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色恋営業はNGなんで

「なあ聞いてくれよ」
「フラれたんすね」
 そうなんだよと涙ながらに語る男の相手をするのにも慣れた、初めて拾ってから何度目か数えていない来店理由を聞き流す、失恋の鬱憤を晴らすためなのか上等なボトルを入れてくれるので、無下に扱うこともできない。
 涙混じりに今回の大恋愛について語る相手の聞き役に徹し、どれほど魅力的だったのか出会いから告白、そして玉砕に至るまでの道筋を語っていく相手に相槌を入れつつ、どんどん空になっていくグラスに酒をついでいく。
 金髪のイケメン、しかも大手企業の敏腕営業マンだと聞いているものの、なぜか毎度のごとくフラれるという男、ローランはすっかりウチの名物と化してきている。女性にフラれて慰められにクラブへ来るなら、もうちょっと別の意味で華やかなとこへ行けばいいのにと思うんだけど、まあ太客であるのに違いはないので口には出さないでいる。
「今回こそは運命の人だって思ったのに」
「前も同じこと言ってたろ」
 別に高望みをしてるとは思わないけど、単純にアピール方法が間違っているのか、相手側に断る理由があるのか、とかくこいつの恋路は常に困難が立ち塞がって、派手に玉砕してくるまでがセットになっている。たまに連れて来る同僚いわく、昔からそうらしく筋金入りの恋愛音痴らしい。
 よっぽど恋愛運に見放されているのだろうか、前に来店した際に、多少は心持ちも変わるんじゃないかと縁結びで有名な神社のお守りをあげたんだけど、ご利益ともども敗れ去ったらしい。気を使ってくれたのにごめんなと謝られるけど、俺よりは神さまに謝ったほうがいいんじゃないすかねと返す。
「もしかしたら、他人が勝手にお願いしたのが悪かったのかもしれねえんで」
「そんなことないぞ、自分で行ってみてもダメだったし」
 他のお願いは叶えてくれる、でも恋愛に関するお願いだけは一度でも実ったためしがないんだと言い切るので、それは他の願いに運勢吸われてるせいじゃないっすかと返せば、圧倒的に恋に関わる願いごとしかしないのに、他の願いに使われてるのは、なんだか釈然としてないと涙混じりに語る。
「なにが悪いんだろうな」
「カッコいいのにな」
 泣き顔はお世辞にもイケメンから離れているものの、元の顔立ちは本当にいいのは確かなのだ、俺よりもずっとこういう場所で働くのに向いてそうだなと思う程度には。
「そんなこと言ってくれるの、きみだけだぞ」
「あんたのとこの同僚は顔も見慣れてるでしょ」
 珍しさがなくなると、細かい傷が気になってくるっていうパターンだろ、他人から求められる理想が常人の何倍にも跳ねあがってるわけだ、そういう意味じゃ顔がいい奴っていうのも損だよな。
 空いたグラスを下げて薄めの水割りを作っていると、女性を口説くときどうするんだと寝落ちしそうな声で問いかけられるので、俺に聞いてどうすんだよと呆れ気味で返す。
「だって、普段から女の子の相手してるんだろ?」
「仕事上は一応そうっすけど、でもこんななんで、人を褒めるとかあんま得意じゃねえっていうか」
 いわゆる色恋営業はウチでは禁止だ、人間関係はこじれたときにトンデモない厄災を振りまく、だから絶対にダメだというのがオーナーの意向が反映されている。とはいえ仕事柄、気分よく話をしてもらうためには色々と気は使うもんだけど。
「やっぱモテるんだな」
「いや、そういうわけじゃねえっすよ、話しててやな奴にならないように気を使ってるってだけ」
 話をするよりも、聞き手に徹することのほうが多いからだ、あくまでも主体で話すのはお客さまなんだから、相手を邪魔しないことって大事なんだよな。
「でも褒めるときはあるんだろ?」
 きみを指名してくれる人は、少なからず会って話がしたいからそうしてくれるんだろ、魅力的だって思われるだけの理由があるんじゃないのか。
「教えてくれよお、モテる秘訣」
「そんな偉くねえっすよ、それにローランと話てるときは普通のダチとしてるときと、ほぼ変わんねえし」
 こんな対応で女性客に接したら絶対に怒られる、指導されずに済んでいるのは相手がおまえだからだ。特別待遇といえばそうだろう、男の指名客がそもそも珍しいからなにもかも特例で許されてるわけだけど。
「俺って特別?」
「そりゃそうでしょ」
 それはちょっと嬉しいなと顔をあげて、新しいグラスに口をつけるので、友達と家飲みしてんのと変わらないんじゃないかと聞けば、失恋話を聞いてくれる友達のほうが珍しいんだよと言う。
「失恋中にクダ巻かれると面倒だってさ」
 ひどくないか、こっちは心が砕けてる最中なのにさと言うけど、だっておまえ本気で酔っ払ったら脱ぎだすだろ、あれ毎回止めるの大変なんだぞ。
「別に、迷惑はかけてないし。いやかけてるのか、ごめん」
 でもなんでか脱ぐのは止められないんだよと、今日もすでにジャケットとネクタイを外している姿で言われるので、それ以上は本当に勘弁してくれよと念押ししておく。
「ダメ?」
「そりゃダメっす、他のお客さまの迷惑になるんで」
 そっかと再び項垂れる、さっき作った水割りをゆっくりと飲んでいるけど、薄いという反応がないのを見てる限り、今日はそろそろダメそうだなと判断する。
「もう帰る?」
「んー、もうちょっと飲みたい」
「いやダメでしょ、これ以上は危険だって」
 金曜だから明日は休みだしとゴネる相手に、週末だからってハメ外しすぎるのはあとで後悔するだけっすよと、水の用意を始めながら返す。
「だって、きみはまだ飲むんだろ?」
「いや、もうすぐあがりなんで」
 週末で掻き入れどきとはいえ色々と都合はある、今日は十二時であがりだからと言えば、なら奢るからもうちょっとつき合ってくれよと返ってくる。
「アフターっすか?」
「ああ、そうなるのか」
 相手が客である以上、仕事外で会うならアフターか同伴にはなる。誰に対しても規則を緩めるのはよくない、流石にそこは理解してほしいところなんだけど。
「きみがいやじゃないんなら、つき合ってくれると嬉しい」
「そっすか」
 売りあげに貢献してもらってる以上、断る理由はこっちにはない。ちょっと待っててくれよと声をかけ、上着をかけて後輩に少しだけ場を任せてバックヤードへ向かう。
 このあとアフター行ってきますと声をかけると、マジで言ってるのかおまえと呆れ顔のオーナーに、このまま飲み続けてあいつが全裸になりますよと返せば、アレを制御できるのはおまえだけだ、頼むから行政指導なんて入らないようにしてくれと念押しされる。
「どうなんすか、酔っ払いしかいませんよここ」
 通報するバカいますかねと聞けば、そうやって気を抜くと痛い目に遭うもんだ、そもそもトラブルなんて起きないほうがいい。
「出禁にはしないんすね」
「太客なのは違いないだろ」
 脱ぎさえしなけりゃいい客なんだ、そう脱ぎさえしなければ。完全な全裸は今のところ防いでいるものの、スラックスを脱ぐギリギリで停止させたのは今でも語られ続けている。早いとこ忘れられたいものの、あいつ自身がすげえ目立つ以上は中々に忘れ去られてくれないだろう、半分はもう諦めの境地にある。
「オーナーから許可出たんで、アフター行けるぞ」
 席に戻ってローランの隣に座り声をかけると、赤い顔をあげて本当かと緩い口調で問い返されるので、嘘ついてもしょうがないだろと反論する。
 ヤッターと喜んでいるけど野郎同士のサシ飲みだろうが、なにが楽しいってわけでもないだろうに、傷心の相手にとっては慰めてくれるだけでもいいのかもしれない。
 まだ飲む気なら少しはしゃんとしてくれ、おまえを抱えて歩くのは流石に無理だから、少しだけ酔いをさましておいてくれ、おまえの家知らないんだからタクシーで送り届けることもできないわけだし。
「わかった」
 ちゃんとする、待ってくれとジャケットに腕を通してゆっくりと着直すが、ネクタイはもう結ばなくていいかとカバンの中に入れておき、見た目だけは外に出ても問題ない程度に整えて、会計へ押しこんでおく。
 バックヤードに戻り着替えを手早く済ませて、裏手から店の入口へと向かえば、酔って顔の赤い相手が少し遠くを眺めて待っていた。こうして黙っていれば本当にイケメンなんだよな、と改めて相手のルックスに対して妬ましさを募らせつつ、待たせたかと声をかければふにゃと途端にイケメンの相貌が崩れるのを目の当たりにしてしまった。
「マンドリカルド、俺すっごい寂しかったぞお」
「それは、ごめん……っていうか近いから、いい加減にしろ」
 明らかに出来上がってる相手を連れて、入店を許可してくれるとこあるのかなとしばし考えて、あそこしかないかと迷惑になることを心の中で謝りつつ、行くぞと腕を引いて歩いていく。
 クラブからそれほど遠くないビルの中に入っている、こじんまりとしてるけど落ち着いた雰囲気のバーのドアに手をかけると、中からいらっしゃいと落ち着いた声の店主が出迎えてくれた。
「おや、お連れさんと一緒?」
「すんません、ちょっと面倒な奴ですけど」
「そうなの、とりあえず空いてるとこ座りなよ」
 落ち着けるとこ探してたんでしょと手招きされるまま、奥のカウンター席に落ち着き出された水をありがたく受け取る。
「知り合い?」
「お世話になってる人っす」
「昔からの知り合いってだけね、大したことはしてないでしょ」
 いやそんなことねえっすよとヘクトールさんに言えば、おじさんのことはいいから、そちらは同僚ってわけじゃないかと、見たことないもんねと問いかけられるので、俺の客ですと返す。
「そうなの、珍しいね」
「なんつーか色々とありまして」
 ウチの裏手で酔い潰れてるのを拾ってから、たまに来てくれるんですよ、野郎ばっかであんま楽しいとこでもないと思うんですけどと続けると、きみに会いに来てるんだから楽しいぞと、隣で柔らかく笑って恥ずかしいことを口にする。
「そういうことを言うなら、女の子相手にしろよ」
 なんで俺なんかに使っちゃうんだよもったいないだろ、でも本当のことだからさと真面目に言うので、話題を切り替えようとメニューを渡す。
「おまえの奢りだって言うから来たんで、自分で好きなの選びな」
「んー」
 なにがいいだろとメニューのページを眺める相手を置いて、イケメンの無駄遣いなんだよなと小声で悪態をつけば、聞こえていたらしく無駄にしたことなんてないぞ、そもそもずっと同じ顔で生きてるんだから使うもなにもないだろと不服そうに言う。
「顔のいい奴はみんなそう言うんだよ」
 ウチの奴だってみんなそうだ、だったらきみも顔がいいんじゃないかと言うので、俺は添え物みたいなもんでしょ。
「売り上げトップ3の常連が、なんか言ってる」
「そうそう、卑屈はいきすぎると逆に嫌味に聞こえるもんだから」
 気をつけなよと言うヘクトールさんに、ほらあと同意されるので、とりあえず注文しませんと再び話題をぶった切る。
「そうだな」
 じゃあとカクテルの注文をかける相手に合わせて、自分の分をオーダーすると、この子話のすり替え上手いから気をつけなよと、苦笑いと共に忠告する店主にやめてくださいよと返す。
「そんな器用じゃねえっす」
 そう言いながら片手を振ると、そうかいと信じていないように返して、注文した飲み物を作り始める。
「口ではそう言うけどさ接客やってるんだから、おまえさん常人よりずっと口達者なんだよ」
 こいつも営業なんでそこは変わらないと思うんだけど、仕事の話と恋愛どうこうは畑違いもいいところだろ、百戦百負けなんだよ俺はと涙目で叫ぶ相手に、そのルックスからは信じられないけどねとヘクトールさんは苦笑いしつつ、シェイカーを振って注文した酒を出してくれた。
「お待ちどうさん」
「ありがとうございます」
 とりあえず乾杯とグラスを合わせる、軽い音と共に口をつける相手は特に顔色は変わってない、ハンドサインがマスターに伝わっている以上、中身はノンアルになってると思うんだけど、相当に酔っているんだろうな。
 自分も流石にこれ以上は酒は入れられない、明日も仕事で頭痛がするほど飲むんだから、気を効かせてくれるマスターの存在はありがたい。
「なあ、俺ってなにが足りてないんだと思う?」
「見た目もいいし、仕事でも活躍してるみたいだし、酔っ払って脱ぐ癖さえなければワンチャンあるんじゃねえの?」
 そう言われ続けて何回負けを重ねてきたことか、もう縋れるものなら神さまでもなんでもお願いしたい。
「だから、いい口説き文句教えてくれよ」
「だからそういうのねえっすよ、俺がしてることっていったら、聞き役になることくらいでさ」
「じゃあさ、これから俺がきみのこと口説くから」
「なんで?」
「最後まで聞いてくれよ。とにかく口説くから、それでな、いいなあって思ったら教えてくれよ」
 じゃあ始めるなと言うと、あまり呂律の回ってない口で素敵だよとむにゃむにゃと話してくれるものの、歯の浮いた内容というか、あんまり心が子持ってねえなあとは思う。そのまま正直に伝えると、前にも似たようなこと言われた。
「俺、嘘言ってないのに、なんか信用できないって言われんの」
 なんか言ってて悲しくなってきたと項垂れるので、元の相手に対してどうだったかは知らねえけど、今は心から言ってるわけでもねえ口説き文句に、心が動くわけないだろ。
「嘘じゃない、俺はきみが好きだ」
 かっちりと目を合わせて真剣な顔で言うもんで、思わず反応が遅れた。息を飲むほどにカッコいいと思ったのだが、次の瞬間その相手はカウンターに沈むように寝落ちしていったので、たぶん明日には覚えてねえんだろうなと安心すると同時に、どうしろってんだと呆れの溜息を吐く。
「おーいローラン、奢ってくれるって約束だったろ」
 んんと声こそあるものの、反応があるってだけで意識はもう向こうへ旅立っているみたいだ、俺おまえの家知らねえんすけどと軽く揺さぶってみても、特別に反応は変わらなかった。
「仕方ねえな」
 すんませんお勘定お願いしますと言えば、タクシーも呼んだほうがいいかいと聞き返される、お手数かけますが頼めますかと聞けば、はいよと伝票を受け取りつつ帰り支度を進めてくれる。
「アフターなのにきみが支払ったら意味ないんじゃない?」
「いや、あとでしっかり払ってもらいますよ」
 友達じゃないからそこはきっちり分ける、距離感をミスったらこの仕事はやってけねえんで。
「そのお客さんに口説かれてたのに?」
「流石に、これはセーフじゃないんすか」 すっごい前に書いたクラブアルゴノーツの裏手でローランを拾った話の、その後のような話です。

あとがき
ローランが失恋で飲んだくれるのが、アルゴノーツの名物になりかけてるのが見たかった。
そのためにフラれてるのは、申しわけない限り。
続きで、徐々にロラマンになっていくと思われます。
2023/11/10

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