溶ける前に召しあがれ

 サーヴァントにも交流ツールが存在したりする、もの好きな誰かが開発して、特に危険もなさそうだから広がってきてるんだろうけど、とはいえ全員が好んで登録しているわけでもない。
 特に写真系の交流ツールは無理だ、なんというか住む世界の違いを肌で感じる。
 そんな俺にはできない自撮り系のアカウントを、ローランは好んで作成したまに写真をあげている、なぜ知っているのかと言えば、何度かツーショットを頼まれて絶対にいやだと全て断ったからだ。
 そのたびに残念そうな顔をされて、良心は痛むものの、どうしても許可を出すことはできそうにない、なんだろう自分と関わりない場所で顔が知られているっていうのは、あんまり居心地がよくねえじゃないっすか。
「でも恋人とのツーショットでしょ、少しくらい応じてあげたらいいじゃない?」
「いやっす」
 恥ずかしがらなくってもいいじゃないと、夏の装いに変わった皇女さまは言うものの、別に撮るだけなら文句は言わないけど、それを他人に見られる場所で共有されるのがいやなんだと指摘する。
「エリセランドにあなたの写真が飾られてるでしょ、それとなにが違うの?」
「あれは、その場のノリと勢いっつうんですか」
 長い時間をかけて挑戦を繰り返し、ようやく掴んだ達成で気分がハイになっていた。クリア記念として飾られる勲章のようなものだし、そういう色々な感情が重なってオッケーしてしまっただけであって、他意はないのだ。
 それにあれは一人で映っているのであって、決してツーショットではない。
「一枚くらいいいじゃない、減るものでもないし」
「俺の精神が削られます」
 アイスクリームのお店を城門前広場に出すということで、設営の手伝いに来たのは別にいい、力仕事なので男手があったほうがいいってのも理解できるし、力になれるならいいんだけど、当の店主は設営準備中と自撮り写真つきでSNSにアップしている。
 頼りになるわと全員と一緒に映った写真つきなので、影で作業するだけに留めようと思ってた自分にも、当然のようにカメラは向けられてしまったわけで、そんな相手に許可取ったほうがいいですよと軽く注意した結果、こうしてつきまとわれている。
 彼女からすれば自分の目に映る景色の一部だ、それを共有してなにが悪いのという程度なんだろうけど、目立つ人の視界にいるってことが問題なんだ。あいつ目立ってるなとか、なんか下手に絡まれるのを避けるためにもできるだけ背景でいたい。
 だから言ってしまったんだよな、ローランともツーショット撮ったことはないと言えば、余計にダメだと写真のよさを語り聞かされてしまった。
 よく映える配置をお願いねと言われても困る、映えを気にしながら生きてないんで、どうすりゃいいんだよ。
「そうね、写真用のブースとして、なんか映えそうな壁でも用意しようかしら?」
「肝心のアイスはいいんですか?」
 私が監修しているのよ味も見た目も完璧だもの、それをより楽しんでもらうために工夫しちゃダメかしらと聞かれて、まあ実際にもう人気だからこそ出店が決まったわけだもんな、そういうところは流石だと思うけど。
 屋台の骨組みを立てて準備していくかたわらで、彼女は外観について打ち合わせをしている、指示の手際のよさからして商売としてしっかり成り立っているんだなと、思わず感心してしまう。
 そうしてアナスタシアの号令の下、半日も経たずに新規のアイスクリーム屋台はできた。お店のできには満足しているようで、営業は明日からよ笑顔の写真つきで投稿していたが、最後にこれはみなさんへお礼よとチケットをくれた。
「ねえ昼の話なんだけど、思い出はやっぱり大事よ」
「それはまあ、わかるんですけど」
 遠ざけてばかりだと愛想尽かされちゃうわよと指摘され、二の句が続かないものの、しょうがないでしょ慣れてねえんですよと言えば、それなら顔が映らなければいいんじゃないと返される。
「つまり手だけとかっすか?」
「そうよ、アイスを持って二人で撮影したらどうかなって」
 その写真を投稿してくれない、ハッシュタグ「アナスタシア・アイスクリーム」をつけて。いいと思わないウチの宣伝とあなたたち二人の思い出作りができる、どちらにも損はないでしょう?
「それステマって言われません?」
「どうかしら、ここに居る人たちって結局はみんな、顔見知りみたいなところあるじゃない?」
 誰に頼んだって同じなら、より拡散される人に頼むのは当たり前のこと。
 カルデアでも注目の二人が写真をあげてくれたら、私としては満足だもの、そもそも味に文句は言わせないし、悪くない話じゃないのと悪気のない笑顔で真っ向から返されると、否定も拒絶もし難い。
「まあ顔くらい出しに来ますよ」
「よろしくね」

 

「おーい顔怖いぞ」
 そんな睨むことないじゃないと言うアストルフォに、別に俺も怒ってるわけじゃないんだと返すものの、ちょっとだけムカついてるだろと言われると、流石に否定できない。
 タイタニック八艘飛びクリア記念として飾られている写真を眺め、達成感とかそういうアレがあったんだろう。あいつ普段はよく考えて行動に移すのに、気分が高まってくると空気に流されるところあるもんなあ、と理解はするものの。この顔が自分の手で撮られた写真じゃないってところに、なんとも言えない荒んだ気分になってしまう。
「激写したらいいじゃん」
「拒否されるんだよ」
 なんか恥ずかしいって絶対にうんと言ってくれない、そこでこっそり撮ろうって考えないあたり、ローランはいい奴だよなあと笑顔で言うので、相手がいやだって言ってることするわけないだろと正直に返す。
「というか盗撮は犯罪だ」
「うん、その意識があるんなら、全裸の写真を撮ろうとするのもやめなよ」
 そこまでくると僕らも庇いきれないよと言われて、アカウントにあげてるのはちゃんと服は着てるぞと返せば、普通は服は着てるものなんだよなあと呆れた口調で続けられる。
 服さえ脱がなければカッコいい、と王さまからも太鼓判を押されるように、フォロワー数はそれなりにいる、たまに脱がないのかという質問がくる程度にも知られていることだし、いっそ脱いでも文句は出ないような気がするんだけど、良い子が真似しないようにと厳重に注意をされている。
 それは写真絶対NGの恋人からもそうだ、知らないところで脱いだりしてねえだろうな、とたまに中の写真を確認されるけどそんな信用ならないか?
「だってローランだし」
「そっか俺だもんな、じゃあ仕方ないか」
 いや今の問題はそこじゃなくって、この恋人がどうすれば俺とのツーショットに応じてくれるかだ。
「気分がよくなれば流されてくれるっていうんなら、めっちゃくちゃテンションあげたらいいんじゃない?」
「どうやって」
 そこは頑張れよ惚れたのはおまえだろと言われても、恋人とのつき合いかたなんてほとんどわからないんだ。たまにある夫婦系サーヴァントの、血の臭いがしそうな愛に偏った写真も流れるけどそれすら少し羨ましい。いや無敵があるとはいえ、頭から宝具は受けたくはないけどさ。
「あっ、二人とも探しましたよ」
 背後から声をかけられてどうしたと振り返ると、探してたんですよと少し怒り気味のブラダマンテと、後ろにいるマンドリカルドの姿に思わず固まる。
「どうしたの?」
「ああいや、城門前広場のほうに新しいアイスクリームの店ができまして」
 知り合いが店を出すっていうんで手伝ったら、すっげえ割引クーポンをくれまして、よかったら一緒に行きますと聞かれる。
「いいの?」
「拡散してほしい、って言ってたんで」
 あんたたちを連れてったほうがいいでしょ、明らかに目立つし話題性も高そうだしとつぶやくので、じゃあ遠慮なくお供しちゃうとアストルフォは食いつく。
「ローランはどうする?」
「もちろん行く」
 せっかくのお誘いなんだ断る理由がない、そうじゃあ行きましょうかと声をかけられて、せっかくなのでシャルルマーニュも呼ぼうかと言ったところで、一瞬だけ体が固まったものの、大丈夫だぞ王さまはおまえと話したがってたしと指摘したら、いやそれ全然なにも安心できねえと、青ざめた表情で返される。
「おまえ意外と顔が広いよな」
 同じ騎士団の仲間とよく連んでいる自分とは違って、本当に多方面に顔が効くというか、なんか感知しない場所で意外な人と仲良くなっている印象がある。そう指摘したら、そんなすごいことはしてねえっすよと視線を逸らして返される。
「雑用にちょうどいいんでしょ」
「それでもロシア皇女さまと仲良くできるのは、充分にすごいだろ」
 仮にも自分だって王さまだろうに、雑用で呼ばれて怒らないんだなんて、一瞬だけ引いた嫉妬の熱がまたぶり返してきそうになるが、他人の交友関係に口出しすべきじゃないと、なんとか胸の内に押しこめる。
「どんな店なんだ?」
「なんか女の子が好きそうな、可愛いかんじの店」
 店主が写真の大好きな皇女さまだから、フォトスポットつきの店になっているらしい。
 できたばかりだけどすでに話題にはなっているようだ、見た目はもちろん味にもこだわりがあるらしく、とかく彼女が好きな物を詰めこんだ少女趣味ながら涼やかなお店だとか。
「北極だから驚くほどでもないかもしれないんですけど、カウンターとかが氷でできてまして」
「この季節にすごいな」  なんだかんだで熱気は感じるこの特異点で、溶けたりしないのかと聞いてみると、いわく王城の氷と同じ材質で作っているからその心配はないとか。
「まあ溶け出したところで、魔力で凍らせるから問題ないって言ってたけど」
「どうにかなってしまうのがすごい」
 彼女も冬に生きた人みたいなとこありますから、その気候のほうが落ち着くんでしょう、前にカリブに行ったときもそうだったと返されるので、そうかと一言だけの返答に留めた。
 城門前広場までやって来ると、シャルルマーニュも合流して混み合っている店舗前の列に五人で並ぶ。
「誘ってくれてありがとうな」
「ああいや、急に言い出してすみません」
 別にいいぞフラワーパークのほうも落ち着いてるしなといい笑顔で返されて、一瞬気圧されたらしくバックステップを刻みかける相手の後ろに陣取り、その場になんとか押し留める。
「しかし初日なのに混んでるな」
「以前からハワイアンGENJIに出店されてましたし、話題性は高かったんでしょうね」
 あとハッシュタグでキャンペーンもしてるようだし、新しい物好きのサーヴァントはこういうものに飛びつくよなと指摘したら、そういうものかあと感心したようにつぶやくと、でもまあ暑ければ冷たい物は流行るよなと言う。
 組み合わせにするかメニュー表を片手に話している三人を横目に、あのと小さく声をかけられるので、どうしたとできるだけ笑顔を心がけて耳を傾ける。
「実はアナスタシアから、頼まれてるんですけど」
 店主いわくSNSにあげてほしいと言ってたらしい、抜け目ないなあと返すと、やっぱそう思うよなと苦笑気味につぶやく。
「それで俺?」
「そうっす」
 おまえアカウント持ってないもんなと言えば、あんなキラキラした世界は目に入った瞬間に逃げ出す自信がある、と相変わらず拒否反応を見せる相手に、そんな固有結界とかじゃないはずなんだが、なんでそんなにいやがるかなと首を傾げる。
「誰にでも得意なことと苦手なことがあるだろ」
「それはそうだけど」
 得意とかそうじゃないとかで測れるもんじゃなくないか、単純に慣れてないだけに思えるけど、なにせ目立たない場所では人と関わることに臆病じゃない、人の頼みに結構簡単に手を貸してしまうのは、はたから見てると心配にはなる。
「なんで?」
「いや、普通に損な役回りを引きそうだから」
 善良すぎないかと指摘すると、いや善性サーヴァントじゃねえっすと真顔で返される。
「そういう意味じゃないんだけど」
 首を傾げる相手に、なんて言えばいいんだろうなと続けようとしたところで、いらっしゃいと笑顔の店主に出迎えられた。
「あら来てくれたの」
 律儀ね、でも歓迎するわと笑う彼女が全員の注文を取り、店員へ支持して用意してくれる、北極の氷で作ったというカウンターは触るとひんやりして心地いい、すごいこれオシャレとテンションの高いアストルフォに、そうでしょうと満足そうに返す。
「本当はこの氷を調理台にしようと思ったんだけど、衛生管理の問題でダメだって言われて」
 だからお店のカウンターにすることにしたのという、色々と面白いことを思いつくものだなあと感心したものの、その思いつきで出店禁止になっても困るじゃないですかと指摘され、そうねせっかくのお店だもの楽しんでもらわないとと笑顔で言う。
「はいこれ、どうぞ」
「ありがとうございます」
 いいのよ楽しい写真だけ忘れないようにお願いねと、笑顔で見送られるので購入の列から離れて、可愛く撮れよとカメラの前に笑顔で入ってくる三人と自分を撮り、何枚か撮影した中から良さそうな物を選んでいると、隣から画面をそっと覗きこまれる。
「どうした?」
 たまには一緒に撮ってみるかと冗談混じりに聞けば、顔映さないのならと色良い返事が戻ってきて、思わず固まる。
「いいの?」
「あーまあ、たまには」
 無理には言わないっすよ俺と映ってるほうが不自然でしょうし、と王さまたちとの集合写真を眺めている相手が言うので、そんなことはないぞとカタコトになりながら答えると、じゃあと近づかれると緊張してしまう。
 手が震えないように気をつけつつ、アイスを持った手の部分だけを画面にきれいに映るようにするも、いざ二人で撮るとなると距離の近さを痛感する。
「あの、これでいい?」
「そう大丈夫だ、そのままで」
 あんまり時間かけてると溶けるぞと指摘されて、ごめんすぐするからと撮影のボタンを押す、ピントが合ってくれていたからか、綺麗な写真にはなっていたので安心する。もういいと聞かれて、大丈夫だと返すとそうかとつぶやきそっと目を背けられたので、なんだろう微妙に触れてはいけない空気を感じる。どう声をかけるべきかと迷っていると、肩を軽く叩かれた。
「俺たち広場のヒーローショー見てくるけど、どうする?」
 えっととどもる俺に耳打ちするように、いい雰囲気みたいだし邪魔しないから二人で出かけて来い、この時間だとフラワーパークはあまり人も少ないし、散歩してくるのには向いてるぞ、とシャルルマーニュはいい笑顔でつぶやく。
「じゃ、頑張れよ」
「あ、うん」
 とりあえず移動しようかと声をかけると、なんか結局は気を使わせてしまったなと、反省したようにつぶやくので、別にそこまで気にすることじゃないぞと言ってもいや、自分が最初から悪かったんだよと苦笑混じりに返される。
「おまえだけを、急に誘う勇気がなかったもんで」
「きみの誘いなら断らないぞ」
 いや知り合いと一緒だと声かけ辛いでしょと指摘されて、確かにアストルフォとかと居ることが多いけど、そこまでかと首を傾げる。
「しょうがないんでしょうけどね、仲間内の空気を邪魔しちゃ悪いっていうか」
 自分が仕えていた王がいて、共に支えた仲間もいるとなると、自然とそこで固まっちまうのは仕方ない。とはいえ他人が一緒にいると、どうしても声をかけるのに二の足を踏んでしまう。
 おまえだって顔は広いほうだろと指摘するも、それは声をかけてもらうことがあるってだけで、自分から近づくのは別問題だという。
「ブラダマンテには声かけれるのに」
「ずっと声かけるタイミングを見失ってたんで、見兼ねて引っ張りだされまして」
 あいつも思い立ったら吉日みたいなとこあるからな、勢いで物事を片づける気持ちのいい正確ではあるが、そこが役立ったようだ。それだけ長い時間迷ってくれていたのかと思うと、少しだけ嬉しくなる反面、そこまで遠慮されると彼との距離を感じる。
「別にあんたのことがきらいなわけじゃねえよ」
「なんでそれ」
 いやもうがっつり顔に出てるんだよ、わかりやすい奴だなと呆れたように指摘されて、しょうがないだろとムッとして返せば、仕方ないだろ本当にわかりやすいんだしと言いながら、食べかけのアイスをゆっくり口に運んでいく。  それなりに早足で移動して来たフラワーパークは、確かに平素より人が少ない、人語を話す白熊などがちらほら見えるものの、特に害はないので無視しても大丈夫だろう。
 確かに今なら休憩がてら散策するのにはいい、樹木系エネミーも討伐隊のおかげか数も減ったと聞いたし、安心して歩ける。
 隣を歩く相手の様子を見れば、手にしたアイスの上段をゆっくりと食べ進めている、視線に気づいたのかこちらを見あげて、どうしたと聞かれるのでいや別になにもないと首を振る。
「味見するか?」
 いいのかと聞くよりも前に、スプーンですくったアイスを差し出されるので、固まったまんまの俺を前に溶けるから食えよと言う。
「じゃあ、いただきます」
 薄い緑色のアイスはマスカット味らしいんだけど、正直なところ舌に触れた甘さだけで味の感想は正直ない、ああもう格好つかないなと思いながら、おまえも味見するかと俺のアイスを差し出せば、ありがとうなと自分のスプーンで少し削っていく。
「あ、美味いっすねこれ」
 特に気にもせずにキャラメル味を楽しんでいるので、俺ばっかり気にしてるみたいだなと無言のまま食べ進めていると、しばらくしてふっと呆れたように噴き出して、お互いに不器用だよなと言う。
「きみは積極的だろ?」
「アイス食べに行くのすら誘えない奴だけど」
 でもあまりに自然にあーんしてくれたじゃないか、それは人目がないからっすよ、これがカルデアの食堂だったり、ここのフードコートだったらやってねえと淡々と言う。
 なんでも人の目が気になるんです、空気読めねえ奴って思われたくないって気を張って、あんたのやりたいこと制限してませんと聞かれるので、いやそこまではと言いかけてから、やっぱあると正直に返す。
「ツーショットは撮ってみたい」
 腕だけとかじゃなくって普通に顔入れて、他の仲間たちと同じようにと正直に言ったら、相手は視線をそらしつつ、その写真どうするんすかと小声でたずねられる。 「やっぱ思い出として残したいだろ」
 カメラが苦手とはいえなんでもダメってわけじゃないんだろ、と聞けばまあそこまで否定はしないけど、他人に見せないって約束できるかと念押しされる。
「他人っていうのは」
「仲間内でもなんでも、誰にも見せないって約束できるかって聞いてんだよ」
 思い出で持ってるだけなら怒らない、けどおまえSNSあげるじゃん、自分の知らねえとこで見せ物にされんのはちょっと許せないというか、それだけっすかねと小声でつけ加えられる。
「撮るのは構わないんだけど、あの、あんま期待できるほど楽しくねえかも」
「やってみないとわからないだろ」
 とりあえずやってみようぜと手招きしてみると、本当にやるのかと赤くしたままの相手の近くに一歩寄り、大丈夫だってものは試しって言うだろと膝を曲げて高さを合わせ、片手でスマホを取り内部のカメラを起動してみるも、画面に映った顔は二人ともガッチガチに固まっていて、思わず噴き出した。
「おまえ、撮り慣れてるんじゃないのかよ」
「いや、仲間内のノリとは違うだろ」  試しにって言ったのは誰だよと笑われるので、おまえ純粋に恋人は初めてだぞ舐めるなと叫べば、二人とも初心者かよと更に笑われる。
「そんな言うなよ」
「いや無理だって、俺と変わらないじゃねえか」
 もうちょっと自信にあふれた顔してると思ってたと言われて、流石にちょっと傷つくものの、いやでも画面越しに映る表情はさっきに比べて大分と柔らかく、これでいいかと思い直してシャッターを切る。
「あっ、ちょっと」
 今変な顔してたろと慌てる相手に、そんなことないぞと自信を持って撮った写真を見せれば、照れたり愛想笑いでもなく、純粋な笑顔のマンドリカルドだ。
「適当に撮ったのにいい男とか、おまえ本当にムカつくな」
「自分の写真映りを気にしてくれよ」
 あんま自分の姿ってちゃんと見れないから、おまえの顔しか見れないと言われるので、照れるだろと返すと純粋に褒めてるわけじゃないのに、と呆れ顔でつぶやく。
「結構いいと思うんだけどな」
「そうか?」
 あんまり格好つかない顔してると思うけどと言うけど、肩の力抜けててちょうどいいぞと返すと、無理に顔を作ってないし自然体っちゃそうだろうけどと言うので、それでいいんだよ肖像画じゃないんだしさと太鼓判を押す。
「偉ぶる場所でも格好つける場所でもないし、俺とおまえしか見ないし」
「そういうもんっすか」
 気に入ってるならいいけどと納得してくれたようで、垂れてきてるから気をつけろよ、と手元を差して注意されるので見れば、日差しで少し溶けて傾いたアイスが目に入る。
「なんか、めちゃくちゃ心に染みるくらい甘い」
「そりゃお菓子ですし」
 そうじゃないんだけど、まあいいや彼が歩み寄ってくれる体温が、触れ合いがなによりも嬉しくて、溶けてしまいそうなくらい俺には刺激的な日だ。
「なんか味もわかんなくなってきた」
「皇女さまに言ったら怒られるぞ」
 ちゃんと細部までこだわってるって言ってたし、最後まで食べろよと指摘されて、もちろんその気ではいるけどさ、はっきりと自分が浮かれてるのを自覚する。それなら余計に彼女に感謝してくださいよと返されて、なんでと聞き返せばしばし黙りこんでから、自撮りにくらいつき合ってやれって注意さてとこぼす。
「別に無理強いする気はないけど」
「いやまあ、そうでしょうけど」
 あんまり冷たいと愛想尽かされるって言われたら、流石にちょっと心にきたというか、自信なさそうに視線を下に向けるので、そんな心配は不要だと返す。
「フラれるとしたら俺のほうだし」
「いやなんも大丈夫じゃねえ」
 せめて別れないくらい言い切れよと指摘されて、俺から手を離すつもりはないけど、かといって縛りつけるのは違うだろと返せば、確かにそうだけどさと視線を外して、やっぱ直球のくせに不器用すぎると頭を抱える。
 しばし無言のまま過ごしてからあのさとつぶやく。
「周り人いないし、やりたいことはもうちょっと言ってもいいぞ」
「それは、どういう?」
「手繋ぎたいとか、思ってたんじゃねえの?」
 ずっとこっち見てるからそうかなって思ったんだけど、違ったんならごめんと顔を背けるので、違わないですとカタコトで返せば、それならとためらいつつも手を伸ばされるので、包みこむように繋いでみる。
「暑かったら言ってくれよ?」
「日差しもあって気温はそれなりですけど、カラッとしてて気持ちいいしここ風通しもいいし、体温に関してはお互いさまだし」
 恥ずかしくなったか、誰かに見つかるまではしばらくこれでとうつむきがちに答えるので、じゃあ遠慮なくと自分のそばへ引き寄せて隣をゆっくりした速度で歩いて行く。
 なんかこうシュミレーターではなく、特異点であろうと外を一緒に歩くなんて初めてなので少し緊張しているものの、それ以上に彼からの歩み寄りが嬉しくて仕方なくて、離さないようにしようと心に決めた。

「ローランの投稿めっちゃバズってる」
 有名人じゃんと指摘してくるアストルフォに、ちょっと複雑な気分なんだけどなと溜息混じりにつぶやく。
 いつものメンバーと映った写真の下、ただ手元のアイスだけを写した二人分の手の投稿がやけにいいねを頂いてる。他の誰とも違うアイスの組み合わせと、パーカーの袖で誰かなんてすぐにバレた。まあ本人も了承してくれてたわけだし、いいんだよなと心の中だけでつぶやく。
 おまえら本当につき合ってたのかよと、冗談混じりだろうコメントもちらほら見えるので、そうだぞと返信しておく。どうせなら普通のツーショットが見たいと、隣にいる相手からリクエストされるものの、それはダメだと返す。
「なんで?」
「俺しか見ないを条件に撮ったのと、まあ俺も見せたくない」
 あんまりにもいい笑顔で、他人に見せるのがもったいないと思ったんだよな、そう返したらうわあローランが惚気てる、と若干引き気味の返答が戻ってきた。
「いやそんなつもりじゃ、本当に危ないなと思って」
「無自覚に色ボケしてんじゃん!」
 そんなんじゃないぞ、決してと否定しても茶化してくる同僚の笑みは相変わらずだし、こうやって他人にあれこれ言われるのが苦手だろう相手を思うと、顔出しはダメだって主張も理解できてきた。
「まあお互いがいいならいいけどさ、写真意外にも発言にも気をつけなよ」
「なんで?」
「さっきの当たり前だろに、めちゃくちゃ反応ついてる」
 詳しく話せというせっつきのコメントに対して、しばらく通知は見ないほうがいいなと判断してアプリを閉じる。
 アナスタシアから、キャンペーンの商品として巨大なアイスパフェを贈られたのは、その二日後のことだった。

あとがき
アナスタシアのアイスクリームは、たくさん盛ってくれるタイプの店かなと思ってます。
2022/08/27 Twitterより再掲
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