こんな不思議って、幸せ…だよね? 花の季節に写真が趣味だ。といっても、別に高価なカメラを持っている訳でもないし、合成写真を作れるような技術もない。 ただデジカメで写真を撮って、それをパソコンでアルバムみたいにして楽しんでいるだけ。 週末の時間がある時に、カメラを持って歩くのが好きなだけ。 そんなある日、私はある子に出会った。 神社の桜が綺麗だって聞いたから、今日はそこへ行こうと思った。 公園みたいになっている広場では沢山の人が花見をしていて、邪魔したら悪いと思うからあんまり近付かないようにして、神社の境内へと入る。 向こうから聞こえてくる宴会の声。 あの人達は、お花見に来ているんだろうか?宴会に来ているんだろうか?きっと後者なんだろうけれど、でも、少しは花の事を気にしてくれてもいいじゃない。 そう思いつつ、私は今年の桜の花にシャッターを切る。 綺麗な青空を背景に浮かぶ花、一輪の花をアップで、並木道を見渡して……。 色んな写真を撮ろうと思っていた私の前に、ふとまんまるい影が見えた。 神社の石段の上で寝る、茶色い毛に包まれた猫だ。 野良猫なのかと思ったけれど、よく見ると濃い茶色の首輪がある…どこかの飼い猫らしい。 饅頭みたいに丸くなって寝るその猫が微笑ましくて、私はカメラを構えた。 「猫ちゃん、動かないでね」 小さな声でそう言うものの、寝ている猫が聞いている訳がないかと思い直し、シャッターを切った。 撮った写真を確認する、日向ぼっこをする猫……周囲の木の陰がそこだけ途切れた場所で、丸くなった猫が良い感じだ。 「本当、おまんじゅうみたい」 「誰が饅頭だ」 「えっ……」 今確かに、誰か男性の声がした……のだが、周囲には人影はない。 「誰ですか?」 「ワシだ、ワシ!」 そう言って私の靴をちょんちょんと叩いたのは、丸くなっていた猫だ。 「えっ!!…なっ!ぇええええ!!猫が!」 「猫ではない、ワシの名前は猫柳だ!」 怒られてしまった、猫に。 ビックリしたものの、なんというか…ツッコミ所の違う彼の言葉に拍子抜けして、逆にちょっと落ち着いた…かもしれない。 「喋れるの?」 心臓はまだビックリしてドキドキいってるけど、勇気を出して聞いてみる。 「当たり前だ、ワシは人間なのだからな」 「……猫に見えるんだけど?」 「勿論、今は猫だ。だが、ワシは人間だったのだ…その昔な」 「そうなの?」 もしかして、この子は妖怪とか…そういうものの類なんだろうか? 隠れて見えない尻尾を探す、もしかして先が二つに割れていたりするかもしれない。 「ワシもこの姿になった時は驚いた、だが…猫として暮らしてみるのも…まあ、悪くない」 「そうなの?」 「そうだ!ワシは毎日幸せだ、お陰で毎日ジャガ芋が美味い」 胸を張ってそう言う猫。 「…じゃがいも」 魚じゃないんだ。 というより、なんでじゃがいもをチョイスしたんだろう?美味しいものって、もっと沢山あるよね? 人の好みはそれぞれだけど…いや、猫はそんな熱々のじゃがいもなんて食べられるんだろうか?猫舌じゃないのかな?それとも生で食べたりは…しないよね? 「それにしても少女よ、君は何をしているのだ?」 「私?写真撮りに来たんだけど」 首から下げたデジカメを見せて猫にそう言うと、「桜の季節だからなぁ」と呟いた。 「良い写真は撮れたか?」 その質問に私は頷く。 「ならばついでだ、饅頭ではなくワシをもっと格好良く写してくれ」 そう言うと、澄ました顔で座りなおして胸を張る猫。 猫の男前の基準は分からないのだけれど…もう一枚、不思議な猫の写真を撮る。 「どうだ?男前に映っているか?」 「うん、男前だよ」 正直、男前なのかは分からないけれど…饅頭ではない、澄まし顔の猫の写真は雰囲気が変わる。 だけど、私はどちらかというと、最初の饅頭の写真の方が気に入っている。 コルクボードに張り出された写真の中に、あの茶色い饅頭姿の猫が居る。 お気に入りばっかりを集めた写真。 綺麗に映っているとか、とっておきとか…そういうものとは違う。 この一枚だけは、特別な一枚なのだ。 印刷した写真を確かめたけれど、尻尾は映っていないから…先が別れているかどうかまでは確認できなかったけれど。 猫柳だと名乗ったあの猫は、他の猫とは違う特別な子なんだという事は分かる。 もしかしたら、白昼夢か何かだったのかもしれないけど。 あんなに楽しい不思議なら、もう一度、会ってみたい。 今年も桜を見に行こう。 春の陽気に誘われて、不思議な出会いがあるかもしれない。 後書き 猫柳さん、特別編です。 日常の不思議っぽい、のほほんとした作品を目指しました。 猫柳さんは自分が人の言葉を喋れるという事を隠す事はしません、無暗に話しかけたら本当に人間の言葉で返します。 なのですか、ご近所さんなんかはもうすっかり慣れてます。 2011/3/18 BACK |