「今日の晩飯は俺が作るわ」
「おう…………は?」

約一回目のぷろぽーず

明日、泊まりに行くからと電話で言われた。
いつもなら、何が食べたいとリクエストを聞くのだが、青峰本人からその必要はないと先に言われた。てっきり食ってから来るのかと思ったら、食べずに待っておけと言われた。
だから、どっかに食べに行くつもりなのかと思っていた。
そしたらスーパーの袋なんて提げて来て、青峰が放った台詞があれだ。
驚くしかないだろ。

「エプロン借りんぞ」
そう言いながら紺色のエプロンの紐を結びつつキッチンへと向かう青峰を見つめ、不安を抱えつつ後を追ってキッチンに入った。
「なんだよ?」
「いや……お前、料理とかできんの?」
そう尋ねると、凄く不満そうな顔で俺を見返してきた。
「一応、簡単なもんはできるぞ」
「マジで?」
「まあ……そんなに期待すんなよ」
少し自信なさそうにそう呟くと、手を洗って調理を開始した。

危なっかしい手つきで包丁とか扱うんじゃねえかと思ってたけど、思ったよりも青峰は綺麗に野菜の皮を剥いて、丁寧に食材を切っていく。
監督の料理と比べて、安心して見ていられるのは何でだろうか。

「何作るんだ?」
「肉じゃが」
思わず吹き出した俺に、青峰があきらかに嫌そうな顔で「なんだよ!」と叫ぶ。
だって、青峰が肉じゃが作る、って。材料からてっきりカレーにでもすんのかと思ったのに、そんな家庭的な料理作るなんて予想外だろ?
「お前、煮物なんかできるんだな」
「いいだろ別に!もう、お前邪魔だから出てけ」
そう言われてキッチンから追い出されてしまった。
しかしまあ、なんというか。普段とは逆に料理をしないで待つというのは、手持ち無沙汰というか、正直、心配な面もあって手を出したくなってしまう。
もしかして、料理中にちょっかいかけてくる青峰はこんな気持ちなんだろうか?そう考えつつ、キッチンの入口から様子をうかがう。

「なあ、気が散るんだけど」
「いいだろ別に、お前だって俺が飯作ってたらくっついてくるじゃねえか」
そう言うと、顔は相変わらずしかめたままだけど、文句は言わず切りかけの食材と向き合った。
俺が食う量を考えてなのか、かなり多めに食材を買って来たらしい。それだけ煮るとなると、火を通すの大変だぞと思いつつ、黙って青峰のやりたいようにさせることにした。
折角やる気出してくれてんだし、口出したら喧嘩になるのは分かってる。
なんというか、俺も青峰の扱い方だいぶ慣れたな。

「なに笑ってんだよ?」
「別におかしくて笑ってるんじゃねえよ。なんか、嬉しいからさ」
そう言うと照れたのか、問い詰めるような視線を外して「そうかよ」とぶっきらぼうに返す。
切り終わったらしい食材を入れる鍋を探す青峰に、横から取ってやったら拗ねた顔をして睨みつけてきた。
「頼むから、手出すなよ」
「あっ、悪い。でも気になるんだよ、人が自分のキッチン使ってるのってさ」
そう言うと、青峰は「そうなのか」と首を傾げつつ、再び調理に戻る。
どうやら肉じゃが以外にも料理を作るつもりだったらしく、新しく材料を切っていく。

「なあ、どうして今日に限って料理するとか言い出したんだよ?」
料理している背中に向けて聞くと、振り返って俺を黙って見つめてきた。
問い詰めるようなまなざしに、なにか悪いことを言っただろうかと考えるも、心当たりなんて勿論ない。
「なんだよ?」
「お前、誕生日なんだろ?」
確かにそうだ、誠凛の皆からは誕生日だからとお昼をご馳走してくたし。親父やタツヤ、あとアレックスからも連絡が来たり、宅配便が届いたりしたけれど。
「お前、まさか俺が誕生日だから晩飯作るって言ったのか?」
「そうだけど、悪いかよ?」
いや、悪くない。むしろ嬉しいけど……。
「似合わねえ」
「うるせえ!俺だってそれくらい分かってんだよ!」
顔を赤くして叫ぶ青峰に、俺は後ろで声を押さえつつ笑う。

青峰が料理するってだけで大分おかしかったのに、それが俺の誕生日だからとか……そもそも、だからって何で肉じゃがなんだとか、気になることは色々あるんだけど。
「ありがとうな、青峰」
「お前、完成してもないのに先に言うなよ」
失敗しないか不安でしょうがないんだと、緊張しつつ言う青峰に後ろから抱きついてみる。
「ちょっ!お前、邪魔すんなって言ってんだろうが!」
「よく青峰してくんだろ?いいじゃんかたまには」
甘えるように呟くと、目の前で抱き着いた青峰の体が少し震える。でも、なんというか料理中にこいつがよくやってくる気持ち、分かった気がする。
邪魔になるのは分かんだけど、落ち着くというか心地いいんだよな。青峰って背中広いし、腰とか締まってていい体してるし。本当、羨ましいよな。
でも、この青峰が俺のものだと思うと、途端に胸の奥がきゅと甘く疼いてくる。
腕の中に納まらないくらい安心する温度と、匂いを抱き締めて、安堵の息を吐く。
「火神、頼むから離れろ」
「いいじゃねえか、もうちょっとくらい」
「……俺の理性が保たねえから離れろ」
震える青峰から引き剥がされて、反対に首筋に顔を埋められる。仕方がないから、目の前にある頭を撫でてやる。
「なんなんだよお前、なんで今日はんな珍しく甘えてくんだよ?」
「お前が優しくしてくれるからだろ」
「俺はいつだって優しいだろうが」
おいおい、どの口が言ってんだよ?
呆れて息を零すと、むっとしたように顔をあげて俺を見つめてくる青峰の頬に、ちょっと触れるだけのキスを贈ってやる。
「ちょっ!火神お前」
「晩飯食ったら、ご褒美やるから。とびっきり美味いの作れよ」
「っぁあ!その言葉、忘れんじゃねえぞ」
やっきになってそう叫ぶ相手に、分かってるよと何度も言って今度こそ本当にキッチンから追い出された。

メインの肉じゃがに、豆腐の味噌汁、千切ったレタスとトマトの簡単なサラダ、それと白いご飯。それに、俺がストックしておいておかずを何品か足したのが今日の夕飯だ。
「いただきます」
手を合わせてそう言う俺に、緊張したような顔でこちらを見る青峰。中々見られない顔に少し吹き出しつつ、折角だから一番頑張って作ってた肉じゃがに箸を伸ばしてみた。
「あっ、美味い」
「マジか?」
「うん、ちゃんとじゃがいも中まで火通ってるし、味も好きだぞ?」
美味いなと言って食べ始めると、安心したのか青峰がようやく料理に箸を伸ばした。いつもなら反対なんだけどな、と思い返して笑うと「なんだよ?」と不思議そうに尋ねてきた。
「いや……そういえば、なんで肉じゃがにしたんだ?」
材料だけだったらカレーにしたっていいはずだし。どちらかというと子供舌のこいつは、和食の上品な味よりもガッツリとした料理や味の濃いものを好む。だから、好きな料理だというわけではないだろう。
得意な料理ではないのは、メモを片手にぎこちない手つきで料理していたのを後ろからしっかり見て知ってる。

「嫁に行けるんだとよ」
しばらく黙って料理を食べていた青峰が、顔を赤く染めてぽつりとそう零した。
「はあ?」
「だから……肉じゃが作れるようになったら、嫁に行けるんだって。なんか、そんな話があるんだよ」
いやまったく知らないし、なんで肉じゃがで嫁に行けるんだよ?
首を傾げる俺に、青峰も「そんなの知るか」と言った。迷信みたいなものかと思ったが、だとしても、なぜこれを作ったのかの答えにはなってない。

「お前が作ってくれる料理、好きなんだよ」
「……そっか、ありがとう」
それがどうしたと首を傾げながら言葉を待つ俺に、赤い顔のままの青峰が深い溜息を吐いた。
「正直、嫁に欲しいと思ってる」
「はっ?お前、なに言ってんだよ!」
「普通、男に嫁とか言ったら嫌がるだろうがよ!だから、対等なら文句ないかと思って。俺だって最低限度くらいのもんは作れたらいいかと、思ったんだよ……」
恥ずかしさを紛らわせるためか、強い口調でそう叫ぶと自分の茶碗から口いっぱいに飯をかき込む。その様子をぽかんとしてしばらく見つめていたけれど、だんだんとおかしくなって。
「お前、笑ってんじゃねえよ!」
「いや……お前、笑わずにいられるかよ」

俺を嫁にしたいとか、そんなこと考えて。どうしたらOK貰えるか悩んで、こんなことして。
バカみてえだ。
っていうか、これでいいのかお前は?

「青峰」
「なんだよ!」
「proposeすんなら、もっとロマンチックなこと言えよ」
「ちょっ、待てよ誰もポロポーズなんてしてねえ!」
立ち上がってそう叫ぶ、真っ赤な顔は怒りのせいか恥ずかしさのせいなのか、見ただけでは分からないけれど。
「だって、俺のこと嫁に欲しいんだろ?」
「欲しい」
お前、そこは正直に言えるのかよ。もう少し恥ずかしがれよ。堂々と返されると、こっちが恥ずかしいだろ。
「変な心配しなくても、将来的にはお前に貰われてやるよ」
微笑みかけてそう言うと、相変わらず顔を赤く染めた青峰が気が抜けたようにその場に座り込んだ。
「お前……恥ずかしい奴だな」
うつむいてそう言う青峰に、少なくともお前に言われたくないと心の中だけで返す。

「ああ、火神」
「ん?」
「Happy birthday!」
顔を上げてそう言った青峰が、やけに格好よく見えて。
ああ、こいつと結婚すんのいいかもな……って思った、心から。

「ところで火神、お前。忘れてないだろうな?」
食後、洗い物までしっかりしてくれた青峰がソファの隣に腰を下ろすと、じっと俺を見つめてくる。
「忘れてるってなにが?」
「……ご褒美くれるって、言ったよな?」
ああ、そういえばそんなこと言ったっけか?
「なあご褒美くれるよな?」
目が据わったまま、俺をソファに押し付けにかかる相手に……流石に身の危険を感じ始める。
「なあ青峰、シャワー浴びてからとかでよくね?」
「晩飯食ったら、って約束だったよな?」
物凄いいい笑顔だ、それこそ獲物に食いつく前の肉食獣ってかんじの。
「あ、せめてベッドには行こうぜ!」
「火神」
相手からなんとか逃げようとする俺の両肩を掴むと、青峰はにっと歯を見せて笑いかけた。
「いただきます」

あとがき
久々の投稿なのでエロは割愛させてもらいました。
間に合わなかったとか、そんなんじゃないんです。全年齢で火神君が幸せな話を書きたかったんです。
2013年8月2日 pixivより再掲
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