浅葱のその後

 元同僚と元上司がくっついた。
 いやまあ、生前から早くどうにかならないかなと思ってた二人なんで、今更なにかケチつけようとか考えたりしないんですけど、現実のものになってしまうと感慨深いといいますか、やっと年貢を納めたかといえばいいのか。ともかく少なからず驚きはしたものの、ようやくかという気持ちのほうが強い。
「そういうものなの?」
「私からすると、近所に居たガラの悪いお兄ちゃんと悪ガキな弟分がくっついたようなもんですから。早いとこ収まるべき鞘に入れと思ってたのは一人じゃないと思いますよ」
 それに関しては他の隊士に聞いてみなきゃわかりませんけど、回答としちゃ似たり寄ったりだと思う。生真面目な永倉さんはもしかしたら気づいてなかったかもしれませんけど、山﨑くんに関しちゃ真っ先に気づいて知らん顔してましたし、山南さんもそんなもんでしょう。
「誰も応援はしなかったんだ」
「絶対に悪いものが飛び出す薮を誰が好んで突くんです?」
 飛び出してくるのが蛇ならまだ可愛い、出てくるのが鬼だってわかってて踏みに行くようなバカはいないし、そうでなくてもうろついてるのが狼だっていうんなら、誰も近づいたりしませんよ。
「あんなヘラヘラしてるんですけど、隊内では斎藤さんって結構怖がられてたんで」
 副長が斎藤をそばに置いてるのは粛清のためだとか、捕らえた不法浪士に対する拷問の苛烈さは人の心を失ったモノの仕打ちだとか、本当のところは隊を裏切って間者をしてるとかなんとか、とにかく人でなしの噂とあの人は切って切り離せない存在だった。
 斎藤さんの処遇については、理由があってそうしてるんだろうってことは隊長なら勘づいてましたし、なら下手に周りがどうこうするよりは本人たちに任せてしまえと遠巻きにしてしまったわけです。
「その結果が墓場まで持って行くなんで、あの人かなり重症です」
「大事にしすぎたんだろうね」
 いやそんないい話じゃないと思いますよ、単純に踏ん切りがつかなかったとかそんなとこ。または自分がいる限り、この人は止まらないと思ったからかもしれないですけど。どの道、死にかけの戦場でどう生き延びてきたのか、詳細は聞くまでもなく血に塗れた生涯だったんでしょう。
 そんな血生臭い話を聞いてもマスターは私たちを恐れない。そうだったんだねと受け止めることはあっても、決して遠ざかることはない。それがどれほど救いになるのか、彼女は知らないんでしょうけど。
「そもそも、一ちゃんより沖田さんのほうが年上だった、っていうのが驚きなんだけど」
 後世の創作じゃ、確かに私たちの年齢まではっきりしないことのほうが多いですもん。実際に一つ二つくらいの差じゃ大したことないんですけど、でもこの一つの差は大きいんですよ。
「今じゃ私より年取ってますからね、隙を見てちゃんとどちらが上かはっきりさせとかないと」
 正直なところ大人びた彼は少し苦手だったのだ。きらいなわけじゃないけれど、見慣れないと言いますか、あの人が抱えて生きていった時間のことを考えてしまうと、なんだか急に距離を覚えてしまう。昔バカみたいなことで笑ってたあの子と、大人の彼は同じ人なんだっけとつい疑ってしまいそうで、そんなことしたくなかったのに。
 今じゃ気分によって姿を変えてますし、本当にサーヴァントっていうのは便利な体してるなあと思う。気分で急に五歳以上も年齢を変えられるなんて、年の功とはいえちょっと羨ましい。
「じゃあ沖田さんは、斎藤さんは三臨の姿のほうが好きなんだ」
「うーん、どっちかと言えば馴染みがあるって意味ではね、マスターも羽織姿の私たち好きでしょう?」
 新選組と言えばってかんじで憧れちゃうんだよねと、照れたように笑う相手に別にいいんですよ、結果的に私たちのトレードマークになりましたからと優しい声で返す。
「まあ今は好きなときに新選組の姿になってますけど、そうなると年取った斎藤さんも懐かしくなるんですよね、意外と断髪した姿も似合ってましたし」
 あのもじゃ頭がスッキリするもんなんだなあと意外に思いましたけど、あれはあれで清潔感があっていいんじゃないですかね。
「色気があるの間違いじゃねえか?」
「ちょっと、女の子の会話に勝手に入って来ないでください!」
 急に現れた土方さんに指摘すると、別にいいだろうがと呆れた顔を向けられる。ああもう、せっかくのマスターとのお茶会がと嘆きの声をあげれば、早いとこ片して巡回に行ってこいと無常にもお仕事の命令が入る。
「わかりましたよ行ってきます! マスターまた今度、一緒にお茶しましょ」
「私はいつでもいいから、またね沖田さん」
 笑顔で手を振ってくれる少女に、そこの唐変木にはお茶出さなくていいですからねと言い置いて廊下へ出る。
「流石に唐変木は言い過ぎじゃない?」
「なんです、現代に合わせてパワハラ野郎のほうがよかったですか?」
 否定しづらいからやめてよと言う斎藤さんは二臨のスーツ姿だった、今日はそっちなんですかと言えば、動きやすくて便利なんだわと返ってくる。
 なにも変わらないよと彼はヘラヘラした顔で語った、その言葉のとおり土方さんは相変わらず新選組を守ることを信条とし、斎藤さんはそんな相手にはいはとつき従っている。生前と姿が変わっても、同じ姿になろうとも、そこは特に変わりない。本当ビックリするくらいに変わらない。
 長年居座った恋慕の感情をもってしても、隊の忠節には変えられないもんですかと拍子抜けしたものだが、変わらなくても当然なのだろうか。

 早朝からごめんと部屋の戸を叩くマスターに、別に大丈夫ですよと返す。急にオーダーを変更しなくてはいけなくなって、セイバークラスを集めているのだとか。
「わかりました、任せてください!」
「ありがとう」
 斎藤さんも招集してるんだけど、さっきから返事がないんだよねと困ったようにつぶやくマスターに、寝坊助なら叩き起こして行くので先に向かっておいてくださいと送り出す。
 自室に居ないなら他に考えられるのは一つ、土方さんの部屋まで行き、すみませんと声をかけるとなんだと顔をしかめた部屋の主人が顔を出す。
「マスターからの招集です、ああ土方さんじゃなくて斎藤さんになんですけど」
 居ますよねと聞けば、確かに居ると言われる。予想はしていたものの次の問題として、連れて行ける状態ですかと一応たずねると、それは大丈夫だと断言された。
「無理させてません?」
「泊まりに来ただけだ、問題ない」
 晩酌につき合って酔って寝てるが、それだけだという。じゃあ遠慮なく掻っ攫って行きますよと入ると、当の本人は枕に深く沈んでまだ寝ている。ここまで無防備に寝こけてる斎藤さんというのも珍しい、人の気配に敏感なほうなんで近づけば起きるかと思ったんですけど、まだ寝ている相手に起きてくださいと揺すぶってみると、ううんと身じろぎする。
「としぞうさん、もうちょっと」
 まだ早いでしょとぐずる相手に、ええと呆れと臓腑からこみあげてくるなんとも言えない感情に、部屋の主を見返すと仕方ねえなと口では言うものの、顔は満更でもないと顔に書いてある。
 なんでしょうその勝ち誇ったような満足そうな顔、意味もなく腹が立ってきました。そもそも斎藤さんはまだ眠りの国に旅立ったままですし。いっそこのまま背負って連れて行ってやろうかと思ったら、ベッドのそばまでやって来ると、まだすやすや寝息を立てている相手の耳元に口を寄せる。
「斎藤、おい斎藤、起きろ。招集だ」
「んんっ、はい……招集ですか、は、え?」
 ようやく目を開けて周囲を見回してから、自分が置かれてる状況を確認できたのか、顔だけじゃなく短い髪で隠せない首筋までを真っ赤に染めて飛び起きた。
「副長に、沖田ちゃん?」
「セイバークラス招集です、とりあえず五分待つんで顔洗って来てください」
 私は外で待ってるんでと言い置くと、さっさと部屋から出る。約束通り五分待つつもりで居たのに、三分ほどで身支度を整えて出てきた。
 きっと霊体化して服を変えて来たんでしょう、ベッドでは髪が短かったくせにしっかり三臨の羽織姿になって、いつもどおりの軽薄さ満点の笑顔を張りつけている相手が、いやあ朝一からの招集は勘弁してほしいよねえと普段通り声をかけてくるものの、常より早口ですし声も上擦っているので、寝起きを見られてしまったのがよほど堪えていると見た。
「私のことも、いっそ総司さんとか呼んでくれていいんですよ?」
「え、なにが?」
「斎藤さんの末っ子甘えたムーブ、思ったより悪くなかったなあって」
「後生だから、なにも見なかったことにしてくんない?」
「ええいやですよ、あんな腑抜けた顔、早々に忘れることはできませんから」
 朝から面白いもの見れましたと茶化して言うと、本当もう勘弁してよと顔を伏せてぼそぼそとつぶやく。
「いいじゃないですか、土方さんが手を出さずに同衾するなんて、めっちゃ大事にされてる証拠でしょ」
「女の子って、こういうときの会話に容赦ないよね」
 普通に酒飲んで泊まっただけなんだよと小声で返す相手に、だって土方さんの部屋でお泊まりしてる時点で食われてるものだと思うじゃないですかと指摘すれば、早朝とはいえ公共の場でそんなこと言わないのと初心そうな反応が返ってきた。
 緊急招集じゃなかったらしばらくいじり倒したいところなんですけど、流石にこれ以上つっこんで使い物にならなくなったら困るのと、もう集合場所も近いのでここらでやめておきましょう。 「帰って来たら、私のお茶つき合ってくださいよ」
「それでチャラにしてくれるんなら、いくらでも」
 多少は惚気てくれても構いませんよ、今日はなんかそんな話を聞いてみたい気分です。面白いじゃないですか、仲間の余生を見守るとかやってみたかったので。

あとがき
「浅葱の存在証明」の本編は、新刊のほうをご確認いただきたく。
2021年8月28日 pixivより再掲

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