もしも…
貴方の家の押入れの中に、こんな住人ができたらどうしますか?

押入れの中のあけち【島津家編】

それはある日の朝のこと…。

「ぁああ〜…今日も良い天気じゃ」
そんな声と共に、城の主は起き上がった。


島津義弘の朝は早い。
それは年老いて朝が早くなっているのという事もあるが、彼ははまた違う。
彼は鬼の名を冠す男。


鬼島津。


朝起きて、まずは日課の素振りを始める。
自分が強者であり続ける事、それは難しい。
戦場でいつ何時に、その首を取られるか…分かったものではない。
だが、大将が高みの見物をし続ける事を、この大将は許さないのだ。
己が戦場に出て闘う、それがこの大将、鬼島津。

床で死ぬつもりは、元より無い…そう豪語する彼は、起き上がると自分の寝具を仕舞うために押入れを開けた。


「おはようございます」
日の下の国、九州の朝日の様に輝かしく眩い、とても清々しい笑顔で挨拶する男。
しかし、薄暗い城内ではその笑顔にも影が差して…酷く禍々しい。
いや、それ以前に…この男に爽やかさの欠けらでもあるのならば、彼はもう少しだけ、人に好かれていたかもしれない。


「おっ!おまはん、そこでなにしとるぅぅううう!!」
ズバッと、鬼島津は愛用している刀を取り上げると、相手に向かい合う。
「ああ、お気になさらずに…私は別に闘いに来たワケではありませんので」
そう言うと、押入れの中で正座をしている明智は、ニッコリとお辞儀をした。
逆にその笑顔が胡散臭く見えるのだが、鬼島津は相手から距離を取りつつ尋ねる。
「ならば、おまはんは何しに来たんじゃ?」
「私は島津家の押入れの中は居心地が良いかどうか、ちょっと確かめに参りました」
そう言ってすっと頭を下げる明智。
ポカンと…その言葉を聞いていた島津であるが、相手から普段見掛ける殺気が無い事を悟って、剣を仕舞った。

「おまはんが日の下の国を回っとるっちゅう噂は、ここ九州まで聞こえとる」
一体どこから漏れたのか、そんな事を言うと鬼島津は障子を開けると縁側に「どっこいせぇ」と腰を下し、「おまはんもコッチ来んか」と自分の隣りを指した。

「人の噂というのは広まるのが早いものですねぇ…」
縁側に座る島津の隣りに腰を下ろすと、ふぅ…と息を吐く。
「おまはんは、何じゃ…居心地ええ押入れ探しとるとか聞いたんじゃが…」
「ええ…奥州や甲斐、越後・加賀・四国…そして九州の薩摩に辿り着きました」
「ほぉ…随分と長い旅じゃ。それで何の目的があってそげな事しちょる?」
「いえいえ、目的等と大それたもの…私は最初から申しているでしょう?居心地の良い、押入れを探し求めていると……」
そう答える明智の前に、鬼島津は酒瓶を置いた。
「まぁ、とりあえずは飲みんしゃい」
「おやおや、朝から酒盛りですか?」
「ええから飲め飲め」
ガハハと豪快に笑い、自分の白い瓶から酒を呷る鬼島津。
飲む姿も豪快な男は、白い髭を蓄えた老人の様には見えないくらいだ。
「客人を迎え取るんじゃ、誰も文句は言わん」
そう言って酒を薦める鬼島津に、明智も「では、頂きます」と言って、白い酒瓶から酒を飲む明智。
戦場での闘いを信条とする鬼島津が、相手を毒殺などするハズもないだろう…という判断がある。
それ程に、彼の人柄というのは信頼されている。
鬼島津という人物は、それ程の大きな器を持った人物なのだ。

「居心地いい押入れのう…それで、見つけた時はどうするんじゃ?」
酒を酌み交わしつつ、鬼島津は相手に尋ねる。
「さぁ?考えた事はありませんね、私は見つける事が目的ではないので」
「違うんかい!…まあ、おまはんもおもろい奴じゃのう」
ガハハと豪快に笑う鬼島津に、明智も笑う。
「そう言って下さるのは、貴方の他に西海鬼くらいですね」
「ほうかい、元親の奴は元気か?」
「ええ、共に節分の豆まきをしました」
「西海の鬼やから元親が、ワシの所にも来たらよかに」
「残念ながら、そこまでの時間が取れませんでした…しかし、夏の九州はいいですねえ…晴れ晴れして、空が青い」
こう青いと、大地を赤く染めてやりたいですねぇ…等と、物騒な言葉を口にする明智。
「ほな、赤い大地をおまはんに見せたろかぁ」
どっこいしょ、と立ち上がると明智を引き連れて鬼島津は歩き出す。


赤い大地と言ったのは、九州の活火山。
周囲をマグマに覆われたそこは確かに“赤い大地”だ。

「ああ…熱いですねぇ」
「ほうじゃ、九州の地は熱いんじゃ」
ガハハと豪快に笑う鬼島津に合わせ、火山のマグマもゴボゴボと音を立てる。
「どうじゃ?九州の地は?」
「やはり、九州の地は熱いですねぇ…」
待遇は悪くないが、少し彼には熱すぎる様だった。

「この国は、本当に広い……」
そう呟く明智は、そっと巨大な山の向こうから日本列島を見る。
海の向こう、自分の来た道…そして、自分がこれから行くであろう道。


日の下の国を見つめ、明智は今日も行く。
歩き、探求する事こそが彼の目的。
どこまでも吹きわたる風を感じ、明智は探求の旅を続ける。
この日の下の国に、自分の求める究極の押入れがある事を信じて……。


もしかしたら、次は貴方の家の押入れの中に…。




【島津家編】完

あとがき
押入れの中の明智、第七話、完了しました。
友人から「お前最近、ジャンルが偏ってるぞ」みたいな事を言われましたが…別にこっちだって忘れてはいませんよ、というアピールです。
島津のじっちゃんの話し方が、分かりません…何かおかしかったら、愛嬌で!と押し通させて下さい。

さてと、明智はこれから広島の方へ行きます。
という事で、次回は安芸【毛利家編】です。
2010/7/24
close
横書き 縦書き