もしも…
貴方の家の押入れの中に、こんな住人ができたらどうしますか?

押入れの中のあけち【毛利家編】

それはある日の朝のこと…。

安芸の宮島。そこを拠点にしている戦国武将、毛利元就の朝は早い。
それは年の為でも、朝の鍛錬の為でもない。
日輪を信仰する彼は、陽が昇るよりも先に起き出す。
そして毎朝、登って来る日輪を拝むのが彼の朝の日課なのである。

この日も元就は、おそらく家臣の誰よりも先に目を覚まし。そして、布団と畳んで押入れに片付けようと押入れを開けた。


「おはようございます」
それは元就の愛する日輪の様に、輝かんばかりの爽やかな笑顔で挨拶したつもりなのだろう。
いや、日輪の様な等と称したのであれば、それは元就の愛する日輪に対する冒涜として粛清される事だろう。
それ程までに、彼の笑顔は朝の空気に相応しくない。


智将と呼ばれる毛利元就は、情報収集も念入りに行っている。
だから、明智光秀が全国を回っている…という情報だって、既に彼は収集済みである。

だからこそ、この安芸には常よりも多くの見張りを立てて、明智が入り込む隙を与えない様にしていたハズだった……。


(明智が……我の押入れに。計算に無いぞ!!?)


「貴様……そこで何をしておる!!」
元就は持っていた布団を放り投げると、押入れの中に鎮座しているモノを睨み付ける。
それに対して、明智はニッコリとした笑みを返すだけだ。
室内はまだ薄暗い為に、その笑顔は酷く不気味である。

「私は、毛利家の押入れの居心地を確認しに来ただけです」
「貴様のその意味の通らぬ言動、良く聞き知っておる。押入れの居心地を確かめる等と言って、諸国の情報を集めているのであろう?」
「いえいえ、私は本当にただの興味と趣味で活動しているだけですよ」
しかし、そんな言葉を聞き入れる元就ではない。
だがその疑いをかけているのは明智、問い詰めるにしても相手が悪い。

「貴様の狂言等は聞くだけ無駄であろう、本来の目的を話せ」
「ですから、私は探しているのですよ…居心地の良い押入れを」
二コリと笑う明智に、元就は眩暈がしそうだった。
この男には、何を言っても仕方が無いようだ。

この男の真の目的は一体何なのか?それを突き留めなければ、自分は安心して日輪を拝む事ができない。
そういえば、そろそろ日の出の時刻ではないだろうか?


「いかん……この様な男に構っておる暇等は無い、我の日輪は!?」
「太陽は貴方のモノでは無いと思うのですが」
珍しく、明智がツッコミをしたのだが、それに感動を覚える相手はここには居ない。
現在、元就の関心は自分の崇め立てる日輪にしかない。


「ぉおお……日輪よ」
ぱぁあ、と後光が差す様に日輪の前で顔を上げる元就。
本当に彼の後ろに後光が差している、というか眩しくて見れない…様々な意味で。


「おお、毛利様のお城から後光が差しておられる」
「今日は一段と輝いておられるようだな、毛利様は」
「毛利様があれ程輝いておられるという事は、今日は良い天気であろうなぁ」
この朝日と共に指す元就の後光によって、安芸の朝は告げられる。
それだけでなく、その後光の輝きによって、今日の天気から元就本人の機嫌に至るまで察知する事ができるのだから。この元就の日課は、城下の人々、更には毛利に仕える駒達にとっては無くてはならないモノとなっている。
因みに、曇りの日であれば毛利の輝きは薄く。雨ともなれば機嫌が悪く、光属性でありながらも毛利の城から黒い光が溢れだすという。
機嫌も天気も、城から溢れだす後光で測るのだ。


「ああ、眩しい…眩しいですね」
明智が目を細めて元就を見つめる、だが、彼にはそんな声は聞こえていないようだ。
あまりにも眩しさに、闇属性の明智は押入れの戸を閉める。
すっと差し込んでくる暗闇に、明智は落ち着いた様に溜息を吐く。
「ここは明るすぎますねぇ……特に主が」
甲斐を思い出しますね、と明智は言う。
まあ、甲斐の明るさとはまた一味違うと思うが。
「しかし、ここも私の追い求める押入れとは違う様な気がしますね。特に明るさが」
そう言うと、明智はよっと立ち上がる。
主が後光を安芸全土に降り注いでいる中、彼は暗闇の中を移動していく。
彼はどこへと向かうのか、このまま尾張へと帰るのか。

「まだまだ、この日の元の国には居心地の良い押入れがありそうですねぇ」
彼はこれから、まだ押入れを求めて彷徨う気でいるのだ。


「はっ!明智……明智はどこだ?」
スターンと自分の押入れを再び開けた毛利が、そこに存在していたハズの明智が居ない事に気付いたのは、そのしばらく後の事。
「明智が居ない……計算に無いぞ」
そこは計算に入れておくべきだと思うのだが、智将としてその程度の問題を片付けられずにいいのか、元就。
そんな疑問など当人達には届く事はないし、そして、届いていたとしても彼等はそれを考慮する事等はない。
考慮しているのならば、彼等は彼等でなくなってしまうだろう。
特に、明智は。


自由な風に導かれる様に…いや、天の道を照らす日輪に導かれる様に、明智の旅は続いて行く。
彼の求める居心地の良い押入れとは、一体どこにあるのか。



もしかしたら、次は貴方の家の押入れの中に…。




【毛利家編】完

あとがき
押入れの中の明智、第八話、完了しました。
前の二回は何故か明智が結構優遇されていたので、毛利さんところでは開けた瞬間に帰れ!という、お決まりパターンでいこうかと想いまして。
というか、毛利さんの「計算に無いぞ」という台詞を、言わせてみたかっただけだったりします。
さてと、これから明智は陸路で日本を歩いて行きます。
という事で、次回は大阪【豊臣家編】です。
2010/8/27
close
横書き 縦書き