シアンに祝福を。

Cyan



心の伝え方を、オレは一つしか知らない。
会場一杯に満たされた熱気、聴衆の歓声。
彼等はオレ達の歌に、曲に酔いしれる。
この瞬間だけ、オレは人に心が伝わっていると感じられる。

人のことは、当人以外誰にも分からない。
心なんて、特に当人が人に隠そうとするものだから。
だから、オレにはその姿が信じられない。
人のことを全て信じられないわけじゃない、だけど、全てを受け入れられるとは思えない。

それを悟られないように、人に合わせる事を覚えてきた。
必要なこと以外話さずに、人の前では仮面を被って・・・。
だけど、この場では他人の事も自分の事も心配する必要はない。

語るように、叫ぶように歌うボーカルの声。
甲高く掻き均されるギター、低く唸るベース。
自分の刻むドラムの音が、心臓の鼓動の奥にこれ以上ないくらいに強く、響く。

自分の思いは伝わるんだと、この時程強く思うことはない。

だけど、平生の自分は駄目だ。
仮面の奥に仕舞った心、その奥には人も立ち入ってほしくない、そんな拒絶間に支配されている。
侵入されるのを拒んでいる、自分の心が。

(それは、思っている以上に自分が弱い存在だから?)
(叫んでいる程、伝えようとしている程、強い存在ではないから?)

そんな嘘を隠しているから、オレはその心の迷いも叫びにして、こうしてステージに立つのか?

(それは、人に隠した小さな嘘)
(それは、人に見せたい大きな自分)

そんな自分を、オレ自身はどう思っているのか?

好きなのか、嫌いなのか。
その答を、考えたくない。

少なくとも、ここに立っている間だけは考える必要はない。
ここに立つ自分は、普段の自分ではない。
いや、もしかしたらここに立っているオレが本当の自分自身なのかもしれない。
そう思うと、少し笑顔が零れた。
こうやて、自分は人と繋がる事を望んでいるんだと。
拒絶している自分こそが、嘘の姿なんだとそう否定まではできなくても、少しでもその可能性があるのなら。
オレは、その方が嬉しい。
その方が人間らしいからだ。
拒絶していながら、酷く、それがうらやましくて仕方ない。
心に誰かが居る事が・・・。

ボーカルの曲紹介が終わり、次の曲が始まる。
下らない考えに捕らわれているときではなかった。
それからオレは、自分の演奏に集中した。

残響と観客の声援を残して、今日のライブが終わる。
やりきった、という満足感が心の中を支配する。
この瞬間だけの幸福感。

(後で陥る、孤独という虚無)

この時程、心が満たされることもまた珍しい。

(だけど、それも長くは続かない、すぐにまたオレは心の仮面を被る)

ライブ終了後の挨拶を、スタッフがすれ違いざまに言っていく、自分もそれに笑顔で答える。
(この笑顔が心からのものなのか、既にもう怪しい)
「よう!お疲れ」
「うん、お疲れ様」
楽屋に戻ると先に着いたメンバーと口々に労いの言葉をかけあう。
このまま今夜は打ち上げに行くのだ。
楽しい雰囲気のまま、誰も場を壊す者なんていない。
だから、自分もそれに従うのだろう。

心から楽しんでいると思う瞬間はあるが、しかし、それは一瞬過ぎて分からない。
判断をしようとした瞬間に、その気持ちはどこかに消え去っていく。
オレにその形を掴ませない様に、どこかへ・・・。
だから、楽しいや嬉しいの本来の気持ちを、本当にオレは味わっているのか・・・。
時々それを疑いたくなる。
それを忘れてしまえば、自分が人間じゃないと認めているみたいで、だから音楽が止められない。
「なあシアン、飲んでるか?」
「飲んでるって、って言ってる側から注ぐな!」
あんまり、酒には強い方ではないのだ。
っていうか、バンドのメンバーは酷く酔うと手が付けられなくなる、だからあんまり自分がペースをあげるわけにはいかない。
まったく、それが分かって注いでいるんだろうか?
呆れながらも、オレはグラスに注がれた酒に口を付ける。
すると、急に店内の証明が暗くなった。
「えっ、何?」
「何だよ、お前今日が何の日か忘れてたのか?」
「はぁ?」
今日は、久々のライブだってだけだけど、それ以外に何かあっただろうか?
考え込むオレを見て、メンバーは「うわっ!本気で忘れてたのかよ」
と驚かれた。
何だ?
「シアン、今日はさ
お前の誕生日じゃん」

誕生日・・・?
そう言われてカレンダーを確認する。
本当だ、確かにそうだ今日はオレの誕生日。

店の店員が蝋燭の刺さったケーキをオレ達の前に持ってきた。
彼等はわざわざオレの為にこうやって誕生日会を準備してくれていたらしい。
「誕生日おめでとう!」
そう言って騒ぐメンバーを、呆然と見る。

ああ・・・伝わってくる。

彼等の気持ちが、オレの心に侵入する。
それを、オレは拒絶せずに受け入れられる。
オレは、幸せ者なんだと本気で思った。

「ありがとう」
笑ってそう言ったオレの心は、彼等に伝わったんだろうか?


後書き

このサイト初の短編小説。
実は本日、十二月十六日は私の愛するV系バンド『jealkb』のリーダーelsaさんの誕生日でした。
という事で、誕生祝いと称して小説をアップしてみる。
シアンというタイトル自体には何の意味もありません、ただ青い色を使いたかっただけ・・・。
では、えっちゃんハピバ!
2008/12/16


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