なあ、例えば目の前に美味しそうな菓子が二つあったとして。
「好きな方をあげる」って言われたら、どうする?
一個もらって、もう片方は諦めんの?
でもな、両方ともほんまに食べたかったらどうやって選ぶん?
自分やったらな、それ二つとも食べるわ。
ちよこれゐと依存症
学校まであと二百メートルくらいの所にあるコンビニに寄った。
アイツの性格はそろそろ分かった、行動パターンも大体読めるようになってきてる。だから多分、おるはずや。
ドアを開けて真っ先に飛び込んできた赤い頭に、心の中で「ビンゴ」と呟く。
「おはようさん、火神」
肩を叩いて呼びかければ、相手は驚いた様に儂の方を見てそれから「おはようございます」と返事をした。入学したての頃と違い、新しい制服にもそろそろ慣れたらしい、可愛い可愛いウチの後輩は「先輩も朝飯買いに来たのか?です」と、相変わらずの下手な敬語で尋ねる。
「朝飯って、お前のは完全に間食やろが」
知ってんやで、お前が一人暮らしやっていうのも。しっかり自分で料理作って食べて来てて、それでも朝練の時はあんまり腹に入れると体に悪いって、この間注意したから、今は朝飯を軽くして学校来てからパンなんかを追加で食ってるっていうのも。
「まあ、儂も間食やけどね」
「かんしょく?」
「おやつの事な」
コンビニの菓子売り場でも、チョコレートの棚はそこそこの幅を取っている。その中から、個別に包装されているタイプのチョコレートの箱を取る。
「先輩って、甘い物好きなのか?です」
「好きってわけちゃうんやけどな。頭使ったり、体が疲れてる時なんかは糖分がええんやで。あんまり量食べたらあかんけどな」
そう話しながら、自分はレジに向かう。籠いっぱいの惣菜パンを抱えた火神もその後に続く。ここの店、絶対にコイツが入学してから売上が上がってるわ。
火神と連れ添って店を後にし、学校へ向けて歩き出す。
その時、思い出したように火神が携帯電話を取り出した。誰にかけるのか、なんて想像が付く。
「あっ、おい青峰!お前ちゃんと起きたんだろうな?今日は、朝練出るって昨日約束しただろ!」
ほらな、やっぱり青峰やった。
しばらく一年生同士の会話、といっても片方しか分からんけど、を聞きながら物思いにふける。
まだ中学生やった青峰を見て、あっコイツ欲しいなと思ったんは、よく覚えてる。キセキの世代というその実力は勿論やけど、あの反抗的な態度や思い通りにならん目、なんというか。
調伏しがいがありそうな、獣やなと思った。
面白そうやと思った、せやからわざわざアイツと直接会って、ウチに来るようにしむけたんや。
青峰は予想通り、桐皇に来た。
せやけど、何でも予想通りにいかんのが世の常や。
今年の新入部員の中で、青峰と共に目立つこの男、火神大我。
帰国子女で実力不明ではあったものの、それは初日の仮入部員のチーム選抜会ですぐに分かった。
キセキの世代を追づいするだろう、驚異的な身体能力とバスケのセンス。
何よりも明るく真っ直ぐなその姿勢は、ウチの士気を上げた。これなら青峰なんておらんでもいけるんちゃうか?なんて言う奴がおるくらいに。
そんな言葉にアイツが反応せえへんわけがない。
「お前、俺と勝負しろ」
噛み付くような目で青峰は火神にそう言った、その日の練習は終わったちゅうのに、全員が帰ろうとしてる中での言葉に、どうしようか迷う……わけがない。
「体育館、開けたるわ。片付けは自分等でしぃや」
秘密やでと二人には言って二人を連れてまた体育館に戻った。頭に血が昇って熱くなってるんやろう二人は、すぐに付いて来た。
アイツ等ほんまに面白いわ、単純な頭してて。熱くなる瞬間が、ほんまによう似てる。
でも、あの勝負の様子はよう覚えてる。いや忘れる事なんて、できるわけないか。
めっちゃ綺麗やった、何がっていうか、もう全部が。こんなに人はしなやかに動くもんなんやな、ビックリしたわ。
「そこまでにしとき」
きっと、声をかけへんかったらずーと続いとったんちゃうか?
「悪いけど、この時間やともう警備員に見つかってまうわ。ええ加減に帰らな、親も心配するやろ?」
そう言ったところで、火神の腹が盛大な声を上げて鳴いた。顔を真っ赤にさせてうつむく後輩に、儂にできる一番優しい笑顔を作ってやった。
「ほな腹も減った事やし。はよ、帰ろか?」
ニッと笑うと青峰は「相変わらず不気味な顔だな」と不機嫌そうに言った。
そんな怒らんといてや、同じ学校やねんからいつでも勝負はできるで?
片付けして体育館を出て帰り道を歩いてると、火神はじっと青峰を見つめた。
「青峰、また俺と勝負してくれよ」
「ああ?何で」
また負けるぞ、と青峰はデカイ口ききやがった。まあ今回はお前が優勢やったけど、いつまでもそうとは限らんのちゃう?そう思った。
「勝てねえくらいが丁度いいだろ?だけど、絶対に次は俺が勝つからな!」
そう言い切った火神を見つめる青峰から、不機嫌の色が少しだけ薄くなるのを感じた。
「俺、桐皇に来てよかった。お前みたいなスゲー選手と同じとか、めちゃくちゃ楽しいじゃん」
そう言って笑う火神は、ほんまにバスケ好きなんやな、と思った。そんで純粋な所が可愛いなあ、とも思ったわ。
「じゃあまた明日な、青峰!今吉先輩、お疲れ様でした」
そう言って礼をしてから、火神は儂等とは反対方向へ行った。その背中を見てた青峰の顔見て、気付いてん。
ああコイツ、惚れよったな……と。
「えらい気に入られてもうたな」
「ハッ、自分の実力も分かんねえ奴がよく言うぜ」
そう言うけどな青峰、その顔が笑うてるで?
やっぱり惚れたな青峰。
あーあ折角お前をほだしてやろう思てたのになあ、まあええわ。
実はな青峰。さっきの笑顔見て思ってん、あれ儂の物にしたろうって。
手のかかる獣がもう一匹、しかもお前より可愛げあるし純粋で真面目でええ子やろ?文句ないやん。
しかもその上、お前を釣る餌になるなんて最高やし。
翌日、朝一番に監督の所に昨日の報告に行った。そこで儂が決めた事は、一年二人の異例のレギュラー指名。
部員達はかなり驚いた、やけどあの実力は既に実戦で通用すると誰もが認めてた、文句も何も言わせへん。
人生、思い通りにはいかん。せやけどその場その場の出来事に柔軟に対応するのは大事やで?
それでより美味しい蜜が吸えるなら、尚更な。
「火神、青峰は朝練来るんか?」
電話を切った後輩に尋ねると、困った顔をしてから「今、起きたとか言われた……です」とか言った。だが、それもいつもの事なので「気にすんなや」と声をかける。
「にしても、青峰と自分ほんまに仲ええなあ」
「そうでもないっす。青峰は俺よりも桃井のが多分、仲良いし。他にも桜井とかに弁当たかってたりして。あっ、でもこれは酷いから止めさせようって思うんだけど、どうしたらいいっすか?」
「ん?まあ火神が一回注意してみ。桜井のあの性格やと多分、気にしてへんと思うけど。青峰もお前が言う事やったら、ちょっとは耳貸すやろ。アカンかったら儂のとこまでおいでや」
そうアドバイスしたら素直に頷く、そやで真面目な聞き分けええ子は好きやで。その可愛いままで居てもらうためにも、ちゃんと甘い餌をあげとかななあ?
「青峰の我儘は今に始まった事とちゃうけど、止められんのは儂や桃井の他にお前くらいしかおらんわ、だから頑張ってや」
そう言って火神に小さな甘い包みを渡す。火神はその包みを受け取って「Thank you!」と現地で養っただろう、綺麗な発音で礼を言う。
「溶ける前にはよ食べ」
「あっ、はい」
勧められて包みを開けると、すぐに溶けてまう菓子を口の中へ放りこむ。ゆっくりと舌の熱で溶かされている甘いチョコレートを想像し、喉の奥で少しだけ笑う。
ええの?そんなに簡単に食べてもうて。
「火神」
「はい?」
「お前の事は頼りにしてるさかい。頑張りや」
「はい、ありがとうございます」
イイ笑顔やね、ほんま可愛い奴やで。
部活の練習をサボる青峰は、授業もようサボってるらしい。火神は授業態度はよろしくないようやけど、寝てても出てるだけマシや。アイツの場合は、まず授業におらんらしいからな。
という事で、自習になった教室から抜け出して可愛い後輩の様子を見に行く。桃井からの報告で、屋上がサボりの定位置なのは知ってるんで、迷う事なくそちらに向かう。
もしかしたら授業に出てるかと思ったけど、そんな事はなく、青峰は屋上で寝ていた。
「あんなあ、いくらお前がスポーツ推薦で部活で結果残しても、出席日数足らんかったら進級はでけへんねんで?」
「あっ?うるせえなあ、こんな所まで説教しに来んなよ」
っていうかアンタもサボりじゃねえか、なんて尊大な口をきいてくるが、先輩は懐が広いから許したるわ。
「ウチのクラスは自習なんや、青峰は違うやろ?」
「別にいいだろ?それに、出席日数に足りるようには出てる。どっかの真面目な馬鹿と違って、分かんねえ事を分かんねえまま聞いてられるかよ」
相変わらず俺様やな、まあええけど。
「まあ、別にサボりを注意しに来たんはついでや。お前にお願いがあっただけや」
「お願い?」
「次の練習試合に火神は出せへん、お前の実力は知られてるけど火神はまだどこもノーマークや、インハイ前に下手に実力を晒すよりは、こちらとしてはとっておきの隠し玉にしておきたい」
「隠し玉ねえ、でもそれだけじゃないんだろ?」
流石にバスケの事やと頭の回転早いな。
「勿論、今年は他校にお前の元チームメイトがおるからな。お前の実力は認めるけど、お前が試合に出られへん時にアイツ等に対応できる力が欲しい。そうなると、適役なんは火神しかおらんやろ?」
だから、と青峰に向けて笑いかける。ちょっと人の悪い方の笑顔や。
「本番までに、火神が他のキセキと渡りあえる力付けてくれ。その為に、お前が火神を鍛えろ。一対一で」
そう言うと青峰の目が輝いた。やっぱりお前、火神の事だぁいすきやな。
「俺でいいのかよ、同じ一年生だぜ?」
「お前しかおらんやろ。頼むで」
ニッと笑うと、青峰も餌もろた獣みたいに笑いよった。
そんな相手にブレザーのポケットから小さな菓子の包みを出し、やわらかく軌道を付けて放る。上手いこと受け取った相手は「んだ、コレ?」と尋ねた。
「チョコレートや、ちょっとしたお礼な」
自分も中から一つ拾いあげて口に入れる。これでコイツも疑う事なく食べてくれるやろ。
「チョコレート持ち歩くって、女子かよ?」
そう言いながらも、包みを解くと口に入れた。読み通りの行動してくれて、ありがたいわ。
甘い俺を口の中で溶かしながら、青峰はこちらを見つめる。
「なあ今吉サン、俺に任せるって事はさ……アイツの事、もらっていいのか?」
うん?おかしな事を言うな、青峰。
「欲しいなら持って行き、別に火神は儂のもんちゃうし」
「へえ、じゃあ遠慮なく貰うぜ?」
貰えばええやん、お前の好きにし。
それが本当の、お前へのご褒美やし。
「今吉先輩、俺も試合出たいっす」
ウチとある高校の練習試合に来た帰り。火神は恨みがましい目で見てくる。そりゃあ折角レギュラーに決まってるのに、試合に出られへんのは悔しいよな?
でもな、それはあかんねん。
「火神、お前はウチの隠し玉やって何度言えば分かってもらえるんや?言うてしまえば、最終兵器やで。そんな簡単にお披露目したないねん。お前が登場するのにとっておきの場面用意してんやから、もうちょい待ちぃや。そもそも、普通は一年の最初に試合は出られへんねんで」
「でも青峰は……」
「俺はお前のセンセイだからな、見るのも勉強の内だろ?」
そう言って火神の頭をぐしゃぐしゃに撫でる青峰に、火神は少し怒ってその手をどけようとすると、青峰は火神の肩に腕を回し抱き寄せる様にして、無理に頭をかき回し始める。桃井が「火神君が困ってるでしょ」なんて注意をして、ようやく解放されて息を整える火神、それを見て笑う青峰。
こんな光景に既に慣れてる儂等ってなんなんやろな?
当初、青峰は気の乗らん試合には来へんのではと思ってた。それが火神という存在のおかげで試合にも、来ないと言っていた練習にも顔を出す。しかも前のように楽しんでバスケを楽しんでしてるみたいだと、桃井は喜んでるし。
お前はウチの救世主やな、火神。
「でも今吉先輩、普段の練習と試合じゃやっぱ違うし、俺が試合出た時チームワーク乱れたりしねえのか?です」
「それやったら大丈夫やで、青峰を見れば分かるやろ?アイツにチームワークの一文字でも頭にあれば、あんなプレイはでけへんって」
そう言われてしまえば、火神は口を閉ざしてしまう。反論しづらいんやろうな。
「青峰のようになれとは言わんよ。でもな火神、ウチは好き勝手動き回る我儘な男には慣れてんねん、お前が入ったってその我儘に付き合えるで?」
そう言って頭を撫でてやると、不満そうだけれども「分かりました」と小さく頷く。
そうやで、聞き分けのイイ子はだぁいすきや。
「物分りのいい火神君には、ご褒美あげよか」
鞄を開けて取り出したのはチョコレートの包で、既にそれにも慣れ始めた火神は「Thanks」と言って菓子を受け取った。
「あっ、また餌付けされてんのかよ火神」
横から不機嫌そうな青峰の声が飛んでくる、餌付けとか失礼やね。
でもな、ただの餌付けよかずっとこれはタチ悪いって、気付いてへんのかな?
「っていうか、アンタ何でいつもチョコなんて持ってんだよ?」
「糖分補給に一番いいからや。じゃあ、試合で頑張ってた青峰にもやるわ」
いらねえよと言う相手に無理やり押し付ける、顔をしかめたものの、美味しそうに頬張る火神を見て、溜息をついてから自分も口に放り込んだ。
俺も一粒、口に運ぶ。
甘い物は大好きやで、だって、幸せになれるからな。
「火神、都の予選大会からお前を試合に出す予定や」
「えっ?」
おお、ビックリしてんな。そこから広がる嬉しそうな笑顔に、自分も頬が緩むのを感じる。青峰の奴も「良かったじゃねえか」なんて笑いながら火神の背を叩いてる。
「言うとったやろ、お前を出す舞台はしっかり整えてるって。何せキセキの世代が二人もおるわけやし、青峰やって全員相手にすんのはキツイやろ?」
「ハッ!誰とやっても俺が勝つっつうの!」
「でも、火神がおるだけで戦況は良くなるやろ。存分に暴れや」
「はい!」
嬉しそうやな、ほんまに。そういう子犬みたいな顔、好きやで。
馬鹿正直で、真っ直ぐで。可愛いウチの大型の獣。
「そうと決まったら、明日から特訓だな」
「特訓って、お前と1on1するだけだろ?」
「それだけで充分だろうが、お前、絶対に入学した時からめちゃくちゃ実力付いてるからな」
きゃいきゃい騒いでる、獣が二匹。
「なあ、青峰と火神って正直……ホモっぽいッスよね」
「はあまあ、付きおうてるしな」
「は?…………はぁああああああ!?」
煩いわ若松、とか思ったけど口には出さへん。面倒やから。
「ちょっ待って下さいよ今吉先輩!あの二人が付き合ってるとか、いや、ちょっと仲良いとか思ってまたしけど!んな事、マジでありえるわけがねえっしょ!」
変な噂信じてどうすんだよ、みたいな事言うてるけどな、自分から振った話題やないか。
ミニゲームをやって休憩にしよかと声をかけたのに、動き足りないのか、二人のプレイヤーはもう待ってられないと勝手に1on1を始めていた。遊びとは思えない試合をする二人が使用するコートを見つめ、溜息を吐く。ほんまに、アイツ等の体力って底なしやな。桃井に言って、基礎練習のメニュー作り直しさせよう。
「ってか先輩、マジじゃないッスよね?」
「ああ?青峰と火神なんてウチの中ではもう既に公認カップルやろうが、今更になって何言うとんねん」
「どっせーい!」
持っていたボールをコートに居る二人に向けて投げる若松。お前は何しとんねん、見ろや、青峰がめちゃくちゃ機嫌悪い顔でこっち見とるやないか。
「何すんだよ?」
「おーい!お前達、ウチの部は恋愛禁止……」
「若松、そんなルールないで」
「なら俺が作る!今日からだ、部内恋愛禁止だからな!いいな!」
いいなって、なあ。お前も自分勝手な男やでほんま。ほれ見い、他の部員共が何の騒ぎかって不思議そうに見てるやろうが。
まあええわ、これで青峰と火神は付きおうってるらしいという噂が、真実味を帯びてくるってもんや。
機嫌悪そうな青峰の顔も、恥ずかしいのか真っ赤になってる火神も、これを真実だと周りに印象付けるだけの力を持ってる。
「あの若松先輩!俺、別に青峰と付き合ってるわけじゃねえけど?」
「嘘は止めろ火神。というか青峰とは止めろ!どんなけ気が合おうとコイツだけは駄目だ、絶対に駄目だ!」
おいおい、お前ほんまに騙されやす過ぎやで若松、こんなん将来が心配やわ。
「つーか人の恋愛にまで口出すなっつーの」
「おい青峰!先輩に対して何だその口調は!というか、お前やっぱり本当に……」
「あー?そんなん見て分かるだろうが」
そんな事言うてええんかあ?見ているこちらのご想像にお任せしたら完全にお前達、黒やで?
それを証拠に若松はわなわなと震えている、こんなに簡単に話が進むと、不安になる暇もないくらいに面白いわ。
火神は説得というか説明をしようとしているが、もう無駄やで。
一度付いた強いイメージはそう簡単に消えてくれへんで、それにな、青峰は最初からそのつもりやったんや、お前のこと、本気で欲しがってるからな。
お前達は完全に黒やで。
「本当に勘弁して下さいよ」
監督に呼ばれて残ってた儂が更衣室に戻ると、どうやら自主練をして残っていたらしい火神が居て、目が合って開口一番にそう言われた。何について勘弁してほしいのか、予想はついとるけど、とりあえず「何が?」と分かってないふりして尋ねる。
「今日の若松先輩の、あれ今吉先輩が変な冗談言ったんでしょ?」
信じたらどうするんだ!なんて涙目で言うけど、お前それ止めや、可愛くて襲いたくなるわ。
「ええやんか、別に誰も本気にしてないて」
「でも若松さんが……」
「アイツは阿呆やから。でもお前達の距離が異常に近いのはほんまの話やし」
そう言ってやると、火神はちょっと赤くなって目を伏せる。
ふーん、青峰良かったな。これは脈有りやで、しかもそろそろ釣り上げられるわ。
「変ですか、やっぱ俺と青峰って?」
「別に変ちゃうで、仲ええんは良い事やし。むしろ噂を肯定して笑い話にでもしたったら?誰もお前達が本当に付き合ってるなんて思ってないんやから、ええ笑いが取れるで」
「面白がってもらえれば、問題ないのか?です」
そう尋ねる火神に、鞄のポケットから常備している菓子の包を取り出す。
「ええか火神、お前達はこのチョコレートみたいなもんや。こうやって包まれて見せられている内はな、匂いで人を寄せ付けるんや。でも中身が見えへんから集まった奴等は、あれこれ面倒な事を勝手に考える。せやけど、これを解いてみいや」
包装紙に包まれたチョコレートを解くと、そこにあるのは甘い塊。
「中身が分かればな、人は安心するんや。それでな、これを食べてもいいって言われたら、食べるやろ?食べてしもたら、無くなってしまうな?」
「はい」
「そういう事や」
と言っても火神はどういう事なのか意味が分からなかったらしい、相変わらず不思議そうな顔で首を傾けている。
「包まれたチョコレートと一緒なんやって。黙ってたり、違うって言ったりしてるから、何か隠してるんちゃうかって変に考えられんねん。だから逆に開き直ってお前達が、そうや付き合ってるんやけど、って言って笑い飛ばしてみ。一緒にその場で何人かが笑って、それでしまいや。食べられてしもたら、無くなってしまうんや」
大衆に安いお菓子を大盤振る舞いしてやればいい、楽しんで食べられて、はい終わり。
恥ずかしいのなんてほんの一瞬の事で、それを過ぎてしまえば人なんて別に気にもとめなくなってしまうんやから、ちょっとだけ我慢し。
そう言って励ますと、火神はどうやら納得したらしく「そうですか」と胸の支えがが取れたように、綺麗に微笑んだ。
どこか寂しそうに見えんのは、やっぱりそういう思いを引きずってるからかね。これは青峰の方も煽っておこう。
「ほれ火神、口開けてみ?」
「えっ?あの」
「ほれ、あーん」
声に出して言ってやると、火神は「あーん」と声に出して言ってくれる。ほんまに正直なええ子やわ。
取り出したチョコレートを無防備に開けられた口に放ってやり、ニッコリと微笑みかける。美味いか問いかければ首を縦に振った、お前は甘い物好きよな。
だから、いっぱいあげたなんねん。
「なあ知ってるか火神」
「何すか?」
「チョコレート食べてる時はな、キスしてる時の四倍、脳は気持ちイイって思ってるらしいで」
そう言うと、火神は真っ赤になって噴き出しそうになり、抑え込もうとした結果ゲホゲホと盛大にむせ返った。なんつーか、お前はほんまにアメリカ帰りなんか火神?何でそんなにピュアなん?
「ちょっ!先輩、人が物食ってる時に何を……」
「面白いかなと思ったんや、まあ儂は絶対にキスの方が気持ちいいと思うんやけど。
どうする火神、試してみるか?」
「えっ!」
おおビックリして顔真っ赤にしよって、ほんまにお前は感情が簡単に顔に出るな。
「本気にした?そんなん、冗談に決まってるやろ」
火神は可愛いなあと言って頭を撫でてやると、更に顔を赤く染めて火神は「ジョークにも程があるだろ!……です」と怒鳴った。うるさいで、近所迷惑になってまうやろ。
「しゃあないやん、火神が可愛いんが悪いんやで?」
ほんまにな。
昼休み、屋上に呼ばれたので行ってみると、天気がいいのに居るのは呼び出した青峰一人だけやった。
コイツは人との協調性ないさかい、関わらんのが一番やって思って、誰もあんまり近寄らんらしい。触らぬ神になんとやら、おかげで屋上はすっかりコイツ一人だけのものや。
違うか、コイツに誘われて火神もよう来てるらしい。授業はサボらんらしいけど。
呼び出した相手に「よう」と挨拶すると、めっちゃ不機嫌そうな顔がむけられた。
「アンタ、いい加減に火神にまとわり付くのやめろよ」
あのなあ儂は心の広い優しい今吉サンやけど、流石に後輩にアンタ呼ばわりされるのはちょいとばかり頭に来るで、せめて名前呼びして欲しいわ。
「別に、誰も付きまとってるつもりはないけど?」
「嘘つけよ今吉サン、なんだかんだ言って火神の事をほだしてる癖に」
「それはお前も悪いわ青峰、自分のにするんやったら早い事してしまい。舞台はしっかり、整えてやったやろ?」
だが儂が火神を気に入ってるのに気付いているので、この言葉もコイツには随分と疑われている。でもな、儂が狙ってるんは火神だけちゃうし、お前自身もう少し警戒心が必要やって思うけどな、青峰。
「はよしな、待ちくたびれた火神が他の男になびいてまうかもしれんで?」
「お前……」
そう怖い顔で睨みなや、お前も綺麗な顔してんのに台無しやで?
ポケットからチョコレートの包を出して、青峰に差し出す。またかという顔してる相手に「少し落ち着き」と言うと、黙って中身を口に運んだ。
「お前も火神の気持ちくらい、知ってるんとちゃうの?」
「火神の気持ちって」
「アイツ、お前に惚れてるやろ」
そう言ってやれば、青峰は目を見開いて呆然とした顔をしよる。なんや、気付いてなかったん?
「火神が、俺に?」
「儂が見たところ、やけどな。お前の事話してる時の火神、可愛過ぎて襲ってしまいそうやで」
「テメエ」
「ほんまの話や、アイツ無意識に色んな奴に色気や可愛いげ振りまいてるからなぁ、そのままにしとったらばっくり喰われるで?それが嫌やったら、はよ自分の名前書き」
そう言うと、青峰はムッとした顔をしたものの。どうやら儂の言う事の方が正しいと判断したらしく、それ以上は騒ぎ立てへんかった。そうやで、頭の良い子はだぁいすきやで?
「ええやんか、お前と火神はお似合いや」
手を伸ばして高い位置にある頭を撫でたって、笑いかける。
「今吉サン、アンタは何がしたいんだよ?」
眉間に皺を寄せた難しい顔した青峰は、真剣な声色で問いかける。
それ、君が聞いてしまうの?
どうしよっかなあ、教えてあげよっかなあ。
「目の前に二つ菓子を出されてな、好きな方食べていいって言われたら、お前はどうする?」
「はあ?食べていいなら、そりゃ食べるけど」
美味そうな物だったならと付け加えるあたり、コイツも我儘なやつよな。
「儂もそうやで」
「だから何だよ?」
「ただしな、ほんまに食べたい物やったら両方とも食べる。いらんかったら、どっちも食べへん」
「いや、それ結構当たり前なんじゃねえの?」
そうか?そうでもないで。
だって、好きな方食べていいっていうのは、暗に一個しか食べられへんって意味やからな。それを両方もらうには、それなりに手を尽くさなあかんねん。
『ルール違反』を『特別ルール』に変えなあかんからな。
「美味しそうやけど、今は食べる気ないねん」
「だから火神に手は出さねえって?」
「まあ、そういうこっちゃ」
そう言って楽しい時の笑顔を作ってやれば、青峰は「不気味に笑うんじゃねえ」ってまた可愛げのない事を言いよる。
まあ、そういう反抗的なとこが可愛いんやけどな。
青峰と火神がほんまに付き合う事になった、っていうのは本人達は黙ってるけど、すぐに分かった。
ちょっとした雰囲気の違いやけど、気付く奴はおるんやろうな、例えば……。
「大ちゃ……青峰君と火神君、本当に付き合っちゃたんですね」
ずーと傍におる幼馴染みとか?
「なんや、やっぱり寂しいんか?」
「別にそういうんじゃないんです、意外ってわけじゃないんですけど。うーん、やっぱりビックリしたのかな?」
「桃井らしゅうないなあ、女の勘は今回は働かんかったの?」
そう尋ねると桃井は不敵に笑って「いいえ、バッチリですよ」と言ってから、また顔を曇らせた。
「でもね、男の子同士でっていうのはやっぱり、ビックリしたっていうか。でも相手が火神君なのは、なんというか大ちゃんらしい、っていうか」
ボソボソと言葉を零す桃井は、メニュー表を書き込む手を完全に止めてしまっている。
「私にできない事、私に持ってない物を火神君は持ってるんだなって思ったんです。私じゃ大ちゃ、青峰君にあんな笑顔は戻せなかったと思いますし、楽しそうな二人見てると良かったって思うんです。だけど、我儘かもしれないですけど、私が何も力になってあげられなかったのが悔しくて」
困ったように笑うこの子は、ほんまにええ子やと思うわ。おっぱいデカいし青峰の好みにピッタリやろうに、何でこの子にはそういう目がいかんかったんやろうな、あの阿呆は。
「桃井には桃井にしかでけへん事があるやろ、青峰やって火神やって、それは分かってるはずや。ちゃんと仲間として、お前の事を頼ってくれてるしな」
「ええ、でもなんというか……特別になれなかったのが、悲しいっていうか寂しいっていうか。私、我儘ですかね?」
「ええやん我儘で、女の子はみーんな我儘でええねん。ずーと傍におったもん、自分が特別なんちゃうんかって思うのは普通やって」
可愛いマネージャーの頭を撫でてやって、儂はニッコリと微笑む。
従順よりも我儘なくらいが可愛いんやで、桃井ちゃん。
「あの二人の間の特別と、君の特別は種類が違うんやから比べたらあかんよ。それにあの二人は揃って抜けてることだらけや、周りに居る儂等で補わなあかん事がいっぱいある、そうやって一緒に居れるんは二人の特別やろ?ええやん、一人からの特別よりも二人から特別に思われてる方が」
「ふふ……そうですね。あの二人って、本当にバカとアホなんで。私がちゃんと付いてなくちゃ」
ええ決意やで桃井、それでこそウチのマネージャーやわ。
「でも先輩、先輩はそれでいいんですか?」
「ん、何が?」
「だって、先輩は青峰君と火神君、二人共お気に入りでしょ?」
笑う彼女の大人びた妖しげな表情に、女はほんまに怖い生き物やなあと改めて思った。特に彼女は、正面きって相手にするもんちゃうわ。
「そうやで。せやから桃井、お前のライバルは儂や。二人のことだぁいすきやさかい、二人の特別が欲しいんや」
柔らかく笑いかけて、ポケットから取り出したチョコレートの包を彼女に渡す。
「ほな、お疲れ様」
これ以上お前と話して、こちらの目的に勘付かれたら面倒やから。さっさと退散させてもらうわ。
青峰と火神の仲がいいのは、ウチにとってはもういつもの光景や。
儂はそれを見ても面白いけれど、勿論そうでない奴等も沢山おるのは事実。
レギュラー含めた一軍の奴等なんかは、アイツ等は仕方ないくらいの認識なんやろうけど、そこから外れた二軍の選手なんかはやっぱり面白ないんやろうね。
不穏な動きがあるらしい、という報告をしてくれたのは桜井やった。
「スイマセン、その……僕は、青峰さんに仲良くしてもらってると思ってるんですけど、他の人はその」
「パシられてて、鬱憤も溜まってるやろうって思われてるわけや」
「そんな事、本当にないです!青峰さんから酷い事なんてされてないです!でも僕がこんななんで、本当にスイマセン」
「それはええねんよ桜井、お前はそれでええねん」
「本当に僕生きててスイマセン」
あかん、話が進めへん。この謝り癖なんとかなれへんのかね、この子。
呆れつつも現状を把握するために、桜井の感情をなんとか刺激せえへんように気を使いながら話を進めていく。
それで、ソイツ等があの二人を揺すろうと考えたわけや。
男同士の恋愛っていうんは、色々と障害があるもんやからなあ。まあ前にアドバイスした通り、火神がというか青峰の方が「俺達付き合ってる」なんて笑い話にしてるらしいから、周知の事実ではある。
まあ、どれくらいが本気にしてるかは知らんけど。
それじゃあ面白くないから、暴力に訴えかけようっていう腹らしい。
なんつーか、分かりきったまでの阿呆なゲス具合やな。
「その、標的なんですけど……青峰さんじゃなくて、火神さんになるかもしれないんです」
何で、というのは聞かなくても分かる。何せ、アイツは火神にベタ惚れやし。
それが性的なもんやったら余計な。
火神、お前はほんまに不思議な奴やな。別に女顔ってわけでもないのに、男に抱かれるっていうのが想像できるねん。なんというか、男のくせに男に性的興奮を感じさせるっていうんは、凄い才能やと思うわ。
もし火神がその阿呆どもに何かされたら、どうなるか。
アイツはお人よしやから、簡単に言いくるめられるやろう。でもまず火神以上に青峰が切れるな、それで頭に血が上った青峰やったら、暴行事件ぐらい起こすやろう。そうなった場合、まあ少なくとも大会の出場停止くらいは受けるかな。
阿呆やな、アイツ等を抜いてウチが勝てるわけがないのに。そんな事も分からんくらい頭が無いとか、もう救いようあらへんわ。
しゃあない、消しとくか。
「教えてくれてありがとうな桜井、儂の方から監督に言っておく。後はこっちで監視して必ず始末するさかい、心配せんでええよ」
「はい。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる後輩に、一応、尋ねておく事にする。
「桜井、青峰がお前をイジメてないっていうのはほんまやな?」
「えっ!本当です!僕と青峰さんは友達です、青峰さんの命令だって冗談だっていつも笑ってくれますし、あまり酷いと火神さんや桃井さんが怒ってくれますし」
自分的にはイジられキャラやとそう思ってるわけや。うん、それで正解やで。
「僕は、青峰さんと火神さんと一緒にバスケできなくなるの嫌なんです。スイマセン」
「そこは謝らんでええで桜井、儂もあの二人とバスケでけへんのは嫌や」
教えてくれてありがとうな、と頭を撫でてご褒美にあの二人によく渡しているチョコレートを差し出すと、恐縮そうに受け取った。
「今吉先輩って、何でそんなにチョコレート持ち歩いてるんですか?」
糖分補給と毎回言ってるけど、この言い訳もちょっと飽きてきたな。まあ、ただのエネルギー補給やったら、他のもんでもええわけやし。
「脳を騙してんやよ」
「脳、ですか?」
「リラックス効果ってやつかな?そんなもんでもないと、騙してくれる相手はおらんからなあ」
騙す相手はいっぱいおるけどな。
二軍の方の様子を見てくるわ、と言って今日の練習は抜けさせてもらった。
たまには、様子を見に行かなあかんねん。良い選手が育ってる事もあるわけやし、そうでない事もままあるけれど、真面目に練習してる奴は嫌いとちゃうで。
ちゃあんと素直に従ってくれてる奴はな。
スポーツ選手にとって体は資本やけど、バスケは特に指が大事やからな。儂は基本、拳は振るわんのが信条やねん。
でも手は出へんけど、足は勝手に動くかもな?
なあんて事を、ポケットに手突っ込んだまま相手に笑いかけて言う。
「証拠はあがっとんねん、ウチのダブルエースに手を出したろうと思ったんやろ?」
足の下で汚くうめき声を上げる相手に尋ねるが、何も答えようとしないので靴のつま先をグリッと押し込んでやったら、更に汚い声が上がった。
あーあ、バッシュ汚れてしもたなあ。まあそろそろ買い替えようと思ってたし、丁度ええからコイツはお払い箱にするか。
練習が終わって体育館倉庫の整理を手伝って欲しいと、ちょっと五人に残ってもらった。
「お前等にちょっと話があんねん、他の奴には聞かれたないから後で残って」
どうやら何かいい話だと勘違いしたらしい奴等は、素直に従ってくれた。一から十まで全部、儂が作り上げた嘘やなんて気付きもしない。
倉庫の鍵を閉めて好きなだけ痛めつけてやった「儂に手を出したら、どうなるか分かってんか?」と声を低くして言ってやれば、怯えたように動けなくなる。
「何でアンタはアイツの肩を持つんだ?」とか「天才だからってあんな特別扱いでいいのか?」なんて戯言なんざ聞いていたないねん。
大体な、そんなん当たり前やろ?
「才能で差をつけて何が悪いねん。お前達五人なんかよりも、青峰一人がウチでは何倍もの価値がある。それだけの話や」
「でも部長!」
ほんまに面倒くさいわあ、物分りの悪い奴等の相手は。
お前等みたいなクズ、何人どうなろうがこっちは知らんっちゅうねん。
「しかも火神にも手を出そうとしたって?アイツは関係ないやろ」
「んで、だよ?アイツだって、青峰と一緒で生意気じゃねえか」
「俺達のバスケ見て、遊びでやってんなら止めろって、言って」
ああ、そう言えば前に言ってたな。
日本に帰って来てから、こっちのバスケにがっかりしたって。どいつもこいつも真剣にやってるわけではなく、遊びの延長でしかないって。
「だから俺、桐皇に来て良かったっす」
真剣にバスケができるから、本気で楽しいバスケがえきるから。
そんな可愛い後輩の笑顔に、そうかって言って笑ったもんや。
なんや、そうか。
「ほな火神の言うように辞めてしまい、それで済む話や。お前達がいなくなってくれれば、部の問題は一気に解決。どうせ遊びの延長やったんなら別に悔いも何もないやろ」
それに対して口々に反論してきよるけど、勘弁してくれや。虫以下の奴の言い訳とか聞きたないねん。この耳で聞くのは可愛い可愛い二人の後輩の笑い声と、我儘やで。
「こんなの不公平じゃねえか!」
「当たり前やろ、世の中はぜーんぶ不公平なんや。そういう風にできてる。人類みな平等、人は宝なんて世迷いごとを、まさか信じてはおらんやろ?」
踏みつけていた頭から足を退けて、その体を思いっきり蹴りつける。
「クズはクズらしく、大人しゅう黙って地面に転がっておけばええねん。そうしたら、こっちだってわざわざ掃除しに来んわ。面倒な仕事増やさんといてえや、儂これでも忙しいねん」
見下して言い放つ。これはもう、原型分からんくらいボコッた方がええんかな?
明日の朝練はちょっと休ませてもらお、ちょっと今日はもうオーバーワークやし。
「これに懲りたなら、もうウチのエース達に手出そうなんて阿呆な事は考えんなや。そうそう、今日の事は誰にも言うなよ?言うたら今度は、退部だけではすまんで」
倉庫の鍵を開けて、外に出る。
汚れたバッシュを脱いで、体育館を出たばっかりの所にあるゴミ箱に放る。
さーて、監督に五枚の退部届を持って行くかな。
「君は少し、エース二人に甘いのでは?」
退部届を渡した監督に「この間の問題はこれで解決しましたわ」と言うと、溜息混じりにそう言われた。でも、素直に説明したりはせず「何の事ですか?」ととぼけておいてやった。世の中、聞かん方がええ事はいっぱいあるしな。
「苦労かけますね」
「いいえ、これも部長の仕事ですし」
ニッと笑いかければ、この人は無表情にこちらを見つめるが、何も言わず「これは確かに受け取りました」と言った。
二軍の奴等も、これで少しは練習しやすくなるんちゃう?まだまだ実力不足の奴はおるけど、青峰や火神に憧れて頑張ってる奴が一人や二人じゃない事くらい、部長は知ってるで。そういう奴等に、いい練習環境を与えてやるのも仕事やし。
「都の予選に火神君は間に合いますか?」
「ばっちり、青峰が仕上げてくると思いますわ。任せといてやって下さい」
「そうですか、ではそのように」
頭を下げて監督の前から失礼しようとした時に「今吉君」と声をかけられた。
「何ですの?」
「ジャージが汚れているので、染みになる前にちゃんと洗っておきなさい」
「これはあかんわ、失礼しました」
ほんまにあの人も食えんけどええ人やわ、一応は注意してきよるけれど、形だけで儂の行動を黙認してくれんやから。
強制手段に煩い奴は簡単な問題ですぐに部を潰してまうからな。
邪魔になるからと、職員室の前に置いておいた鞄を下げて、ゆっくり伸びをしてから校門へ向けて歩き出す。
もうほとんど生徒は残ってへんと思ったけど、外に出たところで元気良い声が聞こえてきた。運動部もほとんど解散した後やろうに、誰や?と思って近づいてみると、グラウンドにあるバスケコートで練習している二人の影があった。
なんや、最悪な日かと思ってたけど結構ツイてるんとちゃう?
下向きやった機嫌が、急に上昇してくるのを自分でも感じて思わず口の端が上がる。
「お前等、下校時間はとっくに過ぎとるで?」
音を立てないように近づいて行ってそう声をかけると、ビックリしたような声を上げて、二人一緒にこちらを振り返った。
「ちょっ、驚かせないでくれよ今吉先輩!」
ちょっと顔を赤くして言う火神。惜しいなあ、もうちょっと街灯の光が明るかったらもっとその顔がよく見えんやけど。それに対して青峰、お前はやっぱり黒すぎや。この距離で表情が全然見えへんとか、ウケるわ。
「こんな暗い所でバスケなんかようやるわ、ちゃんと申請してくれたら体育館くらい開けたるのに」
「だって、俺等のために体育館開けてもらうの……なんか悪い気がして」
「大丈夫や、火神も青峰もウチでは特別やから。監督からも大会までに火神は仕上がるか心配されたから、言ってくれたらいくらでもなんとかしたる」
お前達二人のためやったら、何でもしたるって。
「でもよお火神、流石にそろそろ見えねえだろ。腹減ったし帰ろうぜ」
「あっ、おい青峰!」
どうやら儂が来た事で興がそがれたらしい青峰は、コートの端に置いてあったスポーツバッグを取りに行く。ついでに火神の鞄も肩に下げて戻って来ると、帰ろうぜと相手の肩に腕を回し歩き出した。
うーわー、儂めっちゃ部外者。
「ちょっと、部長を一人にせんといてえや」
そんな二人の間に体を割り込む儂、めっちゃ邪魔者。でも面白いから止めへんけど。
「おい、退け今吉!」
「せめてさん付けしいや青峰、あんまり生意気言ったらあかんで?」
「ちょっ!青峰も今吉先輩も何なんだよ?」
腕組んでやったらビックリしたようで、逃げようともがくけれども、そんな事を許すと思うか?それはもうしっかりホールドしてやったわ。二人ともな。
「あー、これは両手に花やね」
「両手に花?」
「止めろよキモイ、自分より図体デカい男にんな言葉使うな」
俺よりデカいっていうのは悔しいけど、まあ認めるしかないか。実際に二人とは十センチくらい違うからなあ。何なん自分等、頭にいく栄養が完全に体の成長に回されたん?
でもなあ青峰、一応言っておくけどこれは両手に花で正しいで。
何せ、儂にとっては二人は可愛い子やからな。
「やーな事あった先輩を慰めてえな、火神」
お前達のためにした事やし?
「はあ?何なんだよそれ、っていうか慰めるって何するんだ……ですか?」
「んー?ほっぺちゅーかな」
「はっ、はぁ!」
「おい今吉、テメエ調子乗るなよ!」
調子乗るなって、それはお前は青峰。敬語の事、ちょっと忘れ過ぎやで。
「ええやんか、アメリカ流の挨拶ってやつを受けてみたいだけやって」
「黙れ、つーか火神も離れろよ」
「離れろって!だって今吉先輩が離してくれねえじゃん」
無理に話して怪我したら面倒だとか思ってくれてんか、二人とも無理に引きはがそうとはせえへんからな。何だかんだで青峰も優しい奴やねん。
「そうや、二人には言っておかなあかん事があるんやけど」
真面目なトーンで返すと、途端に暴れるのを止める。そうやで、人の話はちゃんと聞こうな?
「あんまり生意気な発言してると、その内に痛い目遭うで?口は災いの元やからなあ」
そう言ってやると、二人揃って首を傾げた。どうやら心当たりはないらしい、そういう所が恐ろしいわ。
「自分達はウチにとって必要な人材やねんから、自分の身の回りには気をつけやって事な。どーでもええ事で、因縁つけられるのは面倒やろ?」
そう言うと青峰は何事か分かったらしい、火神はまだ不思議そうな顔をしていたものの「うす」と返事を返した。まあ、注意して治るもんではないやろうけど、釘差しておくのも必要やろ。
二人から腕を離して、鞄からいつもの包を取り出す。
「お前達はウチの特別なんやで」
再度、それを確認させて二人の手に菓子を握らせて、「それじゃあ、失礼させてもらうわ」とニッコリ笑い、二人に背を向けて歩き出した。
まあ、仕事としてはこれくらいで充分やろうし。あんまり人の恋路の邪魔したると、馬に蹴られてまうからここまでにしておこうと思った。
儂ってほら、優しいから。
残された二人はまた何かぎゃいぎゃい騒いどるけど、まあいつもの事やし放っておこうと思ったら、ふいに静かになった。
ん、どうしたんかな?と振り返って見ると、青峰が火神の事を引き寄せて……どうやらキスしてるみたいやね。
そこそこ距離を取ってしまっていたのと、かなり暗かったのではっきり姿は見えないけれども、まあシルエットになってても二人が立ってる事くらいは分かる。その二人のシルエットが重なってるんやから、まあキスしてるんでええやろ。
あーあ、見せつけてくれんな青峰。まあ、わざとなんやろうけど。どうしよ、明日の朝練やっぱり出て火神をからかったろかな?青峰の方に言ったら、惚気られるだけやろうしなあ、まあそれも楽しいけど。
恐らく、手を出すなって警告してるつもりなんやろうけど。そんなんで、止まるとか思ったんか?
そんなに甘ったるい匂いふりまいておいて、それはないで。
なあんか、甘いもん食べたなってきたなあ。そう思って、鞄を開けて箱を確認してみたけれども、どうやら二人にあげたんが最後やったらしい。
しゃあないなあと、学校の近くにあるコンビニに寄って入口にあるゴミ箱に空き箱を捨てて、中に入る。いつも買っている個別包装されたチョコレートの箱と、板チョコを一つ手に取ってレジに向かう。すっかりこの味に慣れてしまっている、けれども飽きはまだこない。
コンビニから出て袋から板チョコの方を取り出し、包装紙と銀紙を外すと噛みついた。パキッという小気味良い音を立てて割れたそいつを口の中で溶かしながら、歩いて行く。
可愛い二人に何度も与えているその幸福な味に、思わず頬が緩む。
甘ったるくて、ゆるやかに溶けていくこれは、心を懐柔する味。
そう、降服の味や。
もう一口、大き目に齧りついて笑う。
「騙されたらあかんで?」
二人を思い返して零してしまう言葉は、警告や。
簡単に心を許してはあかんで、だってな、チョコレートみたいに簡単に溶けたら面白ないやん。
もっと、じっくり味わって食べさせてえや。
毎日食べても飽きんくらいに、依存してしまえ。
気づいた方もいるかと思いますが、これの作業BGMは『腐れ外道とチョコレゐト』です。
あれを聞いていたら、ふと今吉さんが頭に浮かんできたので。なんつーかむっ君とは別の意味で、今吉さんってチョコレート似合いそうだなって思ってしまって。
これ、彼がチョコレート嫌いだったら私がつむ……。
2012年9月5日 pixivより再掲