年齢確認
18歳以上ですか?

 いいえ

女々しい野郎だと思った。
性格とかそんなんじゃなくて、やっている事が。

タイガー・アイに魅せられて

いつもの公園の裏側、あんまり人の寄り付かない高架下のコンクリートの空間で踊ってる奴がいた。
たった一人、少し向こうには音楽プレイヤーだったり鞄だったりが無造作に置かれている。
ただのストリートダンスなら練習してんだろうな……って、そのまま通り過ぎた。でもその男はおかしい。黒の動きやすそうなズボンに、これもまた黒いTシャツを着てんのに、足下は真っ赤なピンヒールなのだ。
意味が分からない。
普通、あんなもんを履いて踊ろうなんて思わないだろう。爺さん婆さんがしてる社交ダンスとかなら知らねえけど。少なくとも、ストリートで踊る男が身につける代物ではない。
更に言うと、そいつがこれで可愛い顔してんなら救いはあった。でも、どう見ても男らしい顔してる上に、かなり背も高い、シャツから覗く腕を見る限りそれなりに筋肉も付いてる。
見るからに男くさい奴が、あんな女々しいもん履いて踊ってるなんて、滑稽過ぎる。だけど……目を、奪われていた。
長い手足が動くたび、背中がしなるたび、腰が揺れるたび、あの空間にのめり込んでいってる自分が居る。
赤と黒のツートーン、上下の服と靴そして髪の色と揃っている上に、それ等に映える白い肌をしていて、何より真剣な目が、意思の強そうな目がいい。
動きは女々しいのに、立ち姿は男らしい。
綺麗だと思った。
顔だとか体つきがどうとか、そんなん関係なく、ただその在り方が綺麗だった。

見惚れている内に曲が終わったらしく、男はポーズを解いてちょっと大きく伸びをすると、置いてあった荷物の方へ向かう。ヒールがコンクリートを打つたびに、乾いた音が鳴り響く。
鞄から拾いあげた水のボトルに口づけて喉へと流しこむ相手を見つめ、もう終わりかと思いつつもその場から立ち去らずに見つめ続けている自分に、思わず苦笑いが零れた。
「こっち来ねえの?」
ふいに投げかけられた声に、顔を上げると赤毛の男が水のボトルを片手に笑っているのに気づいた。そりゃ、この距離で見てたら相手だって気付いてるよな。
「行ってもいいのか?」
「別に見るくらい、いいよ」
金取らないしさ、と言う相手にじゃあ言葉に甘えてとコンクリートの空間に入る。
「この辺の人?」
流れる汗をタオルで拭いながら言う相手に、いやと否定する。
「もうちょっと遠いんだけどよ、この辺の方がバスケ仲間多いから」
そう答えると、そっかと楽しそうに笑う。
「なんで、そんなもん履いて踊ってんだよ?」
気になる事は、さっさと片付けてしまいたかった。普通だったら遠慮とか、そういう事もすんのかもしれねえけど、俺にはそんなの無い。だから純粋に、気になったから聞いてみただけ。
そしたら相手は苦笑いしてから、ちょっと答え難そうに笑って「仕事のため」と答えた。
「仕事?」
「劇場の仕事、これ履いて踊らないと駄目なんだよ」
忌々しそうに足を指して言うので、ああそういう事かと納得した。さっき金がどうとか言ってたのは、普段はあのダンスを金を払った客に見せているからなんだろう。
「一曲、見ていくか?」
「いいのかよ?」
「マジで金払わねえぞ」と冗談めかして言えば、「別に期待してなんてない」と笑って答える。
その気さくな笑顔はちょっと幼くて、さっきまで身に纏っていたどこか近寄りがたい、そんなオーラは消し飛んでいた。
不思議な男だと思った。

正面に置かれたプレイヤーの隣に座って、男のダンスを鑑賞する。別にダンスに詳しいわけじゃないから、コイツの技術がどの程度のものなのかなんてのは分からない、でも魅了されるくらいだからきっと、上手いんだろう。
流行のアイドルだとか、そういうチャチな奴等のダンスとは物が違う。多分、そもそも種類が違うんだろうけど、具体的に何がどう違うなんていうのは、はっきり答えられない。
プレイヤーから流れてくる音楽は、洋楽だった。流暢に流れる英語の歌詞の意味は、残念ながら俺の頭では理解しきれない。たまに聞き取れた単語から、多分、恋愛について歌ってるんだろうなとか思うくらいだ。
スポットライトの下で、舞台用の衣装を着て踊っている時はどんな顔をしているんだろうか?
今とは違う顔をしているのか?
見てみたい。

「なあ劇場って言ってたけど、どこで踊ってるんだよ?」
曲が終わってからそう尋ねると、汗を拭いていた相手は横に首を振った。
意味が分からずに「何だよ?」と尋ねれば、男は「見に来るな」とぶっきら棒に答えた。
「何で?」
「劇場の外で会った奴には、仕事場教えないって決めてんだよ」
それこそ何でだよ。
自分で踊っているのに、その現場を人に見せたくないなんて珍しいじゃないか。人に見せるためにやってんなら、別に中でも外でも一緒だ。
「男がヒール履いて踊ってる様なんて、滑稽以外の何もんでもないだろ?知り合いにそんな所、見られたくないんだよ」
確かにそうかもしれない、俺だったらまずそんな姿を見られたら相手をこの世から抹殺して、証拠を隠滅するだろう。
でも、俺はその内容をしっかりと聞いてしまったし、どういう事をしているのかも見せてもらった。その上で、コイツが舞台に立つ所を見たいと思ったのだ。
「見に行く時は、ちゃんと金払って見るし」
「当たり前だ、そうしてくれないとウチが商売にならない」
顔こそ笑っているが、男の目は笑っていなかった。ただ本気で迷惑だと、そう告げている。
「バスケ、しに行かなくていいのか?」
「今日はもう気分じゃねえよ、お前の方が気になるし」
そう言うと、男は深い溜息を吐いてから俺の隣に座ると履いていたヒールを脱ぎ始めた。
「止めんのかよ?」
「帰るんだよ、夜から仕事だから」
そう言いながら鞄から履いてきたんだろうスニーカーと、くるぶしソックスと取り出して、足を覆っていく。下を向いたままこちらを見もしない。
嘘なんじゃねえのと思ったけど、口にするのは止めた。男の雰囲気が、入って来るなってそう言ってる。
「なあ、ここでよく練習してんの?」
「たまにな、何で?」
「また見かけたら、寄ってもいいか?」
外で会う分にはいいんだろ?そういう確認を込めて尋ねれば、靴紐から俺へと視線を寄越して「お兄さん、物好きだな」と呆れたように笑った。
自分でも物好きだとは思う。
見知らぬ男、多分そんなに売れてないんだろうダンサーに魅了されて、相手と繋がろうと必死になってるなんて、俺がヒールを履くよりも滑稽なんだろう。
でもいいじゃねえか、気になるものは気になるんだし。
「ここ、俺の家でも劇場でもないし。見かけた時は、どうしようもないし。あんまり多いとその内、金取るかもしれねえけど」
そう言って笑う相手を見つめ「まけてくれよ」なんて冗談で返す。
荷物をしっかり鞄に収めると、肩に負って立ち上がった。デカいなとは思ってたけど、ヒールを脱いでみると俺よりもほんの少しだけ、背は低いらしい。
「あのヒール、何センチあるんだよ?」
「ああ、五センチくらい?ものによったら七センチくらいまでは履くけど」
七センチと言われても、それがどれくらいの角度を持って足を拘束するのかは俺に想像できなかった。ただ、窮屈そうだというのはひしひし伝わった。
「よくやるぜ、本当に」
そう言うと、ただ仕事だからと返ってきた。仕事なんて、面白くない返答を求めてるわけじゃないので、今度は俺が顔をしかめてやる。
「なあ、名前なんだよ?」
そう尋ねると、男は「今更だな」と苦笑いして言う。
「火神だよ」
そう言って笑う相手に「青峰だ」と答えると、一度小さく名前を呼んだ後で笑って「じゃあな、お兄さん」と手を振って去って行った。

火神は時折、高架下にやって来てはダンスの練習をしていた。
バスケのついでにと様子を見に行っていたが、最近だと火神に会う口実のためになりつつあるような気がして、自分でも呆れている。
何がそう酷く俺を駆り立てているのかは知らないが、とにかくアイツのダンスを見るために、高架下へと足を向けてしまう。会えれば他愛ない会話をして、練習してる相手の姿を眺めて過ごすだけだ。
初めて見かけた赤いピンヒールの時もあれば、動き易そうなスニーカーで踊っている時もあった。だが、どんな時でも共通して言えるのは、コイツが綺麗だって事だった。

何度目かの邂逅の時、火神は踊っているわけでも休憩中でもなく、携帯で誰かと話していた。
「はい、今から……ですか?分かった、です」
敬語は苦手なんだと前に話していた通り、語尾に取ってつけたような話し方をしている。誰と話しているのかは知らないが、どうやら仕事関係らしい事は分かった。
それからしばらく電話で話している火神を見つめ、話しかけるのを止める事にした。出て行かずに近くに止めてあった車の陰に隠れて、相手の様子を伺う。
荷物をまとめて立ち上がり、どこかへと歩き出した相手の後をできるだけ気付かれないように追いかける。
見つかればストーカーと呆れ顔で言われるだろうが、それも構わないと思った。
おそらく、火神はこれから仕事場へ向かう。どこでどんな仕事をしているのか、そっと覗いてやろうと思ったのだ。
売れてはいないのかもしれないが、相手だってプロだ。たまには金を払ってやらないと失礼だろう。そんな言い訳を考えながら火神の後を追う。日本平均をはるかに超える背丈は、人混みの中でも頭一つ分飛び出している上にあの色だ、見失うなんて事はなかった。

電車に乗って下りた先を見て、思わず顔をしかめる。
あまり柄の良い土地じゃない。歓楽街と言えばそれまでだが……まあ劇場なんてそういう所の方が流行るよな、と思い直し。火神の向かう先はどこなのか、じっと追いかけてみる。
あまり踏み入れる事のない歓楽街の中でも、大通りではなくて小道へ逸れた裏側へと向かってさくさく進んでいく相手を眺め、本当に心配になっていく。いくら抜け道っつったって、他にもっと道があるんじゃねえの?と思うような場所を平然と通っていくからだ。
あいつマジで、どこで仕事してんだよ?
そう思い始めた時ようやく、火神はすっとある建物へと入って行った。
劇場とは聞いていたが、「何の」とまでは聞いていない。
だけど、それがこんな場所だと誰が思う?
演芸場という掠れた文字の下に、けばけばしいピンク色でストリップの文字が踊る。それに並ぶ言葉もいかがわしいものばかりだ、SEXショーなんてタイトルを見て、もう考えるのを止めた。
成程、こういうところで踊ってるなんて言えるわけないよな。

溜息を吐いて建物を見つめる俺を、警備員らしい男が不審そうに見つめているのに気づいた。こんな所に警備の人間なんて居るもんなんだなとは思ったものの、見られた以上はまあいいかと開き直る事にした。
「なあ、ここって何時からやってんの?」
「夜の八時からだ」
あまり柄が良い方ではないらしい男は、俺を睨みつけるようにしてそう返答する。
「じゃあその時間に来たら、中入れてくれるわけだ」
時間になったら出直すと言って、来た道を戻ろうと振り返った直後に肩を掴まれる。
「ちょっと待てよ兄さん。お前、タイガの何だ?」
「タイガ?」
誰だそれと聞くと、眉間に皺を寄せた男が機嫌が悪そうにこちらを睨み返す。
「バレバレな嘘吐いてんじゃねえぞ、お前がタイガの後追いかけて来たのくらい分かってんだよ!」
「もしかして、火神の事か?」
そういえば、苗字は聞いたけど下の名前までは聞かなかった。別段気にもかけていなかった、呼び名があればそれでいい、連絡先を知ってるわけでもないし。あいつがあの高架下で踊っていない限り、会う事なんて一切ない。
「何だ、お前タイガのオフの知り合いか?」
ふっと語気を弱めて相手がそう言うのに、今度は俺が首を傾げる。
「どういう事だよそれ?」
「あー……なんつーかアイツ、名前使いわけてんだよ。オフで知り合った方には苗字で呼ばせるし、仕事関係で会った奴には下の名前しか教えねえんだ」
そう言うと頭を掻いてしばらく何か考え込んだ後、「こっち来い」と警備員らしき男に拉致された。

連れて来られたのは別にヤバい奴等の事務所なんかじゃなく、普通の喫茶店で。はっきり言うと拍子抜けした。
俺の向ける怪しい視線にばつが悪くなったのか、男は「別に俺は堅気だよ」と行った。
「そんな顔してねえけどな」
「ウルセエ!強面なのは生まれつきだ、つーかお前に言われたかねえよ!」
「お前こそウルセエんだよ!人をこんな所に連れ出しといて何の用だ!」
そう言うと、男はそれだと言って、しばらく迷ったものの「俺は若松だ」と言った。
「あの劇場の関係者つーか、用心棒みたいなもんだよ」
「用心棒って堅気の職業じゃねえよな?」
「名目は事務職兼警備員だ……なんつーか、この界隈だと変な客がたまにいるからな。こういう顔の方が脅しには効くんだ」
つまりは荒事担当なんじゃねえか。そっちの関係者じゃないってだけで、グレーゾーンもいいとこだ。
「それでその用心棒の若松さんが何の用だよ?」
「ああ……お前さ、タイガの何なんだ?」
ヒモじゃねえよなと不信感たらたらに聞かれて、思わず頭に血が昇る。
「誰があいつのヒモだ!俺はあいつの……」
あいつの、何だろうか?言いかけた言葉を飲み込んで、黙り込んだ俺を見て男が不思議そうに眉をひそめる。
「あー……何だ、ファンって奴?」
「ストーカーの間違い、じゃねえだろうな?」
「そんなんじゃねえよ!」
面倒になったので、どこで会って何をしてるのか話して聞かせてやった。信じてくれるかどうかは分からないが、しかし本当の事なんだからこれ以上に言葉はない。

「高架下で、会ったか……」
「疑うなら火神本人に確認してくれていいぜ?」
「いや、なんか本当っぽいしな。それにオフの事聞くとあいつ嫌がるから」
その口ぶりから、この男が火神とそれなりに付き合いがある事が分かった、少なくとも俺よりも話した時間は長いんだろう。
「それで、俺を拉致した理由は何だよ?」
「ああ……あそこの用心棒だって言っただろ、だからまあ変な奴が近づかないか確かめてんだよ。特にタイガの関係はな」
そう言うと、若松はちょっと手を振って顔を近づけるようにジェスチャーする。何だよと思いながらも、ヤバい内容なんだろう事は予想できた。
「何というか、ああいう所のステージに立つのは女の方が勿論多い、男もいないわけじゃないんだけど。それでもタイガは別格らしくて。不定期に出るんだよな……あいつに言い寄って来る女とか……男とかが」
男という言葉に反応する、自分が怪しまれたのもストーカーと思われたのも、まあ自然の流れだったらしい。
ただ、そいつ等の気持ちも分からない事はない。
確かに火神は綺麗だ、一度見たら引き込まれる。あの引力は相当のものだ。
実際に、中毒になったようにあいつを見に行ってるのは自分も同じなのだ。
「しつこい奴だと、終わってから待ち伏せしてどっか連れ込もうとかするんだよな。だけど、仕事内容もそうだし、男だっていうのもあって、あいつは警察に被害届が出せないんだよ。だから俺達で家まで送ってくようにしてるし。普段から劇場側から変な奴がいないか目を光らせとけ、って言われてんだ」
頭が赤く染まりそうなくらい熱を持つ。
何故、こんなに怒っているのか分からない。ただ、火神が男に襲われるなんて事を考えると駄目だ、ぐっと思わず拳を握るとそれを見咎めた相手が「止めとけ」と呟いた。
「何が?」
「悪い事は言わないから、タイガは止めとけ。別に会うなとまでは言わねえけど、でもな……あいつは男にも女にもなびかないぞ?」
「何言ってんだよ、あんた」
イライラしながらそう言うと、相手は溜息を吐き俺を見つめ返す。
「惚れてんだろ、タイガに?」
そう言われて一瞬、馬鹿じゃねえのかコイツ!と思った。
だが、あいつの姿に惚れていたのは確かだ。ずっと綺麗だと思っていた、できれば離したくないと思ってもいる。ただ、あいつが踏み込ませないように距離を取るから、嫌われないように間を取って様子を見ていた。
惚れてるなんて、考えた事もない。
「……かもしれねえ」
呟いた言葉は、最初にしようとした否定とは違った。
それを聞いた男は、ふっと溜息を吐いて俺を見て言う。
「よく聞けよ、あいつは絶対に仕事で知り合った奴とはそういう関係を持たないって決めてるんだ。だから本当に好きなら、ステージに立つあいつの姿は見るな」
そう言われてもきっと、夜になれば行くと既に決めていた。
ここまで来たら見てみたかった、あつがどこでどんな顔をして、どんな奴等に向けて踊っているのか。それを知りたかった。
「なあ、火神の下の名前……どんな字書くんだ?」
そう尋ねると、若松はそっとペーパーナフキンを取り出すと胸ポットに入れていたらしいペンで「大我」とギリギリ判読できる微妙な走り書きで書いた。
大我か……と口の中で繰り返し唱え、あいつの赤い靴とコンクリートに響く甲高い音を思い返していた。

夜の歓楽街なんてものに踏み込んだ事はあまりない。仲間に連れて行かれた事がないというわけではないが、一人でわざわざ来ようとまでは思わなかった。
品物として並べられた女に、直接触れたいと思った事がなかった。派手に飾った店もそうだし、そこに並んでる女の人形みたいな立ち姿を見ていると、それまでの性欲も一気に減退した。
つまりは画面の向こう側の世界だと勝手に判断しているんだろう、直接触れられないと分かっていれば安心する。こちらが相手に飲み込まれる事もないからだ。だからグラビアでもAVでも平面のものには平気でそういう欲を発散できる。
虚しいと思うなら、一人で居る方が気が楽だ。
ストリップ劇場に集まってくる男達を見つめ、コイツ等はどんな気持ちでここに来るんだろうかと考える。今からそこに、自分も踏み込むというのにだ。
入口で俺を見つけた若松さんは途端に顔をしかめて呼び止められた。
「お前……来るなっつったよな?」
「気になるんだから、しょうがねえだろ」
「好奇心で首突っ込むもんじゃねえぞ、アイツに嫌われてもいいのか?」
勿論、そんなのよくない。だけど、それでも目にしておかないといけない気がした。
「俺は知らねえぞ!」
そう言う男の声を背中で受け止めて、会場の中に入った。

劇場とは言うけれど、演劇のように客席が並んでいるわけではなくて、平な空間に机なり椅子なりが適当に置かれていてその中にせり出すように少し高いステージがある。
火神の出番がいつのなのか分からないから、開演と同時に中に入ったものの、けばけばしいピンクや紫で塗られた会場はあまり見ていて気分のいいものじゃない。
それは演目が始まっても同じことだ。派手な化粧を施した女が舞台で淫らに腰を揺らして踊っているのを、観客が囃し立てている。汚ぇ声と張り詰めた興奮が場内に満ちている。
巨乳の姉ちゃんが下着のような衣装を外して開場に放り込んだところで、目を外して隅にあるバーカウンターに向かった。
「いらっしゃい、何するの?」
バーテンは背丈と声から男であるのは間違いないが、女らしい顔立ちと言葉に何者かと思う。訝し気に見つめる俺に、既に相手は慣れているのか冷静に笑顔を向ける。
「なあに?残念ながらあたしには可愛い恋人がいるから、悪いけど他を当たってよ、お兄さん」
「別にアンタの事なんて狙ってねえよ」
「あらそう?お兄さんなかなかイケメンだから、愛人候補だったら考えたんだけど?」
穏やかに笑って言うバーテンに「冗談は止めろ」と呆れの溜息と一緒に呟く。
「お兄さん初めて見る顔ね、こういう所来た事ない?」
「ああ……まあ、そんなん」
「ふーん……でも、誰かお目当ての子がいるんじゃない?」
何で分かったんだと無言で睨み返すと、男は穏やかに笑って「お目当ての子が出てないから、手持無沙汰なんでしょ?」とニヤリと笑って言う。
「あたしもここ長いからさ、お客さんの反応なんて丸わかりよ。で、誰がお目当て?」
「……タイガって男が居ると思うんだけど」
昼に聞いたばかりの下の名前を告げると、バーテンを目を丸くして俺を見つめた。
「あら、まさか彼をね……」
「何か悪いかよ?」
「悪くないわよ、でもタイガちゃんの出番はまだ先」
そう言うとバーテンは「一杯奢ってあげる」とカクテルを作り出した。こういう劇場だから、大したものは提供してないんじゃないかと思っていたがそうでもないらしい。
「はい、あたしのオリジナルなんだけど」
目の前に出されたのは、どうやって作ったのか赤と黒のツートンカラーのカクテルだった。
「綺麗でしょ、タイガー・アイっていうのよ」 その名前で思い起こされるのは、まさしく俺が探してる相手だった。向き合って相手を見ればニヤリと笑って「病みつきになるって好評なのよ?」と言った。
「あの子に夢中なお客さんに、大好評」
笑う男を無視して一口傾ける。口の中に広がるベリー系の甘い匂いと、しばらくして流れ込んでくる強いアルコールのギャップに驚いたものの、なんとか喉の奥に押し込む。
「美味しい?」
「ああ」
一言感想を述べて、もう一口飲んでみる。
「ねえ、どこであの子の事知ったの?」
「別にどこでもいいだろ」
「そういうわけにもいかないのよ。一応言っておくけどあの子、踊り子はしてるけどアフターは付き合ってくれないからね」
それはもう何度も聞いている。
だが俺は別にアイツをどうかしたいと思ってはいない。ただ、見てみたいだけだ。俺が引き込まれた踊りをする相手が、どんな顔でどんな姿でお客様の前で踊っているのか、それを知りたかっただけだ。
「貴方、どこでタイガちゃんの事知ったのか知らないけど、随分と本気みたいね?」
「そんなんじゃねえよ」
「嘘、そうじゃなかったら。見たくもないストリップなんて見に来たりしないでしょ」
盛り上がるステージに背を向けて座る俺を見つめ、ちらつく淫靡な照明の光を浴びて男は微笑む。
「いい事を教えてあげようか?」
内容次第だと目で訴えかけると、バーテンは商売用の笑顔を崩さないまま続ける。
「タイガちゃんは、ここのオーナーの愛人」

あとがき
データの最終更新日から、1年くらい前に書いたものだということがわかるんですが、これの続きと設定がどこにもない、という不思議。
確か、氷室兄さんが同じ劇場でダンサー(ポールダンス)してる、っていうのは設定にあったはずです。
オーナーが何者なのか次第で、ストーリー変わりそうなんですけどね……。
とりあえず、誰か続きください。
この終わり方、とても気になります。
あと、男の娘的な可愛い系じゃない、ヒール男子、増えろ。
2014年10月27日 pixivより再掲
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