朱に交われば赤くなる
「あれ、マスター今日は髪飾りの色違うね」
「そうなんだ」
いつもはオレンジ色の彼女の髪留めは、柔らかい紫色とピンクの二色使いの物に変わっている、イメチェンなのと気楽にたずねるアストルフォに、実はマシュとお揃いにしたのだと胸を張って答える。
「お揃い?」
「そうそう私の学校でさ、友達や彼氏とかと持ち物の色を合わせたり、カラー違いのスプレーの蓋だけ交換するとか、流行ってたんだよね」
そんな話をしたら、丁度布も余ってるし二人でお揃いにしなよって、ハベニャンが作ってくれたんだよと嬉しそうに語る。
年頃の少女らしい会話で、内容も相まって平和な気分だったのだが、ことがそれだけで済むはずもなく。
翌日から、マスターに近しいサーヴァントたちの間で、オレンジ色が大流行しはじめた。
「どこもかしこもオレンジだな」
「いいんじゃない、みんな気に入ってやってるんなら」
見た目にも明るくなるじゃんと言うアストルフォに対して、そうは言っても限度があるだろと呆れ口調でシャルルマーニュは返す。
「まあ一時の流行りではあると思います」
それに大事な人とお揃いっていうのは、やっぱりちょっと気分があがりますよ、他のサーヴァントの皆さんにも少しずつ浸透していってますし、とブラダマンテが言うとおり、普段と違う服装やアクセサリーを身につけている者も見かけるようになった。
「いいなあ、僕もジークとお揃いにしようかな」
「一応聞くけど、なにをお揃いにするんだ?」
「えっ、うさ耳でよくない?」
いや絶対にダメだろと王さまと揃って否定すると、なんでだよ可愛いじゃんと本人は悪意なく提案しているので、お揃いの色のなにかか控えめなリボンで留めておけ、相手にだって選択権はあるぞと言われて、仕方ないなあと考えを改めるようだ。
「ローランはしないの?」
「えっ?」
いや恋人っていうんなら、僕らの中じゃ真っ先にするもんじゃないのと聞き返されるも、そうなんだけどさと言葉を濁す。
「もしかして拒否された?」
「言うなよ!」
すっごい冷めた視線で、えっいやですけどと淡々と返されたんだぜ。
彼の性格もなんかわかってきたから、もしかしていやがられるかなと、薄らと予想はしてたけどさ、ここまで明確に拒否られると心にくる。
「控えめなおかたですから、悪目立ちしたくないとお考えなのでは」
「それはわかってるんだけどさ」
ひどいとは言わないぜ、しかし一切の躊躇なくいやだって言われるのは流石になあ。
「でもまあ、実際に恋人に言われたら傷つきはするよね」
「だよな」
なにがダメなんだろうなと言えば、周りに茶化されるのがいやなのではと指摘される。浮かれすぎだってよく口にしてるもんなあと振り返ってみるけど、もうちょっと妥協点くらい探してくれてもいいんじゃないか。
「あんなにヘクトールさま全力推しの格好してるくせに」
「それは、私たちが否定できることではないのでは?」
それも理解してるんだけどさ、もうちょっとこう心を傾けてくれたっていいじゃないか。
「と、ローランは嘆いていましたが」
「だってなんか、むず痒いじゃないすか」
マスター周りの人見てくださいよ、ワンポイントからわざと目立つ主張してる人まで、とかくオレンジじゃないですか。
あそこまでいかなくとも、ワンポイントだけ交換って言っても、あいつと俺ってなんか服の趣味が違うんで、絶対にバレるじゃないすか。
「それもすっごく今更だな、って思いますよ」
僕だけじゃなくって、大体の人はなんとなく知ってるじゃないですかと言うパリスに対して、ただ知っているのとちょっかいかけられるのは違うんすよと返す。
「でもさあ、流行ってるんなら今の内にやっておいたら」
後になったらもっと悪目立ちするよと言う羊形のアポロン神に、それもわかってるんですけどねと答える。
「あいつって浮かれてるとこう、常人の考えから外れたことするんで」
あんま目立たない方法を考えてる最中なんすよと返せば、やってはくださるんですねと意外そうにブラダマンテが言うので、正面からいやだって答えたら思いっきり涙目になってたんで、悪いことしたなと思ってたんですよと、あの日のことを思い返して言う。
「大の男があの程度で泣くのかと」
「いい子じゃないか」
あんまりイジメないであげなよと言うアポロン神に、いや別に泣かせたくてやってるわけじゃねえっすよと一応は補足する。
「そもそもあいつほら、全裸至上主義でしょ」
そんな相手からペアルックしてえとか言われたとして、どこの部分をという疑問が湧いて出るっつうか。
「それは、否定し辛いですね」
「古代のオリンピアンみたいでいいんじゃない?」
「よくねえっす」
じゃあどうするかなんすよね、あいつが簡単に脱ぎ捨てられないようななにかでしょ。そんな都合よくいいものなんてあるか、衣服じゃなくてピアスみたいな体に直接作用するようなもんとか?
「あっ、そうだ」
ふと思い立った一つの案、これならば特に痛みもなくかつうまくやれば他人にバレない、あとは強力してくれる相手を探すだけだけど、なんとかなるかな。
マンドリカルドから部屋に来ないかと誘われた、二つ返事で行くと即答してそれじゃあと連れられて来たわけだけど。
「昨日は悪かったな」
なんか謝られるようなことあったっけと首を傾げれば、ほらなんかお揃いにしたいって言ったの、いやだって即答しちゃってと視線をそらしたままつぶやくので、いや俺も思いついたまんま言って悪かったよと返す。
「ちょっと考えればわかることだった、きみがそういうの苦手だってことくらい」
「まあ、変に目立つのはちょっとなあとは思うぞ」
ただ周りにからかわれるわけじゃないなら、いやってわけじゃないんだよと小声になりつつこぼすと、だからまあ人に見れない場所ならいいかなと思ったんだけど、どうすると聞き返される。
「どうするっていうのは、えっと?」
「あーえっと、そのね、知り合いに頼んだから作ってもらえまして」
そう言いながら差し出されたのは透明な液体が詰まった小瓶だ、なんだこれとたずねると、ネイルポリッシュっすよと言う。
「色ついてないけど」
「塗るときに魔力を注ぐと好きな色に変わるみたいで」
魔術ってそんなこともできるんだなと関心したら、比較的に簡単なものだって調合した人は言ってたけど、危ない物じゃないんだよなと聞き返すと、そこは問題ねえっすよと太鼓判を押してくれると同時に、こういうのいやとかねえっすかと聞かれる。
「いや特には、もしかしなくてもだけど、あれか、お揃いにしてくれる?」
「ここまでしといて違ったら、流石に怒られません?」
それで何色がいいんだとたずねられて、急だし考えてなかったなと赤面したままつぶやく。
「同じ色じゃなくって、相手のイメージカラー同士を使うんでしょ。俺のイメージってあんまパッと出ないんすけど」
髪とかもうちょっと派手だったらよかったんでしょうけど、あんま特徴ねえでしょと言うので、そんなことないぞと頬を撫でて返す。
「目の色とか綺麗だろ」
「おまえに言われても説得力ねえ」
なんでだよと聞けば、金髪碧眼って美形の鉄板だろうがと頭を撫でてくる、そこはほら隣の芝生は青いってやつだろと言い返せば、そんなもんかと首を傾げつつも瓶の中身を振っていく。
「じゃあ、靴脱いで」
「なんで靴」
普通こういうのは手じゃないのかと聞けば、人前で軽々しく見せびらかさないように足でと指定される。
「もしかして、弱点を握られるのは不安だったりする?」
なら無理には言わねえけどとつぶやくので、そういうわけじゃないんだと震えながら答えて、改まって脱げと言われると緊張するものでさと言えば、いや足だけでいいんだけどと冷めた声で指摘される。
わかったと靴を脱ぎ去り素足をさらすと、濡らしたタオルで足を軽く拭いてくれるので、くすぐったくも拒絶もできずされるがままに任せていく。
「それじゃ塗っていくけど、俺の目の色でいいの?」
「えっ、うん」
自分の目とか改めて言われても、想像つかないんだけどなとぼやきつつも、蓋を握って軽く魔力をこめると、小さく光ると透明な液体が銀色に近いが金属寄りではない、柔らかいシルバーグレイの色合いへ変わる。
「こんな色してるか?」
「ああ、綺麗に再現されてると思うけど」
そうなのかと納得しているかわからないが、蓋を開けて中の液体を付属のハケに適量になるよう取ると、左手で足先を掴み爪先に色を乗せていく。
縦に真っ直ぐ塗っていくハケの動きがなんとも言えずくすぐったい、というか慎重かつ丁寧に塗っていく相手の顔が近い、ともすると息がかかるくらいそばにあるため、思わず指に力が入ってつま先が丸くなる。
「塗りにくい」
「ごめん」
でもこれはしょうがないだろ、足裏が弱点ってのはそうだけどさ、くすぐったい以上になんかおまえに触れられてると思うと、こう心臓に悪いんだよ。
「危害は加えないんで」
「わかってるんだが、そうじゃなくって」
改まってじっくり他人に触れられる場所でもない、裸足で歩いてなにか踏んだとか、汚れを洗い落とすとかそういうのとも違うだろ。
「つま先ばっかり延々と、なぞられることないだろ」
「それは確かに。俺もそんな器用じゃねえんで、早くできなくて悪いな」
すぐ終わらせるからもうちょっと我慢してくれと言いながら、足りなくなった液体を補充すると、塗りかけの中指から薬指へと向かっていく。本当にあと少しなのはわかるんだけど、端に向かうにつれて神経も集中してしまうので細かい場所ほど、焦ったさも増してくる。
「よし、右足終わり」
ようやく彼の手から解放されるものの、濡れた爪先が僅かに冷たくて、なぞられていた場所をいやってほどに痛感させられる。乾くまでは動かしちゃダメだぞと注意されてしまったので、下手に身動きも取れない。
「速乾性らしいんで、そんな時間かからねえらしいけど」
五分くらいはそのまま動くなよと注意されて、残りの左足を掴まれる。ビクッと思わず肩を震わせると、一気に終わらせたほうがいいだろと苦笑気味に言う。
「そうなんだけどさ」
「痛いわけじゃないなら、もう少しだけ我慢な」
ほらと足先を柔らかく掴んで、残りの指へとネイルボトルから取り出したハケで色を乗せていく。苦しいわけでもないのに息を詰めてしまうのは、トロッとした液体を塗られる感触がなんだか舐られているようで、いけないことをしてる気分になるからだ。
「なんて顔してんだよ」
「だってさあ、なんかやらしいんだよ」
どこがだよと眉をひそめながらハケを動かしていく相手に、正直に足を舐められてる気分になってきたと伝えると、はあと呆れ口調でこちらを見つめ返して、そんな気持ち悪いかと聞かれる。
「そうじゃなくてさ、いけない気分になるというか」
「ああ、そっちっすか」
足舐められるの好きなのかとたずねられて、いや特に好きだとかそんなんじゃないと首を横に降るものの、へえと信じてくれたのかそうでないのかわからない返事と共に、再びハケに液体をつけ直して中指を塗り終えると、あと少しだから我慢なとぐずる子供に言い聞かせるようなトーンで告げる。
「ほら、終わり」
よく我慢したなと瓶の蓋を閉めて言われて、安堵の息を吐くと頭を撫でてくれた。
「もっと褒めてくれ」
「しょうがねえ奴」
呆れ口調ではあったけど、優しい手つきで撫でてくれるので思わず擦り寄ると、大型犬みたいだなと笑う。
「あー、塗っておいてなんだけど、あんま似合わなかったかもな」
つま先を眺めてそう言うマンドリカルドに、そうかなと聞き返す。おまえが好むような色じゃないし、明らかに浮いてるだろと指摘されて、それでもこの色がよかったんだと伝える。
「俺の色じゃないって、一目でわかってもらえるほうが嬉しい」
「いや人前で見せたくないから、足にしたんだけど」
勝手に脱いで見せびらかすなよと言い含められるものの、こんなの嬉しくって見てほしいに決まってるだろ。それはダメだと額を小突かれて、そっちも牽制しておくかと言うと頭を撫でていた手が離れて、再び足元へ移動するとまだ素足のままだった足先を両手で包みこむ。
あっと声をあげる間もなく足の甲へと彼の唇が落とされる、声にならない悲鳴が喉から鳴るものの、それを無視し何度も足先へとキスを繰り返し、ちゅっと音を立てて強く吸いあげられて足の甲に赤い跡を残す。
それを見つめて満足げに笑うので終わりかと思ったのに、少しずつつネイルで塗られた爪先へ移り、わずかに口を開けて舌を伸ばし軽く舐めあげてから、足先からようやく離れてくれた。
「はは、すっげえ顔」
見たことねえくらい真っ赤だとおかしそうに笑う相手に、笑いごとじゃないぞと震える声で返す。
「おまえな、こういうこと、しちゃダメだろ!」
「あっ、もう乾いてるから靴履いてもいいぞ」
そんなことは今はいいんだよと両肩を掴んで彼と向き合い、こういうことするのはやめろ、自分の立場や身分をしっかり弁えろと強い口調で言えば、そんな怒るくらい気持ち悪かったっすかと目を伏せて言う。
「違う、そういうことじゃなくって」
他人の足を舐めるなんて軽率にしていいことじゃない、ましてやきみは王族だろう、かつての威光だと言おうともその事実は変わらない、ならば軽率にこんなことをするな。
「俺だって、こんなこと誰にでもするわけじゃ」
「だが今すんなりしただろ」
「おまえが舐められてるみたいだって、言うから」
言い出せないだけでそういうの好きなのかと思って、戯れあいのつもりだったんだけどごめんな、としおらしく謝られてしまって次の言葉が続かない。
「こ、恋人との戯れあいで、足舐めたりするのか?」
「人によっては、あるんじゃねえの」
いやまあそりゃあ色んな夫婦がいるだろうし、様々な関係性があるだろうけど、それとこれは違うというか。
「俺はな別に、きみを侍らせたいわけじゃないんだ」
そんな俺を見てまた噴き出すので、なんで笑うんだよと向き合ったままの相手に聞けば、いやそんな必死になって言わなくっても、大事にしてもらってるのはわかってますよと優しい声で続ける。
「わかってるんなら、きみも自分を大事にしてくれ」
「大事にしすぎて、いつまでも手出せないでいるのもどうかと思うぞ、見せられないだろ」
「見せないためにしてんですよ」
外で脱がせないためにつけたんだよと言うので、目立ちたくないって言うくせに、二人きりになったら強気なのはなんでなんだよ、いや人前でこんなことされたいわけじゃないけど。
そろそろ痛いんで離してくれないかと言えば、ごめんと謝って肩を掴んでいた手が離れる、素直だしいい奴なんだよなと改めて思う。
「えっと、それじゃあきみの番かな」
どうしたらいいと聞くローランに、ネイルの瓶を渡すと適当に振ったら透明に戻るから、次に塗る色を思い浮かべつつ蓋を握れば色が変わるはず。
靴を脱いで用意していたタオルで足を拭いていく間に、ついでに塗りかたについて注意点を伝えていく、自分も聞いて初めて知ったことで実践できてるとは思えないけど。
「なに色がいいんだ?」
小瓶の中身を振りながら聞いてくるので、そうだなとしばし考えてみるものの、おまえらしい色ってパッと思い浮かぶだけでも、いくつかあるもんなと返す。
ちょっと考えさせてほしいと伝えれば素直に待ってくれるので、その間に手を伸ばして頭を撫でれば、大人しく触れてくれる。合わせるなら目の色だろうけど、髪に合わせれば二人で対に映るだろうし。
「なんか、意外と乗り気なんだな」
「やるって決めたからには、半端にするのはよくないだろ」
自己満足と言われたらそうだろうけど、でもそういうものだろ。
「うん、やっぱりおまえの髪の色で」
「わかった」
それじゃやってみるなと蓋を握って魔力を軽くこめると、みるみる内に透明に戻った液体が金色に変わっていく、それを目を輝かせて眺めるローランへ向けて、できそうかと聞いてみればもちろんやるともと答えるので、じゃあお願いしますと右足を差し出す。
「躊躇しないんだな」
「大事に扱ってくれるんでしょ」
余裕があるのは羨ましいと言いながら蓋を開けると、余分な液体を落としてから爪先へとハケを滑らしてくる。確かに受け身になるとちょっとくすぐったいなと思う、身を捩って逃げ出したくなるほど焦ったいものではないものの、舐められているようだと言った彼の表現は間違ってはいなかったらしい。
真剣な顔でゆっくりと爪先に色を乗せていく相手を見つめる、指が震えているところを見るに、あんまり細かい作業は得意じゃないのかと聞けば、いやはみ出たりしたら申しわけないだろと言う。
「肌についても害はないらしいんで、大丈夫っすよ」
「そうは言っても綺麗にしたいし、肌を汚したくはない」
きみは失敗せずに塗ってくれている以上、俺が間違えるのは格好悪いしなと変に対抗心を燃やしているらしい。見た目は整っているように映っても、初めてやったんでたぶんぐちゃぐちゃっすよと励ましてみても、それでも納得できるようにしっかり塗っていきたいと、時間をかけてゆっくり塗り進めていく。
本人はいたって真剣だから指摘するのはやめておくが、徐々に顔が近づいているから息がかかってくすぐったい。そんなこと言おうものならわかりやすく動揺しそうだし、これ以上は下手にちょっかいをかけてはいけないよなと、こそばゆいのを噛み殺して終わるのを待つ。
片足だけでもたっぷり時間を使って、なんとかうまくいったと安堵の息を吐く相手に、少し休憩してからにするかとたずねると、一気に仕上げてしまうと首を振るので、無理はするなよと手を伸ばしてちょっと雑に頭を撫でる。
「きみ、こういうときに甘やかすの上手いな」
「そうか?」
自覚ないだけで人たらしだなって思うぜと言うので、そんなつもりないんすけどねと返せば、だからこそタチが悪いんだと言いながら左足の爪へ液体を乗せていく。
慎重にゆっくりとした手つきで塗り進め、ようやく小指まで到達すると満足そうにできたと声をあげて喜ぶので、上手いなともう一度頭に手を伸ばしかけたものの、それより先にネイルの蓋を閉めて机に置くと、足の甲へキスを落とされる。
「おい、ローラン」
そこは真似しなくていいと軽く小突いてやっても、無視してキスを降らせるので、そこまでしなくてもいいから、やめろと強い口調で言っても聞き入れる雰囲気はない。
じっとこちらを見つめる相手の青い目に射抜かれ、思わず身がすくむ。
「あの、怒ってる?」
「そういうわけじゃない」
ただきみが牽制するって言うから、俺だってそうしたいと思っただけだ。
「大丈夫だって、そんな心配しなくても」
大体、俺が牽制したのはおまえが外で脱がないようにだ、誰かに取られないようにじゃない、そう言ったところで聞き入れてくれる雰囲気じゃないし、どうしたらと考える脳内を乱すように、足先へ舌を這わされる。
「ちょっと、待て」
やめろと引き剥がすために手を伸ばすも、片手で簡単に防がれ抑えこまれてしまう、この馬鹿力と思いながらもなんとか逃げられないかと身を捩るも、大きな手で固定されているから逃げ場もなく、熱い息と舌の動きに追い詰められている。
「んんっ、本当にもうやめろって、ローラン」
爪に触れないように足裏から指の間を舐められ、くすぐったい以上にじわじわと迫りあがってくる性感に、逃げ場もなく緩く責め立てられていく。
「あっ、んぁ、ローランあの、もう本当にやめ」
取り繕えないほどに震えているのを見て、ようやくやりすぎたと気づいたらしい相手が、はっとしたように顔をあげてごめんと掴んでいた腕も解放してくれる。
「マンドリカルドあの、ごめん」
そんな泣くほどダメだったかと聞かれて、なんか変な気分になるからやめろと離れようとするのを、待ってくれと優しい腕に捕まえられ相手の膝の上へ乗せられる。こういうときに体格差を思い知らされるものの、ごめんと項垂れる相手が怒られた子供のようで、さっきまで男らしい顔してたくせにと思ってしまう。
「怒ってる?」
「いや、怒ってるってわけじゃねえっす」
ビックリはしたけどな、おまえがこういうなんだろう、ちょっといやらしいことを積極的にしてくるの珍しいから。今日のは俺の影響だろうけど、ダメなこと教えたかなと反省したり。
「きみだって、こういう触れ合いはダメなんだろ」
「別に、いやなわけじゃないけど」
単純に心の準備ができてないと、真剣なおまえは受け止められないだけで、そうでないんなら別に手を伸ばすのは拒否しないけど。
「そうなんだ」
へえと顔を赤くするローランに、心の準備はさせろよと念押して告げれば、わかってるよ同意なくはいやだ、そもそも大事にしたい気持ちは揺るがないと断言する。
「それでどうなの、満足したか?」
これでお揃いになったわけだけどと足を絡めてやれば、うっと声を詰まらせまたそうやって俺を困らせると、眉を下げた情けない顔でむくれるので、ごめんと謝って柔らかい髪を撫でる。
「ちょっとだけ手、貸してくれないか」
「はあ、いいすけどなに?」
「おはよう」
「おはようございます」
マスターから一緒に朝ご飯食べないと誘いかけてくれるので、ありがたくご一緒させてもらうことにした。今日の献立はなにかなと確認する彼女に誘発され、和食のセットを頼んでしまった、なんだかんだ生前には握ったことのない箸も問題なく使えているので、座の知識っていうのはすごいよなあと改めて思う。
「あれマンドリカルドってネイルしてたっけ」
「えっ、ああこれっすか」
イメチェンってほどじゃねえけど、まあそんなもんですと爪を飾る青色に、いいね似合ってるよと褒めてくれる。
「ありがとうございます」
「いいなあ、爪先のおしゃれって上級者みたいでさ」
憧れるよと言う彼女に、そういうもんですかと返すとしばし間があって、二人とも仲良いんだねと静かな声で続けられる。
「流石にバレますか」
「あれだけ流行ったからね、ネイルは初めて見たけど」
なんか他の人よりオシャレだねやってることがと指摘されて、大した理由じゃねえんです、手に関しちゃあいつの自己満につき合っただけなんでと苦い声で返す。
「愛されてるじゃん」
「そういうのじゃないっす」
ふうんと面白いものを前にした顔をする少女の、問い詰める視線から逃れるように食事へ集中する。
「なんでネイルにしたの?」
「えっいや、あいつの悪癖を考えるに、これなら簡単に脱ぎ捨てらんねえでしょ」
三日くらいで自然と落ちてきてしまうものではあるけど、勝手に脱ぎ捨てられるのとはやっぱり違うし、なら勝手に落ちたりしないものがいいなって考えまして。
それを聞いてたマスターが、へえとつぶやいて味噌汁を少し飲み一拍置いてから、聞いてて思うんだけどねと切り出す。
「なんだかんだ、すっごい愛してるよね」
「そうっすか?」
普通じゃないですかと言えば、火がついている本人には熱が伝わってないと笑う。
「いいなあ」
私もネイルしてみたいなと自分の手を見返す彼女の言葉に、周りで耳を傾けている奴がいることに気づくものの、また新しい流行りができるかもしれないな、と心の中だけで苦笑した。
あとがき
ローランは色気のあることをされたら、魅了でスタンされるか、怒るかの二択だと思ってます。
自分の好きな人が、自分を大事にしないことに怒るタイプっぽいなと。
2022-10-02 Twitterより再掲