もしも…
貴方の家の押入れの中に、こんな住人ができたらどうしますか?

押入れの中のあけち【伊達家編】

それは、ある日の朝のこと…。

「正宗様!!朝ですぞ、起きて下さい」
いつも通り、片倉小十郎は自分の主である伊達政宗を起こしに来ていた。
別に彼が直接こなくとも、侍女にでも任せれば…と思われるのだが、それには伊達政宗の気性が絡まっている。

実は伊達政宗は、とてつもなく寝起きが悪い。

寝起きの悪さにつけては折り紙つきで、もしも慣れていない者が起こしに来ようものならば、それこそ龍を逆撫でするようなもの。
つまりは、逆鱗に触れるようなものなのだ。
それが分かっているからこそ、彼の事を幼い頃からよく知っている小十郎が毎朝、自分の主を起こしに足を運んでいるのだ。


「正宗様、朝ですよ!正宗様!!」
「shut up…煩いぞ、小十郎……」
もそもそと、頭まで布団を被ってそんな事を言う正宗。
しっかりと布団を掴み、頑としてそれを離すつもりもなさそうだ。
そんな主の姿なんて、毎朝の事。
小さく溜息を吐く小十郎。
そして、主の布団の端を掴むと……。


「文句を言わずに、起きて下さい正宗様!!」
ガバァッと主の布団を引き取った。

「うおわぁ!!」
布団を握っていたと正宗は、布団から引き剥がされ、襖へと激突し、そのまま隣の部屋へと転がり込む。

「こ〜じゅう〜ろう〜……」
そう言いながら立ち上がる正宗。
ゆらり…と正宗の背後に嫌な気配が立ち上る。
家臣や侍女の多くは、その姿の恐ろしさに卒倒してしまうのだが…。

「おはようございます、正宗様」
しっかりと、相手を見つめてそう言う小十郎。
流石は龍の右目と呼ばれる男、主の怒りにだって動じたりはしません。

「さあ正宗様、今日もやらなければいけない執務が溜まっているのです、早くお着替えになって朝食をお取りになって下さい」
そう言いながら、いそいそと布団の片付けを始める。
このまま放っておいたら、どうせ二度寝するだろう事が目に見えているので、さっさと片付けてしまうに限るのだ。
真っ白な布団を抱え上げると、彼は押入れの戸を開けた。


「おはようございます」
にっこりと微笑んで、その人物は爽やかに小十郎に挨拶する。
その瞬間に、小十郎は布団を取り落とした。

「あっ!!明智!!貴様、何故こんな所に居る!!」

もしや、夜襲の為に忍び込んだのでは…と肝を冷やす彼とは違い、見つかった方の相手は酷く落ち着いた様子で、彼を見つめ返している。
「ご安心下さい、私は別に奥州筆頭の命を奪いに来たわけではありませんよ」
押入れの中で、綺麗に正座をして収まっている銀髪の武将はそう言いながら、何が起こっているのか分かっていない男の顔を見返す。

「じゃあ…一体何をしに」
「いえ、伊達家の押入れの中は一体どのようなものか、と思いましてね」
さも当たり前かのように、そんな事を言う。

「ウチの押入れの中がどうなてるか、って、そんな事でテメエはわざわざ奥州まで来たっていうのか?」
そう言って相手を睨みつける正宗。
しかし、彼はまだ夜着のままな上に、頭には寝癖がついており、一国の主としての威厳は少し足りない気もする。
っというか、さっきまで置きたくないとダダを捏ねていたというのに、何時の間にか何時もの独眼流モードになっている。

寝起きは悪いが、敵武将の前で無様を姿をさらしたくはないということなのか…。

「オイ、さっきから上の解説が一々ウルセエんだけど」
「正宗様、そんなものは放っておいて下さい、我々にはどうしようもありません。それよりも今はこの男をどうするのかが先決です」
「おっと…確かにその通りだな」

そう言って、正宗は押入れに収まっている明智を見る。

「で…本当にお前は、何しに来たんだ?」
「それは既に申し上げたでしょう?伊達家の押入れの中がどのようなものか、拝見しに来たのですよ」
「……そんな事理由になるか!!っていうかお前、何時からそこに居るんだよ!!」
「…そうですね、昨日この押入れから布団が無くなってから…ですね」
つまりは、正宗が床に着いてからずっとそこに居た事になる。
この部屋で、ずっと明智と二人っきりだったのか…と思うと、何だか寒気がしてきた正宗。

「しかし…一体何の為に押入れの中に……?」
どんな敵地の視察だよ…とか思いながら、小十郎はそう尋ねる。

「そうですねえ…私の個人的な、趣味ですよ」
そう言って微笑む明智に、二人は全身の力が抜けた気がした。

この男には、どうやら何を言っても無駄なようだ……。
っというか、彼の思考回路を理解する事は常人には不可能らしい。
織田の人々はさぞかし、彼の行動の不可解さに頭を悩ませているに違いない。

「ところで明智、そこにこの布団を直したいのだが…」
「ああ、邪魔にならない所に置いてく下さいね、わたしが入らなくなるでしょう?」
そこがもう自分の定位置であるかのように、そんなことを言う明智。

「white!!テッメエ、まさかここに居座る気なのか!?」
「ええ、ここは結構居心地が良さそうですからね…少々寒いのが傷なのですが……」
「早く尾張に帰れ!!」
ビシッと指を差して「そこから出ろ」と叫ぶ奥州筆頭に、しぶしぶといったように従う明智。

「仕方ありませんねえ…また、居心地のよさそうな押入れを探しに行きましょうか」
そう言い残して、明智はどこかへと立ち去ってしまった。


「アイツ、まさかああやって諸国を巡ってるんじゃねえだろうな?」
明智の消えた方向を見つめ、そう呟く正宗。
「さてと…これで、ようやく平凡な日常に戻れるわけか…」
溜息を一つ吐いて、小十郎は押入れに布団を直した。


何時もの日常を少しだけ変化させる騒動も、すぐに奥州は納める事ができた。
これも、独眼流と称される伊達政宗の器量と、その右腕である片倉小十郎の助力があっての事である。


「なんか…さも重大な事が起こったかのように語られてるんだが、どうしたらいい?」
「放っておいて下さいませ正宗様、相手にするだけ疲れるだけです」


しかし、彼等は明智に止めを刺さなかった。
それ故に、これから彼が諸国においてトンデモない騒動を引き起こす事になるのを、彼等はまだ知らないのである…。


「って、やっぱりアイツこの為に全国を回るのか!?」
「もう、理解の範疇を超えてる……」


そんな彼等の呟きもどこ吹く風。
明智は居心地の良い押入れを求めて、今日も諸国を回っている。

もしかしたら、次は貴方の家の押入れの中に…。



【伊達家編】 完

あとがき
記念すべき戦国BASARA小説第一弾…が、トンデモなく馬鹿な話になしました。
でも、気にしない。

友人との会話の中から派生しました、この『押入れの中のあけち』シリーズ。
ええ、シリーズですよ、これから更に続きます。
なんか友人の明智の第一印象が、「押入れの中に入ってそう」だったので、そこからこのネタで小説を書こうぜ…って話になったのです。
私の部屋にも押入れありますが、開けて明智がそこに居たら、多分その瞬間に心臓発作起こします。

さて、次回は甲斐【武田家編】です。
2009/8/19
close
横書き 縦書き