塀の上でバク転する親父
この町で、俺の名を知らぬ者は居ない。
俺の名はトラ猫の龍次。
トラ猫なのに、龍…あれだ、強い者を味方にしてんだよ!!
だが、俺にはただ一人…いや、一匹だけ、どうしても勝てない奴がいる。
ソイツの名は、猫柳。
この二十年近く生きているという噂の、超長寿の猫のおっさんだ。
今日こそ!今日こそ!!俺はアイツに勝つ!!
暖かい春の午後、アイツの住む家にやって来てみると……。
奴め…塀の上で、暢気に昼寝してやがる。
ひょいっと塀の上に軽々と登る、これくらいは朝飯前だ。
そろそろと息を殺して、相手に近付くいていく、そして…。
「猫柳…覚悟!!」
爪をむいて相手に襲い掛かる、が。
「甘い」
パチっと、急に目を覚ますと、その場から瞬時にその場から後方へ下がる。
何っ!
「貴様、寝ていたのはフェイクか!!」
さっきまで相手が寝ていた場所に降り立ち、そう叫ぶ。
「そこまで殺気を立てておきながら、寝ていられるわけがなかろうが。
全く、人の安眠を邪魔しよって」
自分の身の安全よりも、起こされた事に対して怒るとはな…。
そう悠長に構えていられえるのは今だけだ、すぐに一泡吹かせてやる!!
「お前は、トラ猫の龍次だな?」
「俺の事を知っているとはな」
「この辺りの猫のボスなのだろう?猫の情報網は広いからな」
ならば、もう言葉はいらぬだろう…。
「いざ尋常に勝負!!」
「まったく、若者は血の気が多くてしょうがないのう」
俺を…俺を子供扱いしやがって!!
「許さん」
今度こそ、っと相手に向かって爪を向くも、それをバク転でかわされる。
何て…何て美しいバク転なんだ、敵ながら思わず見惚れてしまうぞ…。
っと、気を抜いている場合ではない。
「正々堂々と勝負しろ!」
「馬鹿者、そうやって直ぐ力に頼ろうとせなならぬのは、若者特有の安直な考えじゃ。
そんな考えでは何も成しえぬわ」
「黙れ!!」
そうやって爪をむくも、再びバク転をしてかわされる。
クソッ!それにしても、この狭い足場の中で体勢を崩さずにバク転を繰り返すとは…。
これが年を経る事によって身に付けられる技術だというのか…。
いや、しかし俺は奴にないものを持っている。
それは連戦によって鍛えられた、この獲物を切り裂く鋭い爪と、そしてアイツにはないこの若さという力だ。
猫柳の命も、今日までだ。
「死ね、猫柳!!」
バク転の着地場所に入り込み、相手に向かって爪を振り上げたその瞬間。
「馬鹿者が」
思いっきり、俺の顔を猫柳は踏みつけた。
「ニャフゥ…!!」
なっ…なんていう事だ……。
後ろでは、ストンっという軽い音がして猫柳が塀の上に着地した事を物語っていた。
「くぅ…俺とした事が」
後ろを取られ、急いで振り返ると。
「またく、若者は元気でよいな」
と、猫柳は涼しい顔。
その余裕な態度がムカつく!
「貴様、そうやっていられるのも今の内だぞ!!」
「そうかそうか、そう言いながらお前は今、ワシに顔面を踏みつけられておるがな」
「うっ煩い!!煩い!!ちょっと手加減してやっただけだ!!」
「ほぅ、お前は手加減して相手に顔面を踏まれて平気なのだな?」
コイツ…俺を挑発するとはいい度胸だな……。
「貴様、俺を愚弄するとはいい度胸だ…」
「この程度で怒るな、まったく背中の毛が立っておるぞ」
指摘されても直すつもりはない。
少しでも体を大きくして、相手を威嚇する。
それでも、相手…猫柳は全くもって動じない。
コイツ、どんな神経してやがる。
ああ!!もう、堪忍袋の尾が切れたぜ!!
「お前なんて殺してやらぁ!!」
そう言って、相手に向かって思いっきり飛んで爪で攻撃しようとした…が。
「全く、少し頭を冷やしたらどうだ?」
そう言って、俺の攻撃を再びあの素晴らしく美しいバク転で避ける猫柳。
いきなり対象を失い、勢いづいた俺はそのまま塀の上に無様に落ち、その反動で道路へと放り出された。
「ニャッ…」
慌てるな、猫はこういう時に強い。
スタンっと上手く体勢を立て直し、道路に着地するも…。
チリン、チリン…という自転車のベル。
それに気付いたときには、既に相手は目前で…。
俺、危うし…。
「何をしておる」
そんな声と共に、ぐいっと背後に引っ張られる感覚。
丁度その前を、自転車は走っていった。
俺を助けたのは、そして、今ここに居るのは…。
「猫柳…」
「何だ?」
振り返った先には、俺がさっきまで死闘をしていた相手。
なんていう事だ、コイツは相手に大きなダメージを与えられるチャンスだというのに。
そして、さっきまで自分を殺そうとしていた相手の命を…。
助けた。
なんて…なんて、心の広い人、いや猫なんだ!!
俺は、俺はいたく感動した!!
「ねっ…猫柳さん!!」
「何だ龍次?」
「俺を是非、貴方の弟分にして下さい!!」
「いいぞ」
「本当ですか!?」
「ああ、もうっ!!ウルッサイ!!」
突然、そこのアパートの窓は開き、そこの住人と思われる子供が顔を出した。
「オッサン、何騒いでるんだよ?」
「オッサンではない、猫柳だ」
「その台詞も聞き飽きたぞ、何だよ?近所の猫と喧嘩してたのか?」
喧嘩なら他所でやれ!!と子供は叫ぶ。
「テメエ!俺の兄貴に向かってなんて事言いやがるんだ!」
「おいおいオッサン、そこのトラ猫が何か言ってるぞ」
「やい!!お前、俺の言葉が分からないのか!!」
「コラ、叫ぶな龍次、人間に猫の言葉が分かるわけがないだろう?」
「でも兄貴は…」
その時、兄貴の頭に向かってじゃが芋が飛んできた。
そして、クリーンヒット。
甲子園でも目指していたのか?あの子供。
「まったく、近所の猫とは仲良くしろよ」
そう言うと、ピシャリと窓を閉めた。
「あの…兄貴?」
「まったく、食べ物を粗末にするな」
そう言いながら、投げられたじゃが芋を拾う兄貴。
「全く…龍次、お前も飼い主の横暴には気をつけろよ」
「ハッハイ!!」
そう元気よく返事を返すも、兄貴という存在が一切分からない。
とりあえず、俺の兄貴は凄い人だ。
いや、凄い猫だ。
後書き
猫柳さん、久々に書いた!!
新キャラ登場!!そして猫柳さんに弟分ができました。
龍次君です、龍次君は人間に自分の言葉が通じない事を忘れやすい子です。
なので、少年君に向かって普通に話しかけたりします、が、言葉が分からずによくトンチンカンな会話になります。
そんなちょっと馬鹿な子の龍次君をよろしく。
ちなみに、バク転は親父の得意技です。
2009/4/11
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