同じ夢は二度見れない

 なんの因果で呼び寄せられたのかわからない地で、釣りをしていたら勝手に太公望と勘違いされ、あれよあれよと梁山泊の軍師なんぞに任命されまして。
「自分でもなにがなんだか、わかんねえっすね」
「そういうもんですよ、深く考えなさんな」
 まあ災難だったと思ってと酒を注いでくれる弓兵に、ありがとうございますと会釈して受ける。彼等が所属するカルデアという場所は、ここよりはるかに多くのサーヴァントが集っているとか、どんな奇跡の類があればそれだけの魔力が維持できるんだ、と疑問に思うものの、そっちに関しては門外漢もいいとこなんで詳しくは知らないと、ロビンフットは言う。
「あの天草って人が言うには、俺も召喚されてるとか?」
「そうそう、なんだかんだ元気でやってますよ」
 こういうトンチキな出来事にも慣れてきてますし、それは良いことなのかと疑問を挟むも、ウチじゃよくあることですよと相手はもう慣れきった顔で言う。
「俺なんて今までに何度となく、トンチキに巻きこまれてますし」
「よくやってけてますね」
 自分だと途中で自信なくしそうだけど、そんなわけないでしょと笑いながらタバコへと火をつけ、そもそもおたく王族なうえに冒険者だろ、海千山千なんでも来いじゃないんですと言う。
「そんな簡単にはいかねえっすよ、俺にも色々と事情もありますし」
「古今東西、英雄なんてそんなもんでしょ」
 凄い奴は青天井ですもん、あんたはまだ箔があるほうだと口にした煙をゆっくり吐き出し、どんな理由であれ身分の保証があるだろとつぶやく声が、少し低くなった気がしたのでなんだろうか、と違和感を口にすべきか迷う。
 するとその機微を感じ取ったのか、相手は再び人の良さそうな笑みを戻した。
「なにせ太公望でしょ?」
「あれは、もう忘れてください」
 ほらもうすっかり肩の力も抜けてるだろ、と指摘してくる相手にもう一杯どうですと勧めれば、ありがたくいただきますよと酌を受けてくれた。
「そっちの俺はどんな奴ですか?」
「お人好しだなって思ってますよ、色々と因縁のある奴も多いだろうに、本当にうまいことやってますよ俺とは違う意味で」
 特に迷惑をかけたなんて話はないらしく、そこはよかったなと思うものの、まあ地味で目立ってないだけかも。
「最近は派手に噂になったけど、あんたを追いかけてた御仁のおかげで」
 そりゃもうカルデア中を巻きこんだ告白劇だったんだぜと、喉を鳴らして笑う男を前に一体なにがと聞けば、食堂のど真ん中で告白されちゃったんですよ、その後はそりゃもうあちこちひっくり返る大騒ぎ。
「ずいぶんと、物好きなご婦人もいらっしゃるんすね」
 とはいえ召喚された相手も同じ英霊ならば、恋に燃えるタイプのお人なのかもしれない、なにか呪いを引いたのか酩酊したのかはわからないものの、そういう人がいたっておかしくない。
「お相手、気になります?」
「俺には関わりないことっすけど、なんすか高名なお人なんですか?」
 それか笑い話にできそうな化け物だったとか、一体どんなだろうかと身構えると、あんたにとっちゃそれに近いかもなと少しトーンを抑えてつぶやく。
「まあ与太話だと思って、聞いてくれてもいいんですけどね」

「カルデア側に召喚された俺って、本当に同一サーヴァントですか?」
「急にどうしたの?」
 不思議そうな顔をする少女を前に、やっぱり聞くべきじゃなかったかなと思ったものの、いやここで引っこむわけにはいかないと迷いを振り切る。
「昨日ちょっとロビンフットから、聞いたんすけど」
 そっちの俺には、恋人がいるとか言っててその相手が、そこまで切り出して予想がついたらしく、ああと小さくつぶやく。
「聞いちゃった?」
「酔っ払いの戯言だって思うならそれでいい、って言ってましたけど」
 その反応を見るに、違うんですねと確かめればまあうんと苦笑混じりに肯定する。
「なにがどうなってあいつにすっ転んだんですか?」
「話せば長くなるけど、聞く?」
 じゃあ釣りでもしながらと声をかけると、うんと釣竿を用意して近くの釣り場にしている川辺へ移動してくる。
「そういえば、釣りとかしたことあるんすか?」
「ちょっとだけね」
 そう言うものの、少女にしては慣れた手つきで釣り針に餌をつけて水面へ投げ入れていく、こういうアクションに動じないのを見るにつけ変わったお嬢さんだなと思う。二人隣合って釣竿を垂らして、さてどこから話そうかなと軽い口調で始める。
「とりあえずローランは、俺の知ってるあいつで間違いないわけっすか?」
「うん、よく知ってるローランで間違いないと思う」
 エリちゃんや呼延灼ちゃんのようなかんじではなく、聖騎士で男のローランその人だと断言するが、なんでまたそんなことにと疑問が余計に湧いて出る。
「ローランがマンドリカルドに惚れちゃって、猛アタックしたんだよ」
「あいつ男もいけるタイプでしたっけ?」
「そういうわけじゃないと思うよ、実際に魅了耐性はすごい低いし」
 恋多き騎士の伝承に引っ張られてるのはそう、敵と戦うときには色々と気をつけてるよと話すマスターに、あんたは危険だったりしないんすかとたずねる。
「わたし?」
「だってあいつはさ、ほら公然の場で服を脱いだり」
「勝手に脱がないでとは言ってるんだけど」
 今のところ全裸にはなってないよと語るので、いや年頃の娘さんの前で大量に肌を晒してるのも、あんまり褒められたもんではないと思いますと指摘する。
「肉体自慢のサーヴァントが多くて、あんまり気にしてなかった」
「感覚鈍ってませんそれ」
 普通の少女の前で脱いだらそれはもう露出狂なんですよ、現代の価値観に当てはめりゃ法に反してるわけっす、普通に許しちゃダメでしょ。
「最初に全裸OKしたのがマンドリカルドだったよ」
「俺が?」
 お酒を飲んでていい気分になっちゃって、自室でサシ飲みしてて他に誰もいなかったから、今回だけだぞって言っちゃってそれがきっかけだったらしい。
「正気の沙汰じゃねえ」
「二人とも酔っ払ってたし」
「そもそもサーヴァントは酔うもんじゃねえはず、なんすけど」
 でも梁山泊のお酒でもみんな酔ってるでしょと指摘されて、ぐうの音も出ない。なにかしらの魔術の要素が絡んで場の空気もあれば、まあ緩むことくらいはあるんだろうなとしか。
「脱ぐ許可を貰ったくらいで、男に惚れるんですかあいつ?」
「理由はそれじゃないけど、きっかけはそうだって」
 ますますわかんねえと首を傾げる俺に対して、脱ぎ散らかした服を片づけてくれたのが嬉しかったみたいだよと言われても、性懲りもなく俺の前で脱げるあいつの神経がわかんねえと首を横に振る。
「もしかしてあいつ、バーサーカークラスですか?」
「ううん、セイバーだよ」
 ウチでは全裸セイバーとか呼ばれてると笑っている少女に、その呼称は止めてやってくださいよと指摘するものの、本人が別に気にしてないんだよねと困ったように言う。
「そもそも、なんであいつ俺とサシで飲んでたんすか?」
「召喚された日に、カルデアの案内を頼んで」
「俺に?」
 他に誰かいなかったんですかと聞けば、偶然にも十二勇士で居合わせたのがアストルフォの一人しかおらず、他に頼める人がいないと困ってたマスターに、向こうの自分が助け舟を出したらしい。迷惑にならない範囲で手を差し伸べた形だろうけど、ちょっとお役には立ててはいるようだ。
「やっぱ歓迎会とかしたかんじですか?」
「うん、宴会だったよ」
 どこでもやることは一緒なんだな、でもあんま賑やかな場所とかには居づらいし、途中で抜けたとかですかとたずねると、やっぱり別の召喚でも自分のやることはわかるんだ、と関心したように返される。
「そりゃ俺のことなんで」
 他に十二勇士が召喚されてるカルデアで、歓迎会を開いてもらった主役の隣にずっといるとは思えない、だから途中で抜けたか二次会でサシ飲みしたんだろうなと。
「ローランの恋愛感情はもう読めねえんすけど、流石に俺は迫られたとき拒絶しましたよね」
「最初はもちろん断ってたよ」
 そりゃ無理だろ、いくら俺でもそれは正面切ってお断り案件だって。でも失恋して全てを投げ出せる精神を持ってる、表面上は最強の騎士。
「強くはありますけど、他の面で扱い難しすぎでしょ」
 カルデア中を賑わせたとかいう騒動について、彼女には多大な迷惑をかけたのは想像できた、もう始まりの時点で大混乱なのに、結論がどうしてそうなったか予想つかねえっていうか。
「押し切られた形ですか?」
「そうかなって疑ってたけど、違うと思う」
 色々あったけど、その全てを通してわかり合えたと思うよ。暴走することもなく、思ってるよりずっと落ち着いた関係だと彼女は言うが、どういうことっすか。
「恋して燃えあがったけど、その感情を上手い具合にいなしてくれてるっていうか」
 告白からアタックまでは暴走気味だったけど、念願叶ってからはそんなに暴走してるのを見ないっていうか、うん、いい関係だなって思ってると断言される。
「いい関係って」
「実際そうだし」
 デートだって誘いに来たローランに、一緒にご飯食べてその辺ブラブラしてるのにつき合ってるよ、と言う。
「それってデートの範疇なんすかね?」
「ローランにとっては、そうみたい」
 なるほど苛烈なアタックに対して、その後の行動が落ち着いてるとあれば、うまくいってるんじゃないかという評価もまあ頷けるけど。
「っていうか俺側が受け入れを了承するまでに、何回か戦ってません?」
「決闘はしたよ」
 サーヴァントとして同じ主人に仕えるんなら生前のあれこれは、一旦は棚上げにするけど、そこに個人的な感情を入れてくるなら話は変わってくるもんな。
「どっちが勝ちました?」
「ローランのほう」
「やっぱり」
 相性がどうとかじゃなくって、単純にあいつとの霊基に違いがありすぎるだろう、純粋なタイマンだったらそりゃ負けるか。
「もしかして、決闘の勝敗でつき合うか賭けてたとか?」
「違うよ」
 そりゃその条件ならあいつがそもそも受けないかもしれない、まあでもちょっと羨ましいかもしれない、正気かはわからないものの生前の自分の行いを振り返ってみれば、あの出来事は避けて通れない道の一つだろう。
 そこの決着がついたとなれば、多少は心境の変化はあるかもしれない。
「いやでも、やっぱ想像つかねえ」
 どんな気持ちで受け止めたんだそっちの俺、自分であっても別人というのはこんな感覚なんだなと。
「いつかどこかで、カルデアの記録だけ見返すことがあったら、なんだこれって思うでしょうね」
「そうかもね」
 前の召喚の記憶を引き継いでいるのか、それともなにもないのかは人によるみたいだし、今回のきみもどこかの記録で振り返ったときに、なんだこれって思われることもあるかも。
「そうっすか、こっち来てから普通にしてましたけど」
「太公望と間違えられて、軍師に任命されたのに?」
「それはもう言わないでください」
 ごめんと笑う少女の釣竿が揺れる、あっと声をあげる間もなく水面に飛沫があがりわあと声をあげて、慌てたように引きあげにいくので落ち着いて、ゆっくり逃さないように適度に弱らせるように泳がせてと、アドバイスするも力負けするかもしれないと引っ張る少女に、網を持ってすぐ掬えるように準備をする。
 見事に巨大な魚を釣りあげた彼女の功績によって、今晩の食事には盛大な魚料理が振る舞われた。

 ハロウィンに起きた謎の特異点にレイシフトしたマスターたちが帰還した、多数のサーヴァントが適正を持っている変わった場所だったらしいが、向こうで俺に会ったよと言うので、それには驚いたもんだ。
「あんま縁のない場所だと思うんすけど」
「どうだろ、思ったより縁のなさそうな現地サーヴァント多かったけど」
 ローランとつき合ってるって聞いて、ビックリしてたよと語るのでそりゃそうでしょうねとしか言えない。
「本当に俺かって、疑われたでしょ」
「やっぱりわかるんだ」
「そりゃそうでしょ」
 どんな奴だったかは知らねえっすけど、少なくともサーヴァントで召喚される自分は根っこは変わらないわけで、とすればこの関係に疑問しか口を挟めないだろうと。
「だって二度はねえと思いますよ、どうしたって今生限りでしょう」
 だから今後、他の誰かにローランが惚れたとしても、それはまた別のあいつのことだと割り切れる。俺たちのことは今限りの夢みたいな時間だって。
「なんかちょっと、寂しくない?」
「今生限りって思っておかねえと、むしろもったいねえなと思いますけど」
 たぶん俺とあいつが召喚されて敵対しないなんてこと、早々に起きるわけないから、だったらまあうん、今の自分はあいつの隣を独占しているわけだ。
「二度とはねえんで、堪能しておかないと」
「マンドリカルドってさ、なんだかんだで人を手玉に取るの上手いよね」
「あっちの俺、なにしたんです?」
 いやきみのほうだよ、末恐ろしい男だなあってたまに思うんだけどと言うので、末もなんも死んでるんでこれ以上、なにかに化けることなんざねえはずなんすけど。
「あっ、マスターじゃないか」
 お帰りと挨拶してくれるローランに対して、二人で揃って顔を向けると、マスターが開口一番にローランって果報者だよねと言う、
「急にどうした?」
「なんか、向こうではぐれサーヴァントの俺に会ったみたいで」
 なるほど敵対したのかと納得した相手に、向こうのマンドリカルドの話聞くとたずねられる。
「どんなだったんだ? 俺様が服を着てるタイプ?」
「ううん、太公望だった」
「はあ?」

あとがき
マンドリカルドとロビンフットの会話、個人的にとてもよかったです。
2022-10-23 Twitterより再掲

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