アイツって、やっぱり変な奴だよな?
ザクロとアイビー
終業式が終って、部活に参加して。年末の騒がしい町を眺めながら、そういえばまだ大掃除が全部終ってないななんて考えていた。一日で全部終らせる事ができないのは、ここ何年かで経験済みなので、時間を見つけて少しずつ済ませていた、といってもそんなにする事もないのも事実だ。
今週末なら時間も空くかな、と考えながら歩いていると背後から急に声をかけられた。
「やあ、火神大我」
振り返るって立っていたのは、ついこの間まで試合をしていた相手だ。
「赤司……お前、こんな所で何してんだよ?」
「今学期も終って、久しぶりに実家に戻って来たんだよ。まあ、明後日には京都に一回帰るんだけどね」
皆の顔でも見ておこうと思って。
そう言って笑う相手の、強過ぎる視線が何とも居心地が悪くて、思わず目を逸らす。
正直に言うと、赤司は嫌いではないが緑間とは違う意味で苦手ではある。何を考えているのか分からない、というのが理由なんだけど、コイツに関しては底が見えない不安な感じがずっと付きまとう。
なんというか、ポーカーをしてる相手が自分の手札を教えたみたいな、気味悪さ。本当の事で動揺を誘ってんのか、それとも嘘を吐いているのか、胡散臭い相手を前に出方を迷ってる感じ?そういう意味の分からなさだ。
「それで、何でこんな所に居るんだよ?」
「お前に会いに来た、と言ったらどうする?」
やっぱり、そういう事になるんだろうか。でなきゃ、俺のマンションの下でなんか会わないよな?会うっていうか、声かけてきたわけなんだけど。
「えーと……じゃあ、上がって行くか?」
「君がいいんならね」
いいんなら、と言いながらも当たり前みたいに俺の隣りに来てんじゃねえか。
というか、実家に帰って来たっていうんなら真っ直ぐお前の家に帰ればいいじゃないか……とか、他にも言いたい事はあったんだけど。コイツに口で勝てるとも思えないし、そもそもそんな事に意味があるとも思えなくて、黙って上に行くエレベーターに乗る。
「いらっしゃい」
「邪魔するよ」
丁寧に挨拶をして靴を脱いだ赤司をリビングに通し、俺は自分の部屋に戻って荷物を置き制服を脱いで部屋着に着替える。
アイツって、何出してやればいいんだろう?コーヒーとミネラルウォーターは常備してある黄瀬が言うから最近は何かミネラルウォーターの種類増えた気がするけど……。青峰が遊びに来た時に置いていったコーラもまだ残ってるし。木吉先輩や緑間が来た時しか使わないから、粉末の緑茶はまだある。この間、誠凛の同期メンバーが遊びに来た時、黒子に作ってやったミルクセーキの残りで牛乳なんかもあったから、タツヤから貰った紅茶が残ってるからロイヤルミルクティーも淹れられるけど。
「何がいい?」
「……とりあえず、お前が器用だという事と。人に好かれている事だけは嫌という程分かった」
早々に手を打った方が良さそうだな、と呟く赤司に何をだ?と尋ねかけて「緑茶をお願いしていいかな?」と言われたから、結局そのままにして止めた。
赤司のために緑茶を淹れて、俺は自分用にインスタントコーヒーのマグカップを持ってリビングに戻ると、赤司はありがとうと言って、一口それを飲んで「美味いな」と零した。別にお湯注いだだけだし、そんなに味に違いが出るとは思わないんだけど、まあいいか。
「そうだ、君に土産があるんだ」
そう言って持っていた紙袋を差し出された。別に土産なんて貰うような義理はない気がするんだど、折角だからありがたく貰って中身を確認すると、入っていたのはなんと、花だった。
おいおい、何でこんなものお前から渡されないといけないんだよ?
「困るかい?」
「そりゃ、困るっちゃ困るだろ……というかさ、俺に渡すくらいなら家族とかに渡せばいいだろ。お前の母さんとか、喜んでくれんじゃねえの?」
「それはお前宛てに作ったものなんだから、お前が喜んでくれないと意味が無いんだよ」
そう言われれば反論はできない。
「そっか、ありがとうな」
どうしようか迷って受け取った花の礼を言うと、赤司はそっと口の端を持ち上げて微笑んだ。
コイツって、柔らかい視線で見つめている時はそれなりに優しい顔してるんだよな。
なんて、どうでもいい事を考えつつ貰ったものをどこに飾ろうか考える。
紙袋から取り出して見るとそこそこの大きさがあるものの、折角だからと籠に入った薄い紫色の薔薇と緑のツタの葉を使ったアレンジをテーブルに飾ると、そこだけ雰囲気が急にガラッと変わってしまった。
「……うん?これ、果物も入ってるのか?」
「ああ。お前には色気よりも食い気かと思ってね」
いや、そう思うんだったらもっと別のものにすればいいのに。
そう思いつつ房が垂れるように盛られたブドウと、ザクロの実を微妙な気持ちで見つめる。確かに綺麗なんだ、綺麗なんだけど、もっと他にあげる相手がいる気がする。それこそ折角なんだからクリスマスのプレゼントに、女の子にでもあげればいいのに。
そう思っていると、赤司がバスケットの端に盛られていたザクロの実を手に取った。
熟れてぱっくりと割れたその実の赤い粒を取り出して、俺の前に差し出す。
「良い物を選んでるから、美味しいと思うよ」
「ああ……ありがとう?」
受け取ろうと手を伸ばすと、それを払いのけるように俺の口元へと実を持った赤司の指が伸びる。
これは、食べさせてくれる……という事なんだろうか?
恐る恐る口を開けて見ると、それでいいとでも言うように俺の口の中へと摘み取った実を放りこまれる。
うん、ザクロって正直あんまり食べないから稀に食べると美味しいかよく分かんねえよな。別に嫌いじゃないけど、一粒ずつ口まで運んでくれるのが赤司じゃなければ味ももっと良く分かると思う。
何を考えているのか分からない赤司は、先程から口の端を上げて笑っているし。何が楽しいのか、何をしたいのか、本当に良く分かんねえよコイツ。
「火神、知ってるかい?」
「何を?」
「ザクロを食べた女神の話を」
いや、そんなロマンチックな感じのもの知らねえよ?
というか、話が唐突過ぎて意味が分かんねえんだけど。なんて首を傾げていると、相手は笑いかけながら話始める。
「その女神は、冥界の王に見初められて冥界に連れ去られてしまうんだ。そうしたら彼女の母である豊穣の女神が悲しみのあまり閉じこもり、地上は荒れ地に変わってしまったんだ。そこで神は使いを出して、冥界の王にその女神を返してくれるようにお願いしたのさ。王はそれを了承したんだけれど、帰る前に彼女にザクロの実を差し出すのさ」
「……それがどうしたんだよ?」
言ってる言葉の意味が多少分からないところがあったものの、何となく話は分かった。
だけど、それがどうしたんんだって話だ。ザクロを食べたから、その女神はどうにかなっちまったんだろうけど。
「彼女は知らなかったのさ、冥界の物を食べた者は冥府に住まないといけないんだって事を。だから、彼女は口にしたザクロの数の月だけ年に冥府で暮らす事になったのさ」
「へえ……」
それがどうしたんだよ?と尋ねると、赤司はクスリと笑う。
「もしも、これが冥府の果物だったならお前は僕の元にどれくらい縛り付けられるんだろうか、と思ってね」
「はあ?」
確かに、くれるだけ赤司から食べさせてもらってたけど……。
ゴクリと大きく音を鳴らして飲み込んだ実は、既に体に取りこまれ始めている。
俺とコイツの髪と同じ色をしたその実に、コイツはどんな意味を持たせているんだろうか?
無言で相手の出方を待っていると、ふいに真剣な表情で俺を見つめてきた。
片方ずつ色の違うその瞳に、弱り果ててる俺の顔が映っているのが見えた。
「火神大我、僕は君の事が気に入っていてね。
良かったらだけど、このまま僕の元に来ないかい?」
シンと静まりかえった室内。赤司は言う事を言って満足できたのか、ゆったりとした動作で俺が淹れたお茶を飲み始めた。そこでようやく体を動かせるようになった俺は「何言ってるんだよ?」と尋ね返す。
「何って、君が気に入ったから京都に来ないかと誘いをかけてるんだけど」
「嫌に決まってるだろ。家とか学校の事もあるし、何よりも今の、誠凛バスケ部の仲間が俺には大事なんだよ。他のチームでプレイするとか考えられねえし、お前や他のキセキの奴等とはこれからも対戦相手として向き合いたいんだ」
思っている事をハッキリ告げると「そうかい」と、それほど残念そうでもない声で赤司はそう答えた。
「まあ、ほぼ予想通りの答えだよ」
そうでないと面白く無い、なんて平然と言ってのける。
「そうかよ」
やっぱり、コイツって意味不明だよな。
「だけどね、僕は諦める気はないよ」
「何度言っても無理だって、俺は転校する気ないし」
「そうだろうね、でも君を諦める気はないんだ」
何と言っても引きさがらない雰囲気に、思わず溜息が出た。
そんな俺を見つめて微笑むコイツの気が知れないし、やっぱり苦手だなとしか思えない。
「お前は罪な人間だよ火神」
「はあ?別に俺、悪い事なんて何もしてねえぞ」
「そうだな、だけどそれが悪い」
そう言うと赤司は籠から垂れたぶどうの房から実を一つ取ると、口の中に含んだ。
「誰にも好かれる人間というのは、無意識に人の心を盗んで行くものだ。お前は何人の人を虜にしているんだか……本当に、知れたものじゃないよ。だから、そろそろ年貢を納めたらどうなんだい?」
「ねんぐ、って何だ?」
「君のそういう無知なところも好きだよ、本当にね」
そう言うと、俺の頭をそっと撫でて赤司は立ち上がった。
「悪かったね夕飯時にお邪魔して、そろそろお暇するよ」
「えっ……あ、帰るのか?」
「ああ、君にそれを渡して、スカウトしたかっただけなんだ。僕の伴侶にならないか……ね」
そう言う赤司に「はんりょ」って何だ?と聞こうとして、やっぱり止めた。何か、凄く満足そうな顔してるから、変に刺激して機嫌を悪くすんのも嫌だったからだ。
「とりあえず火神、今日はこれで済ませてあげるけど。次は覚悟しておくんだよ、僕もどうやら本気にならざるをえないようだし」
本気って……ああ、バスケの事か?
「いいぜ、いつでも相手してやるよ」
「…………そうかい」
そう言っておかしそうに笑う赤司に、ちょっと首を傾げるものの。コイツの笑いのツボも意味分かんねえな、とか思った。
「ねえ火神、最後にお願いしてもいいかな?」
玄関まで見送りに行くと、振り返って彼はそう言った。元々の身長差もあって、俺が見下ろす形になる。
「何を?」
「何て事はない、少ししゃがんでくれないか?」
かつて、頭が高いと無理に地面に引き倒された記憶が蘇って、仕方なく、言われた通りに相手と同じ視線になるまで足を曲げた。
「素直なのはいいが、お前は警戒という言葉を知らないのかい?」
「はあ?お前がやれって言ったんだろ?」
「まあそうなんだけど、お前は少し人を疑う事を覚えた方がいい。でないと、どこかの憐れな女神のように、知らない間に悪意の種を口にしているかもしれない」
そう言うと、目の前にある俺の頬を両手で包み込むように挟んで、それから信じられないくらい優しくキスしてきた。それこそ、花嫁に対する誓いのキスみたいなやつだ。
「……っえ?」
呆然とする俺に、赤司はただ笑う。
「勝手ながら予約させてもらうよ、君の将来を」
それじゃあ、また。
微笑んでそれだけ言うと、呆然としたままの俺だけ残して、赤司は立ち去った。
本当、アイツって意味分かんねえよ。
火神大我は、本当に面白い。
人にこれだけ好意を持たれているのに誰の事も気付いていない。この世の二割はその人間がどんな人物であろうと愛するとは言うが、偶然にも彼の周りには、地球上に居るその二割の人間が多く集まったようだ。
これはなんという偶然なんだろうか、それにしても面白い。
僕までをとりこにしたその罪は、しっかりとその身で償ってもらおうじゃないか。
そういう意味で会いに行ったというのに、彼にはまったく通じていない。
花の価値も、果物の意味も、そしてツタの葉の言葉も。
それは分かっていた事だけど、相手に通じない言葉のようなものでコミュニケーションをはかるのには、それなりの意味がある。
呪いさ。
そう、誰にも気付かれない様に彼を僕に縛りつける呪い。
僕の扱う言葉、その一つ一つが彼を縛り付けていく。
それは何て面白くて、美しい光景だろうか。
知らない間にじわじわと、ゆっくりと狭まっていく網の中で、知らない間に呼吸をする事ですら僕の許しを請うようになっていくのだ。
そういう呪いで、彼を縛りつている。
僕が扱うものには、それだけの力がある。
人の言葉には魔力があると言う、この国では特にその力は有効だ。
言葉で表した事は、現実になると信じられてきたんだ。そんなカビの生えた古い迷信を、誰が信じるのかと言いそうなものだけれども。こういう不安定な力に頼ってみるのも、たまには悪くない。
人の心の動きというのは、どういう風に転ぶのか完全に予想なんてできないわけだし。
「本当に、大我は可愛いね」
久々に集まった中学時代の仲間達の前で、そう言う。
誕生日だから集まろうか、と話してくれたのは彼等の方だった。
卒業してから、自分達の敵になってから集まるようになるというのも、皮肉なものだと思わないか?
まあ、悪くはないけどね。
「ついさっき会ってきたんだ、言葉があそこまで通じない人間というのも、まあ珍しいと思ったよ」
そう言った時の彼等の反応は様々だったが、おおよそ全てが不機嫌になったのは一緒だった。
でも、いくらお前達だとしても。誰にも彼をあげるつもりはないんだ。
「赤司君、一応言っておきますが。彼は僕達、誠凛のものですよ?」
「本人からもそう言われたよ」
テツヤに向けてそう返答すると、相変わらず無表情のまま彼は「そうですか」と感情を押し殺した声で何てことのないように呟く。
「今の関係を、彼は崩したくないと言った」
そうして、集まった全員の顔色を確かめながら聞く。
「お前達はどう思っているんだ?」
静まり返って、誰も答えようとしない。
同じ事を考えているんだろう事は、その顔を見れば分かる。
きっと、誰も譲る気はないんだろうな。
誕生日だからと、横からそれを奪っていくのはやはり納得してもらえないだろう。
いいよ、それならば一歩先を行くだけでも。
「将来の約束は、してきたけどね」
そう言って微笑む僕を、お前達はどういう気持ちで見ているんだろう。
ねえ……
敦
大輝
真太郎
涼太
そして、テツヤ。
12月20日の誕生花
アイビー:花言葉「永遠の友情・友情が深い、死んでも離れない、永遠の愛、結婚、不死、誠実、信頼」
バラ(マダム・ビオレ):「背徳」
ザクロ(実):「結合」
誕生果
レッド・グローブ(葡萄):「協力・縁起心の強さ」
誕生日でネタがないと、誕生○○に逃げる癖をどうにかしたい今日この頃です。
2012年12月20日 pixivより再掲