触れる距離
デートのお誘いに来たら、たまには互いの部屋にしませんという返答を得たので、しばらく固まってから、きみがいいんならと答えるとじゃあ俺の部屋でと招かれて今に至る。
お茶を入れてもらって、軽いお菓子をつまみながら二人きりで話をする、外とは違って誰かに邪魔される心配がないということで、普段よりも少しだけ距離が近く感じるのは気のせいだろうか。
「そんな緊張するようなこと、してねえでしょ」
「しかしなあ」
二人きりとなるとやっぱりギクシャクはする、そんなんじゃダメでしょと苦笑されるものの、まだ慣れてないんだと返せば、パーソナルスペースに関しちゃ俺より判定狭いだろと言われる。
「アストルフォとかは、ベタベタしてるだろ」
「あいつはほら、家族みたいなとこあるし?」
距離感の違いは仕方ない、とはいえこのままでいいとも思っていないからこそ、こうして誘いにも乗ったわけだけど。
「距離感が掴めないんだ」
「それは否定しねえっす」
あまりにも今更になって関係が変わったから、どうすればいいか常に不安というか、正解が見えてないというか、ギクシャクするのはそういうとこだよな。
「なら、もうちょっと触れ合います?」
「えーと、じゃあとりあえず」
「脱ぐなよ」
なんでわかったんだと聞き返すと、おまえが考えそうなことは予想できたと呆れ口調で言い、もうちょっと他になんかあるでしょハグとか膝枕とか。
「膝枕って、そんなことしていいのか?」
「いいでしょ別に、いや男の膝に魅力はねえかもしんねえけど」
「そんなことないぞ」
そこまで言うんならやってみるかとベッドへ移り、おまえもと手招きされる。
「本当にやるのか?」
いやならいいぞと赤い顔で返されるので、そうじゃないけどと恐るおそるそばに寄って、ベッドに腰かける相手の膝の上へ軽く頭を乗せる。
たぶん硬いぞと言っていたけど、細身だし筋肉質ではあるものの太もものあたりは少し柔らかいし、なにより服越しとはいえ人肌の温度は心地いい。
「母上を思い出すな」
「やめろ、比較対象が重すぎる」
母性のカケラも持ち合わせてねえからと言う相手に、いや比べるつもりも勝敗をつける気もないんだけど、俺のことを受け入れてくれている優しい存在っていうか、あんまり経験したことなかったから。
「とりあえず重くはないか?」
「頭くらいは平気っすよ」
流石に全身でもたれかかれば押し潰されるだろうけど、この程度は大丈夫だと頭を撫でてくれるので、ぼっと火がつけられたように顔が熱くなる。
「あーもしかして、頭撫でられんの好き?」
「そうだな、うん。好きかも」
誰かに撫でてもらわないんですかと聞かれて、すぐにないと答える。流石に大の男に対して頭を撫でる奴はそういない、アストルフォに対しては俺が撫でる側だし、シャルルマーニュはそういうことしないし。そう小声になりながらつぶやく合間も、優しい手つきで頭を撫でてくれるので、少し恥ずかしくなってきた。
「きみは慣れてるのか、こういうの?」
「いや流石に男を膝枕したことはねえっす」
普通はないでしょ、逆に慣れてるって言われたらおまえどうするんだよと指摘されて、しばし無言になって考えてからダメだなと少し頭を浮かせて、相手のお腹に顔を埋めるように抱きつくと、ちょっと待てと慌てたように声をかけられる。
「子供か」
「いいじゃないか、触れ合いたいって言い出したのはきみだろ」
したいわけじゃなくって、慣れろっていう意味だったんだけどと修正されるけれど、そんなのは些細な問題だろ。こんなふうに甘やかしてくれる存在が、そもそも珍しいんだよ。
「他人には譲れないな、ここは」
「いやしないって、普通にしねえから」
鍛えてはいるけど腕を回してみると薄い胴体と、しなやかな脚とが合わさって体格の違いを実感する。頬を寄せるというよりは、もう頭ごと押しつけているようなものなんだけど、なんだろう触れているとやけに落ち着く。
「ローランあの、そこはちょっと、くすぐったいから」
「んー、悪いなもう少し」
どこがいいだろうかと収まりのいい場所を探して、抱き寄せた相手の体を撫でていく、頬を擦り合わせ後ろから腰を撫でていると、ちょうどヘソのラインが鼻先に当たった。
服越しとはいえ息が当たると気持ち悪いのか、そこはやめろと再び注意を受けるので、仕方ないと諦めて軽くキスを落とせば、ひっと小さく悲鳴があがる。どうしたと少し顔をあげてみると、先ほどまでの自分と同じかそれ以上に、真っ赤に染まったマンドリカルドの顔がすぐそばにあった。
「えーとその、ちょっとやりすぎたか?」
「ちょっと、どころじゃねえ」
とりあえず離れろと軽く頭を叩かれるので、すぐさま命令に従って両手を離して相手の膝から起きあがり、ごめん調子乗りすぎたよな、気持ち悪かったかとたずねる、うつむいたまま距離の詰めかたが極端だと小声でつぶやく。否定しようもないので、あまりにも許された気分になってたと反省の言葉を投げる。
黙りこんだままの相手に、怒ってるとたずねるとそういうわけじゃなくって、くすぐったいをとおり越してて変な気分になったと言う。
「そっか、ちょっと嬉しいな」
「なんでだよ」
微妙な空気だろと叫ぶ相手に、いや恋人として意識されてるんだなと思ってと返すと、じゃなかったらスキンシップとか言ったりしねえ、と至極真っ当な反論が戻ってくる。
「なんか実感できたというか」
「ならもうちょっと、手出せばいいだろ」
「相手の同意なくはダメだろ」
流石にそういうとこは弁えているぞと言い返せば、膝枕ぐらいで緊張してるようじゃ無理そうだな、と嫌味っぽく言われてムッとしたので抱きかかえると膝の上に乗せて、後ろから腕を回せば離せともがくものの、お腹のあたりを撫でると、喉から引き攣ったような声をあげて動きが止まる。
「おまえ、ここが弱いのか」
「普段、触られる場所でもねえっしょ」
特にヘソのあたりは無理だという、なんか背筋がゾワっとするというか、なんか恥ずかしいと言うのでじゃあここは俺だけなと撫でていた手を止め、両手で抱き締めるにとどめる。触れ合いという意味じゃ間違ってはいないんだし、きみも慣れてくれよと返すと、溜息を吐くと、変なことするなよ前置きした上でこちらに少し体重を預けてくれる。
「やっぱおまえ細いな」
「あんたの王さまと、そんな変わらねえはずなんだけど」
後ろから抱き締めることない相手だろ、触ってみないと体格なんて実感できないとこもあるしさ。しかし腕の中にいるというのは守りたいというか、自分のモノって気分になる、ちょっといいかもしれない。
「椅子にするには硬いけどな」
「岩に座るよりはマシだろ」
「いちいち比較対象がズレてんだよ」
頭は撫でてやれないけどいいのかと聞かれて、それはまた膝枕してくれたときに頼むと返すと、いつだよと笑われる。
「まあでも人前じゃなければ、やってもいいぞ」
思わぬ申し出に本当かと聞き返せば、距離感に慣れないといつまでもギクシャクし続けるでしょ、いやっすよなんかずっと浮ついたまんまなのはと言うので、まあ確かに落ち着きはほしいよなと肩にあごを乗せて返す。
「ここも落ち着くかもしれない」
「ぬいぐるみじゃないんだけど」
そういうのとは違う、なんとも言えない安心感があるんだよなとつぶやくと、おまえってもの好きだよなと呆れたように溜息を吐く。
「きみに言われたくはないな」
「なんでだよ」
「マンドリカルドのお腹を撫でるのが好きなローラン」という幻覚が、頭から離れなくなったもので、今後のために距離感を詰める話を書いておきたいなと。
2022/09/04 Twitterより再掲