もしも…
貴方の家の押入れの中に、こんな住人ができたらどうしますか?

押入れの中のあけち【武田家編】

それはある日の朝のこと…。

「旦那、旦那!朝だよ、旦那」
いつも通り、猿飛佐助は真田幸村を起こしに来ていた。
これも彼の朝の仕事なのだ。
どこかの某武将と違い、幸村は別に寝起きが悪いわけではないのだが…しかし、彼は放っておくと朝起きるのが早い。

早起きは三文の得、とは言うが…彼の場合はそれがとても悪い。

もう、日の出と共に起き、そして朝の稽古を始める。
それも、大声で気合を入れながら。
「ぉおやかたさぁまぁぁぁあ!!」
と叫び声を上げて、槍の稽古をし、そして本人である武田信玄が起きてその姿を見ると「ゆぅきむらぁあ!!」と大きな声で叫び、二人で稽古を始める…のだが。


これが、とてつもない近所迷惑になるのだ。
城内に住む家臣達だけでなく、城下町の商人や、農民達からも苦情が聞かれた。
まあ、苦情と言っても「信玄公と真田様はいつも元気だねぇ…ただ、ちょっと元気過ぎやしないかな?」というような意見が多いのだが。
しかし、忍でなくても、彼等の心の声で迷惑だと言っているのは誰だって感じ取れるだろう。
なので、佐助は二人に提案したのだ、自分が起こしに来るまで決して起きないように…と。
すると、二人は何か言いたそうにしていたのだが。
「これも民の為、朝日が昇ったって修行はできる。しっかり体を休めることだって立派な修行じゃないか」という佐助の言葉に負けて、彼等もその言葉に甘えて、佐助が起こしに来るまで彼等はゆっくりと寝る事にしたのだ。
佐助自身は忍であるが故に、朝も定時に起きれるように修行している、その為彼が遅刻するような事は少ないのだ。
そして、今日も彼は定時に自分の主を起こしに来た。
何一つ普段と変わらない生活が始まると信じて。

「おお、おはよう佐助」
ものの数秒で起きる幸村、寝起きは素晴らしくいいのが幸村の特徴である。
「さて、俺はお館様を起こしに行くから、旦那は鍛錬の準備しといてよ」
「分かったでござる、では何時もの場所で待っておりますとお館様にお伝えして下され」
「はいはい、ほら布団も畳んでおいてね」
そう言って、自分はお館様こと信玄公を起こしに彼の城主の部屋へと向かった。
…のだが。

「なっ!!おっおおぉやかたさまぁぁぁあああ!!」
幸村の驚愕による叫びなのか、そんな巨大な声が城中に響き渡った。
「!!だっ旦那?」
そんな声を聞き、佐助は急いで幸村の部屋へと戻る。
「どうしたの旦那!!」
スパーンと障子をあける、緊急の場合なので、忍ぶ必要なんてないだろうという事で、正面から入る。
そこで彼が目にしたのは、白い夜着のまま押入れの前で尻もちをついて何かを凝視している幸村。
「さっ!さすけぇ!!某の、某の部屋のおっ押入れに!!」
「押入れ!?」
もしかして、押入れの中に敵の忍でも居たのか?しかし、それにしては、彼が無傷で居る事が不思議だ。
「ちょっと失礼するよ」
そう言って、彼も押入れの中を覗きこんだ。
「ああ、おはようございます武田の忍さん」
「…明智、光秀?」
織田軍の武将、明智光秀、その人が押入れの中にしっかりと納まっていた。
きっちりと綺麗に正座して。
「何で!!?」
一体どうして、どうやってこの場所にやってきたのか、それも理由も過程も全然分からない。

「アンタ、何してるんだよ?」
「いえ…武田家の押入れは、一体どのようなものかと思いまして、やってまいりました」
そう言ってニッコリと笑う光秀。
「その為だけに!!?」
いや、忍であれば家の中の天井裏や、軒下に潜んだりもする、押入れの中…というのは、なかなか奇抜なアイディアではあるが、ない話ではないかもしれない。
しかし彼はまず忍ではない、そして、押入れの中に潜んでおおいて部屋の主の命を狙いに来たわけではない。
ただ、その押入れの中の居心地を確認する為だけに来たというのか?

「はい、奥州の伊達家の押入れもよかったのですが、此方の押入れも居心地がいいですね」
「ちょっと待って!!何で人の家の押入れで、寛いでるの!!!?」
佐助がすっかりツッコミと化している、そうでもしなければ、この状況をまとめる事ができない。
「明智殿は、奥州にも行かれたのですか?」
さっきまで驚いていた癖に、すっかりこの状況に慣れたのか、相手にそんな事を尋ねる幸村。
「ええ、奥州筆頭の押入れの中へ入ってきました」
そんな幸村に、ニッコリと笑ってそう言う光秀。

いや…何でそんな事をしているのか、その理由がまったく分からない。
っていうか、何でここまで忍びこめたんだろうか?
この城のセキュリティは一体どうなってるんだ?
そんな事を思う佐助だが、自分もこの城を守る忍であるが故に、あまり大きな事は言えない。

「もう、何で朝からこんな事になってんのよ…」
はぁ…と溜息をつく佐助。

「朝から騒がしいぞ」
「お館様!!」
「お館様!!」
「信玄公、おやようございます」
スパーンと障子を開けて現れたのは、この城の城主。

「明智光秀、一体何故この城に?」
「ええ、ちょっと武田家の押入れの中はどんな居心地なのかと思いまして、出向いてきた次第なのです」
「ふぅむ…わざわざその為だけに、この甲斐までやって来たというのか?」
「ええ、その為だけにやってまいりました」
ニッコリと笑ってそう言う明智に、佐助は溜息しか出ない。

「しかし、此方は中々騒がしいですね、いえ元気がよくてとても宜しいと思うのですが、何せ忍の数が多くて…落ち着けないですね」
そう言うと彼は、押入れの中から出てきた。
ゆらり…と立ち上がると、そのままどこかへと歩き出す明智。
一体、彼はどこから来てどこへと向かうのか、それは誰も分からない。

だけどきっと、彼はまたどこかの押入れへと現れるのだろう。
自分の求める、居心地の良い押入れを求めて…。


「まったく…押入れから明智が出てきたくらいで狼狽しおって!!!!」
バシィ…という巨大な音と共に、信玄公の拳が幸村にクリーンヒットする。
「申し訳ありません、、おぉやかたさまぁぁあ!!」
飛ばされながらも、そうやって相手に謝る幸村。
「いや、押入れから明智が出てきたら誰でも驚くと思うんだけど」
そんな佐助の呟きは二人の耳にはもう入っていない。

武田家も、甲斐も、今日も平和です。


「あの、勝手に締めくくられているけど、結局あの明智はなんだったの?」
そんな佐助の質問に答えられるのは、明智だけ。
「いや…君が説明しようよ」
その明智は、今日も居心地のいい押入れを求めてどこかをさ迷っている。

もしかしたら、次は貴方の家の押入れの中に…。




【武田家編】完

あとがき
押入れのなかのあけち第二話、完了しました。
武田家は、こんな感じですかね…佐助だけが常識人、それが武田家だと思ってます。
しかし、、これ…元就や元親のところはどうしよう、野郎共や駒の人達を出演させるしかないんですかね。

さて、次回は加賀【前田家編】です。
2009/8/24
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