年齢確認
18歳以上ですか?

 いいえ

ただ、傍にいたいのに

好きだと言ったのは俺だった。
付き合えるとは思ってなかったけれど、あの人は優しかった。

「俺で火神の心を支えられるなら、いくらでも甘えてくれていいんだぞ」

そう微笑んで俺の頭を撫でる、大きな手が好きだった。暖かくて、優しくて、この人で良かったって思える。

目の前の酒をあおる。
隣で話をする彼は俺の話にじっくりと耳を傾けてくれている。
何を話しているのか、自分でもわかっていないけれど、とにかくここ数年間に自分の身に起きたことをつらつら声に出している。
心に留めている、一番言いたいことが喉まで出かかっているものの、それは言っちゃいけないと頭からなんとか追い出すように心がけて。
誤魔化すようにまた、酒を飲む。
「火神、よく飲むな。そんなに飛ばして大丈夫か?」
「平気です」
心配そうにこちらを伺う相手にそう答えると、木吉さんは「そういえば」と俺のほうをまじまじ見返す。
なんだろうかと覚悟すると、にっこり笑った。
「火神、ちゃんと敬語ができるようになったんだな」
今気づいたというように彼は、俺のちょっとした成長にあなたは笑う。
なんだか子供扱いされたような気がして、溜息を零した。
「当たり前じゃないですか、あれから何年経ったと思ってるんです?」
「そうだよな……もう、俺達が卒業して五年だもんな」
火神も、もういい大人だよなと彼は、どこか寂しそうに笑った。

会えたのは偶然だった。
「木、吉さん……じゃ、ないですか?」
相手の腕を掴んでこっちを向かせる、本人だって一目でわかったのに、信じられなくて声は震えていた。
なんせ最後に会ったのは五年前だ、先輩の卒業式。

「これから先、俺が火神の側にいるのは……きっとお前にとって負担になる」
だから別れようと、先輩は言った。

俺はそれになんて答えたのか、頭が真っ白になってハッキリとは覚えていない。だけど、ああ俺を傷つけないようにこの人は別れようとしてくれてるんだな、と思った。
どんな理由があったのかわからない。他に好きな人ができたのか、最初から卒業までは付き合うと決めてたのか、とにかく伝えられた言葉は突然で、意味がわからなくて。でも、嫌だと言えなかった。
好きなんだって、縋りつくのは困らせるだけだと思ったからだ。
だから、ものわかりのいいふりをして俺達の関係はそこで終わった。

それから先輩がどうしていたのか、できるだけ聞かないようにしてきた。
東京を離れて、京都のほうの大学に進んだらしいという話だけ耳にしたけれど、それっきりだ。
こんな想いを抱えたまま彼に会うことがないというのがわかって、安心していたのは事実。
もし会えるなら時間を置いて、俺が彼への気持ちを断ち切れた時は、その時は……と思っていた。

「火神じゃないか!久しぶりだな!」
始めは驚いたというように目を丸くさせたけれど、かけられた言葉はまるで夏休みの後に会った時みたいに、ほんの少しだけしか時間が経っていないようで。
けれど、顔つきも声も、あの頃よりも大人びてしっかりしている。
この人は変わってしまったんだなと、感じた。
「木吉さん、京都の大学に行ったって聞いたんですけど」
「おう、最近こっちで仕事することになってな、引っ越して来たんだ」
平然とそう言ってのけると、俺の肩を掴んで「それよりも」とにっこり笑う。
「お前の活躍はずっと見てたぞ!凄いじゃないか、今じゃ日本でもトップクラスの選手だ。アメリカのリーグからの声がかかってるって聞いたし」
ずっと応援してたんだぞと言われても、はあと意味の声しか返せないのが悔しい。
「あの先輩、急いでますか?」
「いや、どうした?」
「なんというか……良かったら、飲みに行かないですか?」
久しぶりに会えたんだから、と言えば相手もそれに応じてくれた。

「あの、先輩は京都に行って何してたんですか?」
ビールを片手にそう尋ねると、木吉さんは「ん、俺か?」と首を傾げた。
「整体師になる勉強してたんだよ、自分が故障してできなくなったほうだからな。選手の体を守る仕事に就きたいと思って」
大変だったんだぞと言う彼は、四月から東京の整体院での勤務が決まったのだと言う。
そうかと返して、またジョッキをあおぐ俺を見て、先輩が苦い顔をした。
「火神、お前本当に大丈夫か?」
「なにがですか?」
「自分の体を大事にしろってことだ。明日がオフなのか知らないけど、飲み過ぎは故障の原因になるだろ?」
お前は日本バスケ界の宝だぞ?なんて、お世辞を言えるくらいに、この人は大人になってしまったんだなと時間の経過を恨む。

別れて五年。
もういい加減に、断ち切れてもいいじゃないか。そう何度、思ったことか。
こうやって大人になって、いい思い出だったなって、なんでもない風に会って話ができる日が来たら、幸せだと考えたのは自分だろう。
でも俺が好きなのは、今でもあなただけなんだ。木吉さん。
そう言えたらいいなと思いながら、どんどん酒を追加したツケは二時間ほどで回ってきた。

「飲みすぎなんじゃないかって、あれほど言っただろ?」
肩を貸されて店から連れ出された俺の耳に、呆れたような先輩の言葉が届く。
「すいません……つい」
「まったく、まあ久しぶりに会えて、楽しかったからな」
仕方ないよなと言いながら、彼が俺の頭を撫でた。
よく覚えている、先輩の大きくて優しい手の感触に胸が締めつけられる。
そこにもう、あの頃のような感情が乗せられていなかったとしても、どうしても思い出してしまう。
「待ってろ、タクシー呼んでやるからな?」
終電間際なのと、この状態で電車に乗るのは危ないだろうという判断からか彼はそう言ったのだろうけれど、もう耐えられない。

肩に回していた腕を外して、ふらつく足で彼の前に立つと、ぎゅっと強い力で抱き締めた。
それに一瞬驚いたように体を強張らせるものの、彼は務めて明るい声を出して「おいおい火神、酔いすぎだぞ?」なんて笑いながら言う。
彼が動揺しているのは、その声色でなんとなく察した。だから畳みかけるように、その耳に唇を寄せる。
「木吉さん、今、恋人とかいるんですか?」
「なっ……なんだよ、急にそんなこと」
ビクリと震える彼の体、彼は俺が言わんとしていることを悟ったのだろう。なんとか俺を剥がそうとする手に対抗しようと、更に抱き締める腕に力をこめる。
周囲の目なんて構うもんか、どうせ酔っ払いが介抱している男を困らせている程度にしか映っていない。
「あのな木吉さん、俺、家に帰りたくないんです」
「こら、そういう我儘はお前の恋人に言え」
呆れたというように、俺の頭を少し強い力で撫でる相手の肩に、おでこをくっつけて甘えてみせる。
「俺にはもう、興味ないですか?」
「火神……だから、そういうことはお前の恋人に」
「恋人なんて、いないです」
そう言った時の彼の顔は見えていなかった、けれど「いい加減にしろ」という声に怒りが含まれているのを感じ取った。
「言ったろ?五年前に別れてからも、俺はお前のことを応援していたって。少しでもお前のことを取り上げられた記事は、全て読んでいる」
その意味がわかるだろう、と彼は言わなくても訴えかけてくる。
だから素直に答える、それは違うと。
「なにが違うんだ?」
優しくも子供をあやす様な口調で尋ねる相手に、向き合って答える。
「あいつとは違う、そんな関係じゃない」
それを信じたかどうか、顔色からはどうかわからない。
「あんたのこと、困らせたくないとは思ってるんだ、けど。俺、ずっとまだ……あんたのことが」
「火神やめろ!」
強い口調で遮られて、思わず肩をすくめる。

彼の中ではもう、これはすっかり片付いた問題だったのだと気づく。
そりゃそうだ、なんせ別れを切り出されてもう五年になる。気持ちの整理なんてとっくについてて当たり前だ、こんな風にいつまでもズルズルと引き摺っているほうが明らかにおかしい。
あいつにも何度も言われている、もういい加減に後ろを向くな、と。
でもそのたびに答える、駄目なんだ。

「いやです、木吉さん」
喉を震わせる声に、涙が混じっているのに遅れて気づく。
いやいやと聞き分けない子供と同じく、彼の胸の前で顔を横に振る。
本当に、俺のことを見ているのなら、俺のことを応援しているのなら。お願いだから、近くにいてくれ。
あの日できなかったことが、こんなにも素直にできてしまうなんて、不思議だ。
久しぶりに彼に会えて、こんなに酔ってしまったからこそ、できることなのかもしれない。
離れる意思のないことを知ったのか、木吉さんは俺の頭を撫でながら優しい声で言う。
「火神、言ったよな?俺は、お前の負担になりたくない」
「なら、俺の傍にいてください!お願いだ、お願いだから木吉さん」
まだあなたが好きなんだと告げれば、彼の目は戸惑う色を見せた。
そうして諦めたように息を吐くと、強引に俺を引き剥がして通りかかったタクシーを停めた。
「火神、乗るぞ」
「あっ」
やっぱり駄目なんだと、胸に石を詰めこまれたような気分でそこに乗ると。彼は勝手に行先を告げた。それは俺が知らない場所で、首を傾げると「今の俺の家だ」と告げた。
「お前、飲みすぎだ……今日は、俺の家に泊めてやるから」
そう言いながら、彼の大きな、大好きだった手が俺の右手をこっそり握った。
試しに甘えるように肩にもたれかかってみると、嫌がらずに受け入れてくれる。
どうして、さっきまであんなに拒絶していたのに。
でも嬉しいと、甘えるように擦り寄れば仕方ないやつだと彼は笑いながら俺の頭を撫でる。
「まったく、誰と勘違いしてるんだ?」
「木吉さん、好きです」
「わかったわかった、とりあえず俺の家で酔いを覚まそう、な?」
そう言いながらも、俺の手を離すことはしない。
運転手の目を意識しての芝居なのか、それとも本当に仕方ないと思っているのか、それはわからない。

十五分ほどで辿り着いたマンションの前で彼は代金を払うと、行くぞとまた俺に肩を貸して歩き出す。
「タクシー代、あとで半分、出しますから」
「いいよいいよ、お前のほうが後輩だしな。これくらい気にするな」
ほら行くぞと俺に肩を貸して、マンションの三階まで連れてこられる。
引っ越して来てまだ日が浅いんだという彼の言葉通り、その部屋は小奇麗に片付いていてあまり生活感がない。
促されて座ったソファで、しばらくぼうっとしているとキッチンからミネラルウォーターのボトルを持って先輩が現れた。
「ほら、少しは酔いを覚ませ」
な?と言いながら差し出されたボトルに、ゆっくりと口をつける。喉を通って行く液体の冷たさに、体が驚く。
たぶん、水が冷たすぎるんじゃなくて、俺の体が熱を持ちすぎているのだ。
三分の一くらいをゆっくり飲み干した俺に「落ち着いたか?」と優しく先輩は尋ねる。
「火神、いくら酔ってたからって少しは人目を気にしてくれ。俺と違って、お前はもう有名人だぞ?」
「そんな……俺、別にそんなんじゃないです」
「スポーツ紙の一面を飾る男が、有名人じゃないわけないだろ」
顔が割れてるんだから、羽目を外すのも気をつけるんだぞと言い含めるように告げられて、焦れてくる。
「あの、木吉さん……俺は」
「リーグ中は楽しみにしてるんだぞ、お前の試合。たまにだけど、日向やリコ達と応援に行ったりもしてたんだ。メディアが凄くてお前にはなかなか近づけないけどさ。青峰と一緒に、日本バスケ界を盛り上げてくれてるじゃないか」
そっと出された名前に、俺のほうが体を竦めたのを彼は見逃さなかった。
ソファに座る俺を覗きこむ目に、駄目だろと言い聞かせるような色が浮かんだ。

「久しぶりに会って、昔の気持ちが蘇ってきたんだろ?でもな火神、火遊びは関心しないぞ」
落ち着いたら帰れと言う彼に、再び違うんだと首を振る。
「だから、なにが違うんだ?お前は、青峰と」
「付き合ってないです!俺と青峰はそんなんじゃない!」
高校時代からのライバルで、今は違うチームに二人共所属しているっていうのに、同じ家に同居している。
だからそういう仲なんだって、噂があるのは知ってるし。だけど実力があるからとそういう話はどこかでNGになっている部分があるらしく、影で囁かれているだけにすぎない。
でも、青峰は正面から尋ねられたその質問を決して否定しない。
「あいつは俺のもんだぜ」と臆面もなく答える。
だから、多くの人は勘違いしている。
でも違うんだ本当に、俺と青峰はそんな仲じゃない。

「青峰は、俺が木吉さんを好きだって知ってる」
ゆっくりとそう言うと、動揺したように「しかし」と震える声で言う。
「あいつが、俺を自分のものにしたいと思ってる、それだけです。俺は、あんたが……木吉鉄平が好きなんだ」

思い返す、卒業式で先輩と別れたその日。
どこをどう歩いていたのか忘れたけれど、桐皇の卒業式に出ていたという青峰と道で会った。

「若松サンなんて卒業式で大声で泣きやがって。俺に向かって桐皇を頼む!とか、んなこと言いやがんだぜ。恥ずかしいったらねえよ」
そう語る青峰の声をどこか遠くに感じながら聞いていた。たぶん、よく行くマジバの席でのことだった。
「お前、今日どうした?そんなに誠凛の先輩が卒業したのが寂しいのかよ?」
俺の話聞いてないだろと指摘された通り、話半分に聞いていた青峰の言葉に小さく謝ると、仕方ないと言いたげにゆっくり溜息を吐いた。
「鉄心と、なんかあったか?」
ぶっきら棒に投げられた言葉が、あまりにもストレートに突き刺さったもんだから、思わず顔を上げると「やっぱりそうかよ」と相手の顔が核心に満ちたものに変わった。
「大方、卒業を機に別れ話でもされたとかじゃねえの?」
「お前……なんで?」
なんであの人と付き合ってたことを知ってるんだと聞けば、相手は「かはっ!」と特徴的な喉を鳴らす笑い声をあげて、ニヤリと俺を見る。
「お前は隠してたつもりだろうけどさ、テツとさつきの目は誤魔化せねえってことだよ」
あの二人の名前を出され、そうかと呟く。
気づかれていたらしい、それでも何も言わずに、それまでと変わらずに接してくれていたということに、とてもありがたいなと思った。
それと同時に、胸に詰まっていたものが、限界を迎えて溢れ出す。
「変だと思ったんだよ、最初っから」
仕方ないと言いたげに俺の頬を流れていく涙を拭う青峰に、なにがと首を傾げて尋ねる。
「俺を見てもいつもみたいに挑みかかってくることもしねえ。どっかに心やっちまった顔でふらふら歩いてたら、そりゃなんかあったって思うだろうが」
そう言いながら、俺の頭を乱暴に撫でると空になったトレーを手に立ちあがった。
そのまま外に連れ出され、勝手に歩き出す相手にどこに行くのか尋ねると、それが当たり前であるかのように「お前の家」と告げられた。

「寂しいんだろ?鉄心の野郎にふられてさ。なら慰めてやるよ、俺が」

その優しい声と手つきに、ふらりと体を寄せてしまって。それからずるずると今に至る。
諦めきれないものを抱えながら、俺の中に空いたものを埋めようと伸ばされる手に縋りついて、もう五年だ。
だというのに、未だに俺は言えない。
青峰のことが好きなのか、わからない。
あんたのことは、こんなに好きだって正面切って言えるのに。

だから、会わないでおこうと思っていたのだ。
会ってしまえば、抑えきれないことは目に見えていた。

「木吉さん……木吉さん、ごめんなさい。あんたを困らせたいわけじゃないんだ。でも、まだ好きだ。俺、本当にまだあんたのことが好きなんです」
熱くなった頬に涙が落ちるのを感じて、目元を拭おうとすると、俺の手ではなく長い指先がそれに触れた。
目の前にいる相手を見つめる、困ったような顔で俺を見つめ返す。
「やめてくれ、頼むから、火神」
ぐっと息を詰めてからゆっくり吐き出すと、木吉さんは俺を懇願するように見つめる。
「なあ頼む火神、そんなことを言わないでくれ。青峰と幸せになれた、って言ってくれ」
彼の必死の願いを、受け入れられないと首を横に振る。

だって好きだ。
あなたが好きだ。

「火神頼む、今のお前に俺はもういらないだろ?なあ、そうだろ」
そうじゃないかと言いたげに呟く彼に、そんなことはないと首を横に振る。

俺にはあんたが必要だ。
ずっとずっと必要だった。
欲しくて欲しくて、仕方なかった。
隣にいてほしかった。
寂しくて、仕方なかった。

「もう、やめてくれ火神!頼むから、俺なんていらないって言ってくれ。でなきゃ、俺もお前を諦められない!」
そう言いながら俺の体を引き寄せて、強く抱きしめてくる。
縋りついた時に感じた彼の、落ち着く温かい体温に包まれて、愛おしくて息が零れる。
これだ、これがずっと欲しかった。
甘えるように擦り寄ると、彼の大きな手が俺の頬を撫でていく。
大人びた先輩の顔が、あの頃と同じように愛おしいと俺を見つめているのを感じ、体が喜びに震えた。
自然と触れた唇の熱に、もう止められえないと感じた。

貪るように俺にキスをした木吉さんに、抱きかかえられて寝室に連れてこられた。
「あの、俺……シャワーとか浴びてない」
「悪いけど火神、そういうの待ってられない」
そう言うと同時にシャツの下に入れられた手が肌を撫でるのに、ぞくっと背筋が震えた。
もっと触れたいと性急に動く手に、俺も求めるように首に手を絡めて誘いをかける。
ただただ熱が欲しい。彼を感じられる熱がほしいと、手を伸ばす。

五年ぶりに触れ合ったのに、木吉さんは俺の体のことをよく覚えてくれていたみたいで。
「ここ、気持ち良かったよな?」と意地悪に確認しながら、責め立ててくる。
そのたびに待ちに待っていた水を与えられたみたいに、体が強く反応してしまう。
自分でも感じすぎているのがわかる、上がる声も自分のものじゃないみたいだ、けれどそれに煽られるのか、彼は嬉しそうに笑う。
「覚えてくれてるんだなお前の体も、俺の指のことを」
「ふっ、ぁあ……あっ、あ!木吉さん、そこ」
「ああ、ここ良かったよな?」
クチリと音を立てて弄られたナカの良い場所に、大げさに体が跳ねた。
「綺麗になったな火神」
するりと空いた手が足を撫でていく、昔から彼はそこを触るのが好きだった。
高く跳びあがる俺の足が、綺麗で好きだってずっと言っていたのを思い出す。こんな無骨な男の足に綺麗も何もないだろう、そう思うものの、彼は愛おしそうにそれに触れるのだ。
「相変わらず、お前は綺麗だ」
足の付け根を吸いあげられて、あっと息を零す。
もういいか?と尋ねられて頷けば、よく覚えていた彼の長い指が抜けて、入口に更に熱いものが押し当てられた。
せっぱ詰ったように「手加減できないぞ」と言うものだから、突きあげられるのを覚悟したものの、存外にゆっくり優しく挿入ってきた性器に、彼の労わりを感じて、更に愛おしく思った。
正面から抱き合って、お互いを離さないとでも言うように強く抱きしめ合って。
今なら死んでもいいと思えるくらい、幸せだった。

「鉄平さん、鉄平さん……もっと、欲しい」
昔に戻って、二人の時だけ呼んでいた名前で呼びかければ、熱い唇で口を塞がれる。
そうしている間にも、激しく突きあげられて全身で彼を感じている。
「ん、んんっ!……はぁ、ん、鉄平さん」
「大我、ずっと愛してたぞ」
名前を呼ばれて耳元で囁かれた言葉に、頭が溶かされる。
「俺も、鉄平さん」
愛してる。

久しぶりに心から口にした言葉を噛みしめて、俺は温かいものに包まれるように眠りに落ちた。

目を開けると、見知らぬ部屋に居た。
裸のまま起きあがって、しばらくぼうっと考えると。なんとなく昨日のことを思い出してきた、けれど、どうしてもそれに現実味がない。
夢だったんだ。どうせ自暴自棄になってどこかの男に引っ掛けられたのに、都合の良い夢を見て忘れているだけに違いない。
きっと帰ったら青峰が怒っているんだろうな、なんて考えていると部屋のドアが開いた。

「ああ、起きたのか火神」
朗らかにおはようと告げるのは、夢で見たと思っていた木吉さんその人で、嘘じゃないかと思った。
「あの……先輩、俺」
「もしかして昨日のこと覚えてないか?結構、お前酔ってたもんな」
困ったように笑う相手に、違うと首を横に振る。
あんなことを忘れられるわけがない。
五年ぶりに好きな人に抱かれたのに、忘れるなんて勿体ないこと、できるわけがない。
そう告げると相手は嬉しそうに「そうか」と告げて俺の頭を撫でた。

ああこれだ、この手だ。
優しく俺を甘やかしてくる、この先輩の手が俺は大好きだった。
嬉しくなってそれに指を絡めて口元に引き寄せると、触れるだけのキスをする。
それだけだというのに、先輩は動揺したように「おい火神」と震える声で俺を呼んだ。
「やめてくれよ、離れがたくなっちまうだろ?」
「俺、もう離れたくないです」
向かい合った相手に言えば、そういうわけにもいかないと、太い眉を下げて答えられた。
「もう朝だし、お前も家に帰らないとまずいだろ?同居人にも連絡してないんだろ。だったら心配してるんじゃないか?」
そうだ、さっきもそれについて頭を悩ませていた。
あいつになんて言い訳したらいいのか。寂しさを癒したいと縋りついたあの男に、なんて言えばいいのか。

言葉を詰まらせる俺に対し、先輩はゆっくりと息を吐いて「これっきりにしないか?」と呟いた。
「えっ……」
「本当はもう、終わってたんだ。俺達はもう、一度は終わらせた仲なんだ。もうこれっきりにしよう、火神」
言い含めるようにそう言う彼の目には、どこか寂しさと悲しさが混じり合っていて、でもそれが本心なんだってなんとなくわかった。
それがいやだった。
どうして、俺のこと好きだって、愛してるって言ってくれたのに。どうしてまた、別れないといけないんだ?
あの時からずっと引き摺っていた疑問が胸に沸きあがってくる。
俺のことを嫌いになったのなら、それでいい。他に好きな人ができたのならば、まだ諦めもついた。
なのに、俺に負担をかけたくないから別れるなんて、なんでそんなことを言うんだ?
あなただって俺を好きなんだろう?

「本当は、言いたくなかったんだけどな……わかった、ちゃんと言うよ」
そう言うと、先輩は縋る俺の手をゆっくり取って握り返した。
「卒業式の少し前だった、俺のじいちゃんとばあちゃんが事故にあってな。結構、酷いものだったらしくて二人共、病院で長く入院することになった」
「えっ……」
「俺の家は、他に家族がなかったからな。大学に行くのも一年遅らせて、必死に看病したんだけど、半年くらいして、二人共亡くなってしまってな……金銭面でも親戚に頼るしかなかったわけで、大学に通うのも一時は諦めたんだけど、それは意味がないからってなんとか行かせてもらって。今年からようやく、働けるようになったわけなんだが」
そこで言葉を切って、先輩は俺を見つめ返す。
「当時、俺の将来はどうなるかわからなかった。お前はまだまだこれから大きな未来が待っているっていうのに、こんな色々と面倒なものを背負ってる男が、足枷になるのはよくないとそう思ったんだ。
だからあの時、別れを切り出したんだ。
ようやく働けるようになった今も。奨学金やら親戚に借りた治療代やら、返していかないといけない身だからな。軌道に乗って活躍を始めたお前にとって俺は、お前の心を支えるには不十分だ」
だから、これで本当にお別れにしようと先輩は言う。
そんなのは嫌だと取りすがっても、聞くことはないだろう。強く決心した目で、俺を見つめ返して。
「俺が嫌なんだよ火神。お前のこの足に、俺のような重いものがぶら下がっていることが許せないんだよ。
お前はもっと高みを目指していける、だからもう振り返るな。
俺はお前を振った男なんだ、そうだろう?五年間、俺を想うお前を傷つけ続けた、最低の男だ。
想い続けてくれていたのは嬉しいし、昨日は本当にお前をこのまま離してやりたくなかったけどでも、それは駄目だ」
俺はもうお前を手放したんだよ、と木吉さんは優しい声で言う。
だから好きな所に行けばいい、ここ以外の好きな場所に、と頭を撫でて告げる。
「お前に会えて良かった火神」
泣きじゃくる俺を抱き締めながら、先輩は耳元でそう告げた。

どうやって自分のマンションに帰って来たのか、道中のことはあまり覚えていない。
ただ玄関を開けると、青峰がそこに腰を下ろし俺を見あげて「おかえり」と不機嫌に告げた。
たぶん、一晩そこに蹲って待っていてくれたんだろう。目元が疲れて赤くなっていた。
「おい、おかえりって言ってんだ、返事は?」
「あっ……ただいま、青峰」
そう言うと満足したのか黙って一度頷くと、立ちあがり大きく伸びをし、固くなった体を解してから俺を睨みつけてきた。
「おい火神、てめえどこ行ってた?何度も言ってるよな?無断で外泊とかするんじゃねえってよ。寂しくなったんなら下手な男なんか引っかけずに俺に縋れって、あれほど……」
そこまで言って言葉を止めたのは、俺が抱き着いたせいだ。
胸に顔を埋めて泣く、俺を見て青峰はどうしたものかしばし迷って、でも優しく抱きとめてくれた。
「どうした、火神?」
事情を知らないまま困惑したように、でも怒りを引っこめて俺に問いかける青峰に首を横にふる。
ただここに居てほしい、何も言わないでほしい。
そう言うと何かを悟ったのか、それ以上はなにも聞かずにただ黙ってされるがままに、俺を抱きとめてくれた。

「いつまでも、お前のことを愛してるからな」
だからもう俺を置いて行ってくれと言った木吉さんの声が、まだ耳に残っている。
あなたのことが好きだから傍に居たいのに、それを駄目だと言われて、どうしたらいい?
何度も問いかけた疑問に答えてくれる声はない。
ただ、違う熱に取り縋って泣く自分が、酷く滑稽で浅ましいものに思えた。

あとがき
木吉先輩、本当に申しわけありません。
2014年5月6日 pixivより再掲
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