不束者ですかよろしくお願いします

「ローランが部屋に引きこもったらしいんだけど」
「すんません」
 アストルフォやブラダマンテが出てくるように説得してるけど、なにがあってそうなったのか説明してほしいな、と思ってねと言うマスターの前で正座で項垂れる自分。
 彼女だけならば申しわけないという気持ちは抱きつつも、裁かれるような緊張感はなかった。しかし笑顔でありながら目が笑ってないあいつの王さまを前にして、萎縮するなってほうが無理な話で。
「俺も怒ってるわけじゃないぞ」
「はい」
「怒ってる人の口調だよね」
 事情を聞いてただの喧嘩なら仲裁しようって、そういう話だったでしょと呆れたように指摘するマスターに、わかってるよと朗らかに返す。
「ちゃんと事情聴取したうえで、後のことはな」
 内容次第ではしっかりと対処しないといけないだろうと、ただでさえ苦手意識の塊であるシャルルマーニュが、限界寸前まで怒っているらしいとなると、生きた心地がしねえ。
「とりあえず、なにがあったの?」
 ゆっくりでいいから聞かせて、と普段より三割増しほど優しい声で語りかけてくれるマスターに、詰まりかけていた呼吸をなんとか整えて、実はと切り出す。
 昨夜のあいつ流のデート、こと飯食ってその辺をブラブラしようという誘いに、まあいいっすよと軽い気持ちで応じて、食堂で夕飯を共にした後でシュミレーターでフランスの街へと降り立った。
 あいつの生きていた当時を再現したという街並みを歩きながら、実は話があるんだって切り出されて、城壁の上でしばらく待たされて。
「あーその、なんていったらいいんすか」
 どこに隠し持っていたのか大量の薔薇の花束を手に、片膝をついて真剣な表情で結婚してくれと言われたんですけど。
「まさか断ったのか?」
「シャルル、顔怖いよ」
 だって一世一代の告白だろう、いくら恋人であろうとも、いや恋人であるからこそ断るという選択肢が生まれることが、非常に残念に思うんだがと指摘されて返す言葉もねえ。
「現代の結婚は、当人たちの同意なくできないからね」
「それはわかってるんだけどさ」
「あの実は、俺も別に断ったとか、そんなつもりじゃなかったんすよ」
 そもそもサーヴァントに結婚の概念があるのかって疑問と、男同士だぞというツッコミは置いておいてだ。
「目を離した隙に、いつの間にか、あいつが全裸になってたもんで」
 咄嗟に出てきた一言が「おまえ、それはダメだろ」になってしまった、正面から聞いた相手が目に涙を浮かべた頃には、完全に誤解されたと気づいたわけで。
「なるほど」
 呼び出すほうを間違えてるねと言うマスターに、流石に同意すると大きな溜息を吐いてシャルルマーニュが項垂れる。どうやら自分に対する嫌疑は晴れたようだけど、問題はそこじゃねえというか。
「薔薇の花束を用意したとこまでは、流石は騎士さまだなって受け流せたんですけど」
 全裸は流石に受けつけねえっていうか、今更になって恥入るような仲でもないけど、真剣な表情と状況にそぐわないマッパに思考を持ってかれたというか、不意打ちの全裸には対応できなかったっていうか。
「あーその、ウチの奴がすまなかった」
「いいっすよ、最近は自分もなんか、あいつがローランであることを忘れかけてたっていうか」
 なんと言ったらいいんだろう、あまりにも普通だったもんで、いやたまに脱ぎはするけど目立ったトラブルが形を潜めてたから、忘れてたっていうか。
「なんで全裸でプロポーズしようとしたか、だよね」
「それ理由なくないっすか?」
 誰かに変なことを吹きこまれた可能性はあるでしょ、と指摘されるものの、あいつのことなんで仮に「一張羅でいけ」って言われても、最も自信のある姿があれって飛躍した結論を出しているかもしれない。
「悲しいことに、それは否定できないな」
「王さまは信じてあげてよ」
「よく知る間柄だからこそ、わかってしまうんだよな」
 善意アドバイスなのか、悪意のある言葉だったのかは不明だけど、少なくとも決行しようと決めたのはローランだ、なら責任の所在も本人にある。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「あんたが謝ることじゃねえっすよ」
「そうだよ、本人に責任があるなら頭をさげるのはローランじゃないと」
 ともかく理由はわかったし、あとはローランを引っ張り出すようにしないとだけど。
「俺が行ってきますよ、謝らないといけませんし」
 大丈夫と心配されるものの、当事者が話さないことにはどうしようもないでしょうし、まあどうにかしますと返す。

「おーいローラン、いつまでもヘソ曲げててもしょうがないぞ」
「マスターも我が王も心配してます、早く出て来てください」
 部屋の前で必死に声をかけている十二勇士の二人に、あのと控えめに声をかけると、これはマンドリカルド王と、おそらく部屋の主にも聞こえるほどの声で迎えられるので、どんなもんすかと聞いてみる。
「全然ダメ、うんともすんとも言わない」
「でしょうね、あの俺がちょっと話したいんですけど、いいっすか?」
 であれば引き摺り出しましょうと槍を構えたブラダマンテに、いや落ち着いてください、そんな大事にしたくねえんでと抑えこみ、とりあえず二人で話がしたいのでと撤退してもらった。
 これだけ騒げば本人にも通じているだろう、固く閉ざされた扉に向かっているんだよなと声をかけるも、返事はない。
「あーその、開けなくてもいいから、とりあえず聞いてくれ」
 まず昨日のことは悪かった、思わずあんなことを言ってしまったけど、おまえのことが嫌いになったとかじゃなくて、単純にあの状況で全裸はダメだろって思わず口から出ただけで。
「おまえなりに考えてくれたんだろうけど、反射的にひどいこと言った、本当にごめん」
 とりあえず今この場で伝えるべきところは言ったかと考えていると、静かに扉が開いて目元を赤く染めてまだ涙を貯めたローランが顔を出した。
「本当に、嫌いになったとかじゃない?」
「そうだよ、とりあえず入っていいか?」
 うんと軽く頷いて通してくれたので、相手の部屋に入ると向き合って座る。なにもおもてなしできないけどと言うので、こっちは謝りに来てるんで気にしなくていいと返す。
「ダメだったか、プロポーズ」
「悪いけど、おまえの全裸しか記憶に残ってねえ」
 男にとって一番の勝負どころだ、最も自信のある姿で正面からぶつかるべきだって言われたからさ、とつぶやく相手にだからって脱ぐのが正解なわけないだろ、いい加減に学んでくれと目元にハンカチを当てて、落ち着かせるために頭を撫でる。
「だって一番輝いてるかなって」
「まあすげえ体なのは認めるけど、人前でポンポンさらけ出していいもんでもねえだろ」
 人前って言ってもあのシュミレーターにいたの俺たち二人だったし、と屁理屈にも取れる言い訳を繰り出されるもそういう問題じゃねえよ、いい加減に外で脱ぐのはダメだって覚えてくれ。
「確認するけど、プロポーズ断ったんじゃないんだよな?」
「違うぞ」
 というか、おまえの告白を受けた時点で手を離す気はそもそもないっていうか、それ相応の覚悟がなければ受けてない、いくらサーヴァントが人理の影のような存在であろうとも、出自が消えるものでもなし。
「だからまあ、最初から俺はその気だった」
 病めるときがあるか不明だし、おまえは永久に健やかそうではあるけど、終生を共にする覚悟でもって受け入れたんだから、おまえのほうがいやにならない限り離す気はない。
「それだけ」
「えっ、うん」
 それは喜んでいいんだよな、と確認するように聞き返されるので、そうじゃなかったらこの場で言わねえでしょとツッコむ。
「信じてなさそうだから改めて言っておくけど、俺もおまえのことは好きだ」
 それは信じているがと言うものの、どうも一人で空回ってるとこを見てる気がして、つまりなんだ愛情っていうのか、そういうものが充分じゃねえんだなって思うことも多々あるわけで。
「おまえが望むなら、それに応えるのはやぶさかでもねえんで」
 だからあんまり先走らないでくれよ、そんな生き急がなくってもどこかに行ったりしないし、明日にも消えるほどたぶん儚くもねえんで。
「一方的ばっかりじゃなくって、もうちょっとその、俺にも行動できる余地を残してほしいっていうか」
「いや、おまえの行動の数々を思い返すと、俺には刺激がちょっと強すぎるというか」
「てめえの全裸よりはマシだと思うけど」
 そんなことない、安易に自分を安売りしてくるじゃないかと反論されるも、おまえの前だけだと羞恥に震えながらもなんとか切り返す。
「恋人の触れ合いの範囲から外れることは、したことない」
「でも」
「それと自分を安売りするなっていうなら、おまえも同罪だ」
 金剛体と称されるその肉体、それが自慢なのは最悪認めるにしても、人前ですぐに披露されるこっちの身にもなれって話で。
「ローランの伝説を知っていて、その気質を痛いほどわかってても、なんていうかいやだ」
 他人に簡単に触れさせる状況がいやだ、わがままを言っていいのなら、できるだけ誰の目にも触れさせたくないし、安売りするくらいならいっそ誰の目にも触れられない場所で、独り占めさせてくれというか。
「そんな熱烈に求められると、困るな」
「別に求めてるわけじゃねえっていうか、あんただって俺がバーソロミューとかと腕組んだりしてたら、いやだろ」
 あいつは絶対にダメだと真顔で返されるので、つまりはそういうことっすよと溜息混じりに返す。誰にとっても恋人が他人とイチャついてたら不快なのと同じように、誰の前でもあんな形でさらけ出して目をつけられないか、心配になったりしなくもない。
 半分はカルデアの秩序を維持する勢力からの圧力もあるが、それは今は心の内に閉じこめて。だからな、脱ぐにしても温泉みたいな場所でないなら、誰にも邪魔されない俺の前だけで収めてくれ。
「恋人のために、脱げということか」
「そうです、俺とその、イイことをするときにな」
 自慢だっていうんなら特別にしてくれよ、それくらいの我儘は許されてもいいだろ、俺がおまえのものになるんなら、その逆だって適応されるはずだ。
「大事にするっていうのは、ほらお互いにそうあるべきでしょう」
「わかった、愛する人にそこまで懇願されて首を横に振るほど、俺も道理のわからない男じゃない」
 今後は特別なためにするって約束する、だからその俺の我儘ももう一つ聞いてくれないか。
「なんすか」
「断られたショックですっかり渡しそびれてしまったけど、これ」
 泣き腫らして目元の赤く染まった騎士さまは、それでも綺麗な所作で俺の前に跪き、左手を恭しくも取りあげるとシンプルながらも美しく彩られた指輪を一つ、差し出してくる。
「俺の尊敬と尽きない敬愛の証だ、今後ともあなたが共に居てくれると言うのなら、誓いの証としてどうか受け取ってほしい」
「騎士でもなく伝説に謳われた英雄としてでもなく、我が愛する人として、おまえの愛を受けよう」
 さあと促せば震える指で左手の薬指へと指輪を通してくれる、おまえの分はと聞けばもちろん用意してあると言うので、今度はこちらの番だなとローランの大きな手の中へ、指輪を通してやる。
「しかしなんかすっげえ高そうですけど、こんなの貰ってよかったのか?」
「俺ってあんまり物には執着しないからな、むしろきみの立場も考えて相応しいあつらえがどんなものか、不安だったくらいなんだけど」
 あるフランス皇帝からのオススメだったんだが、どうかなと聞かれて、まあ好きなほうではありますよ、繊細そうなんで傷ついたりしないかが不安だけど。そこは魔術礼装でガチガチに固めているから大丈夫だ、なんなら宝石そのものの硬度よりも強い衝撃でも平気だと太鼓判を押してくるので、相変わらず魔術の力ってのはすげえなと感心してしまう。
「今のは、格好はついたか?」
「そうっすね。あとこれも言っておくべきか、俺この部屋に移ろうかなって思ってんだけど」
「えっ!」
「マスターの許可はもらって移動の手続きはしてるんで、おまえがいいって言えばすぐにでも移ってこれるけど」
 急なんで流石に今日明日ではねえけど、おまえが移動するほうがいいならそっちに合わせます、まあ好きなように。
「そんなこと、いいのか?」
「来ないほうがいい」
「いや、心の準備が」
「さっきも言ったけど、一緒になる気ならこの程度は覚悟できてないと困る」
 それとも俺に今後とも通い妻でいろっていうのか、それがそっちの流儀だっていうなら、合わせてやらねえでもないけど。
「混乱してるんなら、すぐ決めなくていいから、多少は整理も必要だろうし回答はまた今度でも」
 そう言いかけた俺の手をぎゅっと強い力で握り締めてくるので、おいやめろと声をあげるも離してはもらえず、どうしたと聞けばもう一つ我儘を聞いてくれないかと小さな声で呟く。
「内容にもよるけど」
「うん、きみが腹を括っているっていうんなら、よかったら今日からでも帰らないでくれないか」
「多少なりとも、荷物はあるんだけど」
 でも無言のまま期待するように目を輝かせる相手を前にして、この手を振り切るなんて選択肢が俺にできるとも思えない。もはや引き返せないほどに、この引き止める手が、指輪を差し出したあの指が、熱く燃えるような青い目がどうにも自分の身を焦がす。
「わかった」
 そう答えた俺にようやく笑顔を取り戻したローランが、全力で抱き締めてこられて思わず後ろへ仰反るものの、なんとか受け止めて頭を振り絞って、こんなときに言う決まり文句を口にした。

あとがき
自分、ローランをあんまり全裸にさせてなかったなって。
2022-11-22 Twitterより再掲

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