初恋はレモン味だと言ったのは、誰だっただろう?
俺は違った。
もっと甘くて、暖かい味がした。

初恋の日

『来週ってタツヤの誕生日だったよな』
電話の向こうで、お祝いするけど何か欲しい物あるか?なんて尋ねる相手に、なんて答えようか迷う。
「別に気にしなくてもいいよ、お祝いされる歳でもないだろうし」
『とか言いながら、俺の誕生日にはプレゼント持って遊びに来たじゃねえか。お返しくらいさせろよな』
そう言うけれど、俺の誕生日は平日だし会いに行くのは無理だと寂しそうに告げる。
俺の事を考えてくれている、それだけでも充分に俺は嬉しいんだけど。
「気にしなくていいよ、本当に。タイガがお祝いを言ってくれるだけで、俺は嬉しいし」
それにね、俺の欲しい物は君しか持っていないけれど、それが欲しいと言う資格は多分、俺にはないんだ。

まだアメリカに居た頃、お前と出会ったのを俺は運命だと勝手に思ったんだ。
本当に自分勝手な決めつけで悪いけれど、あんなに好きだと思った人は初めてだったんだ。
そして、俺は気付いてた。幼い子供が家族に対して抱くような種類の無い雑多な「好き」と、タイガに抱くこの「好き」は違うだろう、って事を。
気付いたからこそ「兄弟」だなんて言ったんだ、お前への絆と共に俺への暗示として。兄弟は大事な存在だ、だけどここに恋愛は生まれない、そういう関係になってはいけない。
俺の少し後ろをついて歩く、可愛い弟で居てくれるなら無理を言うつもりはなかった。

「じゃあタイガ、今年の冬休み。タイガの家にお邪魔していいかな?クリスマスでもお正月でも、一緒に過ごそうよ」
『そんなん別にいいけど、タツヤ、本当に欲しいもんねえの?』
「無いよ、本当に。今欲しいのは、大学の合格通知くらいかな」
そう言って笑うと、タイガは「流石にそれは無理だ」ってすねていた。
「泊まりに行ったら、思いっきり我儘聞いてもらうから、そのつもりで居てよ?」
『分かったよ、タツヤの好きなもん沢山作ってもてなしてやるからな!』
そう言って切れた電話に、少し微笑む。
我儘だろう?お前の時間が欲しいなんて。彼はきっと気付いてないんだ、まだ、俺が本当に欲しい物が何か。

覚えているだろうか?
いつかのクリスマス、バスケ仲間達と集まってパーティーをした事。煌びやかに飾り付けられた街並みに、タイガは負けないくらいに目を輝かせてて、寒そうだったその手を繋いで一緒に歩いたんだ。
パーティーで出された料理が美味しくて、沢山の仲間に囲まれて、お前が楽しそうで良かった。
でもね、少しだけ嫉妬したんだ。お前が俺を忘れてるんじゃないかって。
「タツヤもこれ食べる?」
そう言って差し出された皿には、切り分けられたアップルパイが乗っていて。その時、彼は英語じゃなくて日本語で俺に話しかけた。英語の勉強したいから、いつもはできるだけこっちの言葉に合わせているのに、多分、彼の事だから気分が盛り上がってすっかり失念してたんだろうけど。でも偶然にかけられた自分の国の言葉が、特別に聞こえたんだ。
タイガと俺だけに通じる言葉みたいで、なんだか嬉しかったんだ。
覚えてるかな?
「ありがとうタイガ」
お礼を言って、機嫌良く笑うその頬にそっとキスしたのを、覚えているだろうか?
真っ赤になって、うつむいたお前の頭を撫でて「本当にタイガは可愛いな」なんて、冗談めかして笑ったのは俺が狡いからだと分かっているだろうか?
何も知らないなら、それでいいんだ。
俺の可愛いタイガ。
いまだに俺は、君を手放したくないと思ってる。もうとっくに、君はこの掌から飛び立っていったというのにね。

月曜日、既に部活は引退しているので授業が終われば夕飯までは時間が空く、と言っても受験生は寮に戻って勉強するくらいしかないけれど。
夕飯が済んで、また部屋に戻ろうとした時。携帯電話が鳴り出した、ロック調の軽快なメロディは彼が好きだという曲のもので、名前なんて見なくても誰からかかってきたのか分かる。
「もしもし、タイガ?」
『ようタツヤ!やっと着いた……秋田ってもっと遠いかと思ったけど、わりかし近いもんだな』
何を言ってるんだお前は?
思わすそう言いそうになった、だって近いわけがない。来れるわけがない、こんな平日にこんな時間に、来るわけがないだろう?
「タイガ」
でも、期待せずに居られない。こんな事を言った以上、お前は、もしかして……。
「今、どこに居るの?」
『陽泉高校の前だぞ』
どうして、と聞くよりも先に俺は携帯電話を耳にあてたまま玄関に向けて走り出した。
「すぐに新幹線乗って来たんだけどな」とか「こっちって寒いんだな」とか、そういうのは聞いていない。
「タイガ!」
叫んだ声は、もう機械越しである必要はない。俺のすぐ目の前に、ポケットに手を突っ込んだ体の大きな青年がこちらを見て微笑んでいた。
「久しぶりタツヤ」
笑って手を振る彼の手を取ると、思ったよりも冷たかった。ここまでの間に体が冷えたのかもしれない。風邪でも引いたらどうするんだと文句を言いながら、冷たい体温を上げるために両手で包み込んでやる。
「何やってるんだ一体!今日は平日だろう、学校は良くても部活とか……」
「今日は休みなんだよ、体育館の都合でさ。だから前の日に来たんだ、どうしてもタツヤに会いたかったんだ」
「だからって、どうして!」
「Happy birth day Tatuya!」
ニッと笑って、悪戯の成功した子供みたいに、笑って……。
全く、俺が怒らないとでも思っていたのかい?迷惑だとか考えなかったのかい?
「タイガ……Thank you」
それでも、君が会いに来てくれたのは嬉しい。
俺の元に来てくれるのは嬉しい。
俺のものになってくれるんじゃないかと、そう思ってしまって。狡いし思い込みの激しい、自分勝手な感情だけれど、嬉しいんだ。

「全く、タイガには驚かされたよ」
「悪い悪い、でもどうしても会いたかったんだ」
こっそりと部屋にタイガを招き、お茶を淹れてあげると「Thanks」とはにかんで笑う彼に、なんだか昔を思い出した。
「そうだタツヤ、これ俺からプレゼントなんだけどさ」
来てくれただけでも充分嬉しかったんだけれど、彼はしっかりと俺に用意してくれたらしい箱を渡して来た。
包装されてるわけではないシンプルな箱、その中を開けて入っていたのは、綺麗に焼けたパイで。特徴的な格子状の包に入っているのは、多分、シナモンで味付けられた林檎だろう。
「タツヤってさ、アップルパイ好きだったよな?向こうに居る時、俺に作ってって言っただろ?」
そう、かつてそう頼んだ事がある。クリスマスの時、タイガから貰った一切れが凄く美味しくて、また食べたいね……と言ったのを彼は覚えていてくれた。
そして、俺のためにわざわざ作ってくれた。初めて作ったらしいそれは、お世辞にも綺麗ではなかったけれど。味はよく覚えている。
甘くて、シナモンの大人っぽい味と一緒になんだか温まる香りがした。
「覚えててくれたのか?」
「当たり前だろ、だってタツヤの事だし」
そう言ってくれるお前の言葉、その一つにどれだけ心が震えると思う?

「おめでとう、タツヤ」
切り分けてくれたパイの皿を受け取って、俺も笑う。
こんなにも綺麗に作れるようになったのか……でも、一口食べたその味は相変わらずで。暖かい味かした。
「タイガ」
好きだよ、と言うその代わりにあの日のように、その頬にキスをした。

あとがき
あとがきという名前の言い訳。
すいません、作者は東京・秋田間が何時間で行けるのか、正確には知りません。
調べてる暇とか無かったんです、ネタ出しから書き上げまで時間が無くて……。
あと、キャプションでも書いてある通りに陽泉の二人を林檎で祝っていたりしますが……これは、この二人って林檎が似合いそうだなあとか、私のアップルパイブーム以上に深いわけがありまして。
紫原君の時は、間違えたんです。…………名産品を。
林檎が有名なのは秋田じゃなくて、青森じゃねーか!って気付いたんですよ、八割書き上げた時くらいに。
でも今更になってやり直しとか、無理だったんで。そのまま林檎で貫き通しました。
すいません、青森・秋田県民の皆様……コイツ、地理とか苦手だったタイプです。
今回の氷室さんは、林檎を使うしかなかったんです。
だって!10月30日の誕生花の一つに「林檎」って入ってたんですもん!
2012年10月30日 pixivより再掲
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