今日の小説7月

マンドリカルドと赤い靴

「こんにちは」
「はあ、どうも」
 突然ですがこちらをどうぞと、綺麗にラッピングされた箱を差し出されてえっと首を傾げる。俺は特になんも頼んでないっすよとミスクレーンさんに言えば、とあるかたからプレゼントです、お代などはすでにいただいてますので受け取りをお願いできますかと返される。
「えっと、中身はなんすか?」
 あなたが持ってきたということは服かなんかでしょうけど、そうしたら靴ですよという。靴の箱にしてはそこそこデカイんですけど、というかサイズとかどこで量ったんだろと疑問に思ってると、以前に夏の装束を仕立てたときの採寸が残っていましたのでそれを元に作成いたしましたといい笑顔で返される。
「それでは失礼します」
「ああはい、お疲れさまです」
 そうやって見送ってしまった自分を後になって呪った、なんで送り主を聞かなかったのかと。

「なにしてんだおまえ?」
「うるさい」
 いや聞くだろなんでそんな姿なのかくらいは、そう指摘したら半分ほど涙目になった相手が睨みつけてくる。
「もらったんだよ」
 そう言う相手が身につけているのは赤いブーツだ、ところどころ銀の装飾を施されたかなりメタリックなデザインの一品、それだけなら気分転換くらいに思うところなんだけど、問題は靴によって押しあげられた彼の身長だった。
 普段なら少し見下ろす位置にある視線が、俺とほぼ同じ高さまで伸びている。ということは履いてる靴の底がそれだけ厚いわけだが、華奢なまでに細いピンヒールで震える脚が今支えられている。こんな重厚感ある物体をどういう構造であれば支えられるのか不明だが、まあとかく本人は不服そうに俺を睨んでくるので、辛いなら脱いだらいいんじゃないかとたずねる。
「じゃあ手伝え」
「なんでだよ」
「一人で脱げねえんだよこれ」
 履くのは一人で出来たんだろと聞けば、部屋に落ちてたカードを指差すので、なんだよと不審に思いつつも拾いあげて中身を読む。
「これが無事に届いたということは、あなたはこの靴を履いてしまったんですね」
 なんだそれと疑問に思いつつ先を読む、これはある童話を元にして作られた劣化コピーであり、本人の意思で脱ぐことはできないこと、ただしあくまでも劣化した物語であるため、聖職者の手にかかれば呪いは解けるのでそのような人に出会えることをお祈りしております。
「追伸、靴屋も呪いにかかりそうとは知らずに編み出してしまったものですので、製作者を恨むのはおやめください」
 なんだそれと聞くと俺が知りたいと涙目で返ってきた、とかく呪いの類ではあるらしく蓋を開けた瞬間から履かなければならない、という使命感の下こうして装着して、結果として自分では脱げなくなってしまったようだ。
「なんでジャンヌさんとか、マルタさんとか、誰か呼んで来てくれ」
 聖女の祈りなら解けるだろうという相手に、しばし考えてからもしかしたらだけどと提案してみる。
「一応な、俺も聖騎士ではあるし大天使の加護とかついてるから、祈れば脱がせるんじゃないか?」
 そんなことできるのかと疑いの目を向けてくる相手に、ものは試しだって無理だったらちゃんと正しい聖職者を連れてくるから、おまえだって早いとこ脱げたほうがいいだろと指摘したら、確かにもう脚も限界だったと同意される。
「じゃあ失礼するぞ」
 彼の前で跪き、そっと両手を取って祈りを捧げる。しばらく静かな時間が流れていたものの、なにも変化なしかと思っていた矢先に仄かに光りを発するとバチンという音と共に彼を戒めていた、金属の金具が全て外れるのが見えた。
「おっ、いけたんじゃないか?」
「マジかよ」
 信じらんねえ、一人じゃビクともしなかったのにと驚きの声をあげる相手の片脚を取りあげて、ブーツの端を掴むとゆっくり下へずらしていく。
「うん、ちゃんと脱げそうだな」
 もう立っていることも辛かったんだろう、バランスを崩しそうになる相手を支えて、戒められている物体から解放していく。
 靴を履いていた部分は元の霊衣が溶けていたのか、膝下からの白い素足が現れる。
 しっかりと筋肉はつきつつも細くしなやかなふくらはぎと、普段は隠されているくるぶしと足の甲、そして形のいいつま先に至るまで特に怪我をしているふうでもなく、ただかなり長い時間立ちっぱなしだったのが影響してか、力は入らなくなっているらしい。
 片側を脱がせることに成功するより先に、椅子にでも座らせたほうがよかったなと思いつつ、なんとか片腕で相手を支えて不自然に釣りあがってバランスの取れてない片足からも、元凶たる靴を脱がせていく。
「ああ、よかった……ちゃんと脱げて」
「とりあえず贈り主は調べたほうがいいんじゃないか?」
 腕の中でぐったりする相手に指摘したら、後日相談してみますと言い、脱ぎしてたブーツを元の箱の中に入れてくれとお願いされた。
「とりあえずあんたは座りな」
 体を支えてやりつつ椅子に腰を落ち着けると、ようやく生きた心地がすると安堵のため息を吐いた、かなり長時間立ちっぱなしで脚がもう、言うこと聞きそうにないと力ない声で言うので、マッサージくらいならしてやるぞと返してやる。
「なんであんたが」
「まあ、よく世話になってるしたまにはな」
 そう言うと相手の足を再び手に取り、つま先から足の甲にかけてじっくりと手で血流をよくするよう撫でていく、次いで足首からふくらはぎにかけても全体を包むようにして撫であげていけば、んっと軽く甘い声があがった。
「結構気持ちいいだろ? それなりに評判よかったんだぞ」
「聖騎士ともあろう人が、誰に対してこんな跪いた格好でやってやったんです?」
「まあ大体は仲間だよ、鎧に身を包む以上はどうしても血流とかは問題になってくる」
 俺自身は派手な防具が不要な英雄ではあるが友はそうはいかない、疲弊する彼等または王のためになにかしら役立てることはないかと、身につけた術である。
「へえ、確かにそう聞くと結構、上手いよな」
「だろう、ほらもう片足もやってやるよ」
 右脚を下ろしてから、今度は反対側に触れて同じように撫であげて痛みを緩和させ血の流れをよくするように心がけながら揉めば、こんなこと騎士さまにやらせて申しわけねえっすねと照れたように苦笑する。
「なんの、おまえは誇り高きタタールの王子、いや王だろう? むしろ当然の扱いなんじゃないのか」
 そう言いながら足の甲に手を滑らせると、ふと見下ろしてくる相手の瞳が一瞬だけ怪しく光った。
「久々ではありますが、確かにこういう扱いは悪くないんすよね」
「気に入ったんなら、またやってやろうか?」
 触れている感じあんたの脚は結構好きだな、馬を操る者らしいすらっとした筋肉の乗った細身でも丈夫な、それでいてそういう細工物であるかのような真っ直ぐで美しい脚だ。
 そう返すとちょっと口の端を吊り上げてへえと意外そうに笑う。
「なんかもっと従順で可憐な女性が好きなのかと思ってたんですけど、もしかして勝ち気なタイプのが好みですか?」
「どうだろうな、可憐な女性はもちろん好きなんだが、こうやって無防備に脚をさらされると男女問わずちょっとクラッとこないか?」
 普段は人前に出さないものだったろ、よほど特別な関係でもなければ他人にはさらすことのない部位、そんな中で魅力的に映るものを惜しげもなくさらされているとあれば、まあ気分はいいだろ。
「趣味悪いっすね」
「人のこと言えるのか?」
 おまえこそ悪くないなって思ったんだろと指摘すれば、マッサージの話ですよ、あんたの手は温かいし力加減もちょうどいいってだけ。
「まあ二度とあれは履かねえっすけど、まあ普段から多少は高さある靴なんで、疲れたときにはお願いしようかな」
 ついっと俺の手から離れて、顎の下に足の甲が当たるように持ちあげてくるので、こちらも口の端をあげて差し出された白く丸い甲に向けて、柔らかくキスを落とす。
「きみが望むんなら、応えようじゃないか」
 ちょっと悪い顔をしていた相手は途端に顔を真っ赤に染めて、そこまでしろとは言ってねえよと足を引っ込めてしまった。せっかくだったのになあと思ったものの、もう大分とよくなったからと霊衣を編みなおしていつもの姿に戻ると、差出人不明の箱を厳重に紐で縛っていく。
「さっきの話、俺は本当にやってもいいぞ」 「はあ?」
「あんたの足が、結構好みだったってこと」
 変態と薄く笑ってみせる相手に知らないのかと、むしろ聞き返す。
「脚の美しさは、それだけで人を魅了するんだぞ」

あとがき
ヒールを履いた男の子からしか得られない栄養があるんです。
特に高いヒールを履いたときの足の甲が好きなんですが……ブーツだから出てないんだなあ。
2022年7月23日 Twitterより再掲

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