこの春から訓練兵としてこの城で訓練を積んでいます」
「そんな方に、急に召喚士としての道を勧めてそちらを選らんでくれるものでしょうか?」
心配そうにそう言う王女に、私は微笑む。
「ご安心下さい王女、私がなんとか、説得してまいりましょう」


2009/12/17


訓練所の隣にある、武器を補完している倉庫の前で明日の演習の準備を行う。
明日は得意の弓の訓練だ、不備のないようにしっかりと手入れをする。

「明日も訓練?」
そんな俺に、女の子の声がかけられる。
「マリア、今日も来ていたのか?」
「うん」
ニッコリ笑う義妹に俺も微笑み返す。

「兄さんが、フリオニールは才能があるって喜んでるよ」
弓の手入れを続ける俺に、彼女は今しがた会ってきたのだろう、一年先輩である義兄の話を出す。
「本当に?」
「うん、期待してるって」
「そんな事言われても困るな…」
まだまだ半人前の訓練兵だ、才能があると言っても、これから先どこまで伸びるかは分からない。
「私はフリオニールは強い人になると思うよ」
そんな俺に、彼女は笑ってそう言う。
「そう?」
「ええ、なんだかそういう気がするの」
彼女の根拠のない、しかし、くすぐったい彼女の言葉に、俺は笑う。

「じゃあ、頑張ってね」
「ああ、また」
そう言って家へ帰る彼女を見送り、俺は小さく息を吐く。


「可愛いよな、あの子」
彼女の後姿を見送る俺に“相棒”が声をかける。
「まあな、年々綺麗になっていく」
「へぇ……彼女にしないの?」
「馬鹿、マリアは俺の義妹なんだって言っただろ?」
「……ふーん」
何だ?今の微妙な間は。


「フリオニール君、ですね?」
「はい……っあ」
呼びかけられ、振り返った瞬間に俺は固まった。


何せ、俺の名を呼んだその人物は、王女の参謀と呼び声も高い宮廷魔導士のミンウ、その人である。
自分のようなただの訓練兵が、中々会って話などできる人物ではない。

「私はミンウといいます、一応、この国の宮廷魔導士を務めているのですが」
「知ってます」
むしろ、貴方を知らない人はいないと思いますが……。

「実は、君にお願があってきたのです」
「俺に、ですか?」
「はい」

宮廷魔導士である彼が、ただの訓練兵に?
一体、それはどういう頼みだというのか……。

必死でその内容を予想しようとして、しかし何も思い浮かばず、仕方なしに彼の方を見ると、宮廷魔導士は俺に微笑み返した。


「単刀直入に申し上げます、この国を救う為、召喚士になってはいただけませんか?」


「…………はい?」
俺は、俺に笑顔を向ける宮廷魔導士の言葉を何度も頭の中で反芻してみたものの、どうしても、その真意を突き止める事はできなかった。


2009/12/18


「あの……今、何て?」
つい、そう相手に聞き返してしまう。
「ですから、この国を救う為に、召喚士になって下さいませんか?」
「何で俺が!?」
俺のような何の魔法の素養もない人間が?
いや、それ以前に、ただの訓練兵の俺に、どうしてわざわざこんな国を動かすような人が頭を下げているのか、まったく意味が分からない。

「君の返答に、この国の未来がかかっているんですよ」
「いや、ちょっと待って下さいよ!!俺、今までに魔法なんて習った事ないんですよ、なのにそんな…召喚士なんてできません」
それが俺の精一杯の返答だった。
絶対に、何か勘違いをされているに違いない、そうとしか思えない。

「いいえ、君には才能がある」
俺の返答に、最初から予想していたように、彼は笑顔のままで俺に向き合う。
「才能なんて……なんでそんな」
「君の影には、別の誰かが居ますね?」
「!!」
宮廷魔導士の言葉に、ビックリする。

「気づいていないとでも思いましたか?君の影に宿っている、君の相棒さんの事くらいであれば一目で見ぬけますよ」
そうだ、彼は国内でも有数の魔導士、これくらい見抜けなくてどうする。


「……だから、どうしたんですか?」 「君は分かっていますか?力で相手を屈させない、その力は…召喚士としては申し分ないものなのです。
その力が、今、この国には必要なのです」
真剣な眼差しでそう言う相手に、俺はたじろぐ。
必要だなんて言われても、俺のようなただの人間にこの国の未来がかかってるなんて、どうしても考えられない。
国が求めている才能?そんなもの俺にある訳がない。
大体、俺がこの影に宿っている相棒と契約を結んだのだって、ほんの偶然の出来事なのだ。
俺の才能とか、そんなものはきっと関係ない。


『俺は、そうは思わないけどね』
ふと、俺のそんな考えを否定する声が俺の頭の中だけで響く。
『俺はアンタには才能があると思うよ。俺達が人に従うのは力だ、いつだって力の強い者の下に俺達はひれ伏す…だけど、アンタにはそれ以外のもので、俺達を従わせるだけの魅力がある。
だから…俺はアンタの傍に居たいんだ』


そんな事、言われたって……。


「俺じゃ、何のお役にも立てませんよ」
そう、今の俺はあくまでもただの一般の訓練兵なのだ、大した力は持っていない。
「それは重々承知の上です、しかし事態は急を要しています、君程の才覚ある人物がまた運よく見つかるとは限らない…そこで、提案があるのですが」
「……何ですか?」
「私の弟子として、しばらく魔法の素養について学びませんか?ちゃんとした召喚魔法を使えるようになれば、君はグングンとその実力を発揮できるハズなのです」
「いえ、あの……」
そんな悠長な事をしてる場合なのか?
召喚士を一から育てるくらいなら、どこかから金で雇った方が早い気がするのだが……。

「金で動く人間は金で裏切ります、名誉で働く人間は名誉で裏切るのです」
そんな俺の考えを見透かしたように、ミンウさんはそう言う。
「結局の所、国を裏切らない人間というのはこの国を故郷として愛し、この国を守ろうとする意思のある人間です…つまりは、君のような人です」
そう言ってほほ笑む彼に、俺はぐうの音も出ない。
国を救う?どうしても、彼の言葉をそのまま信じる事ができないのだが…そこまで頭を下げられて、それでも首を横に振れる程、俺は人が悪いわけではない。

「俺みたいな、初心者で大丈夫でしょうか?」
「ええ、君がそう言ってくれるのを、私は期待していたんです」
そう言って、俺の師匠は穏やかに微笑んだ。


2009/12/20


「はぁ!はぁ、はぁ……」
城の兵士は対人戦にこそ強化されているが、相手が人から離れた瞬間にその対処ができなくなる。
自分が実体を持たない、影の存在である事をこれ程までに幸運に思った事はない。
…まあ、だからこそ怪しまれて捕まったのだが……。
「クソ…」
そう呟いて壁伝いに城を歩く。

影の精霊は、影がある場所ならばどこにでも行ける。
故に、使い魔として召喚士に従属させられ易い。
俺は力で支配してくる、ああいう傲慢な奴等が大嫌いで、それに実際そこそこに生まれはいい為か、普通の精霊達よりも力を持っている、そういう術士から逃げられるだけの力も、持っているのだ。

だけど、俺達を人間はあまり好かない。
人は影よりも光の方を好く、光のように何でも照らすものの方が神聖で美しいのだ。
闇とか影とか、そういう暗く覆い尽くすものは何でも悪のレッテルを貼られる。


人間なんて、大嫌いだ。


国境付近を、ただ俺は通りかかっただけなのだ。
なのに、他国からの密偵と勘違いされた。
俺の話なんて誰も聞いてくれない、使い魔が主人の事に対し口を割らないのは分かっているので、話す事はデタラメなのだと、そう思っているんだろう。
俺は何も関係ないのに。


「はぁ…はぁ……」
すっと影の中に身を寄せて、小さくなって休む。
城の外れにある、朽ちかけた壁の半壊した建物跡…かつては、ここに何が建っていたんだろう?どうでもいいけど。
魔導士に見つかったら、その場で殺されるだろうな、なんてそんな事を思いながら、でも魔力の大半を奪われてしまった今、ここから逃げる事なんて到底無理に思われた。
早急に力を回復できないと、俺はここから出られない。


「誰か居るのか?」
その声の主に、俺はただ驚いた。
「居るんだろう?そこに…人間では、ないみたいだけど……」
魔物に対して、平気で声をかけてくる人間なんて珍しい…それだけでなく、その声の主には不思議と敵意も何もこめられていなかった。
だけど、安心できたものではない、人間は自分の姿を見ればその瞬間に出方を変えるのだ。

「何か…用、なのか……」
そう言いつつ、すぐに逃げられるように影の中へとより深く身を沈める。
いつでも逃げられるように、準備しておかなければ…。
「怪我してるんだろ?声が震えてる…辛いのか?姿、見せてくれないかな?怪我、治してあげるから」
そう言って一歩近づく相手に、俺はどうするべきか迷う。
「俺には……実体がない」
「ない?…それってどういう」
「俺は影だ、影の精霊だ…影に実体も何も、ないよ」
正直にそう話せばきっと、このお節介を焼こうとしている人間も諦める、それか、きっと俺を恐れて逃げ出すのではないか、そう思った。

「そう、なら……俺はどうしたらいい?」
「どうしたらいいって…何が?」
「お前を助けるにはどうしたらいい?何か、してあげられる事はない?」
「!!」
ビックリした…。
そんな言葉をかけてもらったのは、初めてだから。
人間は皆、俺達を力で屈させようとしてくる、そんな傲慢な奴しか知らないから…だから。
俺に対し、こんな風に優しく手を差し伸べてくれたのは、この青年が初めてだ。

「俺なんか……助けなくていい」
「どうして?」
「俺は、この国に密偵に入ったって疑われてるんだ、今も追手から逃げてる…そんな奴と関わったってなったら、お前の身が危ない」
俺に手を差し伸べるこの青年を、俺は巻き込みたくはなかった。
俺の事を諦めてほしかったのだ。

「でも、嘘なんだろ?ソレ」
青年は琥珀色の目で真っ直ぐ俺を見つめてそう言う。

「どうして…そんな事言えるんだよ?」
「お前から悪意が感じられないからだよ、自分の疑いを晴らしたいんだろう?違う?」
首を傾けてそう言う青年に、俺は涙が出そうになった。


ドキドキと大きく鼓動が高鳴っている。
この青年は、俺の知る人間じゃない。


「俺と、使い魔の契約を結ばないか?」
「使い魔って……俺が?」
ビックリしたようにそう言う青年に俺は頷く、まあ影だから頷いても分からないだろうけど。
「ああ。俺達は誰かの影になれればそれだけ、力の回復が早くなる、回復できたら直ぐに契約を破棄してくれたらいい、アンタに迷惑はかけない…直ぐに、自分の故郷に帰るから、だから…ちょっとの間だけでいい、俺を…アンタの影にしてくれ」
「……いいよ、俺なんかでいいなら」
そんな青年の返答に俺は安堵しつつ、そっと彼へと近づく。

薄い影である俺が、相手の体をゆくりと包み込む。
「俺はシャドウ、影の精霊…貴方を俺の主人とし、俺は貴方の影となり、貴方に付き従い、貴方の分身として、この身を全て捧げる事を、誓います」
すっと彼の手を取って、そこに唇を落とす。


「あっ……」
驚きから目を丸くする青年を見つめ、そう言えば言うのを忘れていたなと気づく。


「影の精霊は、ご主人様と契約すると実体が貰えるんだよ」
すっと膝を付き相手に契約のキスを交わした俺は立ち上がる。
青年と同じ褐色の肌と、銀の髪、顔も声も同じ。


ご主人の影と、そうなるように。


「アンタは普通の生活を続けてくれて大丈夫、俺は元々影だからさ、アンタの影としてそっとお供しておくから」
「そう……じゃあ、しばらくの間よろしくな」
ニッコリと笑顔でそう言う青年に、俺も小さく「うん」と頷き返す。

あの時の笑顔が、酷く優しくて暖かくて。
人間は嫌いだけど、彼の事はどうしても…嫌いになる事ができない。
精霊が人間に一目惚れっていうのも、おかしな話だけれど、でも……。


力が回復した今でも、俺はこのご主人様の元から離れられない。
それを笑顔で許してくれるものだから、俺は余計にアンタの影として離れられなくなってしまうんだ。


2009/12/22


「魔法って難しいですね」
基礎的な魔術書を読みつつも、自分の頭の中の許容範囲を何時超えるのだろうか…と心配になる程に複雑な内容を、必死になって理解しようと頭を働かせる。

「そうですか?剣の修行と一緒ですよ」
俺の師匠であるミンウさんは、そんな俺に笑ってそう答える。
「どこが一緒なんですか?体を動かすのと頭を働かせるのじゃ、大きな違いがありますよ」
「でも、どちらも辛い修行が必要になるのは同じです、それに耐えられるかどうかが問題なんです」


それは…確かにそうかもしれない。
しかし、元々剣士を志していた者が急に魔導士を志しても、そう簡単に上手くいくわけがないのも目に見えている。
頭よりも体を動かす方が、自分の性に合っていると思うだけに、より一層、魔術の習得なんて無理ではないかと思われるのだ。

「大丈夫です、どうやら君には、生まれながらに多少の魔力は備わっているようですし、魔法も最終的には慣れですから、使っていく内に体で覚えられるようになります」
「本当ですか?」
「ええ」
師匠の笑顔というのは、どうも人を安心させる力があるようだ。
白魔法を得意としているからだろうか?なんとなく、傍に居て人を落ち着かせる雰囲気があるのだ。


「今度、本格的に召喚魔法を試してみましょうか」
俺が基礎魔法を習得しつつあったのを見て、ミンウさんはそう言った。

「召喚魔法って…本当に魔物を召喚するんですか?」
自分の今の能力で、果たしてそんな事ができるのか否か…不安になる。
「君の使い魔になるような、能力の小さくて簡単なモノがいいですね」
「使い魔……」
それを聞いて思い出したのは、自分の影として生きているアイツ。


召喚士は多くの魔物と契約を結び、自分の使い魔を増やしていくものだ…とは聞くけれども、それって自分の仲間を裏切るような気がして、なんだか…ちょっと後ろめたい。


「大丈夫だって、俺は別に気にしないよ」
そんな俺の背中へと、ペタリと抱きついてくる別の影。
「シャドウ……」
「ご主人様の命令は絶対だもん、フリオニールの為なら何だって俺は受け入れるよ、それにどれだけ仲間が増えた所で、フリオニールは俺の事、大事にしてくれそうだし」
何しか自分の影だから、と彼は歯を見せて笑う。
「だから全然気にしなくてOK。あっ俺の事は心配しないで、俺はご主人様に一途だからさ、浮気なんて絶対しないし」
ギュッと俺に抱きつく影に、俺は少し安心し、少し呆れの混じった微笑みを返す。

「……相変わらず、仲がいいみたいですね」
そんな俺とシャドウを見て、ミンウさんが呆れたような声を上げる。
っていうか、あの…なんていうか、笑顔に多少威圧感があるんですけれど……。
「何だよいいだろ別に、主人と使い魔は仲が良くて当たり前なんだし」
ムッとしたように、シャドウはミンウさんにそう言い返す。

……なんだろうこの二人、俺の知らない所で喧嘩でもしたのかな?

「主人を敬うのであれば、もう少し態度を改めなさい」
「これくらいフレンドリーな方が親しみ易いに決まってるじゃん、ね?フリオニール?」
「えっ…えーと……」
頼むから、俺を間に挟まないでくれ……。

「あっ…えっと……そうだ!召喚魔法の練習、いつにします?」
なんとかこの二人のいがみ合いから離れる為に、話題を変えてみる。
「そうですね…準備もありますし、三日後にしましょうか?」
それまで、きちんと復習しておいて下さいね、といつもの笑顔で告げる師匠に俺は安堵し、「はい」と大きく頷いた。


この時、まだ俺は楽に考えていたのだ。
それが間違いだった。
しかし、誰が予想しただろう?


三日後の初めての召喚魔法が、奇跡的な大失敗になるなんて…。


2009/12/26


現在、ブログで連載中の召喚士パロです。
フリオが召喚士という、剣士の彼を術師にしてしまっていいのか…と思いつつ、楽しく書いてます。
思っていたよりも反響が良くて、ちょっと嬉しいです。
続きはちょこちょこと、アップしていってます。

キャラ設定は、一通り全員分が完成してからアップしようと思います。

追記
第三話、収録するのミスってました…ちゃんと見直さないと駄目ですね……。

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