クラブアルゴノーツの裏手で酔っ払いを拾ったマンドリカルドの話

 眠りから冷めるほどの頭痛と共に目に入ってきた、見知らぬ部屋に混乱が増してくる。どこだここはとミーアキャットのごとく周りを見回していると、起きましたかと声をかけられた。 「えっと、すまないがきみは?」
「あんたのこと拾った者です」
 ウチの店の裏で行き倒れてたんで、あんま治安いいとこじゃないし、このまま放置して事件にでもなったら色々と面倒だなって思って、と言いながら水のボトルを差し出してくるので、ありがたく受け取る。
「めちゃくちゃ酔っ払ってて、タクシー捕まえても住所とか家とか全然教えてくれなかったら、とりあえず俺の家に連れて来たんですけど、迷惑でした?」
「いや、悪かったな助かった」
 昨日は確か意中の人に告白してフラれて、一人で帰る道すがらやってられなくなって飲んで、そこから先の記憶がないので彼の言う店の裏が落着点だったんだろう。言われてみればなんか途中でフラれたんだっていう話を誰かに聞いてもらったような、そうでないようなおぼろな記憶が浮上してきた。
「えっ俺、またフラれた?」
「そうらしいっすよ」
 話を聞いてる限りは、フラれて泣きながら浴びるほど酒飲んで忘れようとしてたっぽいんで、そのとおりなんじゃないですかと言う彼に、そうか夢じゃなかったんだなと悲しい声でつぶやく。
「あんたみたいな色男でダメって、どんな人だったんです?」
「営業先で出会った人でな、めちゃくちゃ美人だった」  好きだったんだけどなあと小声でつぶやくと、無理に忘れろとは言いませんけど、酔っても服を脱ぐのはやめたほうがいいと思いますよと呆れた声で返される。
「あ、俺また脱いでたか?」
「酔ったら脱ぐタイプの人っすか」
 それは余計に一人飲みやめたほうがいいでしょ、通報されても知りませんよと呆れた声で言われるので、本当にもう返す言葉もないなと項垂れる。
「服とかカバンとか、あんたの持ち物らしきものは全部拾って来ましたけど、抜けてるものありません?」 「ああたぶん大丈夫」  よかった会社の資料とか持ち歩いてなくて、これやらかしてたら後で代表からめっちゃ怒られただろうし、そこは自分でも褒められるところだな。  まだ痛む頭を抱えてなんとか身支度を整えると、近くまで送りますよと声をかけてくれる。 「そうだ、なにかお礼しないと」 「いやいいっすよ、大したことしてないんで」  そんなわけにはいかないだろ、話を聞く限り警察のお世話にならずに済んだ恩人だし、見ず知らずの他人を一晩泊めてくれたわけだし。 「そうだ、今度きみの店に行くよ」 「え、来るんすか?」  迷惑かなとたずねると、いやそうは言いませんけど、居心地がいいかは保証しませんよと念押しをしたうえで、これどうぞと名刺を一枚差し出された。 「こちらがそのお店、ですか?」
「そうらしい」
 綺麗なお店だねとはしゃぐアストルフォに、おまえこんな所で一人で飲み歩きはよくないぞとお叱りの言葉をくれるシャルルマーニュ、これは擁護しようないですよと同じく呆れた顔をするブラダマンテの三人に、いや俺もそのときの記憶ないんだよなあと返す。
 夜の歓楽街の一等地にほど近く、煌びやかなネオンで飾られた看板に書かれた店名と、名刺に書かれた場所は何度確かめても同じ。確かに治安はあんまりよくないな、よく行き倒れて無事だったもんだ。
「ようこそクラブ・アルゴノーツへ!」
 ご指名はと問いかける受付の男性に、彼の名前を告げるとかしこまりましたという返事と共に、席へと案内してくれた。外と負けず劣らず華やかな内装に更にテンションのあがっているアストルフォをたしなめると、こんなとこ来たの初めてだもんもうちょっと可愛い服で来たらよかったかなと言う。
「それは確かに、俺たち浮いてないか?」
「大丈夫だろ」
 おまえはいいよスーツだから、俺なんて今日は重役会議もなかったから私服だぞ、と不満そうなシャルルマーニュに、代表なんだから胸張ってれば大丈夫だってと返す。
「ご指名ありがとうございます、マンドリカルドです」
 一拍おいてあれ、あんたこの間のと声をあげるのでちゃんと来たぞと笑顔で返す。
「この間は世話になって悪かったな」
「マジで来たんですか?」
 約束したからと返すと、いや絶対に来ないと思ってましたよ目を丸くしつつ席につく。
「いや本当に助けてくれてありがとうな、こいつこれでもウチの稼ぎ頭だから」
「はあ、そうですか」
 あっこれ渡せてなかった俺の名刺と差し出すと、わざわざすみませんと受け取った相手の顔が固まる。
「えっと、ローランさん?」
「うん」
「シャルル商事って、あれっすかあの駅前にある馬鹿でかいビルの?」
「そうだぞ、あと彼がウチの代表」
 子会社のほうだけどなと答える相手と俺の顔を見比べて、直後にボーイを呼び今すぐVIPルームを開けろと叫んだ。 *** 拾った男は大手の敏腕営業ローランだった。 [chapter:クラブアルゴノーツの裏で酔っ払いを拾ったマンドリカルドの話2]  お疲れさまでしたと挨拶をして、店の裏手にある従業員用の出入口から外に出たとき、うおおんという男の唸り声というか、泣き声と道端に散乱した荷物と服を前に、なんか事件かと冷や水浴びせられた気がした。
「なあちょっと、あんた大丈夫か?」
 倒れていた男に慌てて駆け寄って声をかけたところ、うんと顔をあげた相手は顔が赤く強烈な酒の匂いを漂わせていた。
 あっ、これただの酔っ払いだなと安心したのも束の間、聞いてくれよおとがっちり肩を掴まれてしまった。体格に見合うだけの力にマジかよと別の冷や汗が流れる。
「おれなあ、今日すっごい好きだった人にすきだって言ったんだよ、そしたらな、なんて言われたとおもう?」
「あーそうですね、お友達でいましょう、とか?」
「それがさあ! わたし婚約者がいますからって!」
 正直とても迷惑ですって言われたんだよ、仕事上の関係だから、そんなの聞いてないって思ってさ、いや聞いてなかった俺も悪いけどとさめざめ泣く男を、しっかりしてくださいよとなだめるものの泣き止む気配はない。
「もうかなしい、俺すっごいかなしくってさあ」
「そうすか」
 なんか呂律もあちこち怪しいし、こっちの話なんも聞いてないなと判断して、適当に相槌を打ちながら散乱した物を一個ずつ拾い集める。
 もっと飲んでいくと主張する相手に、これ以上はダメでしょと言いながら二人分の荷物を持って、放り投げてあったジャケットを拾うと汚れを簡単に落として渡すものの、着ようとしないのでしょうがないかとカバンにかけて手に持ち、ほら帰りましょうよと大きな体を引きずるようにして大通りまで出た。
「すみませんが、家どこっすか?」
「それでさあ、俺なんでか毎回フラれて」
 せっかく捕まえたタクシーの車内で、何度目かわからない失恋話を再演するので潔く諦めて行き先を俺の家に変えた。
「お兄さん大変ですね」
「いや、酔っ払いの相手は慣れてるんで」
 仕事上とつけ加えると、ああまあそうかと納得してくれたみたいだ。まあ夜の歓楽街なんてそんなお仕事の人が多いから、大体は想像つくもんだろうけど。にしても面倒な拾いものしちゃったなあと自分のことながら、嫌気が差してきた。
 でも無視して帰って盗難だけで済めばいいけど、それ以外のなにかに巻きこまれたら気の毒だし、あんな所で事件になって警察が入っても困るんだよな。
 そんなこと考えてる間に自宅が見えて来た、普段だったらこの辺で下ろしてくれって言うところなんだけど、今日はエントランス前まで乗りつけてもらうことにした。
「忘れ物ないっすか?」
「んー?」
 なんもかんも聞いてないなと諦めて、持って来ていたカバンと何度も脱ごうとしたジャケットを持ち出し、両手を掴んで車の外へ引きずり出すと、再び持たれかかってくる巨体にちゃんと歩いてくれないっすかと声をかけてみても、もう半分ほど夢の世界に足を突っこんでる相手に届くこともなく、しょうがないなと溜息を着いてマンションのエレベーターに押しこむようにして二人乗りこむ。
 ようやく帰って来た自宅で溜息を着いて、相手をソファに置いて寝室からブランケットを持って来るとすでに眠りに落ちていたので、本当にしょうがないなと溜息混じりにかけてやると、ううと軽く身じろぎするのでおやすみなさいと言って電気を消した。 「ローランがフラれるのはいつものことなんだけど、ここまで醜態をさらすのは久しぶりで」
 いつものことで片づけていいんですかと思わず聞き返しそうになったものの、そんなこと言うなよと自分にしたのと同じように肩を組んでいるローランさんに、そのかた社長さんなんすよねと聞き返す。
「そうだぜ、ウチの社長」
「別に偉いってわけじゃないぞ、ただ会社の代表ってだけ」
 それ世間的には偉いって言うんですよ。
 そんなことないんだよなあとバツの悪い顔をする相手に、やべえとこの人は感覚が違うんだなと心底恐ろしくなる。部屋を開けるって言った瞬間にイアソンがなに考えてんだって飛んできたけど、会社名を聞いただけですぐ用意されし、なんなら最初に案内したボーイが怒られていた。
「仕方ありませんよ、ローランが仕事終わりに飲みに行こうって誘って来たので」
 私たちもまさかこんなお店だと思ってなくて、ドレスコードもなにもありませんでしたしととりなすブラダマンテさんに、失礼があって悪いのはこちらなのでと返す。
「スーツで出勤するのが普通って人ばかりじゃないし、ただその、こっちも世間体っていうんですか、そういうのはシビアにしとかないと色々あるんで」
 俺の返答に思うところがあったらしいシャルルマーニュさんが、だからこういう店あんま得意じゃないんだよなとつぶやく、とはいえこの人が若くして超絶大手の一企業の代表って事実は変えられない。
 緊張しながらグラスに酒を注ぐ、VIPルームを開けるときイアソンから引き出せるだけ貢いでもらったらいいと言われたが、俺一人であんな人たち接客とか無理っすよと泣きついたくらいだ。 「だからって俺がヘルプに入るのはおかしいだろ」
「代表、メディアさまがお見えです」
「やっぱり一大企業の重役相手にマンドリカルド一人は心許ないな、特別に俺がヘルプに入ってやろう!」
 いやダメっしょあんたをご指名なんだからと、無理矢理に引き剥がしていやがるウチの代表を係に預け、なんとか部屋に戻って来たものの正直もう酒以上に場に酔いそうだ。
「ねえねえドンペリ入れていい?」
「そんな軽いノリで言うな、誰が払うと思ってんだ!」
 えっローランの奢りじゃないのと言うので、ちゃっかり他人の金で高い酒を飲もうとするなと騒いでるさまを見て、大学サークルの間違いじゃないよなと思ったりもする。
「せっかく来たんだからさ、シャンパンコールとか見てみたいじゃん」
「お礼という意味を考えると、入れてもいいんじゃないですか?」
 危ないところを助けてもらったんです、命に比べれば安い買い物ですよと容赦なく指摘する女性二人に、それはと言い淀むのですかさず無理しないでくださいと止める。
「充分なくらいみなさん飲んでくださってるんで、俺は別に」
 シャンパンコールって苦手なんだよな、なんかめちゃくちゃ注目されるし、そんな本心は隠しつつこの間の取引先のかただったって話ですけど、問題なかったんですかと話題を逸らす。
「ああ、それな、なんとか無事だった」
 むしろ告白してフラれたのが爆速で伝わったらしく、先方に頭をさげると共にめちゃくちゃ哀れまれたとも言われた。こいつこれさえなければカッコいいんだけどな、という代表にまだ傷は癒えてないんだぞと涙目で語る。
「あの、俺でよければ話くらいは聞きますんで」
「本当に?」
 あんたいい人だな涙混じりに感謝されるので、空いてるグラスに次も酒を注ぎながら、これが仕事だし偉いもなんもないんで、本当に気にしないでくださいと返す。
「よっし、じゃあ俺も失態を取り戻すだけの誠意を見せよう!」
「え?」
 ドンペリ入れるぞという宣言におおっと盛りあがる場の中で、俺この人に向かってどんなコールしたらいいんだろうと頭が真っ白になった。

あとがき
設定は気に入ってるけど、続きのネタがない状態なのでポッと出でまた書けたらいいなあ。
2022年7月23日 Twitterより再掲

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