親心とは言うけれど
現世に召喚されて、かつて自分の元で仕えてくれた勇士と再会できた、こんなことが起きるものなんだなと関心したのも束の間、かつての筆頭騎士が恋人だと連れて来たのが、親の仇として彼をつけ狙っていた男だった。
経緯についてある程度は聞いたものの、いまだに驚きを隠せないものの、まあ事実は小説よりも奇なりってな。本人がそれで幸せだっていうんなら、外野が口出しする道理はない。
それはわかっているんだけど。
「おかえり」
「ただいま」
周回から戻ってきて出迎えてくれた相手に、さっきまで引き締まってた表情が崩れる、ああ人間らしい顔してるなとほっとする部分でもある。因縁の相手だろうに、ローランを受け入れてくれたという彼の懐の広さには感服する。
「じゃあ、俺はこれで」
一礼して部屋へと引きあげる二人を見送り、どうなることかと思いましたが順調そうでよかったですと言うブラダマンテに、そうみたいだなと歯切れの悪い返答をする。
「なにか不安なことでも?」
「ああいや、話には聞いてるけど実際にそのときにいたわけじゃないから、まだ少し不思議なんだよな」
仲睦まじいことは伝わってくるものの、でも当時のゴタゴタが身に染みているわけじゃないから、恋人としては正しい距離感ではあるだろうけど、側から見てると心配になるというか。
「決して相手に不満があるとかじゃないぞ、ただなあ」
最近よくローランの部屋に招かれてるのを見るけどさ、頻度の高さとか時刻とか色々と考えてしまうんだよな。
「心配しすぎでは」
「そうかもしれないけど、ローランだろ」
恋のために王令すらも反故にした男だ、迷惑かけたりしてないかと心配にもなるわけで。
「一度じっくり話してみたいんだけど、なんか俺は避けられてる節があるし」
「前にバックステップで逃げられたとか」
いい人なんですけど、ちょっと自己評価が低いところがありますので、遠慮されている点はあるのではないかと思いますよとフォローしてくれるものの、はいそうですかで受け止められるわけもなく。
裏から手を回すという方法も考えてみたものの、そんなことして更に警戒されても人間関係としてよろしくない、もう一度、正面から話しかけてみるか。
「マンドリカルド、ちょっといいか?」
なんすかと一歩後ろへ退がりかけた相手に、ローランのことでさちょっと話してみたいことがと続けると、思い留まってくれたらしく、あいつからなにか言われましたと不安そうに視線をさまよわせる。
「ああいや、愚痴を聞いてとかじゃなくってな、俺ってほらきみたちの馴れ初めについては人から聞いただけだから、実感が薄くてまだふわっとしているというか」
仲良さそうなのは伝わってくるんだけど、こう無理強いされたりしてないかと聞けば、いや大事にされてるなと思いますよと床に視線を落としたままつぶやく。
「本人に言い難いことがあるなら、俺からそれとなく注意するけど?」
「いや大丈夫っす」
本当に大事にしてもらってますと頬を染めて返すので、遠回しに言っても仕方ないなと腹を括って、背筋を伸ばしてあのなと切り出す。
「恋人同士の触れ合いに、外野が口を出すのは間違ってるかもしれない。けどあいつの恋路は、なんというか苛烈だろ?」
最近よく部屋に招かれているし、二人きりで過ごす時間が多いということは、仲は順調なんだと思うんだけど、逆に押しが強すぎるあまり拒否しきれないなんてことないか?
「えっとそれはもしかして、ですけど、泊まりに行ってることについて、言ってます?」
「強要されたり、押しが強かったり、体調で困ってるとかないか?」
ああーとしばらくどう答えるべきか困ったように、しばし黙りこんでなにごとか考えていたようだが、ようやく決意を固めたらしくあのですねと正座で背筋を伸ばし、あんたが心配するようなことは特にないんでと、小声になりながらつぶやく。
「心配することっていうと」
「まだ、してないんです」
「してない?」
あーだからそのと右往左往してから、大きくため息を吐いてから手招きされるので、素直に相手のそばに寄ると、実はまだそういうことはしてませんと、震える声で答えられる。
「えっ、ええ?」
いやあれだけ毎日泊まりに行ってるだろ、二人っきりの恋人の部屋でだぞ、その状態でなにも心配されることはしてないと。
「嘘だろ?」
「そう思いたいんですけど、本当です」
ハグとかそういうスキンシップはしてますけど、それ以上の深いことはまだと、羞恥に震えながら答えられるので、じゃあ毎晩のように泊まりに行って、なにしてるんだと聞き返せば、しばし間があってから添い寝ですと蚊の鳴くような声で言う。
「あの、勘違いされてそうですけど、ローランは想像以上に身持ちが固いというんすか、そういう交わりに関しては、ちょっと間を置かれているというか」
だからあんたが心配しているような、なんというか、ふしだらな関係ではないし、無理強いもされてないですと視線を逸らしたまま言うので、それはちょっと予想外だったなとつぶやく。
「てっきり、結構もう深い仲なのかと」
「そう思われても仕方ないでしょうけど、なんつうか前に軽く、ちょっと誘惑じみたこと、してみたんですけど」
そうしたらローランに魅了が入り、ガッチガチに身動きが取れなくなってしまって、それで完全に雰囲気もテンションもぶち壊しになったらしい。
「以後、まず俺に触れること、そばにいることに慣れてもらうために、ちょっとずつスキンシップを増やしていこうっていうんで」
毎晩ガチガチになる相手に少しずつ慣れてもらおうと、添い寝をして朝を迎えているような状況だとか。
照れを通り越し羞恥で真っ赤に染まり、いっそ殺せと言いたそうな表情で座っている相手に、それは逆の意味で迷惑をかけているようで、震える声で悪いなと返すしかない。
「別にあんたが悪いわけじゃ」
「いや今回ばかりは、下世話なことを聞いた俺が悪かった」
親心ってわけじゃないけど、いくらなんでもプライベートかつ繊細な問題に踏み入りすぎた、過保護すぎると倦厭されても仕方ない。
「どこかで教育を間違ったかな」
「いや間違ったとかではないっしょ、たぶん素であんな奴です」
あんたが謝ることもないし、困ってるわけでもない、むしろ男にしてやれなくてすんませんと頭を下げられるので、いやあいつの性分に根気よくつき合っていられるとは、懐が深いと称したブラダマンテは間違ってなかったんだなと、改めて関心するばかりで。
「あの、あんたはローランから見て叔父にあたるんですよね?」
親族としてはやっぱり不満ですか、とおそるおそる聞かれるので、そんなことはないぞと否定する。
「普通はどこぞのお姫さまとか、少なくとも貴族のご令嬢が望ましいでしょ」
「それと本人の意志はまた別だろう」
身分というならきみとて一国の主だし、釣り合いというなら充分に取れているだろうし、そもそもあいつを受け止められるだけの度量の広さを考えると、早々に巡り会えるとも思えない。
「今生限りかもしれないけど、末長くよろしく頼む」
「は、はあ」
なんかどうにも微妙な空気感が流れているので、それを払拭するためにとにかくだと声をあげる。
「今後なにか困ったことがあったら、遠慮せずに言ってくれよ、力になるからな」
「そう、ですか」
ありがとうございますと消え入りそうな声でつぶやくと、俺そろそろ失礼しますと一礼すると退散されてしまった。
「俺ってそんなに信用ならないか?」
「おまえが恋した結果、どれだけ振り回されたと思ってるんだ?」
ただでさえ手に負えない子ではあったぞ、その負えない部分を差し引いても素晴らしい戦果をあげてきたからこそ、おまえは騎士として素晴らしいと胸を張って言い切れる。脱衣と恋に狂うことさえなければ、欠点はないと言っても過言ではないのに。
まさか今生のマスターに迷惑かけるわけにはいかないだろ、流石にそんなことになろうものなら、俺たちや他のサーヴァントが手を尽くして止めるだろうし、最悪は令呪で縛りをつけて抑えこむこともできるだろうけどさ、それは最終手段だ、それはわかってるだろと言い聞かせるように伝えるものの、当の本人はまだ納得できてないらしい。
なんでわかるんだと驚いたように聞き返すので、いやそっくり顔に出てると指摘する。
「だってさ、マンドリカルドが泊まりに来てくれなくなったんだぞ」
前々から人目は気にしてたけど、やっぱり目立つしやり過ぎたと勝手に反省されてしまって、非常に夜が寂しいと文句をつけられるので、それは俺じゃなくって本人に言ったほうがいいと思うぞと、苦笑気味に返す。
「子供じゃないんだからゴネるなって」
甘やかしすぎてつけあがるタイプではないけど、まあ正しい判断とも言えるか。「しかし、おまえから恋人について聞かされる日が来るとはな」
感慨深いぞと語る俺に、なんで俺に関わることになると、そんな親目線で話されるんだと本人は不服そうな顔でつぶやくので、そう怒らないでくれよと言う。
「そもそも最初に押し倒したって聞いてたから、心配はするだろ」
「それは、うん、弁明しようがない」
酔っ払っていたとか言い訳をせず、潔く認めるのはいいところだと思うぞ。相手もそこはいい所だと認めているようだけど、絶対に愛想を尽かされないようにな。
「邪魔した相手に言われたくない」
「悪かったって」
親心だと思って許してくれ、とは流石に言っちゃダメか。
あとがき
マンドリカルドとシャルルマーニュの距離感って、どんなもんだろうなと。
2022-10-13 Twitterより再掲