それは、黄泉の国へと続いているようだ
いつか……アンタはそう言ってたな
海神が謡う
四国が落ちた……そう聞いた時に襲って来た感情に、俺はなんて名前を付ければいいんだろうか?
黒くて、冷たくって、虚しい。
翻弄されている、沢山の何かが俺の中で渦巻いていて…どうしようもないんだよ。
この国の為…ってなぁ、どうしてなんだ?
お前は見えていないのか?
悲しみに泣く者達が、どれくらい居るのか……。
なぁ、秀吉。
「信じられねぇ」
何度も呟いた言葉だ、俺はその事実を聞いた時からずっと、ずっと否定している。
何で、アイツが殺されなきゃいけないんだ?
あんなにも部下に好かれ、民に好かれ、誰よりも人を好いていた元親が。
海の男らしい荒々しくて、豪快で、何でも笑い飛ばしてくれそうなアイツが……何で?
なぁ、人が幸せに暮らせるように…って、他の人の幸せまで踏みつぶしてまで叶えられる事なのか?
「あぁ……慣れない事は、するもんじゃないなぁ」
俺は難しい事を考えるのが苦手だ、政治も軍略もそういう事は全然何もできない。
思い悩む事は嫌いだ、悩んだ所で何も解決法が思い浮かばない。それなら、体でぶつかって解決しに行くほうがずっと性に合っている。
だから、こんな身の上を好んだのに。
今回は体でぶつかっても解決できなかった。
そして、俺を悩ませている事に関しては、どうやってぶつかっていけばいいのかさえも分からない。
何もできない自分が、恨めしい。
ふと目を開けて、起き上がる。
浜辺の砂がパラパラと体から落ちていく、頬を撫でるのは冷たい潮風。
信じたくないし、勿論、信じてもいないんだけれど…ここへと足が向いてしまった。
四国と加賀は離れ過ぎていている、だけど…海にはそんな事は関係ない。
海はどこまでも続いている、世界の全てを繋いでいる。
四国も加賀も、この陽の下の国も…海の向こうの見果てぬ国も。
黄泉の国さえも、繋がっているのかもしれない……。
波の音は海神の歌だと、元親はいつかそう言った。
静かな時も荒々しい時も、それは全て、神の歌なんだという。
「だから、俺達はそれに耳を傾けなきゃならねぇ。よく聞かなけりゃ、海は俺達、人を攫って行っちまう」
そんな奴等を沢山見たよ、と彼はどこか遠くを見ながらそう言った。
誰かを思いだしている様な表情、多分、荒波に飲まれた仲間達の事ではないだろうか?
「アンタは、攫われないよな?」
「俺が攫われちまったら、この国はどうするんだよ?でもなぁ…まあ、いつそんな日が来てもおかしくないかもな」
そんな事言うなよ!と俺は少し声を荒げてそう言った、元親はそれを見て笑っていた。
「しょうがないだろうが!この乱世、いつ命が断たれるか知れねぇ……そうなった時には、俺はできれば丘よりも海の上の方がいい」
そう思ってるんだよ…と彼は言った。
「海神は女神だ、それはそれは美しいんだとよ」
美人の腕に抱かれて、あの世に連れて行って貰えるのなら、その方がいいだろう。
「海の男は、大抵そう思ってるさ」
だから悲しくはない、ただ…それでも悲しく思うのは、残された者達だけ。
残された者は、どうしたらいいのさ?
「アンタは攫われちゃいけないよ。アンタが海に飲まれたら、他の誰が攫われるより、沢山の人が悲しむんだから」
それこそ、涙で海が作れるくらいにさ……。
「そうかな?まぁ…そうやって泣いてくれるなら、嬉しいね。海は俺の庭だからな」
涙で海が作れるなら、俺はその人に会いに行けるだろうよ。
「なんてなぁ…アンタの真似して、らしくねぇ事言っちまったよ」
ハハハと大きな声で笑う元親は、杯をグッと呷った。
停泊した船の甲板から見える海は、暗く澱んでいる。
夜の闇が、そのまま海底へと飲み込まれてしまっている。
この暗い海の底に落ちたら、本当に黄泉の国へと連れて行かれてしまいそうだった。
「知ってるか慶次?夜の海は見た目には暗いけどな…海の中は、青く見えるらしいぜ」
俺の視線に気づいたのか、元親は思い出した様にそう言った。
「そんな訳ないだろ?こんなに真っ暗なのにさ」
だが、元親は俺の言葉に首を横に振った。
そして、夜空を真っ直ぐ指さす。
指さした先にあるのは、真っ白な満月。
静かに輝くその光は、隣に座る相手の髪と同じ、銀の光だ。
「お月様は夜でも俺達を照らしてくれてる、お天道様よりはずっと弱いかもしれねぇけどよ…それでも充分なんだよ、海の底では」
あの光が、夜の海を青くしている。
「もし、俺が攫われたのが満月だったなら…戻って来れるかもしれねぇな」
月を見上げる彼の瞳は、彼の愛する海と、同じ色だ。
俺はその海に恋しているのだ。
「残念だけどな、慶次…海の男は海神様のモンなんだよ」
俺の告白に、彼はそう返答した。
好きなんだ、そう告げた俺に、微笑んで「俺もだよ」と言ってくれた、その後で。
彼は、俺の手を取ってはくれなかった。
「しょうがないだろ?二股かけちゃ、嫉妬した女神様にそれこそ攫われちまうよ」
笑ってそう言う彼は、きっと俺を傷つけない様にそう言ったんだと思う。
元親らしくない、少し悲しげな表情をしていたから。
分かってるんだ、彼は一国の主だから。俺とは違って、自由に生きられる訳じゃない。
だけど、広い海を渡るアイツを見ていたら……もしかしたら本当に、俺の手を取ってくれるのではないか?そう、思ってしまったのだ。
思い上がりも、甚だしい。
誰よりも部下に好かれ、民に好かれ、そして人を好く元親。
そんな相手が、自分の都合で、たった一人だけを受け入れてくれるハズがないのに。
それでも俺はアイツが好きだったんだ。
アイツも、俺の事を好きなんだって…知ってたからさ。
諦められなかったんだ。
格好悪いな……諦めの悪い男は嫌われるってのに。
「攫っていかれちゃったのかい?元親」
アンタを好いている、海の女神様に。
嫉妬……されちゃったのかい?
だからって、連れて行くなんて酷いじゃないか。
「ソイツは俺のなんだ、返してくれよ」
海に向けて呟く。
返って来るのは静かな波の音、海神の謡う歌。
海の男じゃない俺は、彼女の歌の意味が分からない。
ただただ、波の音は続く。
押しては引いて、押しては引いて。
彼女は、俺に向けて何を歌うだろうか?
「アンタは沢山の男を魅了してるんだから。一人くらい、返してくれたっていいじゃないか」
ソイツを必要としてる人達が居るんだ。
帰してやってくれ、大事な人なんだ。
アンタが、一人占めしていい訳がない。
こんな俺の言葉を、アンタはどんな歌で返してくれているんだろう?
教えてくれないか?聞こえているなら。
俺にも分かる言葉で、どうか……。
あの時、無理にでも俺は手を取って。
アイツを、攫って行ってしまった方が良かったのか?
虚無感に浸る俺の前、波の音は決して止まない。
嘲笑うのか、慰めているのか…。
海神は優しいと、元親は言っていなかったか?
月光は見失ってしまった、涙も出ない。
また会えると、見えぬ希望を抱く俺の前で。
ただ静かに、海神が謡う。
慶次→←元親、アニバサ6話を見た結果、何か居ても経ってもいられなくなった結果です。
慶次が無駄に女々しい。なんか、彼は鬱になったら女々しくなりそうだな…と、思うのは私だけだろうか?
元親は生きていると、私自身は信じています…ほら、政宗だって死んで無かった訳ですしね!
あ……あんな、メインに近いキャラをそう簡単に殺す訳がない。
っていうか、引っ張って引っ張って、出てきて一話で死亡とか、本気で無いですって!
2010/8/16