その言葉に、嘘も偽りもないよ
落花流水
恋に祭りに、喧嘩は付き物…。
そんなもんだから、都の往来で喧嘩が始まっても、誰も気にも止めやしない。
いや、むしろ喧嘩を見て、野次を飛ばす輩だって結構多い。
「おっ!何だい何だい?喧嘩かい?」
ざわざわと人が集まっているのを見て、俺もその方向に足を伸ばす。
「そうなんだよ慶ちゃん、まあ見てみておくれよ」
野次馬の一人が差した方向は、喧騒どころか罵声や怒声の飛び交う人の群れ。
また喧嘩か、と呆れる者もいれば、もっとやれと、はやし立てる者も居る。
見れば、喧嘩しているのは馴染みの花街の仲間達、しかしその相手には顔に覚えがない。
「相手は一体誰だい?」
「さあ?とんと知らんのだが…どうやら、国から都へと出てきた田舎者らしいよ」
まあ、旅の者ってところだろうか?
それにしては人数が多いから、何かの集まりなんだろう。
荒くれ者である事に変わりは無さそうだけど……。
「喧嘩の原因は何だい?」
「何て事はないよ。そこの店の売り子のお嬢さんを巡って、アッチの兄さんとコッチの兄さんが言い争ってたら、こんな騒ぎになっちまったのさ」
「ハハハ、いいねぇ春だねえ」
「慶ちゃん、そんな呑気な事言ってる場合じゃないだろう?」
だが、そう話すおっちゃんだって呑気に見学してるんだ、人の事は言えないだろう。
しかし、こうして見ている内に騒ぎはどんどん大きくなっていく、このままでは、周囲を巻き込んで更に大きな喧嘩になりかねない。
「しょうがないなぁ…止めに行きますか」
片手に下げていた獲物を肩に乗せ、人垣の間を縫って歩く。
俺がやって来たのを見ると、野次馬達は自然に道を開けてくれる。
「ちょいとちょいと、その辺でそろそろ止めにしたらどうなんだい?」
大きな声でそう言ってみるも、聞いてる人間なんてほとんどいない。
皆、相手との喧嘩に必死なのだろう。
仕方ない、武力行使でいきますか。
そう思って、俺が自分の肩から獲物を下した時だった。
「オイ!止めねえか野郎共!!」
周囲の喧騒の中でもすっと通る、男の声。
全身に痺れが走った。
それは俺だけではないらしく、その声がした瞬間、花街組と殴りあっていた男達の動きも止まる。
「まったく…テメェ等、都の往来で何やってんだ!?」
「すっ、すみません!!アニキ!!」
人垣が開き、“アニキ”と呼ばれた人物が、騒動の中心へと姿を表す。
「ったく、しょうがねえ奴等だなぁ」
荒くれ者が“アニキ”と呼んだのは、彼等を束ねるにはピッタリな位に大柄で体の引き締まった…それでいて、繊細で整った顔立ちの色の白い美男子。
「あんさん、何者や?」
花街組の一人が叫ぶ。
すると、“アニキ”と呼ばれた人物は、ソイツの方を振り返る。
ああ…そうやって、別の誰かを見る彼が嫌だ。
なあ、頼むよ…コッチを、俺を見て……。
そう思うのに、こんな時に限って声が出ない。
どうして?
「俺が誰かって?」
花街組の男を見て、彼は笑う。
挑戦的な笑顔。
あの時とは違う、攻撃的な笑顔。
「俺の名前は長宗我部 元親…四国を統べる、鬼だ」
その名を聞いて、辺りがざわめく。
西海の鬼、長宗我部 元親、その名前はこの都にだって届いている。
鬼と恐れられている、四国の領主。
それが、目の前の人物。
目の前の、色白の美男子。
「あんさんが鬼?笑わせてくれるわ!」
「鬼やいうんなら、その証拠見せてもらおうか!!」
そんな台詞と共に、男が鬼へと向かう。
「止めろ!!」
俺の静止の声は、しかし聴衆の中に掻き消されてしまった。
どうして?祭りの中じゃ、どこまでも遠く、通る声を張り上げられるのに。
アンタの前じゃ、俺は変わっちまう。
「証拠を見せろ、だぁ?…舐めた口、きくじゃねえかよ」
鬼は右目だけで相手を睨みつけて、相手の拳を易々と避ける。
そして、大きく隙の明いた相手の胸へと自分の拳を叩きこむ。
吹っ飛ばされる花街組の男を、周囲の聴衆がその目で追う。
力の差は、この一瞬ではっきりと分かった。
「一回目は見逃してやる、ただし、二度と鬼に喧嘩なんざ売るんじゃねえぞ」
そう言うと、鬼は興味を失ったように踵を返す。
「オイ、野郎共!!引き上げるぞ!!」
「はい!!アニキ!!」
そう言って、彼は野郎共を引き連れて去って行こうとする。
「まっ!!待ってくれ!!!!」
大きな声で、相手を呼びとめる。
するとようやく俺の声が通ったのか、相手は、鬼が立ち止まる。
周囲の人間が、俺達の間を空ける。
振り返った鬼が俺を見つめる。
驚いたのか、片方しかない彼の青い瞳が見開かれる。
「……お前…」
小さくそう呟く相手。
ちゃんと、俺の事は覚えてくれていたようだ。
当たり前だよな。
っていうか、覚えてくれてなかったら、俺大分ショックだったんだけど。
さて、折角想い人に会えたんだ、格好つけてやりたい。
「俺の名前は前田慶次!!」
胸を張って、声を張り上げて、俺は相手にそう名乗る。
「四国の鬼さん、アンタに会いたかったんだ」
「前田…慶次か……俺に何の用だ?」
去って行こうとした足を止め、俺の方へと体を向ける鬼。
そう尋ねられて、さてどうしたものだろうか…と思う。
用があったのかと言えば、大した用があったわけではない。
ただ、アンタに会いたかった…それだけだ。
アンタにもう一度会って、俺の心の内をもう一度聞いてほしかった。
そう、それだけ……。
「言っただろ?アンタに会いたかったんだ」
「用もないのに会いたいなんて、おかしな話じゃねえか。違うか?」
彼はそう言って俺の方に近づく。
「噂はかねがね聞いてるよ、四国の鬼さん…噂の人物に会ってみたかった、それは理由にならないかい?」
そう言って、俺も相手との距離を詰める。
「はっ!!会ってどうするも、考えてなかったのかよ?」
人々の視線が俺達二人に注がれている。
相手との距離は、一歩だけ歩く距離が残されているのみだ。
近くで顔を見合わせれば、あの日、酒を酌み交わした夜の、彼の横顔を思い出す。
同じ顔なのに、あの時と今とじゃ、彼の纏う雰囲気が違う。
鬼だと、そう聞いた所為かもしれない。
あの日の出来事が、夢のような幻惑した雰囲気に包まれたものだったからかもしれない。
「悪いな、約束したのに…あの簪、持ってねえわ」
この距離でなければ聞こえない、抑えた声で、彼は俺にそう告げた。
「いいんだ、こんなのは偶然だからさ…だけど、これは運命だって思わないかい?」
「運命?」
「俺は運命だと思うよ、俺とアンタ…きっと何かの巡り合わせで、こうやって出会った」
そして、俺はアンタに惚れた。
そう続けると、男は呆れたように笑った。
「まだ言ってるのか?」
ただの冗談にしては、ちょっとしつこいぞ…と、男は笑う。
表情は笑っている、だけど片方しかないその瞳は、真剣そのものだ。
俺の心中を探っている、そんな目だ。
「ねえ、いっとくけどさ…俺は本気だからね」
そんな彼に、俺はそう返答する。
作りものめいた笑顔なんて消して、真剣な表情で、相手にそう訴えかける。
信じてほしい、俺の気持ちを。
「俺と、恋してみないかい?」
そう言うと、男は途端に難しい顔をした。
当たり前だよな…相手は男で、しかも一国の主ときた。
これが娘だったならば、話ができない事もなかったのだが…男ならば、どうしようもない。
国の主である以上、国を治める為に様々な柵がある事だろう。
後継ぎ問題だって、その一つだ。
国の主の後を継ぐ者がいなければ、その国は潰れる。
それは彼にだって課せられた問題だろう。
彼は、家や国に縛られている立場にある。
放浪者の、俺とは違う。
ちゃんとした嫁を娶り、自分の跡を継ぐ子を育てる事、それが国の主に課せられた一つの課題であるのだ。
なんて…面倒なんだろうな。
そんな不自由なものに縛られて、アンタ、息苦しくならないのか?
少し、そういうものから外れてみる気は、ないのかい?
例えば、俺と一緒に。
「冗談!俺は残念ながら、そっちの気はないんだよ」
そんな俺の言葉を彼は易々と一蹴する。
「俺だって男色の趣味はないよ」
「馬鹿言え、俺の事好きだって言ってるじゃねえか」
「だから、俺が好きなのはアンタで、男が好きなわけじゃないんだよ」
そう力説すれば、彼は小さく溜息を吐いた。
「まったく……こりゃ、重病だな…鬼に惚れた馬鹿か…」
馬鹿という言葉にも、俺は笑顔で相手を見つめる。
馬鹿だというのは、間違っていない。
確かに、俺は馬鹿だ。
男、しかも一国の国の主に惚れるなんてな…。
そして、それを諦めないどころか…少しの障害にも感じられていない。
「それで…どうするよ?」
「どうするって、何が?」
「俺に会って終わり……って、わけにはいかないだろ?」
確かにその通りだ。
だが、だからどうしろと?
そう考える俺から、彼は少し距離を取る。
「前田慶次、俺と勝負しな!!」
背中に預けていた武器を、ビシッと俺の前に付き出して鬼はそう言う。
周囲の群衆へ向けて、鬼はそう言う。
今までとは違う、それは俺へ向けてではなく、周囲の視線を気にしての言葉だ。
「勝負?」
「ああ、お前と俺で勝負して、お前が勝ったら…お前の頼み聞いてやるよ」
「アンタが勝ったら?」
「その時は、諦めろ」
いいなぁ!!と、彼は俺に向かってそう叫ぶ。
成程、これで周囲の好奇の目から自分の面目は守られたわけだ。
上手い演技だね、アニキ。
「いいよ、じゃあ早速…」
「待て待て!こんな往来で勝負が出来るか!!人の無い場所へ移動するぞ!!」
そう言うと、彼は武器を下げ、肩に下げると群衆をかき分けてどこかへと向かう。
その後ろを俺は急いで付いて行く。
「アニキ、アイツ何者なんです!?」と彼の部下達が口ぐちに尋ねるが、彼はそれに適当な返事をして、そしてどんどん歩いていく。
「野郎共!これは男同士の勝負だ、付いて来るんじゃねえぞ!!絶対にな!!」
彼は振り返り、自分の後ろを付いて来ていた部下にそう言う。
言われると、それ以上は付いて来れない部下達は、俺に一瞥をくれて顔をしかめた。
俺が一体何者なのか、きっと彼等は考えているんだろう。
まぁ…分かるわけがないだろうけれど。
そうして彼に連れ出されたのは、町はずれの河原道。
人目のない場所ならば、誰も気にせず戦える。
立ち止まって振り返る。
その立ち姿が、月光に照らし出される。
白く、白く…幻惑的に。
「本当に戦うのか?」
「おうよ、でなきゃ野郎共に示しがつかない、それに…これに勝ったら、アンタは俺を諦めるんだろう?」
「俺が勝ったら、アンタは俺と恋してもらうよ」
「ハッ!!そんな事、できると思うのか?」
自分の肩に乗せていた槍を下し、自分の前で構える。
その闘志を剥き出しにしたその姿。
その姿は、確かに鬼そのものだ。
これは…負けてはいられないな。
第一、勝てば彼は自分の頼みを聞いてくれるというのだ、ならば…自分も本気にならなければ。
ゆっくりと、自分の獲物の鞘を抜き、相手と向かい合う
煌めく刃を照らし出す、夜空の月だけが俺達を見守っている。
慶次×元親、第二段。
次回、予想通りバトル…の予定。
バトル書くの苦手ですが、それでも書きたいバトルもの。
慶次が元親とはたして本気で戦えるのか、また元親は慶次と本気で渡り合うつもりなのか…それはまた次回。
慶次は一度惚れると一途だと思うのです。
でも、引くところはちゃんと引く、そんな男前な慶次だといいな…。
そういうわけで、再開編でした。
2009/9/19