火神君ハピバ!

『Happy birthday Taiga!』
流暢な発音でそう言ったのは、秋田に居る俺の兄貴分だった。
時計を確認すると、深夜0時を超えていた。今の日付は八月二日ということだ。
なるほど、俺の誕生日だ。そしてそれを覚えていてくれた相手に短く礼を言う。
あの試合の後から、タツヤとはそこそこ頻繁に連絡を取るようになってはいた。試合のことや、練習についての相談もそうだし、下らない日常会話まで色々だが、一度でも話が弾んでしまうとかなり長い時間、電話を続けてしまうことも多い。
タツヤと会話する時は英語になってしまう。無意識になってるから直しようがないんだけど、お陰で誰と話しているのか名前を聞かなくても分かる、と黒子が前に言っていた。
「もしかして、それ狙ってこの時間に電話かけてきたのか?」
『そうだったとしたら、どうする?』
「おいおい、俺みたいな男にそんなことしてどうするんだよ。もっと可愛い子口説く時にしろよ」
『タイガは充分、可愛いよ』
そう言って電話の向こうで穏やかに笑うタツヤの気配を感じて、溜息を吐く。
『夏休みにはタイガの所に遊びに行くって約束してたんだけどね。お盆休みになるまで時間ができそうにないんだ』
「気にするなよ、ウチもそんなもんだし」
『それもそうなんだけどね、だけど、折角の誕生日だからお祝いしたかったんだよ。行けないのなら、せめて電話だけでも伝えたかったんだ』
そんな子供っぽいこと今更してもらわなくてもいい、でも自分を気にかけてくれたことは嬉しかった。
「タツヤは、こっち来たらどこに行きたい?」
『そうだな、別に希望があるわけじゃないんだけど。でも、タイガと一緒に買い物とか行きたいね。服とか見に行きたい』
「分かった」
じゃあどこに連れて行こう、どんな所だと興味あるかななんて想像していると、耳元で『そうだ』と声がした。
『誕生日プレゼントは郵送したから、きっと朝には着くと思うよ』
「マジで、別にそんなの気にしなくていいのに」
『いいんだ、俺がしたいことだから。ちなみにクール便で届くから、着いたら早々に食べるか、冷蔵保存してくれよ』
「ちょっと待ってくれ、何を送ったんだよ?」
『敦が一緒にケーキを贈るって言うから、俺のプレゼントも一緒に届くようにしてもらっただけだよ』
そういうことか。敦の選んだお菓子はまず外れないから、期待しといてなんて電話の向こうで楽しそうに言う兄貴分に、そうかと呆れたようなくすぐったいような声で返事をする。
「じゃあ、楽しみにしてるから」

翌朝、八時頃に家の電話が鳴ったと思ったら親父からだった。
久しぶりだなという挨拶に、どうしたんだと聞けば「誕生日おめでとう」と日本語で返ってきた。それから、近況について話をしたりして「今日も部活だ」と言えば「暑いから気をつけろ」と言われた。
「プレゼントを送ったから多分、今日には届くだろう」とも。
ということは今日は二つは届け物があるのか、そう思っていると、九時前くらいに最初のチャイムが鳴った。
クール便で届いた紫原からのケーキは何故か三箱もあったので、午後から練習予定のバスケ部の皆にも差し入れとして持って行く事にした。
多分、俺が大食いだってタツヤから聞いたんだろうけど、三ホールも一人で食べることはできない。持って行けば喜んでもらえるだろう。
タツヤから贈られた小箱を取り出して開けてみる。入っていたのはシルバーのチェーンだった『良かったら、あの指輪を通して使ってくれ』と書かれたメッセージカードも一緒に入っていた。
「ありがとうタツヤ」
早速、新しいチェーンに指輪を通して首から下げてみる。金属の冷たさにちょっとビクッとするが、馴染んでしまうと違和感も消え去ってしまう。
早速、メールでタツヤと紫原に宛ててお礼のメールを書いて送る。
早く会って、お礼を言いたいな。

さて、宅配便も受け取ったことだし。そろそろ今日の予定を遂行しないと、部活が終わってからだとキツイんだよな。
やりかけていた掃除と洗濯を終わらせ、昨日から気になっていた冷蔵庫の中身を確認する。そろそろ食料の買い出しに行かないとまずい。
携帯と財布だけを持って外に出ると、しばらく歩いたところで見覚えのある長身の男を発見した。
「何してんだよ緑間」
声をかけるとビクッと大きく肩を揺らして、俺の方をぎこちない動きで振り返り「何だお前か」と言った。
「その言い方はないだろ、っていうか何してんの?」
「俺はこれから図書館に行くのだよ」
不機嫌そうに答える相手に、そうかと答えて隣を歩いて行くと「何でついて来るんだ」と苛立った声で言われた。仕方ないだろう、俺が行きたい方向とお前が同じ方向に向かってるんだ。俺よりも少しだけ高い相手に向いて言うと、ふと何か変だなと思った。どこが変なのか分からないけど、そう思って首を傾げているとある事に気が付いた。
「お前さ、今日はあの変なアイテム持ってないんだな」
緑間と言えばおは朝信者だ。今日のラッキーアイテムを所持していないと、命の危機に瀕するというトンデモない運命の持ち主であり、その手にはいつも正体不明の物体が握られているものなんだがそれがない。
「今日のラッキーアイテムは、誕生石だったのだよ」
「誕生石って、お守りとかになる石だろ」
珍しく普通のが出たんだから、喜べば良いだろうに。緑間は不服そうだ。
「もしかして持ってないのか?」
「いいや、これだ」
そう言って自分のシャツの袖を見せる、そこには赤い石のついたカフスが付けられていた。
「ああ、誕生石ルビーなんだな」
いいじゃねえか綺麗だし、と言うと緑間は顔をしかめて「赤が嫌なんだ」と言った。
赤くなかったらルビーじゃないだろうが、色が気に入らないなんて仕方ないことだろ。
「でもさ、確か誕生石って一個だけじゃないんだろ?」
確かこの近くにストーンショップがあったはずだ、と緑間を引きずって連れて来る。店のガラスで出来た陳列棚に、月ごとの誕生石が飾られている。
七月の場所には、赤い石と可愛らしいピンクの石で出来たアクセサリーが飾られていた。
「うわあ、お前にピンクって似合わないな」
「だからこれで我慢しているんだろうが」
「でも、なんかこっちの方がお前に似合いそうだよな」
指さしたのはルビーの隣、八月の誕生石だ。黄緑色の水晶みたいに少し透き通った石だ。
「ペリドットか。ん?火神、そういえばお前は八月が誕生日ではないのか?」
「そうだぜ、っていうか偶然だけど今日な」
そう答えると緑間はちょっと沈黙してから、店員を呼んだ。どうするのかと思っていたら、陳列棚を開けさせて「これを」と携帯ストラップを差した。
予想外だったのは、買った包みを俺に差し出してきたこと。
「何だよ?」
「今日は人にプレゼントを贈るのが良いらしい、お前は誕生日なのだろう。俺の人事のために受け取れ」
何でそんなに上から目線なんだよ、しかも別に欲しいとか思ってもねえし。申し出を断ることも考えたが、占いの結果を何より大事にするコイツの事だから、蹴ったら怒られそうだ。
「ありがとうな、緑間」
貰ったストラップを、折角だから携帯電話に付ける。揺れる石を眺めていると「そうだ」と緑間が声をかけた。
「俺に似合っていると言ったが火神、ペリドットはお前の方が似合うぞ」
「そうなのか?」
「それは、太陽のように光り輝く人間になれる石だ。黒子の光であるお前には、ピッタリなのだよ」
へえっと関心していると「俺はこっちに行くのだよ」と緑間は左の道を差した、ここでお別れだということになる。
「そっか、ありがとうな」
「フン、礼を言われる程ではないのだよ」
そう言ってアイツは顔を背けるようにして、道を渡っていった。あんまりこういう事に慣れていないのか、照れているっぽくて顔が赤かったのは、見なかったことにしておいてやろう。

「あれ、水戸部先輩」
おはよーどざいます、と挨拶すると先輩は俺を見てニッコリと微笑んで手を振った。先輩も買い物ですか、と言うと小さく頷く。この人の家は兄弟が多い上に先輩が料理などの家事を担当しているらしいので、買い出しも自分の手で行っているみたいだ。メモ書きを片手に食材を籠に入れていく姿は、本当に高校生かと疑う。まあ、自分も人のことを言えるわけではないのは知ってるけど。
「それ、今日のメニューか?……です」
メモの一番上に書いてある料理名を見て尋ねると、先輩は小さく頷いた。
「へえ、今度でいいんですけど。良かったらレシピ教えてもらっていいッスか?」
構わないよ、と言うように先輩はやっぱり頷く。この人って本当に喋らないよな、いい加減にちゃんと声を聞いてみたいんだけど。
それから他愛無い会話を、と言っても喋ってるのは俺だけだったけどをしながら、スーパーの中を回って必要な物を買い終わると、店から出て歩き出す。
ある店のショーウィンドウを通りかかった時、ふと足を止めた俺に先輩は「どうした?」と尋ねるように首を傾げる。
「ああ、気にしないで下さい」
店頭で飾られていたのは、好きなブランドのTシャツだった。そんなに高くはないんだけれど、買おうかどうか迷っているものではある。機会があればその時に、と思ってそのままだったのを思い出しただけだ。格好いいんだけど、前に来たときはサイズが合わなかったのだ。
また来てみるかな、と思って歩き出した俺に先輩は何か言いたそうな目をしていたのだが、言葉にしてもらわないと分からない。
「先輩、早く帰らないと練習間に合わないぞ……です」
そう言ってようやく先輩は、小さく頷いてその場所から立ち去った。

買い出しを済ませ、家に帰ろうとした時だった。
「火神っち!」
そんな声と共に嫌な予感がして振り返ろうとした瞬間に、背中に思いっきり衝撃。
「ちょっ、テメ止めろ暑い。あーもう離せ黄瀬!」
「嫌ッス!」と明るい声で背後から抱き着く相手をなんとか引きはがす、コイツ本当に何のつもりなんだよ。
「なんか、黒子っちに聞いたんッスけど。火神っちは今日、誕生日なんでしょ?」
何でそんなことを聞いたんだ、というか黒子は何でそう易々と個人情報を人に教えるんだ。暑いのにじめっとした溜息を吐き出し「だから何だ?」と聞くと、相手は相変わらず満面の笑みで続ける。
「だから、俺からお祝いしたいなあと思って。これから暇ッスか?」
「悪いけどこれから部活だ」
「マジッスか!えー、俺と一緒におでかけしようよ火神っち」
お前は俺が手に持ってる荷物が見えないのか、これから帰って昼飯食ったらそのまま部活に行くんだよ俺は。
「いいじゃないッスか、一日くらいサボったって。青峰っちなんてしょっちゅうサボってるし」
無理だし。突然来るな。そして駄々をこねるな。あと俺とアイツを一緒にするな。呆れと怒りで思わずそう叫びそうになった俺に、黄瀬はちょっと項垂れたものの。すぐに笑顔を取り戻す。
「じゃあ仕方ないッス、でもこれは受け取って欲しいッス」
そう言って黄瀬が差し出したのは小さな包みだった。何だよ?と尋ねると「プレゼントだって」と黄瀬は明るい声で言う。
「俺の趣味なんで、火神っちが気に入るか分からないッスけど」
「そうか、ありがとう」
それじゃあ、と手を振って別れようとする黄瀬に「ちょっと待てよ」と声をかける。
「俺の家、近いんだけど。良かったら昼飯食べていくか?」
「えっ、いいんッスか?」
このためにわざわざ来てくれたんだとしたら、追い返すのもなんだか申し訳ないし。そう言うと、黄瀬は目を輝かせて俺に付いて来る。持っていた荷物も「俺が持つッス」と勝手に奪っていった。
「昼飯、何食べたい?言っとくけど、あんまり凝った物は作れないぞ」
「じゃあ、オムライスが良いッス」
キラキラした笑顔、止めろよイケメンが眩しいんだよ。道行く女子がキャーッと黄色い声を上げているのを聞いて、俺はまた溜息を零す。

家に黄瀬を上げたところ、ビックリしたような関心したような声が上がる。っていうか、俺の家に来た奴って皆、同じような反応なんだよな。そんなに以外かよ、俺がここに住んでるのは。
食材を冷蔵庫に入れて、黄瀬からもらった包を解いてみる。
中に入っていたのは、シルバーのイヤーカフスだった。幾何学模様が刻まれ、赤い石が一つ埋め込まれている。
「ピアスにしようかと思ったんッスけどね、火神っちはピアスホール開けてないでしょ」
「あー、なんか怖くねえ?自分の体に穴開けるのって」
そう言えば、黄瀬は一つだけピアス開けてたんだっけ。ニッコリと笑う相手に「Thanks」と礼を言うと「喜んでもらえて嬉しいッス」と言った。
その時、また玄関の方でチャイムが鳴った。親父からの荷物は夕方に届けてもらうように指定してある、と聞いていたんだが。じゃあなんだろうかと思ってドアを開けてみると、立っていたのは宅急便の人だった。
「こちらにハンコお願いします」
そう言って渡された伝票を見て、思わずゲッと声を上げてしまった。不審そうに見る宅配員からペンを受け取って、慌ててサインを書く。
そして彼が受け渡して来たものは、綺麗にラッピングされたデカい花束だった。付き返すわけにもいかないので受け取って室内に戻ると、黄瀬が驚いたように俺を見る。
「火神っち、それどうしたんッスか?」
「なんか、赤司から送ってきたんだけど」
困惑気味の俺に、黄瀬も流石に声が出ないらしい。赤司ってこんな事するのか?と尋ねると、黄瀬は凄い勢いで首を横に振った。
ということは、これは俺への嫌がらせか何かなのか、そうなのか。そりゃ、男が赤いバラの花束持ってたらどんなプロポーズだよってなるだろうけど。俺だってよく分からねえよ、アイツのことは。
「あっ、何か落ちたッスよ」
拾い上げて渡されたのは、花束に挟まっていたカードらしい。そこには達筆な文字で「誕生祝」と書かれていた。何でアイツが俺の誕生日を知っていたのか、考えるのも面倒になって止めた。
とりあえず、デカい花瓶はどこだったかなと探しに言ってる間に、黄瀬はその花束を見つめて一本一本数を数えはじめた。
「なあ、それ何本あるんだ?」
「九十九本ッス」
「百本なんじゃね、数え間違えてんだろ」
「いや、本当に九十九本ッス」
そう言う黄瀬が不機嫌そうに顔を膨らませる、何だっていうんだよ。
「もしかしなくても、火神っち知らないッスか?」
「何が?」
「いや、知らないなら別にいいッス」
変な奴だなと思いつつも、用意した花瓶に花を生ける。結局、花瓶は一つでは足りなくて、三つに分けて飾ることになってしまった。
部屋の片隅にある花瓶を見つめ、黄瀬は機嫌が悪そうにしていたものの。リクエスト通りオムライスを作ってやったところ、終始笑顔で完食してくれた。
喜んでくれたのは俺だって嬉しいけど、褒めたところで別に何も出ない。
「火神っちがお嫁さんなってくれたら、俺文句ないんッスけど」
「ばーか、お前こんなところでイケメンの無駄遣いすんなよ」
無駄遣いじゃないと言い張る黄瀬に、そうかよと言って洗い物にとりかかる。
コイツって、気に入った相手に対して何でこんなに子供みたいに纏わりつくんだろうな。

紫原がくれたケーキの箱を二つ下げ、昼練前の部室にやって来ると。既に何人か着替えを始めていた。
「あっ火神おはよう、それどうしたの?」
「おはようございます。えっと、何かタツヤと紫原がくれたんですけど、数あるんで部活に差し入れです」
おおっと声を上げる小金井先輩は、嬉しそうに水戸部先輩の下に行く。冷蔵物だし、監督に頼んでどこかで冷やしておいてもらわないとまずいよな。

練習が終わって、部室に集まって紫原から貰ったケーキを切り出す。監督曰く、有名な店のニューヨークチーズケーキらしく。黒子は「紫原君のこの手のチョイスは認めています」と、珍しくアイツを褒める台詞が飛び出した。
「にしても、紫原は火神の誕生日なんて良く知ってたよな」
「多分、タツヤが言ったんだと思いますよ。一緒にプレゼント見に行った、とか昨日話してたんで」
日向先輩にそう答えると、そっかと先輩は答えたものの。ふと何か不穏な空気を感じ取ったのか、振り返る。何かあったのかと思って見ると、監督が手に包丁を持って立っていた。
俺達、全員がその破壊的な料理センスは知っているものの、こうやって包丁を持っているだけで、不安になってきてしまうのは何故だ。
「切り分けるんでしょ、貸してよ」
「いや、水戸部にやっておいてもらうから。紙皿とかの用意頼む」
日向先輩のフォローによって、監督から無事に得物を奪い取る事に成功し。部室には安心したような溜息が響いた。
「にしても、火神は八月生まれだったのか知らなかったよ」
そう言って現れた木吉先輩に、思いっきり頭を撫でられる。大きな手にもみくちゃにされて、「止めろ」と声を上げた所で日向先輩の「止めんかダアホ」の声と一緒に、彼の横っ腹に蹴りが入った。
「何でだ?俺は可愛い後輩にお祝いをしてあげたかっただけだぞ」
「それなら口で言え、口で。火神だから耐えられたものの、黒子だとお前の手で鷲掴みにされたら死ぬぞ」
いや、流石にそこまでではないだろうと思ったものの。一応は反省したのか、シュンとした顔で木吉先輩は「ごめん」と言った。なんというか、体のデカい男が小さい男に怒られてるのって、シュールだな。
「でも、どうせだったら皆でちゃんとお祝いしたいな」
別に気にしなくてもいい。チーズケーキを全員で囲んで食べながらそう言ったら、急に全員が色めきたった。
「だって火神は一人暮らしなんだろう。親御さんもお祝いしてくれないんなら、俺達でお祝いしてやりたいじゃないか」
そう言う木吉先輩の一言で、何故か突如として「誕生日パーティーするぞ」と決まった。
そんな事決められても、どうしたら良いか分からない。っていうか、親父からの荷物が届くから帰りたいと言うとすると、じゃあ俺の家でやればいいじゃないかと勝手に話がまとまった。
「準備が終わったら、俺達が火神の家に行くから。それまでゆっくりしてろって」
準備と言われても、何をするのか知らないけれど。これって俺の意思、完全に無視されてね?
でも、なんだか嬉しいと思ってる自分は確かに居た。

「で、何でお前は一緒に来るんだよ」
「火神君が余計な所で道草食わないか見張れ、とのことですよ」
どういうポジションだよそれ、と思ったけれど口に出さないでおいた。別にどこかでバスケやって帰ろうとか思ってないし。
「でも、多分これから時間かかりますからマジバにでも寄って行きますか?」
「道草するなって言われたじゃねえか」
見張り役が誘いをかけてどうするんだよ、そう言うと「じゃあ持ち帰りで」との提案に、まあいいかと寄って行くことを決めた。
「あっ、先輩たちが料理作ってくれるみたいなんで、いつも通りの量は注文しないで下さいよ」
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫です、水戸部先輩が作って下さるそうなので」
ああ、じゃあ安心だな。とか思ってるあたり、俺達はどれくらい監督の殺人料理にトラウマを持っているんだろう。
いつもよりも控えめに、十個のバーガーと黒子の好きなシェイクを注文すると「会計は僕がします」と俺をレジから押しやって、黒子が言った。
「いいって別に、お前に奢られる理由ないし」
「誕生日なんでしょ、これくらいの気持ちは受け取って下さい」
そういうもんか、と尋ねると「そういうもんです」と有無を言わせぬ言葉が返ってきた。一度言い出すと聞かないのはよく知ってるので、それならもういいと甘えることにした。
テイクアウトしたマジバの紙袋を下げて、家に向けて歩いて行く道中。携帯電話が鳴り始めた、表示された名前はタツヤだったから、着信を取って英語で「どうしたんだよ?」と聞くと、電話の向こうから『英語わかんないしー』と気の抜けた声が返ってきた。
「あれ、紫原?これタツヤの携帯だよな?」
『そうだよ室ちんの。俺の携帯、部屋に置いてきちゃったから室ちんに借りた』
そういう怠いノリは相変わらずなんだな、と思ったものの。紫原はいつも通りの口調で『ねーねー、ケーキ美味しかった?』と尋ねてきた。
「ああ美味かったよ。でも、あんなに数送ってくんな。思わず、部活に差し入れしただろ」
『あれくらい普通だよ、俺なら一人で食べるし。神ちんだっていっぱい食べるんでしょ?』
そうだけど、お菓子で出来てるんじゃないかと疑うくらい、菓子ばっかり食べてるお前と一緒にしないでくれ。
『そうだ神ちん』
「なんだよ?」
『おたんじょーび、オメデトウ』
間延びした声でそう言った相手に驚いて、しばらく沈黙してしまったものの。すぐに我に返って「ありがとう」と返す。
「もしかして、それわざわざ言うために電話かけてきたのか?」
『だって、室ちんと違ってカード送るの忘れちゃったから』
それに気づいて連絡を寄越してくれた相手に、俺は笑う。すると、電話口の向こうで『ちょっとー、何で笑ってんの?』と不機嫌そうな声が返ってきた。
「いや、お前達ってなんだかんだでいい奴だなって思って。ありがとうな、紫原」
『別に神ちんにいい奴とか言われても嬉しくないしー。あっ、俺の誕生日には神ちんがケーキ作ってよ』
「そうかよ。いいぞ、何がいいんだ?」
ケーキとかあんまり作らないから、練習しておかないとな、なんて言うと『神ちんのがイイ人じゃん』という、呆れたような紫原の声が返ってきた。
『じゃあ、楽しみにしてるしー。あっ室ちんが変われって言うから、変わるね』
そんな声がしてすぐに『メールありがとうなタイガ』という声が、珍しく日本語で聞こえた。そう言えば、前に紫原の前で英語で喋ると怒られるんだと言ってたっけ?
「いいよ、っていうかタツヤの方こそ悪かったな。これ結構いいやつだろ?」
首元のチェーンに触れながら、俺も日本語で言うと『気にするなよ』という声が返ってきた。
『しばらく会えなかったからな、ちょっと奮発しただけだよ。そうだ、俺がそっちに行く時には敦も実家に帰るから、良かったら一日だけ、お前の家に呼んでもいいかな?』
「別にいいよ、好きな物とか言ってくれたら用意するし」
『悪いな。じゃあ、また今度』
「ああ、またな」と言うと向こうで笑う声がして、通話が切れた。
「火神君」
「うわっ!……と、黒子」
そう言えば一緒に歩いていたんだった、電話に夢中になっててすっかり存在を忘れてたけど、こういう不意打ちとか、本気で駄目だろ。存在を忘れてた俺も俺だけど。
「そのチェーン、氷室さんからのプレゼントなんですか?あと、そのストラップも昨日はなかったですよね」
よく気付いたなと思ったけど、コイツって変な観察眼持ってるからなあ。そう思っていると「狡いですよ」と黒子は言った。
「何が」
「僕達よりも先に、君にお祝いをした人達です。狡いです」
別に狡いとかないだろと言うが、黒子は取り合う気はないらしい。
「大体、コイツ等が狡いなら。黄瀬とか赤司とか、あと緑間だってそうなっちまうし」
「待ってください、彼等に会ったんですか?」
練習の前に町で遭遇したり、何故か知らないけれども花束が贈られてきたという経緯を説明すると、黒子はあからさまに溜息を吐いた。っていうか、黄瀬についてはお前が情報を流したんだろうが、そう言うと「別の日を教えておけば良かったです」と、友達とは思えないような言葉が返ってきた。
「火神君って、何でこんなに人に好かれるんですか?何か、時々物凄く悪意を感じます」
「悪意って。別に俺が引き寄せてるわけじゃないだろうが」
「いいえ、君が引き寄せてます」
はっきりとそう言い切る黒子に、俺は呆れが混じった苦笑いを零す。
「君は僕の光です」
「それがどうしたんだ?」
何度となく聞いた台詞に首を傾げると、黒子はちょっと立ち止まって俺を真っ直ぐに見つめ返す。コイツのこういう視線は、なんだか心の底まで見られてる気分になって落ち着かない。
「光は人に好かれます。光は、誰にでも好かれます。それは分かってますけど、それでも僕のものであればいいな、と思うんです」
黒子の言葉をしばらく反芻して、なんとなく気付いたことをそのまま尋ねる。
「それって、まさかだけど嫉妬か?」
「火神君、そういうことストレートに聞かないで下さい」
いやだっておかしいだろ、俺に嫉妬するとか。確かに、アイツ等はお前の昔の仲間だろうけど。
「僕はね、君が放っておいたらどこかに行っちゃいそうで怖いんですよ」
「ハハ、馬鹿なこと言うなよ。俺の相棒はお前だけだし」
木吉先輩にされたよりも、ずっと優しく黒子の頭を撫でてやればムッとした目で睨まれたものの、しばらくすると彼は噴き出して笑った。
「本当に、君はどうしてそう純粋なんですかね」
「あっ?何が?」
「何でもないです」

家に着いて、買って来たマジバを食べ終えて最後の宅配便が届いてからしばらくした後。再びインターフォンが押された。
「悪いなちょっと遅くなった」
「いえ、まあ上がって下さい」
全員ジャージのままだけど、手には色んな袋が握られている。それぞれ、何かあるとは思うんだけど、とりあえず聞きたいものがある。
「木吉先輩、それ何すか?」
「俺からの誕生日プレゼントだぞ」
はいっと言って渡されたのは、両手で抱えるくらいデッカイ虎のぬいぐるみだった。いや、どこをどう考えて一人暮らしの男子高校生にぬいぐるみをプレゼントしよう、という発想が出てきたんだ。完全に入口を塞ぎかねないそれをなんとか抱えて中へと案内する間、「だから止めろって言っただろ」と日向先輩の声が飛んだ。
「えっ、だって一人じゃ寂しいかと思って」
「だからってぬいぐるみはねえだろ、っていうか大きさ考えろ」
「やっぱり、もう一回り大きい方が良かったか!」
「そうじゃねえ」
仕方ないので、貰ったぬいぐるみをリビングの端に置いて、全員にお茶でも入れようかとキッチンへ向かおうとしたら、背後から肩を叩かれた。
「水戸部先輩、何すか?」
「ああ、火神は座ってなよ。準備も後片付けも俺達でするし、迷惑かけないように紙皿とコップとか持参だから、調理器具さえ貸してくれれば水戸部がどうにかしてくれる、って」
「はあ、そうッスか」
小金井先輩に翻訳されて意味を理解した俺は、キッチンの中身を適当に説明する。それを聞いていた先輩に、何か他に必要な物あったらまた言ってくれ、と言っても翻訳されなきゃ分かんないんだけど、そう言って戻ろうとしたら再び肩を叩かれた。やっぱり何かあったのかと思ったら、いつもの穏やかな笑顔でそっとビニールの袋を差し出した。
見慣れたそれは今朝、俺が足を止めたショップの物に違いない。まさかと思って中を確認すれば、俺が見ていたTシャツが入っている。
「あの、何で」
「火神が今朝見てたから、欲しいのかなって思ったんだって」
尋ねた相手ではない声が、俺に質問してくる。そして「俺と水戸部から誕生日プレゼントな」と小金井先輩の呑気な声が返した。
「マジですか、ってか別に良かったのに」
「いいじゃん受け取れよ火神」
「はあ、あの。ありがとうございます」
そう言うと水戸部先輩はニッコリ笑って俺の頭を撫でた。
リビングに戻ってよく見ていて気付いたのだが、袋の中に一緒に二つ折りにした紙が入っていた。誕生日おめでとうというメッセージと、俺が教えて欲しいと言った料理のレシピだった。

それから、俺の誕生日会は楽しく、また近所迷惑を少々考えてしまう程度に騒がしく進んでいった。料理による集団中毒事件なども起こらなかったのも、まあ良かった。
監督と主将達によって生クリームとイチゴのホールケーキを用意されていたのも、ちょっとした驚きだった。それにしても、チョコレートのプレートに『タイガちゃんおたんじょうびおめでとう』は勘弁して欲しい。年の数のろうそくとこの幼稚さが全然釣り合ってないぞ。これって絶対にわざとしたんだろ。
文句を言ってみたけれど、結局はこの人達なりの優しさで、やっぱり嬉しいと思った。

結局、夜の八時を少し回った頃にそろそろ解散しようかということになった。
全員の家が違う方向なので、そろそろ帰らないとまずいらしい。
「あの、今日はありがとうございました」
最後に玄関先でそう挨拶すると、やって来ていたメンバー全員から笑顔が返ってきた。
「いいんだよ、お前はウチのエースだからな」
「気合いれてもらわないと、困るのよ」
「そうだぞ、皆で楽しくやっていかないとな」
なんて言われて、木吉先輩は俺の頭をまた撫でた。部室でされたよりも優しい手つきだったので、安心してされるがままに任せていると。気が付いたら抱き着かれていた。
「えっ、ええ先輩?」
「何してんだダアホ!」
「いや、火神が一人で寂しくないかと思って」
「とりあえず迷惑そうだから離せ」
そんな風にゴチャゴチャと最後まで騒がしく、仲間達は去って行った。

静かになってみると、やっぱり寂しいもんだなと思っていると「あの」と急に背後で声がかかった。
「うわぁあ!……って、黒子」
「すみません、驚かせましたか」
驚くだろう、っていうかお前も帰ったんじゃないのか?何でナチュラルにまだ居るんだよ。人の家でミスディレクション発生させるなって。
「いえ、これを渡すの忘れていたなと思って」
そう言って黒子が差し出したのは、ビニールのラッピングだった。
「これ」
「僕からの誕生日プレゼントです」
マジバ奢ってくれたのに貰えないぞ、と言うと。「でも貰って下さい」と強い口調で言う。
申し訳ないと思いつつも、言い出したら聞かないコイツの事だから、何が何でも押し付けられるんだろう。なら素直に受け取ってしまっても、いいか。
「開けてみてもいいか?」
「どうぞ」
促されて中身を確認すると、それは赤に黒のラインが入ったリストバンドだった。
「君へのプレゼントって、どうしてもバスケ関連の物しか思い浮かばなかったんで」
「そっか、ありがとうな黒子」
笑顔でそう言うと、彼はちょっと頷いて「いいんです」と小さな声で言った。
「良かったら、練習や試合の時に付けてください」
「勿論、そうさせてもらう」
ありがとうと再び言うと、黒子は首を横に振った。
「僕も大概、狡い人間ですから」
「何が?」
「できれば、君を独り占めにしたかったな。って話です」
そう言うと片隅に残っていた自分の靴を履いて、俺に向き直る。
「それじゃあ、また明日」
ドアを閉める直前「そうだ」と思い直したように、ちょっとだけ隙間を広げる。
「明日も練習だって、彼にちゃんと言っておいて下さいよ」
それだけ言い残してドアは閉まった。

夜の九時を回った頃、今日はもう何回目か分からないくらい鳴らされた玄関のチャイムが鳴った。チェーンをかけたままドアを開けて、誰が来たのか確認する。
「よう、火神」
開けろよと言う、相変わらず尊大な態度の相手に呆れながらも、チェーンロックを外して中に招き入れる。
「お前、もう来ないかと思ったぞ」
「んなわけないだろ、俺が行くって言ったんだし」
「明日、行くから」と昨日の夜にメールが来た。いつでも、コイツは唐突にやって来るから、連絡があるのは珍しい。
「晩飯は?」
「食べて来た。つーか、テツ達来てたんだろ?何で昨日、言わなかったんだよ?」
「いや、なんか今日になって突然決まったし。断れなかったんだよ」
「そうかよ、相変わらずお人好しなんだな」
そう言うとリビングのソファにドカッと座り、周りを見て首を傾げる。
「なあ、この部屋ってこんな物多かったっけ?つか、あの虎とかバラの花とかどうした?」
「ぬいぐるみは先輩からだよ、バラは赤司が突然送ってきた」
「何でアイツがお前の誕生日知ってるんだ?」という青峰の疑問には、俺だって本人にそれを聞きたいくらいだと返す。とりあえず、一応はやって来た客にお茶でも淹れようとキッチンに向かう。
「なあ、紫原が贈って来たケーキあるんだけど、食べるか?」
「ん?食う」
一つだけ残しておいたのは、コイツが来るのを知っていたからだ。甘い物好きかは知らないけど、チーズケーキならまだ食べられるかもしれないしな。
インスタントのコーヒーを淹れて、切り分けたチーズケーキを皿に乗せて出してやると、青峰はさっそくフォークを手に食べ始める。
「あっ、うめえ」
「だよな。アイツの味覚、ちゃんとしてたんだって思った」
「変な味の菓子ばっかり食ってるけど、美味いか不味いかの判別はプロ級だぞ」
みたいだな、と言いながら俺も自分の分を口に運ぶ。
半分くらい食べた時に、青峰は鞄から何か取り出して、急に差し出して来た。
「何だよ」
「やる」
視線を合わせずにそう言うと、無理に俺に押し付けて自分はコーヒーを飲む。
ここにも素直じゃない奴がいるな、と思いつつも「開けていいか?」と尋ねると、無言で頷くのを確認し包を解く。
入っていたのは細身のチョーカーだった。三重になった皮紐にシルバーのトップが通っている。
「お前のそれ、見てるとな。イライラしてくるんだよ」
ぶっきらぼうに告げられて、何だと聞き返せば、彼が指示したのは俺の首にかかったチェーンを指さした。
「貸せよ、付けてやる」
渡す前にひったくると、後ろに回って金具を止める。指の動きがなんだかこそばゆくて体をよじると、動くなとちょっと怒った声が飛んできた。
「できた」
そう言われて首に手をやると、触れた先で揺れる飾りに気付いた。正面に戻った相手は、満足そうに頷く。
「いいな、よく似合ってるわ。しかも俺の方が目立つしな」
目立つってどういうことだ、と尋ねるよりも先に唇の端に自分のを寄せる。
「なんか俺がご主人様みたいじゃん、首輪っぽくね?」
「はあ?言ってろよ」
絡みついてこようとする青峰を押しやって、少し距離を取って残りのケーキを食べる。不満と苛立ちの混じった視線を感じるものの、コーヒーを飲んでそんな空気まで呑み込んでしまう。
「ありがとう、青峰」
そう言って、ちょっと近づいて相手の頬にキスを送ると。ムスッとした顔は相変わらずで「足りねー」と言って、今度は俺の唇を塞いだ。
「なあ火神、ヤロうぜ」
「はあ、っていうか最初からそのつもりだっただろ?」
当たり前だろ、と言う青峰に心の底から溜息が漏れた。
「いいだろ別に。だってさ、お前って俺のこと好きじゃん?」
「誰がんなこと言ったよ」
「言わなくても分かるって。お前が俺のこと好きでしょうがないことくらい」
自慢げにそう言うけれど、お前だって大概だろうが。
「あのな、俺は明日も練習あるから」
「じゃあ超優しくしてやる」
そう言って抱き寄せる腕を拒んだりしない辺り、コイツの言った通り青峰が好きなんだよなあ、とか思う。
「最高の誕生日だろ」
「はあ?何で?」
「大好きな人と一緒にいられるから」
言ってろよ、馬鹿。
思ったけど口には出さずに、ただ「そうかよ」とだけ返答する。

「火神」
「ん?」
「誕生日おめでとう」

あとがき
予想以上に時間がかかってしまいました。とにかく!火神君、ハピバ!!
2012年8月2日 pixivより再掲
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