もしも…
貴方の家の押入れの中に、こんな住人ができたらどうしますか?

押入れの中のあけち【長曾我部家編】

それはある日の朝のこと…。

「なっ!!テメェそこで何してやがるぅうううう!!!!」
四国、土佐の岡豊城に城主である長曾我部元親の、そんな声が響き渡った。


元親は民や下級武士の多くからアニキ、アニキと呼ばれ慕われているが…長曾我部家に古くから仕える家臣の多くからは、殿なり元親様なり、ちゃんとした呼称で呼ばれている。
さて、四国の民や下級武士、そして彼等の重臣の中に一つ共通した部分が存在する。
それは何よりも、主である元親の事を思う、忠義というか、好意というか…とにかくそういう感情だ。


故に、ここ四国においては、元親に対しての非礼は万死に値する。


障子戸がスパーンともの凄い勢いで開け放たれ、その前に立つ男が室内へと踏み込む。
「父上!いかがされました!?」
部屋の近い息子が、焦った表情で父親の部屋へと踏み込む。
「殿!!一体何があったんだ?」
「殿、どうされました?」
「「兄者!!」」
少し遅れて、(といってもコンマ何秒の違いなのだが)辿りついた家臣二人に弟達が、室内へと雪崩れ込み、あっという間に部屋中に四国の重臣が集まる形となった。


「これはこれは、皆さんお揃いで。どうも、おはようございます」
元親に対し非礼をしでかした人物は、室内を見回して、自分が働いた非礼など微塵も気にした様子もなく、それはもうにこやかに挨拶をした。


「「「「「明智殿!?!!!」」」」」
部屋に一同に会した者達の声が、綺麗に揃う。
「オイ明智……アンタ、んな所で何してんだ?」
しっかりと家臣に周囲を固められていた元親は、隣に立つ息子の手を借りて立ち上がると、騒ぎの張本人へそう尋ねる。

「いえ、長曾我部家の押入れの中は居心地が良いかどうか、ちょっと確かめに来たのですよ」
戦場では血を求めて、幾千の人間を斬り殺していく男が、戦の無い日は押入れを求めてさ迷い歩いている…。

「貴様!そのような話、誰が信じるか!!」
「そうだ!さては兄者の命を奪いに来たな!織田の死神め!!」
そう叫ぶと、すっと刀を抜く二人の男。

「親貞兄さん、隼人、二人共ちょっと落ち着いて…」
こんな所で刀を抜かれたら敵わないと、慌てて二人を止めに入る親泰の言葉を、しかし二人は完全に無視する。
「落ち着いてられるかこの馬鹿!兄者の命狙われて、黙って見てろってのか?」
「いや、それはそうだけど…」
「そうだ!殿の命狙うなんざお家の一大事だぜ、だから…」


「吉良様!隼人!…お止めなさい」
それでも止まりそうになかった二人は、静かな声で行動を制した人物の方を見て固まる。


「殿のお命が無事なのですから、ここは殿の判断を仰ぎましょう…よろしいですね?」
「しかしだな、谷…これはどう考えたって」
「私に意見するつもりですか?隼人」
二コリと微笑んで相手を見返す男、しかし、その優しそうな微笑みの後ろには人を威圧する巨大な力があり、闘志を剥き出しにした二人の男はあっという間に、その戦意を削がれてしまった。


「フフフフフ…四国の皆さんは血の気が多くていいですね、本当に生きが良い…刀を振るえば、それはもう素晴らしい血の色が見れそうですね」
「貴様……やはり、殿の首を狙って…」
「いえいえ、これは戦場での話…私の今日の目的は、押入れの居心地を確かめる事ですから」
ニコニコとそれはもう気持ち悪いくらいの笑顔でそう言う明智に対し、谷は自分が慕う殿へのみ伺いを立てる。

「殿、この者の言葉信じてもよいものでしょうか?」
「……そういえばな、この前、伊達の所へ行った時に変な話を聞いたな」
ふと思い出したかのようにそう言う元親。
「変な話?」
「ああ、なんか明智が全国を一人で偵察に回ってるとかなんとか……奥州や甲斐なんかに現れたらしいが、どうも目的が分からないとか何とか」
「まあ確かに、偵察に回るのに向いている方のようには思いませんが」
むしろ、敵の大将の首など見ればそのまま切りかかっていきかねない、そんな男を各地の偵察になんて寄越すわけがない。
もし、別の場所で問題を起こそうものならば、無駄な戦へと発展しかねないからだ。

「なら…一体、何を目的に?」
「ですから、押入れの居心地を確かめに来たのですってば……しかし、四国は良いですね、南国は冬でも暖かい、奥州や越後などとてもとても冷えて仕方なかったものです」
「ほう、そうか…四国はそんなに居心地がいいか、それは良かった」
「良くないですよ父上!!」
呑気にそう返事する父に対し、ツッコミを入れる息子。
どうやら、自分の領土の事を良く言われると元親は少し気が良くなるらしい。

ここで、何もない片田舎だからな……などという風に解釈すると、それはもう長曾我部家の者達によって斬首されかねないので、心の奥底に仕舞っておくのが妥当でしょう。

「しかし、アンタも物好きだねぇ…四国までやって来るったぁ……そういや、アンタどうやってここまで来たんだ?」
四国は本土と離れた島、ここへ来る為には…勿論、船を使って来るしかない。
では、その船は一体どこで調達して来たのか?
「ああ、四国へ向かう商船にご同行させていただいたのですよ…船長殿にお願いして」
早い話が、商船の船長を脅して乗せてもらってきたんだろう。

この男の持つ得物を首にでも押し当てて、「乗せてくれませんか?」等と微笑まれて言われれば、相手がその願いを了承するまで三秒もかからないだろう。

「そうか、まあアイツ等は気の良い奴等ばかりだからな」
などと元親は“親切な奴”に出会えたとでも思っているのか、呑気にそんな事を言うものの、谷は深い溜息を吐いた。
(このお方は、人を疑うという事を知らないのでしょうか……まあ、それが殿の民に好かれる所なのですが…)


「そうそう、今回ここへ来たのにはもう一つ理由があるんですよ」
思い出したように手を打つと、それはそれは平和な口調で明智はそう言う。
「ほう、何だいそりゃ?」
「皆さんは“鬼が島の鬼”なんだそうですね?」
戦場において元親が叫ぶ言葉を、あえて尋ねる明智に対し、元親は「おうよ」とそれはもう爽やかに嬉しそうに笑顔で答える。
自分の台詞がここまで世間に広まっている事を、どうやら喜んでいるらしい。

「ところで…今日が何日が、ご存知ですか?」
「今日か?ええっと…確か、如月の……」
「三日、でしたね」
日付を思いだす父に助け舟を寄越す息子、そう言われて正確な日付を思いだしたのか「そうだそうだ、三日だったな」なんて言う元親。

「今日は節分なんですよ」
「そうだな」
この男がまさか年中行事の事を話題に上げるとは思ってもみなかったのだが、まあそれはそれでいいだろう。
「皆さんは“鬼”なのですよね?」
「……まあ」
ここまでくれば、流石に勘の鈍い者でも気付く事だろう。


つまりはこの男、節分の豆まきをしたいらしい。
すっと懐から升と、そこに山と入った入り豆を取り出す。
周到に準備もしてきたらしい。
「オイ……お前、まさかとは思うが…その豆を殿にぶつける気じゃなかろうな!!」
ようやく押入れから出て来た明智に、隼人が恐る恐るそう尋ねる。
「勿論そのつもりですよ…だって、鬼なのでしょう?」
そんな隼人に対し、あっけからんとそう答えた明智は、ざらりと豆を手に取る。

「それでは参りますよ…西海の鬼さん」
ニッコリとそれはそれは爽やかに、だからこそ不気味な笑みで明智は元親に対し笑いかける。
「それ、鬼はー外…福はー内…」
気の抜けた声で、パラパラと投げられる豆。
「おっと!こりゃ、鬼は退散しねぇとな!!」
家臣達の心配等完全に無視で、この状況をよりにもよって結構楽しんでいる城主。

家臣一同はあまりの事に固まった。
「それそれ、行きますよ…鬼はー外……」
「ハハハ、当たらねえなぁ…そんなんじゃ、鳩も撃ち落とせねえぞ!!」
バタバタと走り回り、二人が部屋から出て行った所でようやくフリーズから戻った家臣達が部屋から飛び出す。

「待てやぁ!!この野郎!!!!殿に豆をぶつけるったぁ、どういう了見してやがるぅうう!!」
「兄者は節分の鬼じゃねぇえええ!!」
「隼人!!親貞兄さん!!城内で刀を抜くのはお止め下さい!!!!」
「ウルセェエ親泰!」
「私ですかぁ!!」

ドタドタ…という朝から騒がしい足音を立てて、城内を駆けまわる男達……。


「父上、大丈夫でしょうか?」
父親の身を案ずる息子に対し、四国の軍師はふぅと息を吐く。
「神事を執り行う事は良い事ですので、大丈夫なのではないですか?……殿と明智殿は、どうやらお遊びのようですし…。あの馬鹿二人さえ問題を起こさなければ大丈夫でしょう」
「……そうですか」
「ええ。それより、節分と聞くと鰯が食べたくなりましたね……」
何時の間に用意したのか、緑茶を啜りながら「昼食には鰯を頼みましょうか」等と、呑気に言う谷に、信親もゆっくりと息を吐き出す。


四国は、今日も平和です。


さて…その後、自分の主とそれを追い回す不届き者を追いかけていた家臣達。

それは城内の家臣達も巻き込んで、大騒動を引き起こし…最終的に城下町で追いかけっこを始めた城主と豆を撒く織田の家臣を見た民は、「元親様は元気だねぇ…」とか「やっぱりあの人は鬼なんだねぇ(笑)」とか、それはそれは平和な目線で見守られていたらしい。

最終的に、この騒動によって自分の大事な壺を割られてしまった谷の逆鱗に触れ、そこから三日間、隼人と親貞の姿を見た者はいなかったという。


多くの人間を巻き込んで、明智は今日も日本を巡っていく。
自分の欲望のままに、風に身を任せて。
いつか、自分の求める居心地の良い押入れを求めて、彼は行く。

もしかしたら、次は貴方の家の押入れの中に…。




【長曾我部編】完

あとがき
押入れの中の明智第六話、完了しました。
今日が丁度節分で、この話が元親編だったので…これを絡めない理由はないだろう!!とうい事で突発的に書き上げました。
しかし豆撒きをする明智……これはかなり、ホラーですよね……。

四国の人々好きです、司馬さんや荒川さんの小説読んでちょっと愛着湧いてます、四国だけのシリーズ小説書き始めそうです。
その内、ちゃんと四国の人達のキャラ紹介もアップします……四国だけではなく、他の人々も色々と出てきそうな気もしますが。

さて、明智は再び商人を脅して船に乗ります。
と言う事で、次回は九州【島津家編】です。
2010/2/3
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