親父たこせんを買いに行く
外はカリカリ。
中はトロトロ。
熱々を頬張る、至福の瞬間。
「腹減ったなぁ・・・」
日曜日の昼下がり、少年はそう呟いた。
「うむ、もう昼の一時を回っておるからな」
「そっか・・・そろそろ飯でも買いに行こうかな・・・」
「外食はよくないぞ、少年、栄養価が偏る」
「いや、俺一応ちゃんと自炊はしてるし・・・たまにはいいじゃないか」
むう、確かにその通りだ。
この少年、料理の腕にはいささか自信があるらしい、この若さにしては珍しく毎日のように手料理を作っている。
家庭環境も関係しているらしい。
「そうだな、たまには楽をするのもいいかもしれんな」
「・・・・・・何か、企んでる?」
「企んでなどおらんわ、ただちょっと、ワシもたまには外食をしたいと思っただけだ」
「外食って・・・普通ファミレスに猫は入れないだろ」
「ワシが食べたいものは、ファミレス等にはない」
それを聞き、どうやら少年は思い当たったらしい。
徐に立ち上がると、チェスとの上に置いてあった財布を取り上げ中を確認する。
あれはワシの財布だ、中身は子供の小遣い程しか入っていないが、猫の身であるワシには充分生活できる額だ。
財布に付いている紐を首輪に括り付けると、少年は自分の上着を取りに行った。
玄関から出て、少年が鍵を閉めるのを待つ。
「俺は友達とファミレスに行くけど、おっさんは何時もの所なんだな?」
「ああ」
「帰ってきて俺がまだ戻ってなかったら、大家さんの所にでも行っててよ」
「分かった、それではな」
そう言って、ワシは少年と別れた。
行き着けの店、この近所に二十年も住んでいればそれもできてくる。
そして、ワシが特に気に入ってる店がここだ。
たこ焼屋『だいすけ』。
「いらっしゃぁい」
店先に作られたたこ焼機の前で、何時ものようにたこ焼を焼く親父。
顔馴染みの親父は、頭にタオルを巻き店名の入った前掛けを相変わらず付けている。
『だいすけ』というのは、勿論この親父の名前だ。
「親父、何時もの」
「あいよ、そんな所に座ってないで、ほら、店の中に入れよ」
ガラガラと引き戸を開け、ワシを招き入れてくれた。
この店は二十年以上ここで商売をしている。
お好み焼きがメインだったのだが、たこ焼の売れがよかったので、お好み焼き屋からたこ焼屋に店名を変更した。
中身は勿論変わってない、店の中にはお好み焼き用の鉄板が付いたテーブルと、目の前で調理してくれるカウンター席がある。
「あら、猫柳さん」
だいすけの親父の奥さんが、カウンターの中から入ってきたワシを見てそんな声を上げた。
すっかりこの店の客とも顔なじみなので、誰も猫が入ってきたことに関しては眉をひそめたりしない。
少年はそんな客を見て、「心が広い」と驚いていた。
「まったく、人間、心の広さがなくなったら生きていけんのだぞ」
そう言ったら、何時もどおり「おっさん・・・猫じゃん」と返された。
ワシはボケてるわけではないんだがな、まあいい。
ツッコミはツッコまなくなったら存在意義がなくなるからな。
精々、自分の存在を主張するがよい。
「今日はどうしたの?」
「今一緒に住んでる少年が昼飯を外食にすると言っていたからな、ワシはワシで食べる事にした」
「あらそう。今あの部屋に入ってるのは大学生の子だったわね、前に一度来た」
「うむ、普段は自炊をちゃんとしているのだがな」
「あら偉い、ウチの大食らいに聞かせてやりたいわ」
そういえば、二人の子供ももう大学生か・・・。
「時間が経つのは早いなぁ・・・」
「本当にそうよ!もう年は取りたくないわ、最近小じわが増えてきちゃってねぇ」
「女将さんは充分キレイですよ」
「そうそう、気にしなさんな、昔の面影はまだまだ健在だ」
「あらイヤだわぁ、そんな事言っても何も出て気やしませんよ」
そんな風に楽しそうに笑っている女将さん。
彼女は昔から美人で知られている、気さくな人であるので町内でも人気がある。
「ほら、できたぞ」
店先のたこ焼機の前から親父が紙に包まれたある物を持ってやって来る。
「お前も好きだな、たこせん」
海老せんのぱりぱりした食感に、ソースとマヨネーズ、てんかすをまぶし、そこにたこ焼を挟んだ魅惑の食べ物。
それこそが、『たこせん』。
じゃが芋と並んで、ワシが好物とする物だ。
さらにこのたこせん、普通のたこ焼よりもいささか値段はリーズナブル。
猫の身では食べきれる量にも限りがあるのだが、たこせんは丁度いい大きさなのだ。
親父に持ってもらい早速かぶりつく。
「うまい」
その魅惑の味に笑顔が自然と零れてくる。
「はは、そりゃあよかったわ」
「御代は何時も通り小銭入れから取ってくれ」
ワシの手ではどうも中々取り出すという作業がうまくできない。
それを理解している彼等は、何時も通りの対応で迎えてくれる。
馴染みの店、行きつけの店というのはこれがいい。
まるで家族のような温かさだ。
人の温かさを感じながら、うまいものを食べる、これこそが、至福の瞬間だろうな。
「あら・・・雨だわ」
腹ごしらえをした後、小一時間ほど店で話をしていたら、急ににわか雨が降りだした。
「ふむう・・・まずいな」
これでは家に帰れない。
「あらら、まあもうちょっとゆっくりしていきなさいよ」
「そうそう、すぐに止むさ」
「そうだな」
そう思って、再びじっくり腰を落ち着けた時、店の戸がガラガラと音を立てて開いた。
「いらっしゃぁい、っお!」
「あら、いらっしゃい・・・大丈夫?」
「ええ、ちょっと濡れましたけどね」
そこに立っていたのは、他でもない少年だ。
どうやら家に帰る途中に、にわか雨に遭遇してしまい、急ぎこの店に駆け込んだらしい。
「しばらく雨宿りさせてもらってもいいですか?」
「ええ、いいですよ」
「ありがとうございます、あっどうせなら何か頼もうかな・・・」
「少年、お前昼飯を食った後だろう」
「このくらいの年の子はよく食べるからね、何がいい?」
「じゃあ・・・たこやき八個入りので」
「はいよ」
親父はそう返事すると、早速愛用のたこ焼機の前に立つ。
「おっさんも食べる?」
「くれるものならば、喜んでいただこう」
「普通に食べるって言えばいいのに」
「あら、この回りくどさが猫柳さんよね」
「そうだぞ、少年君」
「えぇ〜」
こんなゆっくりした、至福の瞬間。
後書き
以上、『親父たこせんを買いに行く』でした。
思っていた以上に『猫柳さん』のほのぼの指数が高いです、まあそれもありですよね。
そして、思っていた以上に『猫柳さん』の支持率が高いです、これはかなり以外かも・・・。
続き書けって言われるけど、これは多分ゆっくり更新になりますよ。
では次回、『塀の上でバク転する親父』お楽しみに!という宣伝だけしておきます。
2008/12/11
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