つまりは惚れた弱み

「ローランってさ、部屋では全裸なの?」
「そういうこと聞くの、よくねえと思います」
 前に部屋以外では脱がないようにしてるって言ってたから、実態としてどうなのかなってと話すマスターに、誰の視線もないんなら我慢させ続けるのはよくないか、って流石に思うんで許可はしてますよと答える。
「とはいえ俺以外に誰もいないときだけっす」
 部屋を開けたら全裸の男が居たなんてなったら、それこそカルデアの秩序に関わる大惨事だ、なんらかの勢力からの粛清を受けるだろうし、俺も許さない。そんなわけで脱いでるときもあるけれど、なんらかの事故は起こさない約束はしています、取り扱い注意なのは間違いないので。
 まあ家では服を着ないなんて人は現代でも少数とはいえいるからなと言う、確かに家の中でどう過ごしているのかなんて、他人がどうこう口出しすることでもないけど。
「マンドリカルドは平気なの?」
 結構トラウマの記憶だと思うけど、心理的ストレスとか持ってたりしないとたずねられるので、そこは特にねえっすよと正直に答える。どっちかというと、よく訪ねてくるあいつの仲間たち、特にかつての主君がちょっと苦手というだけで。
「やっぱりまだシャルルマーニュは無理?」
「そこは永久に無理っすね」
 いやもう住んでる世界が違うんすよ、わかりあえる気がしないんで日陰者は大人しく距離を取っておきたい、触らぬ王に祟りなしってことで。
「その王さまから自慢の騎士をいただいたんじゃないの?」
「どっちかと言うと、俺が貰われた側だと思ってるんですけど」
 別に十二勇士の仲間に入る気はないというか、認められるわけもねえんで、よくてローランの付属品程度に捉えてもらって。
「王さまからは、式を挙げるべきだって強い要望があるけど」
「いや、そんな大仰に考えないでほしいというか、恥ずかしいんでやめてくれっていうか」
 ささやかな式ならまだしも絶対に豪勢にいくでしょ、派手な披露宴セットでしょ、無理っす俺の霊基が耐えきれずに消滅する。
「また部屋に閉じこもられると困るからって、ローランを筆頭にみんな止めてるけど」
「それはありがたい限りです」
 シャルルマーニュ王は言い出したら聞かないタイプじゃないし、大きな騒ぎにはならないと思うけれど、とりあえず平和ならそれで文句はないよとマスターは続ける。
「たとえば急に二人の部屋に用があって行っても、全裸ローランと鉢合わせすることはないってことでいい?」
「それは大丈夫っす」
 誰か来たらその瞬間に最低でも霊体化しろと言ってるし、マスターにご迷惑をおかけするようなことは起きない、というか起こさないようにきつく言い含めてるんで心配無用ですと返せば、本当にと念押しで確認される。
「なにか弱みでも握ってる?」
「どういう経緯でそうなるんすか?」
 恋に狂ったら王の命令すら無視できて、いついかなる場所でも脱ぎたがる男が、どうすればその衝動を抑えきれているのかなって。
「あいつ別にバーサーカーじゃねえんで、ちゃんと話せば聞き入れてくれますよ」
「心配してたよりも、しっかりしてるけどね」
 召喚した当初は許可が得られたらいつでも脱ぐなんて言われたから、身構えてたけどそういう事件も、まあ指の数で足りるから大丈夫といえばそうなんだろうけど、困ることがあったら遠慮せずに相談してね。
「ローランの足裏の令呪は、まだ有効だし」
「それは、最終手段ってことで」

 マスターには言わなかったけれど、弱みを握っているというのはあながち間違いというわけでもない。なにがいいのかわからないけれど、男の膝枕で喜ぶローランを眺めていると、どうしたと下から聞き返される。
「なにが?」
「難しい顔してるからさ、悩みがあるなら聞くぞ」
「そういうわけじゃなくって、ただマスターからちょっと質問されて」
 ローランは部屋では脱いでるのかって、現在進行形でまさに全裸の男に向けて投げかけると、そりゃ自由にしていいと言われたら脱ぐなと笑顔で返されるものの、それは普通じゃないんだよと雑に髪を撫でて返せば、でも俺といえばだろと輝かしい笑顔で言い切るので、否定はしねえよと溜息を吐く。
「マスターの前ではダメっすよ、健全な女子におまえの全裸は刺激が強すぎる」
「わかってるよ、ちゃんと自制します」
 自制じゃなくってやめろって言ってるんだよと、額を小突けば痛いじゃないかと身を起こして文句をつける。
「ちゃんと約束は守ってるだろ?」
「だからだよ、弱みでも握ったのかって聞かれて」
 似たようなことはアストルフォやブラダマンテにも言われた、ローランの全裸になろうとする衝動をどうやって止めているのかって、俺だって最初に服着てたおまえを見たときに、逆に驚いたりしたけどさ。
 恋に敗れた衝動で全てを投げ出せる、そんな感情を持つ相手を理性だけで言い聞かせるのは難しいのでは、というのが大方の予想だったし、きっとそうだろうと思った。だから部屋では脱いでもいいと許可を出した反面で、外での露出はできるだけ控えろと約束を取りつけた。
「やっぱりマスターの許可なしじゃダメか?」
「マスターの許可うんぬんじゃなく、普通にダメだろ」
 そもそも露出度の高さとかボディラインの浮かぶ格好、という意味ではカルデアのサーヴァントにはかなり際どい人も多くいる、そんな中で全裸はなんでダメなんだと首を傾げる相手は、本当にどこでも脱げる精神を持っているのは知っている。だからその感情の強さを逆手に利用することを考えた、正確に言うと俺の考えではなくってどうしたらいいか、と頭を悩ませていたときに話を聞いてくれたヘクトールさまの助言だけど。
「あんまり大々的に見せつけるなよ、俺のもんなんで」
「いや俺の体だけど」
「だから、恋人の裸を見られて喜ぶ奴はいないだろ?」
 俺が他人の前で肌を出すとおまえ機嫌悪くなるだろ、怒るほどではないけど、嫉妬してるのはなんとなくわかる、それと同じ。
「それはつまり妬いてくれる、っていうことか?」
「なんで嬉しそうなんだよ」
 そりゃ喜ぶだろ、おまえ普段あんまりそんな素振り見せないしと、顔を赤く染めて言うので、ここまで効果があるとは流石は俺の憧れる大英雄と思うのと反対に、仮でもなんでもなく恋人なんだし、所有を示してなにが悪いって話で。
「風呂場とかそういう場所を除いて、勝手に俺の目の前以外で脱いだらしばらくスキンシップしねえ」
 膝枕はもちろん、キスもハグもしねえと言い切るとそれはいやだと相手は首を振る。
「だったら、守れるよな?」
「わかったよ、ちゃんと守ります」
 ちゃんと誓いを立てようかと言う相手に、今回は指切りにしておこうかと小指を差し出せば、わかったと自分の指を差し出してきた。子供系サーヴァントから教えてもらった歌をつけて、今回の約束の証とした。
「これだけじゃなくって、いやなことがあったらちゃんと言ってくれよ」
 悪いところがあったらちゃんと直すからと強い力で手を握られたが、脱ぎさえしなければおまえに悪いところなんてねえんで、心配しなくても愛想尽かして出ていきますなんてことはねえよと、頭を撫でて返した。
 それからこいつが人前で全裸になって問題になった、なんてことは起きてない。恥ずかしいから約束は口外するなとも言ったけど、それも守ってくれてるようだし、平穏ならそれに越したことはない。
 というわけで部屋にいる際には全裸でもいいと言っただけに、こうして触れ合ってくるときも、たまに全裸で抱きついてくるもんだから、たまに困る。
「迷惑してるのか?」
「そんな格好でひっつかれると、なんていうか、やらしいことしたいのかなって思ったりするときがあって」
 正直に胸の内を打ち明けると、瞬間に沸騰したくらい真っ赤に染まりいつもの霊基に戻ると、その場で正座をする。
「そういうつもりは、別にないです」
「わかってるから、そんな気にしなくていいっすよ」
 服を脱いでスキンシップをしてても、そんな雰囲気にならない奴っているんだなと不思議には思うが、こいつは許可なしで無理に事に及ぶことはしない。それはよくわかっているし、むしろそういう気分のときは今のようにもっと緊張で固まってる。
「おまえ真面目だからな」
「悪いな、余裕がなくて」
 自分でも格好つかないとは思うけどさ、なんて不服そうにつぶやくものの、今に始まったことでもないし、別にいやだなんて思ってない困っているだけで。
「きみを困らせるつもりは」
「だからわかってるって、ほら気にしなくていいからこっち来い」
 手招きして膝の上を叩くも、この流れでいけるわけないだろうと赤い顔のままそっぽを向くので、仕方なく俺のほうがそばに近寄りその背にもたれかかると、ビクリと大袈裟なまでに肩を震わせる。そんな驚くことじゃないだろうに、どこまでも不器用な奴だなと半ば呆れるように体重を預ければ、待ってくれせめて足は崩させてくれと声がかかる。
「苦手なのに正座なんてするから」
「現代の流儀だと、誠意を見せるにはこれがいいって」
「いや誠意とか求めてねえんで」
 普通に約束を守ってくれてんなら、それで構わないんで。
「マスターから聞いたんだけど、あんたの王さまが披露宴うんぬん計画してたの止めてくれたんだって?」
「だって、イヤだろうなって思って」
 できればささやかなものがいいというのは俺も同意見だし、と拗ねた声でつぶやく相手に、意外なところで合うものだなと少しおかしく思う。
「気使ってくれて、嬉しかったんで今日は甘やかしてやろうかなって、思ってたんすけど」
 無理そうかと背中に向かって問いかければ、落としてからあげるのやめてくれよと赤くなったまま、少し恨みがましい声でつぶやくので、なんとでも言えと更に体重をかけてやる。
「アストルフォから、俺が尻に敷かれてるって揶揄われたんだけど」
「あながち間違ってねえかもな」
 いやなのかと聞き返すと、そうは言ってないと返されて軽々と抱きあげられると、相手の膝の上に乗っけられる。顔を合わせないところを見るに、かなり照れているんだろうと思う。
「ローランの手綱はしっかり握っておけって、各方面からいっぱい言われてんで」
 それが尻に敷かれてるように見えるってなって、おまえのプライドとして許せないのがあるんなら、俺も改めるけどどうすると聞けば、今のままでいいと後ろからくぐもった声で返ってきた。

あとがき
同室の男が裸族って普通はいやだと思うんですけど、いいかんじの距離感でいてほしいなって。
2023-03-06 Twitterより再掲

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