落花流水の情
俺の恋人は少し物静かに端にいるようなタイプに見えて、愛想もあるし人当たりもいいからか、なにかの集まりに対してひょっこり顔を出していることも多い。
たとえばそう、ギリシャの英雄アキレウスと海賊の黒髭のような、どこで接点持ったんだと首を傾げる組み合わせであっても、なんでかよく顔を合わせてたりして、しかも仲良いんだよな。
「思ってることは口にしたほうがいいと思うんだよね」
「なにが?」
眉間に皺が寄るくらい見てて、なにもないは嘘でしょと言うアストルフォに対して、そんなに怖い顔してるかと聞き返すと、怒ってるというよりはムッとしてるなあってかんじかな、僕らは怖いなんて思わないけど人によっては怒ってるって取られるかも。
「男の嫉妬は醜いって?」
「そこまで言ってないだろ」
というかローランが遠慮してるっていうのが珍しいんだよ、マスターや僕らとの関係とも違う、下手すれば一番身近な身内になるんでしょ、だったらさきみの懐の深さを考えるにそばに置く理由はあるじゃん、違うのと首を傾げる相手に、そういうわけじゃないんだけどなと煮え切らない答えしか出てこない。
「遠慮してるのは、そうか」
「なんで弱気なのさ」
俺だって聞かれても困る、これはなんて言ったらいいんだろうな、追いかけてる間とはなんか違うんだよ。自分の懐に入ってしまうと距離の詰めかたがわからないというか、片手で繊細なガラス細工を持たされている状態というか。
「変に口出しして嫌われたくない?」
「そうだな」
気にしちゃダメだと思うなあと言うアストルフォに、だって相手は王族だろと言えば、異国のお姫さま追いかけてただろと呆れたように返される。
「いやその、一応は伴侶を持ってた相手だし?」
「今生に限り、その立場はきみのものじゃん」
言いたいことあるなら本人にぶつけちゃえよ、それで呆れるような器量の狭い相手でもないし。
「喧嘩別れにならないよな?」
「この程度で別れるなら、世の夫婦はもっと離婚してんじゃない?」
知らないけどと最後の最後でハシゴを外してくる相手に、やめてくれよと泣きつけばなんかあったら慰めたげるからと、なにも安心できない送り出しの言葉だけもらい、行くだけやってみるかと立ちあがる。
「最近リカっちさ、ちょっとつき合い悪くない?」
「そんなことないっすよ」
ええウッソだあ、できたばかりのイケメン彼ピに首ったけじゃんと言う黒髭に、ちょっとそのテンションは勘弁してくれと言えば、あっそう今日ダウナーモードなのと喋りかたを改められる。
「今年の夏もなんだかんだ特異点で一緒だったでしょうに」
「それはそうなんですけど」
「というか、途中からおまえはサバフェス会場にかかりきりだっただろ」
あれは仕方ないんですと反論する黒髭に対し、それぞれ優先事項ってのは違うだろと指摘するアキレウスに、まあそうなんですけどねと言いながら、とはいえちょっと寂しいじゃん、おまえ変わっちまったなって気分と冗談めかしてつぶやく。
「まあいい男ではあるよな」
「ギリシャ英雄のお墨つきとかマジかあ、召喚当時は全裸セイバーとか呼ばれてたのに?」
あいつがオッケーで拙者がダメな理由イズなにと首を傾げる相手に、いや理解できない領域が違うんで、同じ土俵で考えないほうがいいと思うっすよと返せば、ガチのマジレスは求めてねえんだわと、声に圧倒的に元気がなくなってしまった。
「あー噂をすれば」
なにがと聞くよりも先に、ちょっといいだろうかと背後から声をかけられる。
「どうしたローラン?」
「ああいや、大した用事ってわけじゃないんだけど」
そのちょっとなと言い淀む相手になんだと聞き返すと、こいつに用があるんだったら連れてっていいぞと、アキレウスが助け舟を出す。
「ちょっと勝手に」
「そっか、じゃあ借りていくな」
おまえも人の話くらい聞けよと思いつつも、遠慮がちに伸ばされた手を振り払うのはやめて、とりあえず用件は聞こうと連れ出されるのに黙って従う。
人気のない場所がいいから、俺の部屋でも構わないだろうかと聞かれる。別にこちらは問題ないけど、そんな大事ってなんだろうかと首を傾げる。
そういえばローランの部屋ってあんま来たことないなと思い至り、ちょっとだけ身構えたものの、とりあえずここへと椅子を勧められるのでそのまま座って、それでなんの用だったんだと改めて聞けば、大した話じゃないんだけどさと視線を彷徨わせながら口籠る。
「まあうん、きみは顔が広いのは知ってるんだ」
「そんなことないけど?」
そう見えるとすれば、気を遣ってくれる奴が存外に多いってだけ。自分としちゃ陰キャらしく端っこにいるつもりなんだけど、なんやかんやと声をかけてもらえる。まあ宴は人が多いほどいいと思ってる奴もいるし、声かけられたらある程度は顔出したりはするけど、居心地がいいかどうかは別だ、誘ってもらったうえで断る勇気がないというか。
「もうちょっと愛想よくしろって?」
「そうじゃなくって、その反対というか」
後から来た自分が口出しする権利がないのはわかってるんだけど、気になるじゃん、他に仲良い奴がいるとさ、なんて言ったらいんだろうな、としどろもどろになりながら言う相手に、なんとなく伝えたいことがわかった気がする。
「えっと、間違ってたら悪いけど、もしかして嫉妬した?」
「あっその、うん、そうです」
交友関係に口出しはしたくないし、束縛したいわけでもないんだけどさ、遠目に仲良さそうに話してるのを見てるとやっぱり、なんだか心の内に波風が立つんだよなと小声になりながら言うので、そんな不安がるほど節操なしに見えるかと聞けば、別にきみの不貞を疑ってるわけでもないんだがと軽く涙目になって訴えてくるので、思わず噴き出す。
「えっ、なんで笑うんだよ」
「いや思った以上におまえ、不器用だなって」
適当な理由つけて話に割りこむなんてできそうなのに、全然そんなことないんだなと言えば、流石に俺だって遠慮くらいはすると主張するもんで、そうだろうけど人見知りしなさそうだし、こう遠慮なし前のめりに来るかなと思ってたんだけど。
「じゃあどうしたらいい?」
「どうしたらって」
「いや周りに嫉妬すんのを解決したいから、声かけたんじゃねえんすか」
なら問題解決しないといけないんじゃないかと指摘したら、そんなことできるか、気の持ちようだって言われたてもしょうがないのに、とつぶやくので変なところ遠慮するんだなと返せば、同じことアストルフォにも言われたと情けない声で言う。
まあここで他人に噛みつくわけでも、俺を責めるわけでもないのがローランの人の良さが出ているというか、あんまりにもいい子だなって。
「子供じゃないんだが」
「わかってるよ」
とはいえこの程度の行動は可愛い内だ、特に迷惑もかけられてないし、なによりローランの情けない顔はちょっとレアだし、とはいえこのまま我慢を強いるのは、流石によくないのはわかる。
「でどうしたらいいんだ」
嫉妬の対策なんてできないだろうけど、事後のケアであればなんとかできるかもしれない、じゃあどうしたらおまえの感情を受け止められるかなんだけど。
「おまえのものだって、確証が欲しいんだろ?」
俺のものかあとしみじみとつぶやく相手に、改まっては難しいかと思い直す。
なんだろ人目のないとこで甘える権利くらいでいいのかと思った直後、こういうのは機会を改めてと思っていたんだがと、言葉を切ってから居住まいを正す。
「今生限りとはいえ、どうか共に居てほしい」
「はあ?」
恭しく手を取るなそして真面目な顔をやめろ、おまえ無駄に整っているから、正面から迫られて思わず俺も姿勢を正せば、生涯とも永遠とも言えないけれど愛だけは真実だと言い、左手にそっとキスを落としてくる。
なにもなくて申しわけないがここは予約させてほしいと、左手の薬指へピンク色のリボンを巻いてくる。どっから出したんだおまえと思いつつも、反論する余裕もなくしっかりとリボンの形に結ばれるのを見つめる。
「縛りつけたくはないが、俺の愛を捧げるに足る存在でいてほしい」
だから今生を賭けるに足るパートナーとして、ずっとそばに居てほしいと真剣な顔で告げる相手の声を受け、どう答えるべきか視線を逸らすこともできずに、しばし無言で考えこむ。
「あの、そういうことじゃ、ない」
「えっ?」
違うのと聞き返されて、なんか話が飛躍したと震えながらつぶやく。
「俺のものになってくれるって」
「そう、いや待て、あのさ、ちょっと他人に嫉妬したときの、対処法だったろ?」
今の言葉を額面どおりに受け取ると、たぶんプロポーズに近い言葉にあたるんですけど、おまえそれでいいの、あとで後悔とかしねえのと聞き返せば、俺は常に真剣だと胸を張って返す。
「そっすか」
でもここまでしろとは言ってないと指摘したら、間違えたのかと怯えたような顔をするので、さっきまであんな格好つけてたのに、最後まで威勢は保たないのかよと噴き出す。
「つうかさ、こういう話ってあんまり、流されてするもんじゃねえでしょ」
「いや、ゆくゆくはする予定だったから問題ない」
思っていた以上に予定が早まっただけだ、指輪くらい用意したかったけどと言うので、前しか見えないタイプなんだなと諦めてため息を吐く。
「いやだったか?」
「そうは言ってないだろ」
公開プロポーズみたいなことをしようものなら、座に還るところだったし、まあ自室で他に誰も聞いてないというなら、暴走の果てを見るのは俺だけだ。
「もう一回聞きますけど、俺で後悔ないのか?」
「それはない」
一度決めた愛と誓いは違える男じゃないと真顔で言い切るので、そりゃそうかと納得する。
「おまえの気が変わらないっていうんなら、まあ、今後ともよろしくお願いします」
震え声になりつつ答えると、しばし呆気に取られたように固まっていたものの、ようやく頭の中に言葉の意味がとおったらしく、あっと声をあげてから顔が赤く染まる。
「そっ、あのよろしくお願いします」
「はい」
照れたように視線がズレる、なんだこの空気、なんとも言えないフワフワとした落ち着きのなさは。
「えっと、これであんたは満足っすか?」
「満足っていうか、そうだな、思っている以上に愛を受け止めてくれるなって」
きみのほうこそいいのかと聞き返されて、ダメだと思うなら最初からオッケーしてねえでしょと言えば、そっかと頷く。
「で解決しそうっすか?」
左手を見返しながら聞けば、ちょっとは落ち着く気がすると照れたようにつぶやく。
「これ貰っていいの?」
「身につけてくれるのか?」
いや流石に無理でしょ、この長さだぞと指から伸びるリボンを見せる。薬指に三度ほど巻きつけたうえにしっかり結ばれたのに、持ちあげてみてもまだ膝に垂れ落ちる程度には長い。
「これあれでしょ、あんたの手袋とかについてるリボン」
困らねえのと聞けば、なくしたときのことも想定して予備があるから大丈夫だと言うが、なんでなくす前提なのかはあえて聞かないでおく。
「やっぱり記念的な?」
「いや、言質取るために預かっておく」
一時の情に流されて言ってるわけじゃないだろうな、ってことで証拠には弱いだろうけど、あんまりホイホイ他に目を奪われても困るし、縛りって意味じゃまあ俺のほうも必要かなと。
「もしかして、きみも誰かに嫉妬したりする?」
おそるおそる聞き返す相手に、そりゃ十二勇士の奴らとの距離の近さには考えるとこありますよ、でもそれだって仕方ないでしょと自分の立場も理解してますし、かつてと今は違うと割り切っているとしても、俺はそんな簡単に乗り越えていける関係じゃねえのもわかってるんです。
「まあその、お互いさまなんで」
「そうなのか」
へえとちょっと嬉しそうにつぶやくので、笑うとこじゃねえっすよとため息混じりに返すと、いや愛されてるんだな俺と照れたように言うので、そういうことを声に出すなと反論するもいや、無理だろうと浮かれたまんまの相手に軽々と抱きあげられて膝の上に乗せられる。
ぬいぐるみのように抱き締められるのを、仕方なしに受け入れて頭を撫でてやれば、もっととねだるように擦り寄せられるのでもの好きだなと思いつつも、続けて綺麗な髪を梳くように撫でる。
「あのさ、また機を改めてプロポーズするから」
「もう止めはしないんですけど、あんまこう注目されるとこじゃない場所で」
「そこに関しては大丈夫だ、きみのことはちょっとわかってきた」
また自室に引きこもられても困るから、絶対にしないと約束してくれるのを信じるとしてだ、ささやかでいいからなと改めて念押ししておく。
「今日はやけに浮かれてるね」
「わかるか?」
昨日あの後でいっぱい甘えたかんじと聞き返すアストルフォに、それ以上にいいことがあったと言えば、そうなんだよかったねと笑顔で返される。
「改めて思ったけど、あいついい男なって」
「ふうん、よかったね」
今後のことも考えて頑張らないとなあと思ったと返すと、二人が幸せならいいんじゃないと笑顔で言う。
「噂をすればじゃん」
おはようございますと声をかけてくれた相手に、隣空いてるけど来るかと聞いてみると、邪魔でないんならと素直に右手側へ腰を落ち着ける。
「おまえ、それで足りるのか?」
「前も言ったけどさ、自分を基準で考えんのやめたほうがいいぞ」
これが適正量だと言いながら朝食の皿に向き合うので、本当に大丈夫なのかと声をかけるものの、いらぬ心配だと一蹴された。
「そういえば今日は僕たち同じ編成だって」
「マジっすか」
俺は聞いてないけどとたずねると、だってライダーの編成だもん仕方ないよと言われ、ぐうの音も出ないでいると、内容を確認して昼前には帰って来れそうですねとつぶやく相手が、机の下でそっと空いている左手で袖を引く。なんだと視線で問いかけてみるも本人は気にしてないらしいので、しばらく迷ってから右手を下ろして触れてみれば、指先だけを握りこまれる。
人前でこんなことするの珍しい、というか人の視線に敏感な相手がすることじゃないよなと思いつつ、顔が赤くなっている自覚はある。
「戻って来てからになるけど、空いてるんなら昼飯一緒に食うか?」
「えっその、いいのか?」
別におかしくはねえでしょと言う相手に、じゃあ待ってるな上擦った声でなんとか返すと、熱目の前に座っていた仲間にどう映っていたのか知らないが、ラブラブじゃんとニヤついた笑みで指摘される。
「そんなことねえっす」
「ウッソだあ、絶対にいいことあったでしょ」
こういうときってローラン顔に出ちゃうんだよね、なんかすっごいイイことでもしたと聞かれて、再び言葉に詰まる俺と違ってマンドリカルドのほうは、嫉妬しかけたらちょっとだけ甘やかすって決めましたと、思ったより平然とした声で答える。
「そういうことね」
じゃあ無傷で返さないと問題だなあと言うアストルフォに、まあ自分の身くらいはどうにかしますよと答えているものの、前戦に出る以上は心配にはなる。握りこまれた指を離して、こちらから手を繋ぎ返すと大丈夫だってと呆れたようにつぶやく。
「そうだよ、僕たちだっているし」
「わかってるんだけど」
なんだろうな、強いのはわかっているけど同時に見えない戦場に送り出すのは、やっぱり怖い。
「ガラス細工じゃないんだから」
「なんだそれ」
「昨日ローランが言ってたんだよね、なんかきみとの距離感っていうのかな、ガラス細工を片手で持ってるみたいだって」
「大袈裟っすねえ」
そんな貧弱に見えますと聞き返されて、いや繊細って意味だと修正すれば、それはあんたのほうでしょと呆れたように言う。
「金剛体の名が泣くぞ」
「心の強度はまた違うんだ」
「それは違いない」
「やっぱさ、二人ともいい組み合わせだよね」
そうかと首を傾げる相手にアストルフォは、僕たちとは違う意味でローランのことちゃんと理解できてる、だから安心して任せられるなって思ってさと返す。
「末長くよろしく頼むよ」
「任せてもらえるように、なんとか応えます」
うんよろしくと気楽に答えるアストルフォに、もしかしてバレてるのかなと思いつつも繋いだ手はまだ離されることはなかった
あとがき
マンドリカルドの薬指にリボンを巻くローランが見たかったんです。
結婚指輪というか、指輪ネタはまた別の話もあるので書けたらいいなあと。
2022-09-2 Twitterより再掲