貴方と、話がしたいんですが……
どうして、君はそんな風に笑うんだろうか? [chapter:貴方と話がしたいんですが……2] 人の世話を焼くのは、慣れている。 多分、そういう役目が自分には向いているんだと思ってる。下の兄弟が多いから、自然とそうなってしまっただけかもしれないけれど、それが嫌だとも、悪いと思ったことはない。 彼に対する親切心も、多分そんなところから出たんだと思う。 監督に言われて始めた特訓。 初日から彼は少しギクシャクしていた。いやコートの中ではそんなことは全くない、でも一端そこから離れてしまうと、途端に心に距離が生まれる。 俺のことをよく知らないから、それは仕方ないことだと思う。 「水戸部先輩の家って、どっちっすか?」 そう尋ねられて家のある方向を指差すと、彼は困ったように笑顔を作った後「あー、じゃあ途中まで俺と一緒っぽいっすね」と言った。一緒の部活で、一緒の方向なんだから別段と用もないのにバラバラに帰るのもおかしいかと思ったのだろうか、彼は俺の隣をついて歩いてきた。 「じゃあ、また明日」 分かれ道でそう言って手を振った彼に、同じように手を振りかえしたものの、なんだか変だなと思った。 帰って行くその背中がなんだか寂しそうだったから。家に帰るのが嫌なんじゃないかと、思ってしまった。 その理由は練習三日目に分かった。 誰から聞いたのか彼は俺の兄弟について尋ねた。自分は兄弟がいないから羨ましいと言っていた、なんとなく兄が居そうなイメージがあったから、それは少し意外だった。 でも予想を裏切ったのは、その後の言葉。 「俺とかこっちで一人暮らしだから、帰ったら、自分で飯作らないといけねえんだ……ですよ」 声の調子こそ明るいように装っているし、きっと話している彼自身も気付いていないことなんだろうが、その顔には分かれ道で手を振る時の寂しさが薄らと浮かび上がっている。 火神、君は一人が嫌なんじゃないの? そう思って、彼のことをじっと見つめると。俺の視線に気付いたのか「あっ別に、料理とかちゃんとできますから」と返された。 そうじゃないんだ、君は気付いていないだけできっとその家に帰るのが嫌なんだ。なんて言えるわけがない、でもこのままあそこに帰したくない。 いつもの分かれ道で挨拶を交わす彼の腕を掴んだのは、半ば無意識の内にだった。 ビックリしているのは彼だけではない、俺だって自分に驚いた。どうしようかと思ったけれども、こうなってしまったらやるしかない。夕飯に友達を連れて行くからと、急いで妹にメールを打つと、後輩をそっと手招きする。 邪魔になるしとか、迷惑だからと遠慮して帰ろうとする彼に、無言で申し出を却下して連れて来たのは俺の家。 出迎えてくれた妹に、火神もどうやら引けないと思ってくれたらしい。 「えっと、お邪魔します」 そう言って我が家に来てくれた彼を、俺は持てる限りの優しさで迎えてあげた。 リビングで弟達の相手をしてくれている火神の楽しそうな声が聞こえる。 そういえば、さっき兄弟が居るのが羨ましいとか言ってたっけ?もし、彼に兄弟が居てくれたならば、あんなに寂しい背中は見せなかったかもしれないな。そんなことを思いながら夕飯の支度をする、妹が大分進めていてくれておかげで、そんなに時間はかからないだろう。 「大我さん一人暮らしなの?」 そう尋ねる妹に、俺は無言で頷いて答える。メールで概要だけは伝えたけれど、だから彼を家に呼ぼうと言い出した俺の真意は汲み取ってくれているだろうか? 「なんか明るい人だよね、凄い優しいし、お兄ちゃんがもう一人できたみたい」 そう言う彼女に対し、それなら俺には弟かあ。となんとなく思った。 もう一人くらい増えたって、いいかもしれないな。 火神はこの短時間で下の兄弟達に大分好かれたようだ。何かにつけアイツ等と一緒になって、騒ぎの中心に居てくれる。俺に遠慮してるんだろうというのは分かっているけど、ムキになったり、笑ったり、そういう安堵感を持って食事するのは久しぶりなんじゃないだろうか。 全員揃っての「いただきます」という挨拶に、僅かだけど戸惑いが見えた。 一人でいる時、君はどんな顔してるんだろうか? 火神は意外と、真面目な良い子だ。 今だってどんなに拒否しても俺と一緒に皿洗いをしてくれたし、弟達の世話にも最後まで付き合ってくれた。部活の後で疲れているだろうに、はしゃぐ彼等に振り回されても、笑顔で向き合ってくれている。 そろそろ帰らなければと言う彼に不満を言う下の兄弟をなだめて、俺は途中まで見送ることにした。 せめて、彼といつも別れるあの場所までは一緒に歩いてやりたい。道が分からないんじゃないかという心配よりも、彼を一人で放り出すのがなんだか嫌だったのだ。 今日はありがとうございますとか、迷惑かけてすみませんとか。俺が無理やり連れて来たというのに、彼は何度も頭を下げる。 そんなこと気にしなくていいのに。 「何で、俺を呼んでくれたんですか?」 不思議そうに俺に尋ねる彼に、その答えを求めて一度立ち止まった。 何でと言われたら、ただ君を一人にしたくなかったからとしか答えられない。バスケが終わった後も笑っていて欲しかった。あの背中を見たくなかった。誰にも寂しいと言えずに、やり場のない孤独を背負って、無理に笑って欲しくなった。それに慣れてしまったら駄目だよ、きっと戻ってこれなくなる。 今だってそう、君は一人に慣れているんだろう。 俺のことを見て、一人じゃないと信じて。 怖くないから、それに耐えないで。 そんなことを考えるより先に、体は彼に近づいてその頭を撫でていた。きょとんとする彼に向けて、ただただ安心させるように微笑む。 「火神は偉いね」 心の中だけで呟いたつもりだったけれど、直後に彼が「えっ」と声を上げた、どうやら僅かでも口から洩れてしまっていたらしい。こんなこと、中々ないんだけど。でも、彼には全然この気持ちは伝わってないだろう。 それから別れるまで、彼はずっと無言だった。別れ際に挨拶はしてくれたけれど、でもそれだってどこか心が入っていなくて。もっと別のことを気にしているみたいだった。 翌朝起きて、いつもより一つ多く弁当箱を出す。 それを見ていた兄弟達が、どうしたのかと尋ねる。 「もしかして、大我さんに?」 言い当てられて少し困ったけれど、正直に頷くと兄弟達の顔が輝いた。 本当に気に入られているみたいだ。 何が好きなのか知らないけれど、よく食べるらしいことは知ってる。だから、大き目の弁当箱に沢山のおかずとご飯を詰める。 お弁当を包み、ルーズリーフを一枚取り出して火神へメッセージを書く。すると、それを見つけた下の兄弟達が「自分も書く」と主張した結果、最後に余ったスペースに、できるだけ簡素に自分の思いを綴るだけにとどめた。 まだ、連絡先も知らなかったなと思い出して。自分のメールアドレスを記入しておいた。 これで、彼と話ができるならば良いけれど。 今日は朝練が休みだったので、早めに学校に行き一年生の教室を尋ねてみる。火神が来ていれば直接渡したかったけれど、時間が早すぎたのか教室にはほとんど生徒がいない。 「水戸部先輩、どうしたんですか?」 急に後ろから声をかけられて、ビックリして振り返るともう一人の一年生が俺の事を不思議そうに、と言っても彼はいつも何を考えてるかよく分からない顔をしているんだけど、見つめていた。 何と答えようか迷っていると、包に挟んでいた手紙の宛名が見えたのか「火神君にですか?」と尋ねてくれた。 そうだよ、と頷くと「彼の席は僕の前なんです」と荷物を背負った黒子が教室を真っ直ぐ歩いて行く、窓際で日当たりの良い席が彼の定位置らしい。 顔を見合わせて渡すと、きっと付き返してくるんじゃないだろうか。なら、居ない間に置いて出て行ってしまおうか。 「先輩と火神君、いつそんなに仲良くなったんですか?」 一部始終を見ていた彼の相棒は、真っ直ぐに俺を見つめてそう尋ねる。 仲良くなったというか、これはいつもの癖に近いと思う。ただ心配で、放っておけないだけだ。 「あんまり餌付けしないで下さいね」 追及するのを諦めたのか、黒子はそう言うと本を取り出して読み始めた。まるで動物に対して言うようで、ちょっと苦笑いしてしまったけれど。でも、それにはちょっと従えないかもしれない。 できるなら、また来てほしいから。 一時間目が始まる少し前、携帯電話が震えた。誰からだろうかと見てみると、表示されているのは見た事のないアドレスだった。だけど、件名を見て誰か分かった。 『明日、先輩の分の弁当作ってこの弁当箱返すんで。 そのつもりでいて下さい。』 そんな彼からの言葉に、顔が綻ぶのが分かった。 どうして君はそんなに優しいの?どうして、こんな風に人にすぐに心を許すの? 勿論、自分が甘やかした結果だというのは分かってる、でも。 「水戸部、何か嬉しそうだけどどうしたの?」 何でもないよと友達に嘘を言うと「そう?」と不思議そうに首を傾げる。 返事は何て書こう、君はそれにどんな言葉を返してくれるだろう。 ああ、君ともっと話がしたい。 そう思った。
このオカンコンビ楽しいです。癒される癒される。
ゆっくり水戸部家に火神が溶け込んでいけばいいなあ。できるならば、水戸部先輩の兄弟の詳細が欲しいです。
2012年9月1日 pixivより再掲