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武人の心には、忠義の心がなければならぬ…。

忠義とは、一体何なんであろうな……。

「これが、某の生き方だ」

誰かに心して仕える、というものは…時として真に難しい事だと思う。
「それなら、もっと自由に生きたらいいじゃんか」
甥っ子にそんな事を漏らせば、彼は酒を片手に笑ってそう言った。
「某には、そのような生き方はできぬよ…慶次、お前と違ってな」
「ちょっとトシ、それどういう意味なんだよ?」
「お前は何にも縛られていない、そう言っておるのだ」
ハハハと笑いながら、某も注がれた酒を飲み干す。


二人で酒を飲むのは、実に久しぶりの事だ。
それはこの甥っ子が、全国を悠々と渡り歩いている所為で、中々顔を合わせる事がないからなのだが…。
そんな彼は、全国を歩きゆく内に色々なモノを人に関わり、確実に人として成長していると思う。
まあ、某は…だが。

まつは、そんな甥っ子を見て情けないとも、ダラシがないとも言っている。
そんなのだから嫁が貰えないのだとも、小言を漏らしている。

恋多き甥っ子の事、その内、心に決めた女子を見つけてどこかに落ち着いてくれるのではないか。
そんな風に言うと「犬千代様は、慶次に甘いのです!!」と怒られてしまった。
「そんな悠長に構えていてはいけないのです!!彼も前田家の一員なのですよ!主君に忠義を持って仕える、それが武人というものではございませんか!!」
剣幕になって怒る妻を、某は「まぁまぁ」と落ち付けさせ、自分からよく言っておくからと、彼女を何度も宥めた。


武人…武人、ねぇ……。


「トシはさ、信長に仕えてるわけでしょ?それってさ、疲れないの?」
「疲れる?」
「何て言うの?もう少しさ、ほら…野望を持って活動してもいいんじゃないかな…って思ってさ」

家臣が主君を裏切るこの世。
戦国乱世
自分の家を守る為に、自分の家を不動のものにする為に。
自分の天下の為に、数々の武将達が…戦を起こすこの世で…主君への忠義、というものは…酷く滑稽なものなのかもしれない。

だが、それが守れなくて、我々はどうしたらいいのだろう?


某は、この家を守っている。
その為に、あの信長公を裏切る?
そんな事はできない。
武人として…何より、人として。


「戦の世の武将として、それはさ…志が低いんじゃないの?」
「慶次、お前からそんな言葉を聞ける日がくるとは、思いもしなかったぞ」
戦国なんて面倒な時代に生まれなければ。
もっともっと平和な時代に生まれていれば。
そうすれば、自分も好まない戦に巻き込まれる事もないのに…と、そんな風に思ってる男が。家を盛り上げる気はないのか、なんて…そんな事を聞くなんて。
更には、武将として志が低いだなんて言うなんて。

「ハハハハハ、慶次、今日は一体どんな風の吹き回しなのだ?」
酔ってるのだろうか?
薄らと上気した頬と、部屋に転がった酒瓶の数から、自分達が大分飲んでしまった事は明らかだ。
「別に、日本を回っててさ…トシみたいに、主君に忠義を尽くす人間と、そうじゃない、主君を討っても伸し上がって行こうとする奴と、その二つに分かれるんだ。
それって…さ、人としてどう違うのかなって…。
武人としてどう違うのかなって……ただそう思っただけだよ」
「どうも違わないさ、目指す所は皆一緒だ」
「一緒?」
そう尋ねる慶次に、某は笑って手にした酒を注ぐ。
「天下太平の世、それだけだ」

皆、その為に戦っている。
平和の為に戦うなんて、矛盾していると言われても仕方ないのだが……それは、何とも言えない。
自分の手で、天下を作りたい。
自分こそが、天下を治められる。
そう思っている者が、天下には溢れている。
だから、方々で戦が起こるのかもしれない。

いや、それとも…全ては自分の家の為だろうか?
まあ、どちらにせよ…他の者の目的等、某には関係のない事だ。
某の志は、しっかりと定まっている。


「そうかねぇ…俺にはどうも、それだけじゃない気がするけどね」
そんなものは一緒だ。
自分で天下泰平を作り上げるのか、それとも誰かの元で、それを作り上げていくのか。
それだけの違いだ。

「某には、そんな大それた事なんて、できんさ…しかし、あのお方ならば…あるいはそれが可能だ」
「だから、信長に仕えるのか?」
「ああ」
「もし、それが叶わないなら?」
真剣な顔で、慶次は某にそう尋ねる。

某の心の奥を、覗こうとしているようだ。
その差すような瞳から、何か…そう、某を試すようなものを感じた。

「叶わなくとも、某がすべき事は一つだ」
「何?」
「この前田の家を守る、それが某の一番の使命だ」

愛する妻を、自国の民を守る。
天下太平は成せずとも、己に課せられたこの使命を守る事、これが某の一番守るべき事なのだ。
その為に、槍を振るおう。
その為に、この体は傷つこう。
それで守れるのならば。

「トシは、相変わらずだね」
そこが好きなんだけどさ、と慶次は呟く。
「そうかそうか、某も愛されてるなぁ」
杯を仰ぎ、某は慶次にニッコリと笑いかける。
「待てよトシ、俺の愛はそう簡単には……」
「家族に愛され、民に愛され……某はそれだけで充分だ」
それさえあれば、某は主君に仕え続ける事ができる。
どんな戦にも、立ち向かう事ができる。

彼等を守る為に。
主君を守る為に。


「トシって、見た目と違って真面目だよね」
小さな溜息の後、自分の杯からゆっくりと酒を飲みながら、慶次はそう言った。
「慶次、見た目と違っては余計だぞ」
ムッとしてそう言うと、慶次は「悪い悪い…別に悪気なんてないんだって」と釈明する。
「だってさ…トシって結構野蛮な人間に思われがちなんだぜ……または…」
「または?」
どう答えたものなのか、慶次は言葉を選ぶように黙り込む。

「慶次、隠さずに話してみろ。某は、別に怒ったりはしないぞ」
逆に隠されるような事なのか、と少し不安になる。

「……嫁さんを愛し過ぎてる、一直線な男だって…」
「それは間違ってはいないぞ!某は確かに、まつを愛している」
「はいはい、そういう事はまつ姉ちゃんの前で言ってあげてよ」
呆れたようにそう呟く慶次に、某は黙って酒を注ぐ。
いいじゃないか、夫婦仲が円満な事はお家の平和の第一歩なんだぞ。
そんな事を言っても、きっと彼は「分かった分かった」と、簡単に某をあしらってしまうだろうから、言わないでおく。

「慶次も、愛する妻を持てば分かる事だ」
「二人が幸せだって事は、充分よく分かってるよ」
相変わらずお熱いねぇ…なんて、彼は某を茶化す。
「……まつは、慶次に早く嫁を貰ってほしいらしいんだが」
「無理だって…大体、どこかの大名の娘とか連れてきたって無駄だよ。俺は、嫁さんを貰うなら、心から愛した人とって決めてるんだからさ」
「うん、そうだろうな。某もそれがいいと思う」
まつには、某からまた話をつけておくか……。
「今日は、いい月だなぁ…」
そういって遠くを眺める慶次の横顔が、どこか、物思いに耽ったものに変わる。


何を思い出しているんだろうか?
または、誰を思い出しているんだろうか?
彼の、誰か大切な人なんだろうか?
それが誰なのか聞くのは…野暮か……。


「慶次、忠義とは何だと思う?」
「忠義?家臣が主君に仕える気持ち、だろ?」
「そうだな…だが、某はそうは思ってはいない」
徳利から酒を注ぐ。
どうやらこれが最後だったらしく、杯に注ぎ終わると、丁度中身が空になった。
最後の酒を喉に流し込み、某は慶次と同じように月を眺める。
「某は忠義とは、誰かを想う気持ちだと思っている」
「誰かを想うにしては、堅苦しい気持ちだな」
「そうでもないさ、誰かを想う気持ちに堅苦しいも何もない、そこに大切なものがあるかどうかだ。

某は、主君だけに仕えているんじゃない、某を信じてくれる家族や民に同時に仕えている。
そう思えば、主君に仕えるのだって悪くはない、某は自分の守りたいものを守っているんだ」
「ふーん……そんなものかね」
「お前には、分からないか?」
「残念ながら、ね」
そうやって慶次は苦笑いした。
「お前は、そんな風に自由奔放に生きればいいさ」
「おいおいトシ、そんな事言っていいの?」
「某には、決してできない生き方だからな…それに、これはお前の人生だ」

某が何を言ったって仕方がない。
選ぶのは、慶次本人だ。

そして、誰かに仕える事を選んだのは、某自身なのだ。
某は、この生き方を貫き通す。


「今宵は、もう寝るかな…」
そう言って大きく伸びをして腰を上げると、慶次もゆっくりと立ち上がった。
すっかり夜も更けってしまった、まつはもう寝てしまっただろうか?
「明日、、二日酔いでまつ姉ちゃんに怒られない?」
「そんな事心配して、酒が飲めるか?」
「それもそうだね」
そう言うと、二人で顔を見合わせて笑った。


平穏な時は、ほんの一時。
これを永劫のものとするまで、一体あと、どれ程かかるだろうか…?
肩に掛る槍の重さをしっかりと感じ、某は感じる。
戦場の空気を。

「これも我が家の為、太平の世の為よ……」
そう呟いて、某は足を踏み出した。

忠義を貫くのは、それ程に難しいだろうか?
難しいかもしれぬ、それでも某は、その道に生きよう。
それが、某が決めた生き方ならば…。

あとがき
天地人の今日の放送分で、前田利家が亡くなりました…。
その亡くなる寸前の利家さんが、めちゃくちゃ男前だったのです。
という事で、利家を書きたくなりました、天地人の利家さんのイメージが多少入ってますが…まあ、同一人物なんで構わないだろう…と思いまして。
まあ、自分は利家はああ見えてとても真面目で賢い人だと思ってます、ただ格好とか性格が野性的で豪快なだけです。

気付いたら、アニキ贔屓とか言いながら、バサラ部屋の小説が前田家だらけになってきている、何故!!?
そして、気が付いたらまた酒を酌み交わす二人組の話…。
慶次が思い返していた人は、皆さまのご想像にお任せします…。
それにしても…自分でも気づいてなかったけれど、私は前田家がかなり好きなのかもしれません。
いや、アニキの方が好きなはず!アニキを頑張って増やしていきます。
2009/8/30
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