教育は根気よく

 運動前に水を調達しようと食堂へ向かうと、机の前になにかを並べて難しい顔をしているマスターをみつけた、普段とは違うというか、少し頬が赤く見えるので心配になって後ろから声をかけると、うわあっと大きな声をあげて並べていた物を自分の体で隠す。
「ど、どうしたんすか?」
「なんでもない、なんでもないの!」
 いやその反応は、なんか悪いことしたときの声じゃないっすか。
 自分の手元に隠したらしいものは、見る限りはなにかの礼装なので、変な性能のものを手にしてしまったのか、と思ったものの違うの、別になにもやましいことはなくってねと、更に顔を赤くする彼女に、ひとまず落ち着いてくださいと貰ったばかりの水を渡す。
「わたしだってね、ローランを仲間にしたときから覚悟はしてたんだよ」
「あの馬鹿がなんかしました?」
 それはと言い淀む彼女の手元で、見切れていた礼装に映っていたのはあいつの元の主君だった、そういえば少し前に十二勇士で撮影をするとかなんとか言ってたな、ということは完成品がそこにあるんだろうけど。
「なんかやったんすね?」
「気にしないで」
「見せてください」
 我ながら少しドスの効いた声に驚きつつも、非常に困ったようにその手を退けて、問題の礼装を差し出される。
「マスター」
「はい」
 こういう物は、遠慮せずにしっかり関係筋を通して、クレームつけたほうがいいですよと、先ほどよりも更に低い声で告げるものの、ギリギリを攻めるのは一人だけじゃないからと赤い顔で返す。
「マスターが困ってるんなら問題っす、いやなことはキッパリ言っていいんすよ」
 第一ギリギリを攻めるだとかそんなレベルじゃないでしょ、全部じゃねえかあのバカ野郎。
「あっマスター、僕たちの礼装見てくれた?」
 そんな朗らかな声と共に、あれなと苦い顔をする彼等の王、そして問題児たる男を目にした瞬間、そばにあったフォークを掴み全力であいつの額に向かって投げつけた。
「イッテェ! 危ないだろおまえ」
 眉間にクリーンヒットして、それだけで済むとは流石は金剛体と銘打つだけはある、もう一本をすぐさま掴んで連続して相手にぶん投げる。
「マンドリガルド王、どうかお心を鎮めてください」
「これを見て同じことが言えるんなら、やめる」
 すぐさま飛んできたブラダマンテが机に置いてあった礼装を目にし、これはと声を詰まらせる、反対によく撮れてただろと眉間を抑えて反論する野郎に、もう一本と机に散らばっていた食器をぶん投げる。
「外での全裸は禁止だっつってんだろうが!」

「おまえさんが荒れる理由も、わかるけどねえ」
 アキレウスを見かけると石を投げるおじさんでさえ、ちょいとやりすぎかなと思ったくらいだし、食堂を取り仕切る赤い弓兵から固く注意されてたじゃない。何事もやりすぎはよくないよと言うヘクトールさまに、本当にすみませんと頭を下げる。
「謝るのはきみじゃないでしょ」
「あいつは反省しねえんで」
 貰い事故じゃないっすか、周りが気にしなきゃいけないところだったのに、同僚は止めるどころか笑ってるし、あいつの元主君は本当にすまんと全力で頭を下げられたけど。そういう問題じゃないのだ。
「おじさんも見たけど、問題かね」
「マスターが困ってんなら、そりゃダメでしょう」
 こういうのセクハラって今言われるんでしょ、あいつの性質だってのはわかってはいるけど、だからこそ脱ぐなって止めてくれてたのに、なんで今になって。
「むしろ今まで大きく問題にならなかっただけ、マシなんじゃないの?」
 よく頑張ったほうよ、おまえさんも同僚たちもあの衝動を抑えるため、よく頑張ってくれてたし、そこはマスターも感謝してたじゃない。
 今回だって隠れるべき最低限守ってるし、直で目にしたわけじゃないんだから、いつか起きうる問題なら被害が最小限に済むほうがいい。
「向こうは王さまを含めたお偉いさんたちからの説教、おまえさんは食堂で騒動を引き起こした責任を取って皿洗いで反省、ちょうどいい落とし所だと思うけど」
 まだ納得してないでしょ、なにがそんな不満なのよと聞かれて、別に不服だとかじゃないんですよと首を横に振る。
「わかってくれなかったんだなって、それだけっす」
 なにがわかってないのと優しく訪ねてくる相手に、一応は特別な仲のはずなのに、俺のお願いでも聞き入れてはくれないんだなって。人前で脱ぐなっていうのは、単純に迷惑だからってわけじゃなくて、これは本当に俺個人の我儘でしかないんだけど。
「いくら肉体自慢だって言っても、あいつの体を他人に見られんのは、ちょっと癪に触るんすよ」
 小声でのぼやきを聞いたヘクトールさまは、意外そうに目を丸くした後で ふっと軽く笑った。
「なるほどねえ、確かにおまえさんの憤りは最もだ」
 わかってない相手が悪いってなんのもそりゃそうだ、だったら理解してもらえるまで説得するしかない、何度でも根気強くね。
「おじさんも微力ならが力と知恵は貸すからさ」
「っす、ありがとうございます」
 こちらもお礼を言われる筋合いはないよ、なにもしてないからねと笑われる。憧れの大英雄から気にかけてもらえてるだけで、こちらとしちゃ望外の喜びなもんで。
「そういえば、おまえさんアーチャーの素質あるの?」
 食堂での暴挙は認められんが、正確なまでの投擲の腕は買うと赤い弓兵が褒めてたけどと言われるものの、流石に他クラスの適正は低いんじゃないかなと、あったとしてもセイバーだと思うんですけど。
「ふうん、おじさんがランサーなんだから槍の一本でも使えたりしない?」
「いや、流石にランサーは無理なんじゃないっすか」
 ジェット推進機能なんざ持ち合わせてねえんで、というかデュランダルを投げるとか恐ろしいこと、絶対にできねえし。
「そこまで再現しろとは言わないよ」
 でもどうせだったら、自分と同じクラスの後輩だったらよかったなって思ったりしなくもないわけ。
「ブラダマンテがいるじゃないっすか」
「あの子も真面目でいい子だけどね、もうちょい気楽に過ごせる後輩も、ときには欲しいなって思うわけ」
 あの子と話てるとね、襟をきっちり正さないといけないなって気分になっちゃうからさ、きみはもうちょっと気楽に話ができて、おじさんとしては助かるなって。
「ローランは?」
「あの子はね、おじさんから見ても眩しいからね、色んな意味で」
 やっぱ若い肉体ってのは、それだけで凄いわと正直な感想を述べられて、今度はこちらが返答に困る。
「なんていうのかね、無敵の肉体ってどことなく誰かを連想しちゃうんだよね」
 完璧な武人ってのほ厄介だ、どこの国でもそれは変わらないけどさ。

 

「んでそっちの説教はどうだったんだ?」
「二時間、正座させられた」
 足の感覚がもうないとベッドに突っ伏して語る相手に、おまえがあんな格好するだろと頭を軽くはたく。
「おまえにアーチャーの適正があるなんて思わなかった」
「ヘクトールさまにも言われたけど、ねえからな」
 感情任せに投げたら、ものすごく完璧に当たっただけだ。ローランでなければ脳天をぶち抜いてたと言われたが、相手が無敵の肉体を持つばかりに大した怪我にならずに済んだ。
「でもめちゃくちゃ痛かったぞ」
「そりゃ、眉間にフォークなんて当たったら痛えよ」
 むしろ痛い物を率先して選んだんだから、それで正しい。いい映りだったしアストルフォにもウケたし、礼装の効果だって完璧だったのにとぶつくさつぶやく相手に、おまえが完璧だと思ってることが、他の人も賞賛できるもんとは限らねえってことだよと、今もまだ沈んだままの相手に投げかける。
「外で全裸になるのはやめろって、前々から口酸っぱく言ってただろ」
「それなんだけどさ、なんか俺はいつになったら脱ぐんだって聞かれることがあって、期待には応えるべきかなってさ」
「悪ノリとか冗談も含まれてるんで、あんま正直に取り合うなよ」
 人がいいというか真面目というか、人を信じすぎる部分があるからこそ変な悪意にそそのかされないか、そばに居る者としては心配になる。
「大丈夫だ、カルデアで裏切りだとか謀略だとかは」
「いやあるぞ、普通に混沌・悪属性のお歴々がいるんで」
 善性の塊みたいなおまえには無縁だと思うけど、オルタなんてもんもあるわけだし、いやでもおまえならワンチャン失恋で気が狂った霊基になれば、もしかしてバーサーカーになるなんてことも。
「おまえにフラれでもしない限りは、その心配はないな」
「自信あるのがムカつくなあ」
 まあ事実ではあるけど、覚悟のうえで受け入れてるわけだしそれはお互いさまとしてだ、悪属性を付与するスキルなんてのはあるんだから油断は大敵だ、どんな部分で悪性を増幅させられるかはわかったもんじゃないし。
「そういう理性が切れたときに、全裸になるかもしれねえし」
「改めて聞くけど、そんなにダメか?」
 街中で全裸になった逸話があるのは別に自分だけじゃない、そもそも古代ギリシャなら全裸は普通だとローランは主張するものの、当時ならいざ知らず現代人の感覚として受け止められるもんでもねえでしょ、第一マスターは女性なのだから目のやり場に困るだろ。
 食堂で礼装を見ていた彼女の、照れと呆れと恥ずかしさの混じった表情を思い返すに、本人が堂々としていようとも周りがそれに困るなら、声を大きくして止めなきゃいけないだろと諭す、聞き入れてくれるかは別問題としてもだ。
「正座の痺れ程度じゃ、おまえ止まらねえだろ」
 だったら他の手段に打って出るとまだ痺れの残っているらしい、足の上に座る。
「おいやめろって」
「ダメだ、言って聞かないんならこっちも別の手段を取らないといけねえんで」
 無敵のおまえが唯一持つ弱点を、晒すことができる相手に選ばれるのは光栄だが、それも逆手に取るしかねえでしょ、というわけで弱点を徹底的に攻めることにする。
「覚悟しろ」
「ちょっと待って、待ってくれ!」
 待てと言われて待つような奴はいない、悪属性でも善属性にも関わらずだ。ということで痺れている足を集中的に狙ってくすぐっていくと、悲鳴とも叫び声ともつかない声をあげる。
 小一時間ほど攻める手を緩めず、呼吸困難に近いくらい息も絶え絶えになっているローランを見下ろして、初めて会ったときとは立場が随分と変わったなと思う。初対面では酔った勢いで脱いで、それを俺にも強制されてしまったけれど、今じゃ乗りあげるのはこちら側、ただ脱ぎたいというこいつの根本は変わってないんだな。
「も、もう本当に無理だ」
「まったく、懲りねえ奴っすね」
 本当に次はないからなと軽く頭を小突いてから、乗りあげていた体を解放すれば、なんとか這いずり出て体を起こすと、ごめんなさいと掠れた声と涙目で告げる。
「その謝罪は、なにに対して」
「きみとの約束を、反故にしたこと」
「それだけ?」
 マスターを困らせてしまったと小声で続けるので、わかっているならいいと頭を撫でると、子供扱いはやめてくれと涙目のまま睨まれる。
「大きな子供みたいなもんだろ、おまえ」
「仮でもなく恋人にそんなこと言われたくない」
「でも、勝手に服を脱ぐとか幼児にありがちな行動だろ」
 いい加減にしないと、恋人という関係性も見直すぞと脅しをかけると、それは絶対にいやだと駄々を捏ねるように両手で抱き締められる。
「そういうとこだぞ」
「仕方ないだろう、自分が独占していい人なんて生まれてこのかた初めてなんだ」
 いい具合に手綱を取っていると評されるきみなら、俺のこともわかってくれてるんだろうと拗ねた口振りでつぶやくが、残念なことに全然わからねえんだよと、そんな相手の頭を優しく撫でながら返す。
「こんな俺につき合ってくれる稀有な存在なんだから、絶対に手放すなってみんなに言われて」
「物理的にじゃねえよ」
 馬鹿だなあと呆れるも、二回も同じこと言わせるんじゃねえぞと念押しして注意をする、わかってると言う声を正面からは受け止めず、また外で脱いだら俺はここを出ていくからなと忠告しておく。
「出て行くって、どうするんだ?」
「サーヴァントなんてどうとでもなるでしょ。腰を落ち着けるっていうなら、黒髭でもアキレウスでも知り合いのとこ転げこむので」
「ダメだ」  特にアキレウスは絶対にダメだと抱き締める手に力が入る、いやなら約束ちゃんと守れるなと、駄々っ子を続ける相手に聞き返せば、守りますと不服そうな声でつぶやく。
「一応言っとくと、アキレウスたちにはもうOK貰ってるからな」
「全裸は我慢します」
 ふざけてでも人前ではしませんと丁寧に答えるローランに、まあ衝動を抑えられる程度にはそばに居てやらなければと、こちらも気を引き締めることにした。

あとがき
高杉さんがさらっと召喚されたので、例の礼装はまだ手にしていません。
他のキャラのピックアップ時に引きたいですね。
2023-03-22 Twitterより再掲

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