「神ちん、今度の連休そっちに俺帰るから」
「そっか分かった、どっか遊びに行くか?」
「うん、というか神ちんの家、泊めて」
「はあ?自分の家に帰ればいいだろ」
「一日だけでいいからさ、ねえいいでしょ?」
「まあいいけど」
「待ってるから」なんて言ってくれる君に、本当ならもう一つ続いた我儘を言えなかった。
誕生日だから、お祝いしてほしいなあ……なんて言ったら、怒るかな?
りんごの唄
日曜日、俺は神ちんの家にやって来た。
「よう久しぶりだな」なんて挨拶してくれる神ちんに、「うん」って返事して紙袋に入れて持って来たお土産を渡す。
「何これ?」
「俺のオススメの秋田限定のお菓子、あとは林檎」
「何で林檎?」
「んー、近所のスーパーで安売りしてたから」
神ちんみたいな色してるから、食べたくなったんだよね。
なんていうのは秘密。
袋の中の林檎を見て「だからって、こんな沢山どうするんだよ?」と神ちんは溜息を吐いた。
それから、リビングに案内してくれて。荷物は適当に置いていいから座ってろって、言われたからそうした。
神ちんはキッチンに立って、お茶の用意してくれてるみたいだった。なんだか甘い匂いもするから、お菓子もあるのかな?なんて思ってると、しばらくしてお盆を持って神ちんがリビングに来た。
「紫原はコーヒー嫌だよな?」
そう言って神ちんが出してくれたのは、淹れたての紅茶と手作りのクッキー、そして俺が持って来た林檎を切り分けたもの。
別にミルクと砂糖があればコーヒーも飲めるんだけど、俺のこと考えてくれてんのかな?って思って、わざわざ言い直す気にはならなかった。クッキーなら、紅茶の方が美味しいし。
いただきますをして、早速クッキーに手を伸ばすと神ちんは笑ってた。
「美味いか?」
「うん、美味しい」
そう答える俺に、神ちんは何かすっごく嬉しそうに笑ってくれたから。あっ、何か嬉しいなって俺も思った。
でも、切り分けた林檎を一口食べて神ちんはちょっと顔をしかめた。
「どうしたの?」
「あー、これちょっと酸っぱいかもしれない」
「ええー」
全部そうかな?って聞くと「偶然コレが早かっただけかもな」って言って、神ちんはお皿を手に立ちあがった。
「ちょっと悪いけど、手加えてみるわ」
「えっ、何すんの?」
まあ見とけよなんて言って。自分が食べかけた林檎だけ残して、神ちんはまたキッチンに戻っていった。
残された林檎を見つめ、そんなに酸っぱいのかな?と思って、ちょっと一口齧ってみた。
途端に口に広がる独特の酸っぱい味に、ああコレ外れかもって思って、すぐに紅茶を飲んで口の中の味を消してクッキーに手を伸ばす。
手を加えるって、どうする気なんだろ?ハチミツでもかけてみるとか?
なんて考えてると、キッチンの方で「チン」っていう電子音が鳴った。
えっ?って思ったら、神ちんがお皿持って戻ってきた。
「悪いな、即席だからこんなのしか作れないけど」
そう言って目の前に置かれたのは林檎のコンポートだった。
フォークを使って出された林檎を一切れ頬張る。温められて柔らかくなった林檎からは、果汁と砂糖が解けたシロップが滲み出てきて、凄く美味しい。さっきまであんなに酸っぱかったのに、こんなに変わるものなんだね。
「凄いね神ちん」
「そうか?林檎切って、砂糖とレモン汁かけてレンジで温めるだけだぞ」
簡単だろ?って言うけどさ、簡単じゃないよ。
そうやって人の事を思って何かするのも、そういう事を思いつくのも簡単じゃないよ。
神ちんは、自分が凄いってもっと知っとくべきだと思うなあ。
「神ちん凄い」
そうやってもう一度言うと、ちょっと照れたみたいでほっぺたちょっとだけ赤くなってた。
なんか、それが林檎みたいに見えて。やけに可愛いな、なんて思ったりしたのもやっぱり秘密。
お菓子を食べた後は、神ちんに誘われて一緒にバスケしに行く事になった。
俺はあんまり乗り気じゃなかったけど、でも神ちんに誘われたら嫌とか言えないし。それにバスケしてる時の神ちんって、凄い楽しそうな顔するし。
「せっかくだし、黒子達も誘うか?」
そう言って携帯取り出した神ちんに「別に呼ばなくていいよ」って言う。
「何で?」
不思議そうに尋ねる神ちんに、俺は溜息を吐く。
だって、神ちんはアイツ等といつでもバスケできるんでしょ?俺は、今日じゃなかったら、次はいつになるか分からないんだよ?
今日の神ちんは、俺が独り占めするの。
「俺、神ちんと二人でバスケしたい」
「そっか!じゃあ、準備してくるな」
俺の我儘に神ちんが気付いてるのか知らないけど、でもすっごく嬉しそうだったからいいか、って思った。
「ほら、早く行こうぜ」
ボールとか、必要な物をバッグに詰めて俺の手を取る神ちんは。目キラキラしてて、凄く綺麗。
なんか赤い色が潤んでて、林檎飴みたいなんだよね。
「分かった、あっ……ついでだからさ、買い物も付き合って」
「いいぞ、どこ行きたい?」
笑顔で聞いてくれる君に首を傾げ「神ちんの行きたいとこ」と答える。
そしたら「何だそれ」って言って、でも「じゃあいつも行くとこでいいか?」なんて聞いてくれる。
うん、二人で行けるならどこでもいいんだ。
汗かいてからだと面倒だよな、って神ちんは言って先に二人で買い物に行った。
別に何か特別に欲しい物があったわけじゃないけど、一緒に物見てるだけで楽しいし。神ちんが好きな服とか、そういうの俺知らないからなんか新鮮。
俺にこれ似合いそうって勧めてくれるのも、なんか嬉しい。黄瀬ちんと違って、強く推してこないのも俺としては楽かな。
お昼は二人でマジバに行った、神ちんはいっぱい食べるよって室ちんから聞いてたけど、こんなにバーガー乗ってるトレイとか始めて見たし。
「そんないっぱい食べれんの?」
「えっ、これくらい普通だろ?」
神ちんの普通が誰基準かは知らないけど、これは間違いなく神ちん自身の基準だよね。一人大食い大会状態だし。
それからストバスで一緒にバスケして。
神ちんは相変わらず楽しそうにバスケしてて。
でも、真剣なんだけど試合の時とは何か違う。
挑戦してくるんだけど、どっちかっていうと勝ちに行こうとするよりもプレイを楽しんでるかんじ?分かんないけど、でもいいや。俺と一緒に居て楽しいならそれで。
綺麗にダンク決めて、笑顔で振り返った神ちんとかやっぱ可愛いし。
結局、神ちんが一番カッコよく見えるのは、バスケしてる時なんだって嫌だけど認めるしかなくって。
なんかムカつく。
あーあ、羨ましいなあなんて思っちゃってる。
例えば室ちんは、小さい頃からずっと神ちんのこんな顔を見てきたわけでしょ。それって狡いよ。
弟とか言われて、最初はコイツムカつくって思ったけど、でも狡いなあって思ったのは結局、好きな人とられそうだって思ったからで。今の感情も、多分そうなんだよね。
出会ったのもかなり遅くって、最初は仲もそんな良くなかったし。今は、室ちんのお陰でちょっとは友達っぽくなれたけど、やっぱり物理的に距離あるからいつも一緒になれないし。だから、皆狡いと思う。
神ちんの周りに居る皆、羨ましいよ。
狡いよ。
「何ボーっとしてるんだよ紫原」
気が付けば、ボール持った神ちんが俺の目の前に立ってて、ちょっとビックリした。
運動して赤くなった顔は、より林檎みたいになってるし。普段はほとんどしないだろう上目使いで俺の事見てる目も、やっぱり美味しそうだな……なんて思ってた。
「紫原?」
「神ちん……食べたい」
そう言うと、何を?と不思議そうに首かしげてるけど、俺ちゃんと食べたいもの言ったよ。でも神ちんは「もう夕方だもんな」と公園の時計を見て言った。
お腹すいたって、勝手に思われたみたい。まあいいけど。
本当に、お腹も空いてきたし。
「なあ、今日の晩御飯カレーでいいか?」
買い出しに付き合ってと言う神ちんと一緒にスーパーに行くと、そう尋ねられた。
「いいよー、でも俺あんまり辛いの嫌」
「そっか分かった、辛さは控え目にしとく。たくさん林檎くれたし、それすり下ろして入れようかと思って」
ああ成る程、なんて思ってる内に神ちんは籠にどんどん野菜を入れていく。俺、あんまり野菜好きじゃないんだけどって言ったら「それくらい我慢しろよ」なんて苦笑いされた。
こういうとこ、室ちんと似てるよね。なんていうか、お母さんみたいな感じ?
「なあ、パイシート買ってアップルパイも焼いてやろうか?」
その台詞に思わず目が輝く。
「いいの?」
「野菜食べるならな」
なんて言ってニヤッて嫌味に笑う相手に、俺は頬を膨らませて怒る。そこまで子供扱いされたくないんですけど?
「神ちんのアップルパイ食べたい」
我儘言って、神ちんの後ろから抱きついてみる。さっきかいた汗のせいで、神ちんの臭いが強くする。いいな、これって思って顔を更に近付けようとしたら困ったみたいで「分かったから離れろ」って叫ぶ。
「ねえ、作るって約束してくれる?」
「約束するから離せ!」
結局、すぐに振りほどかれちゃったけど、約束はしたからね。
家に帰って、お風呂に入って汗を洗い流して。神ちんがキッチンで晩御飯作るの、俺も手伝う事にした。
神ちんにエプロン借りて、ピーラー使ってジャガイモと人参の皮を剥いてく。神ちんは器用に包丁で剥いていくけど、俺はそんな事できないし。
「ねえ神ちん、人参ってどこまで皮なの?」
「外側だけだよ!そんなに何回も同じ所しなくていいから!」
なんて言って、結局取り上げられちゃった。それで「林檎すり下ろして」って、林檎とおろし金を渡されて、言われた通りすり下ろしていく。これなら全部していいぞ、って言われたからその通りにする。
そうやってる間に、神ちんは材料を用意して鍋に放り込んでいく。簡単な物で悪いなって言うけど、それでも簡単に作ってしまえる神ちんが凄いと思う。
具材を煮込んでる間、今度は小さい鍋を取り出して砂糖とシナモンで味付けした林檎を煮ていく。家の中凄く美味しそうな匂いしてるし、なんかもう我慢できないんだけど。
「神ちん、お腹空いた」
作業台でパイの用意してる神ちんに、後ろから抱き着いてそう言う。スーパーだと直ぐに引きはがされたけど、今は「邪魔すんなよ」と文句は言うけど、引きはがしたりはしない。許してくれてんのかな?って思ったら、嬉しくなって神ちんの邪魔にならないように、腰に手を回して体重もあんまりかけないようにしたら、ちょっと溜息は聞こえたけど神ちんはそのまま作業していく。
さっきとは違って、神ちんの家のシャンプーの匂いがする。漂ってくるシナモンの香りと混ざって、凄く甘く俺の元に届く。
シナモンの匂いがする林檎を敷きつめて、レーズンを散らして、格子状になるようにパイ生地を乗せて、溶き卵をハケで塗りつける。その様子を、俺は特等席から眺める。
その手で変わっていく林檎と、林檎みたいな相手を、美味しそうだなって考えながら見る。
「ほら、オーブン入れるからそこどけ」
「うん」
完成して後は焼くだけになったパイをオーブンに入れて、神ちんはニッコリと笑った。
カレーも充分に煮えたんじゃないかと思ったけど、様子を見た神ちんは「もうちょっとかな」と呟いた。
それから、徐に置いてあった林檎を取って、そっと鼻に近付けて匂いをかいでみる。さっき選んだのが酸っぱかったから気をつけてるのかな。でもそれは大丈夫だって思ったみたいで、そっと赤い実に口を付けて、一口齧り付いた。
ああ、凄く美味しそうだな……って思った。
神ちんの赤い唇が。
赤い甘酸っぱい実と、同じ味がしそうで。
「神ちん、俺にも」
俺にも欲しいな。
「うん?ああ剥いてやるよ」
そう言って、齧りかけの林檎を側に置いて、林檎の山からまた選ぼうとし始める相手の肩を取って俺の方を向かせる。
「紫ば……ら?」
ビックリした赤い目が、大きく開かれてる。
可愛いなあ。
それに、やっぱり甘くて美味しい。
温かくって、柔らかい林檎の味がする。
「ちょ……おま、何してんだよ!」
真っ赤になって怒る神ちんに、俺は「うーん」と間を置いてから。
「キスした?」
「そうだよ!っていうか何で疑問形、いやそうじゃなくって、何で今!俺に?」
「だって美味しそうだったんだもん」
「いくら腹減ってるからって、おま……今、林檎剥いてやるって言っただろうが」
「違うよ、俺が食べたいのは神ちんだよ」
赤い顔のまま「えっ?」と怒りを引っ込めた神ちんはこれからどうしようか、とっても迷ってるみたい。
「おま、え。何言ってんだよ?」
ビビりながら後ずさる相手に、首を傾げる。
俺、なんか変な事言ったっけ?
「だって神ちん赤くて美味しそうじゃん、林檎みたいだし」
「いや、俺は林檎じゃねえよ!っていうか、それでもだな、おかしいだろ!好きでもない奴に突然キスとか!」
「えー?なら大丈夫、俺さ、神ちん好きだし」
そう言うと、またビックリしたみたいに目を見開いて。それっきり黙りこんじゃった。
しばらくして、神ちんは溜息を吐いて「コイツ、タツヤに似てきたんじゃねえ?」とかブツブツ言ってるのが聞こえた。似てるって何が?
何か言い返した方がいいかなって悩んでたら、呆れた顔した神ちんが「もういい!お前は向こう行っとけ!」って怒鳴って、キッチンから追い出されちゃった。
俺、何か変なこと言ったっけ?
分かんないや。
晩御飯のカレーは凄く美味しかった。
神ちんはまだ席に着いた時ちょっと不機嫌だったけど、でも料理褒めたら笑ってくれた。
嫌いな野菜サラダは、温野菜にして蜂蜜使った甘い味付けにしてくれた。それも、ビックリしたけど、美味しかったからちゃんと食べた。
そしたら「偉いぞ紫原」って神ちん褒めてくれた、血が繋がってるわけじゃないけど、こういうとこ室ちんとなんか似てる。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせて言うと、神ちんも笑って「ごちそうさま」って言った。神ちんが作ったのにって言ったら「お前も手伝ってくれただろ?」って、笑ってた。
「ねー神ちん、俺ちゃんと野菜食べたし。デザート……」
「はいはい、用意してやるから待ってろ」
お皿持って片付けに行った神ちんを、また一人で待つ。テレビとか見てても、キッチンが気になって仕方ない。
「ほら、お待たせ」
切り分けたアップルパイのお皿を持って、神ちんが来たのを見て、なんか自然と笑顔になった。
でも、そのお皿見て俺は固まった。
白いお皿のふちにチョコレートで、文字が書かれてた。
「HAPPY BIRTH DAY ATUSHI」
えっ……。
何で知ってんの、俺、言わなかったよね。だって、そんな事しないと思うけど、面倒な奴だって思われたら嫌われるかな……って思って、言わなかったんだよ。
向かいの席でニコニコ笑う神ちんに、なんかグラグラする。
「俺、誕生日って言った?」
「いや、タツヤから聞いた。紫原が泊まりに来るから、何してやったらいいって聞いたら、誕生日だから思いっきり甘やかしてやってくれ、って」
俺に言ってどうするんだよな、なんて首傾げてる神ちんの声がなんか遠い。
ああ、どうしてこんなに胸苦しいのかな?
「ちょっ……紫原、どうした?」
「ふぇ?な、にが?」
「何って、お前泣いてるぞ」
慌てた顔の神ちんが、俺の目元を拭ってくれた。泣いてる?俺、泣いてんの?
「何で?」
「俺が知るかよ!……全く、ビックリさせんな」
怒ってるみたいな口調だけど、顔はとっても優しくて、心配してくれたのかなって思って、嬉しくて。
やっぱり好きだな。
「神ちん、好きだよ」
「紫原?」
優しくしてくれる手を取って、それを握り締めて、好きだよって言う。
だからお願いだから、我儘だって分かってても聞いて。
「帰りたくない、俺、向こうに帰りたくない」
「紫原、どうした?」
「神ちんが好きだから!俺帰りたくない、一緒に居たい……ずっと一緒に居たいよ」
そう言って泣いたら、神ちんは頭撫でてくれた。それから、こっち来てギュッて抱き締めてくれた。
ヤダよ、優しくしないでよ。余計に帰りたくなくなるじゃんか。
「ねえ神ちん」
「何だ?」
「神ちんは、俺の事、好き?」
神ちんの優しい背中が、静かになった。俺の心臓ばっか煩い、やっぱり困ったかな?迷惑かな、嫌いになったかな?
「紫原」
「何?」
振られちゃうかな?なんて思って、また目が熱くなってきた。嫌だな、これ以上泣いたら格好悪いし。
そう思ってたら、神ちんの笑った顔が目の前いっぱいに広がって。
ゆっくり重なった。
唇に感じた柔らかい感覚に、呆然としていたら。目の前で、照れたように真っ赤になる神ちんが居て、俺はなんかドキドキして。
苦しいのは変わらないのに、何かさっきと違う。
「ありがとう、な?」
そう言って、神ちんは俺の頭を撫でてくれた。ありがとうって、それ答えじゃないよ。
狡いよ。
「神ちん、狡いよ」
ムッとして言い返すと「悪い」と呟いてから、しばらく神ちんは目を伏せてた。それから俺の頬を神ちんの手が包む、あったかい温度にちょっと目を細めると、神ちんは困ったような考えてるような顔で「なあ」って言った。
「俺でいいのか?」
「だから、神ちんが好きだってば!」
「そっか……俺も、好きなんだと思う。紫原とキスしても、何かスゲー幸せなんだ。流石にめちゃくちゃビビったけどな」
でも、と神ちんは俺の目の前で笑う。
赤い顔のまま綺麗に笑う。
「俺でいいなら、傍に居てやるから。また、ここに帰って来い」
好きなだけ居ていいから、ってそれ本当?
本当なら、俺ここに居付いちゃうかもよ?
「好きなだけ居ればいいだろ」
我儘には慣れてんだって、笑うその頬にキスした。
一緒に食べた誕生日ケーキは、特別な味がした。
今日一日感じてた、甘酸っぱい味。
神ちんの味だ。
次の日、朝ご飯食べながら神ちんに「やっぱ、帰るの嫌」って言った。
そしたら、そういうわけにはいかないからって神ちんに怒られた。「我儘聞いてくれるんじゃなかったの?」って言ったら「無理はもんは無理だし」と言い返されちゃった。
「そんな落ち込まなくたって、冬にまた会えるだろ」
「冬まで遠いじゃん、二か月もあるよ」
「二か月しかないって考えろよ」
そういう大人びた返事に、俺はムッとする。神ちんのくせに生意気だぞぉ。
「そうそう、これ食べてみるか?」
そう言って神ちんが俺に渡してくれたのは、手の中に納まるくらいの小さなビン。
「何これ?」
「残ってた林檎、ジャムにしてみたんだ。トースト付けて食べてみてくれよ」
言われた通り、トーストに付けて食べてみたら甘い味と、林檎の香りで口の中が一杯になった。
「美味しい」
「そっか、良かったら持って帰るか?なんかいっぱい出来たから」
それに頷いたら「じゃあ用意しとくな」って神ちんは言う。
やっぱり、凄いよね。
「神ちんさ、やっぱ凄いよ」
「お前、ウチに来てからそれしか言ってねえぞ」
だって凄いものは凄いんだもん。
何が一番凄いって、俺の恋人なのが凄いよ。
嬉しそうな顔で「お土産にしてくれよ」って、言ってくれる君のその唇にまたキスした。
やっぱり彼は、林檎味だった。
やりたかった紫火でお祝い、むっくん誕生日おめでとう!!間に合いましたぁあああ!!
2012年10月9日 pixivより再掲