我が家の、瀬戸内的食卓

これは…一体何の嫌がらせなんだろうか……?

食卓に並ぶ、白い小鉢に入ったソレを見て、俺は眉をしかめた。


我が家の、瀬戸内的食卓


夏場には、太陽を浴びた彩り豊かな夏野菜がよく食卓に並ぶ。

「旬の食べ物は、栄養が豊富なのですよ」
まつ姉ちゃんは笑顔でそう言いながら、今日の夕飯の膳を並べていく。
いや…それは構わないよ、構わないんだけど……。
俺は、その膳の片隅に小さく置かれているある物を見て、溜息を吐きたくなった。


「どうした慶次?何か嫌いなものでもあったのか?」
「まあ慶次!好き嫌いはいけませんよ」
そんな俺の顔を見て、叔父夫婦はそんな小さな子供に対する注意をする。
「いや…さ、別に嫌いなわけじゃないんだけど……なあ、まつ姉ちゃん。
何で、ここんとこ毎日、夕飯にオクラが出るの?」
俺の視線の先にあったもの、それは膳の片隅にある小さな小鉢。
その中に刻まれて入っている、緑色の星型だ。

「あら、オクラは夏バテにいいのですよ」
ここのところ熱いですからね、と兄嫁はそう言う。

確かに、この暑さで体をやられないように健康に気を使う事は良い事だと思う、また、家族の健康を気付かってくれる兄嫁は、とても良い妻だと思うが…。
ここの所毎日、夕飯の膳には、この星型のオクラが隅に出されている。
いや…決してオクラが嫌いなわけではない。
オクラ自体に、何か恨みがあるわけでもない……。
ただ、その姿を見るとある人物を思い出してしまうのだ。


言わずもがな、中国地方を治める武将。
智将として名高い、毛利元就。


このオクラを見る度に、どうしても彼の姿が脳裏に浮かぶ。
それだけならば、まだまだ我慢できただろう。
更に問題なのは、そのオクラに合わせられた茶色い物体。

「何で、オクラにかつお節乗せてんの?」
「あら、そのままで食べるより美味しいじゃないですか」
俺の質問に対し、サラリとそう返答するまつ姉ちゃん。


さて、鰹の名産地と言えば土佐だ。
土佐には、俺の大好きなある友人が住んでいる。
天衣無縫の強さを誇る、西海の鬼、長宗我部元親である。


毛利と長宗我部、瀬戸内の海を挟んで対峙する二人の武将。
この小鉢を見ると、どうしてもその二人を連想してしまうのだ。

いや、別にそれがどうした?むしろ気にするお前は何なんだって、言われそうなのだが…だって、しょうがないじゃないか。
俺、元親の事大好きなんだもん。
実際、随分前からアピールをしているのに、彼は「そうかい、そうかい」と笑って、軽くあしらってしまう。
正直、進展の無さに自分は少々苛立ってきているのだ。

そんな時に、こんなものを見てしまうと…更に自分の腹の中で、黒い感情が育っていくのが分かる。
なんか…あの毛利に、元親を取られたみたいでさ……。
まあ、食べ物に罪はないわけなんだけど、でも!でも!!なんか腹が立つ!!!


「慶次も子供だなぁ…そんな小さな事で怒るな」
ガシガシと俺の頭を豪快に撫でるトシを、俺はちょっと睨み「子供扱いするなよ」と言うと、彼は苦笑いして謝った。
「そうは言ってもさ、トシ!なんか見ててちょっとだけ腹立つんだよ、やっぱり何言ったって毛利を思い出しちまうからさ」
「貴方の考え過ぎですよ慶次、ほら、たんと召し上がりなさい」
そう言ってまつ姉ちゃんは、俺の茶碗に山盛り御飯を盛ってくれた。
俺、別に腹が減ってるから機嫌が悪いわけじゃないんだけど……。
まったく、この二人は一体どこまで、俺を子供扱いするつもりなんだろうか?

しかし、まつ姉ちゃん、何時も思うんだけど…ちょっとご飯盛り過ぎなんじゃない?
だがトシは、そんなまつ姉ちゃんの盛ったご飯を、とても輝いた笑顔で受け取ってどんどん料理を平らげていく。
時々二人で「アーン」とかして……相変わらず、バカップルぶりは健在のようだ。
しかし、見てるコッチは恥ずかしい。

でも、いいなぁ…俺も、あんな風に誰かと仲睦まじく暮らしたいよ。
まあ、誰かではなく勿論、相手は元親がいいのだが……。

そうやって二人を見てると、膳の片隅に置かれた白い小鉢がますます腹立たしく思えてきた。
仕方あるまい、見ていても消えるわけがないのだ、腹が立つくらいなら、さっさと片付けてしまった方がいいだろう。
そう考えて、俺は真っ先に白い小鉢の中のオクラに手をつける。
別に味が悪いわけではないのだ、全てはこの見た目が悪い。

元親、今頃何してんのかなぁ…。
新しいカラクリの制作でもしてるのか、それとも、野郎共と海にでも出てるのか…。
毛利との合戦の最中だ、なんていう噂は聞かないから…そんな大変な事ではないと思うんだけど。

ええい!ウダウダ考えていても埒が明かない!!
元親の顔を見に、四国に行こう!!


そうやって、出向いた四国にて…。


「よう、久しぶりだなぁ慶次」
「元親!!元気にしてた?」
先に文を送っておいたのが良かったのだろう、港までわざわざ元親が出迎えに来てくれた。
それだけでも、舞い上がるくらい嬉しい俺。
これも、恋の力ってヤツかねぇ?

「長旅で疲れただろ?城でゆっくり休めよ」
「うん、ありがとう元親。そうそう、京の土産があるんだ」
へへへ、と満面の笑みで相手を見返す自分が、今、最高に機嫌が良い事がよく分かる。
やっぱり、四国に来て正解だったなぁ……。

無断で抜け出して来た為に、帰ったらまたトシとまつ姉ちゃんに怒られるんだろうな…なんて、そんな事も、この瞬間は全然怖くなんてない。
っていうか、すっかり忘却の彼方に押しやられている。

「なあ元親、いい加減にさ俺と恋しない?」
「まぁたそれか、お前もしつこい奴だなぁ…」
呆れたようにそう言うも、彼は笑ってそう言うだけで、嫌な顔はしない。
そういうの見ると、ちょっと脈ありかなぁ…とか考えちまうわけなんですけど、元親さん。


「そうだ、今日は実は良い野菜を貰ったんだ」
「良い野菜?」
「ああ、なんか毛利の所で沢山取れたらしくてな」

“毛利”という名前に、俺の思考回路が敏感に反応する。
ああ、なんか面白くない。

「良いのかい?敵さんから野菜なんか貰って」
「なんか、アイツの所で沢山取れ過ぎたたらしいんだよ、それで、“日輪の恵みを無碍に扱うわけにもいかん、仕方ないので貴様にくれてやる”なんていう文と一緒に送られてきたんだ」
どんなお裾わけの文句だよ、とか思ったんだけど…まあなんていうのか、毛利らしいなぁ、とも思う。
でも、正直にならないと好意なんて気付いてもらえないんだぜと、遠くの恋敵にアドバイスする。

「それで、その野菜って何?」
「ああ、これだこれ」
そう言って、港の端に積み上がっていた荷物の蓋を開ける元親。
そこに詰まっていたのは……。

「……いや、確かに予想通りだけど…」
この間から、自分を悩ませているあの野菜。
毛利の化身、ことオクラだった。

「なんでオクラが豊作になるんだよ!!?」
「さあ?毛利の所の農業事情なんて知らないからよ、よく分からないが、なんか新しい特産物として試しに作ってみたらしいぞ」
いや、これ絶対試しになんて量じゃないって。
収穫を終えたばかりのオクラ農家のオクラをそのまま送ってきたんじゃないのか、っていう位の量があるぞ。
「今晩の夕飯には、この野菜を使った料理も並ぶからな」
旬の野菜だから、美味いぞ、なんて元親は笑顔で話すけど…。

「元親、俺…オクラ嫌いなんだ」
残念ながら、今日から俺はオクラというものが嫌いな人間として生きていこうと思う。

「マジかよ?夏バテ解消に効果あるんだぞ」
「俺、体だけは丈夫だから大丈夫」
「ふーん…お前にも好き嫌いなんてあったんだな」
以外そうな口ぶりで話すけど、元親、俺だって人間だからさ。
好き嫌いくらい、やっぱりあるんだよ。

「まあいいや、それじゃあ料理人にはそう話しておくわ、この野菜は野郎共の昼飯にでも使うか」
そう言うと、彼は野菜の入れてあった箱の蓋を閉めた。

「やっぱり、俺…アンタの事嫌いだわ、毛利」
「なんか言ったか?」
「いや、それより元親!俺の土産も見てくれよ」
「城に着いてからな、行くぞ」
そう言って俺の前を行く海賊さんの後に付いて、港を後にする。


次の日に、再び毛利から食べきれない量のオクラを送られてきて、結局土産として持ち帰る事になるなんて事、この時の俺はまだ知らない。


結論、食べ過ぎると食べ物は嫌いになります。

あとがき
ウチの母は、食べ物にハマるとそれを常に食卓に上げてきます。
納豆なら納豆、山芋ならば山芋が毎日の夕食の席に隅っこにでもちょっとだけあります。
そんなウチの母の今年の夏のブームは、なんと何の因果かオクラでした。しかも、何故かカツオ節を上に必ずかけて出してきました。
これを見て元就×元親だ、と思った自分の腐った思考回路に乾杯です、そんなノリで書かせてもらいました。
タイトルの“我が家”っていうのは、管理人の家の事です。
こんなバカな話に付き合って下さいまして、真にありがとうございます。
2009/8/28


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