親父コタツで丸くなる
少年が帰郷するらしい。
年末年始は自分の実家に帰り、年を越す事にしたそうだ。
何しか、女で一つで息子を大学にやってくれた母が心配らしく、帰ってゆっくりしたいとの事だ。
では、その間ワシはどうなるのかというと・・・。
「ではすみませんが、関本さん、しばらくお願いします」
「ええ、構いませんよ、お母さんによろしくね」
「はい。じゃあオッサン、関本さんに迷惑かけないようにな」
「誰に言っておるのだ!少年、ワシをその辺の猫や子供と同じにするな!」
「はいはい、分かったって。
じゃあ、よいお年を」
「はーい、良いお年を」
そう言うと、大きな荷物を下げた少年はアパートを後にした。
と、いう事でワシは留守番・・・というか、まあゆっくりと年越しをする事になった。
「皆親御さんの所に帰っちゃうのねぇ・・・」
「正月は家族揃って迎えるのが一番だろうからな」
「そうねえ、さてと・・・大掃除も終わったし・・・おせち料理の材料の買出しに行かないと・・・」
アパートの大家をしている関本さんはそう言うと、楽しそうに出かけて行った。
そういえば、正月には大家の関本さんの息子家族が訪ねてくるらしい。
中々会えない孫に会えるという事で、彼女はとても張り切っているのだ。
静かで寂しい年末にならなくて彼女はほっとしている事だろう。
彼女の旦那さんが他界したのは二年前の春、急な心臓発作で亡くなってしまった。
ワシも葬式に参列した、まあ遠くから見ていただけだが・・・。
流石にこの姿で焼香はできんのでな。
少し前に子供達は嫁いでしまったり、他県へ転勤したりして彼女は本当に一人になってしまった。
だが、彼女にはアパートの住民がいた。
気の毒に思っているというよりは、純粋に頼りにしている、と言った方が良いだろう。
大学生や、新卒の社会人の多いこのアパートでは、関本さんはおばあちゃんのような存在だ。
人の繋がりというのは、何時の時代も形成されていくものなのだ。
二十年経って、様々な人間が出たり入ったりしたが、ここに住む人間の人柄は温厚であるとワシは思う。
まあ、中には問題児も居たのだが、それも愛嬌として関口さんは受け止めていたようだ。
事実問題児も、関本さんの迷惑になるような事は一切しなかった。
それは、食事に困った時に夕飯を作ってくれたり。
仕事が忙しい時に掃除や洗濯を手伝ってくれる、彼女のいい意味で世話好きな性格のせいだろう。
彼女は、人に慕われているのだ。
その彼女の気質が、彼女を一人にしなかった。
人の世も、まだ捨てたものではない・・・。
新年を迎える為に綺麗に掃除された室内で、大晦日の夜を迎えた。
テレビの前にはコタツ、そしてその上には蜜柑。
ちょっと昔のまま止まってしまった風景のようだ。
しかし、こんな風景がひどく癒されはしないだろうか?
「猫柳さんは、年越し蕎麦食べる?」
「うーむ、食べるとしても一人で一杯は食べられんかもしれんな」
「そう、じゃあ私と半分こしましょうか?昨日の残り物の煮物もありますし、菜っ葉の炊いたのもありますから、
半分でも充分ですから」
「ふむ、それで良いのならば」
その後、食卓に小さめの器に盛られた年越し蕎麦と、煮物の入った小鉢が置かれた。
「失礼になるが、犬食いで構わないか?」
「その手じゃあお箸は持てませんからねえ・・・勿論結構ですよ」
柔らかい笑顔で彼女はそう言った。
「今年の冬は寒いねぇ」
「うむ、蕎麦の温かさが身にしみるなぁ」
「ああ、そういえば・・・猫柳さんは猫舌じゃないのね?」
「・・・別に猫が猫舌でなければいけないなんて事はないだろう、そもそもワシは人間だからな」
「いえいえ、別に忘れたわけじゃないのよ、でもねえ・・・
そうやって猫として暮らしているのだから、猫の特徴持ってるんじゃないかって思ってしまうのよね」
「ふむ、少年もそう言っていたな」
「あの子はいい子ね、猫柳さんビックリしたみたいだけど、文句も言わずに一緒に暮らしてくれて」
「文句ならば毎日のように言ってるぞ」
「あらそうなの?でも追い出そうとしないのは、彼は優しいからでしょう?」
ふむ、成る程・・・確かにそうかもしれないな。
そんな話しをしながら夕飯を食べるとテレビを付けた。
大晦日のテレビといえば、アレだろう。
「今年の紅白は、若い人が多いわねえ」
「若者層の視聴率を上げるためらしいな」
「今の流行の歌はよく分からないわ」
「ワシは少年が部屋で聞いていたりするからな、多少は分かる」
「あらそう、まあ貴方もまだ若いものねえ、今年でいくつだったかしら?」
「37だな」
「あら、若いと思っていたらもうそんな年だったかしら?
本当に、時間が経つのは早いわね」
「・・・37はそんなに年寄りか?」
「もうすぐ四十路ですからね、若いとは言いがたいかもしれませんが、
少なくとも私よりは充分若いですよ」
テレビでは司会が歌手の紹介を終えて、演奏に入っていた。
今の若者が好むであろう歌は、年のいった者にどこまで共感されるだろうか?
そんな事を思ったが、口にはせず、満腹になったワシはコタツに入る。
静かな室内にテレビの音だけが響く。
時間が経つにつれて、段々と寒さも身にしみてきたので本物の猫のようにコタツで丸くなる。
これが想像している以上に温かくて気持ちがいいのだ。
「猫はコタツで丸くなるって、歌でいいますね」
関本さんの笑い声と一緒に、そんな言葉が聞こえた。
「まあな、ワシも雪が降ったくらいで庭を駆け回る程、若くはないという事だ」
コタツ布団からちょっと顔を出してそう言うと、関本さんの笑い声が再び室内に響いた。
その夜、除夜の鐘の音をどこか遠くに聞きながらワシは眠りについた。
新年をワシはコタツの中で迎える事になった。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
目が覚めて関本さんにそう挨拶をすると、コタツの上のお重が見えた。
「息子さんのご家族は何時来るのだ?」
「昼前にはコチラに到着するそうよ、孫は雪が降ったと知ったら喜ぶかしら?」
「雪?」
そう、昨夜寒かった理由はこれなのだ。
真っ白な雪がしっかりと積もっている。
だからコタツで丸くなりたいと思ってしまったのか。
「いい一年になるといわねえ」
ほっこりとした笑顔で、関本さんはそう言った。
「そうだな」
彼女の呟きにそう答えると、ワシは窓の外を眺めた。
新年の雪とは風情があるな、駆け回りはしないが、初詣にでも行ってみようかとそう思った。
後書き
おにおんりんぐの祐喜様へ捧げる相互記念小説。
リクエスト通り『猫柳さん』です、季節感を出して年末年始の話しにしました。
ぎりぎり間に合ってよかった、でも事件も何も起こっていない・・・。
猫柳さんは何時だってこんなのですが・・・。
では、この程度のブツでよいのならば祐喜様お持ち帰り下さい。
2008/12/25