貴方の家の押入れの中に、こんな住人ができたらどうしますか?
押入れの中のあけち【北条家編】
それはある日の朝のこと…。
「ふあぁぁあ…今日もよい目覚めだわい」
そんな言葉と共に、城の主は起き上がった。
老人の朝は早い。
その例に漏れず、この城の主・北条氏政も起床が早い。
鶏が朝起きて鳴き出すのと同時位に、彼は起き出す。
家臣からすると、そんな朝早くから起きて一体どうするんだって思っているんだが、これも老人の体質なので仕方ない。
そして起き上がった氏政は、布団をたたみ、押入れの戸を開けた。
「おはようございます」
朝早くでまだ薄暗く、朝の爽やかな雰囲気もまだなく。
お陰で、その男は爽やかに挨拶しているにも関わらず、まるで地獄からの死神の挨拶のように見えた。
「ひょっ!!ひょぇええええええええええええええええええ!!風魔!!ふぅうまぁあああああ!!」
氏政のその時の叫び声は、小田原城下全土に響き渡ったという……。
「朝から騒がしいなぁ…」
「城で何があったんじゃ?」
「あれは、緊急警報か何かか?」
「殿の身に何が…?」
朝の早くから叩き起こされて、小田原の住民達は酷く驚いていたが、誰もその声がこんな遠くまで届く事に不信感は抱いていない。
「まあ、風魔様がおられるならば、大丈夫だろう」
「そうだな」
そんな声が聞かれ、家臣は一応着替えて登城の準備を致したものの、その足取りはゆっくりとしていた。
一方、氏政の部屋では…。
「…………」
ひょっこりと、死神の居座っている押入れの奥から顔を覗かせる伝説の忍が居た。
そんな風魔が見たのは、白目を剥いている主の姿。
「ごっ…ご先祖様が、勢ぞろいじゃ……」
「!!」
押入れから急いで飛び出して、主を現世へと呼び戻す風魔。
なんていうのか、とてつもなくシュールだ…。
「ふっ!っふ!!風魔!!お主何をしておるか!!その者がワシを暗殺しようとしておるぞ!!早く助けんか!!」
風魔の必死の蘇生のお陰で、現世に魂を呼び戻した氏政は、開口一番そう叫ぶ。
忍の扱いが酷い主である。
「ご安心下さい、私は別に貴方を殺しに来たわけではありませんよ」
こくこくと、伝説の忍も首を縦に振る。
「うっ!嘘じゃ!!嘘に決まっておる!!織田の差し金か!!言うてみい」
「何、誰の差し金でもありませんよ…これは私の個人的な趣味です」
それに合わせて、風魔もまた首を縦に振る。
「実は私は今、居心地も良い押入れを求めて、国を渡り歩いているのです」
「……ほう?今、何と申した?」
「居心地の良い押入れを求めて、国を渡り歩いているのです」
耳が遠くなったのだろうか、それともこの突拍子もなさ過ぎる言葉に我が耳を疑ったのか、聞き返したものの返って来た言葉は同じ。
「それは真か?わしを暗殺しに来たのではないのだな?」
「ええ、貴方程度の人を殺して、一体私に何の価値があるというのです」
「そうか、そうか…ってちょっと待てい!!わし程度とは一体何事じゃ!!天下の北条じゃぞ!!」
「それでは殺してほしいのですか?」
「ひぃい!!命だけはお助けぇ!!」
自分の獲物を取り出しておどかす明智に、その肩に手をぽんと置き、風魔は横に首を振った。
それ以上脅かすのは良くないと、そう言いたいらしい。
っていうか、貴方は何時押入れの中に戻ったのでしょう?
いや、どうしてわざわざ押入れの中に戻ったのだろうか?
「そうですねえ、お年寄りは労わって差し上げなければいけませんね、脅しただけで死なれては困る」
そう言うと、明智は獲物を直した。
「…ところで、そちら二人で一体何をしておったのじゃ?」
「ええ、実はこの押入れの中に入ったところ、この忍さんが表れましてね。
本当ならば伝説の忍と称されるその腕前、斬って斬って遊んでほしかったのですが、何分ここは場所が悪い。それに私は戦いに来たわけではあいませんからねえ。
ちゃんと理由を話したらこの忍は分かって下さったようで、こうして二人で朝まで遊んでいたのですよ」
そう言って明智は自分の前に広げられたものを差した。
大の大人の男が二人も入っている所為で押入れの中は大分狭くなっているが、その狭い押入れの中には何やら紙が広げられている。
蝋燭に照らされたソレは、どうやら双六らしい。
一体、どんな事になれば他家の武将と忍が、仲良く二人で双六等に興じられるのであろうか?
そしてそれ以前に、風魔は何も物を話さないというのに、どうやってコミュニケーションを取っていたのだろうか?
しかも一晩も、この狭苦しい押入れの中で。
よく息が詰まらなかったものだと思う。
それは、二人共プロだからなのか…それとも、何か尋常ではない人物だからなのか…。
後に残るのは、疑問ばかりだ。
「しかし楽しいですね、この天下統一双六」
「…………」
こくこくと首を縦に振る風魔。
彼にも、何かで遊ぶなんていう人らしい心が残っていたようだ。
ただ、一晩かかってまだ上がっていないようで、まだまだゲームの途中のようだ。
「あと少し、あと少しで天下は私の手中に落ちるのですね」
コロン…コツコツコツコツ。
「…………」
「ふふふ、貴方も侮れませんねえ」
コロン…コツコツコツ。
「……そちら、まだここで遊びに興じるつもりか?」
「ええ、ご安心下さい、天下統一を果たした暁には、すぐにここを立ちますので」
いやいや、それで安心できるのだろうか?
そしてそこまでして、どうしてそんなにその勝負に拘るのか?
そんなに天下統一したいのか?
貴方、天下には興味がないんじゃないんですか?
「ついに来ましたね、関ヶ原…貴方はどうするんですか?東軍に付くのですか?西軍に付くのですか?」
「…………」
「そうですか、では私はあえて西軍に」
今、どうやって話したのだろうか?
そして、どうして貴方達の時代に関ヶ原の合戦なんて起こっているんでしょうか?
その辺は、まあ深く突っ込んでいっちゃいけないところなのですが。
「いやいや、最近の若者は理解できんわい」
そう言うと、氏政はたたんだ布団をそのままに部屋を出て行く。
全く、この老人は自分の身に起こっている不審な出来事について、深く考える気はないようだ。
今日もご先祖様に挨拶すべく、仏壇の前へとやって来る。
そんな北条城主の事などにはもう興味を失ったようで、忍と武将は押入れの中で共に双六の続きを始める。
この勝敗が決したら、明智は次の目的地へと旅立つのであろう。
彼の求める、究極の押入れを求めて…。
「若者は元気でよいのぅ…わしももう少し若ければ……」
彼が若ければ一体どうなのか分からないが、彼の行動が若気の至りだけでは済まないような領域に、達しつつあるような気がするのだが…。
しかし、彼はまだ足を止めるつもりはない。
彼の求める、押入れはこの日本のどこに存在するのか……。
もしかしたら、次は貴方の家の押入れの中に…。
【北条家編】完
押入れの中のあけち第五話、完了しました。
氏政は押入れから明智が出てきた時点で、マジで死にかけると思うのです。
風魔と明智が押入れの中で、二人で遊んでいたら可愛いな…とか、そんな想像の元に書かれています。
めちゃくちゃシュールでどこか微笑ましく、どこか恐ろしい、そんなすさまじい双六を二人で繰り広げてくれてました。
花札とか色々迷ったんですが、双六が一番安全だろうと思ったのです。
さて、関東から明智は船に乗ります。
という事で、次回は四国【長曾我部家編】です。
2009/10/5