今日の小説まとめ2

「あけましておめでとうございます」
 いつもと違う晴れ着姿で粛々と挨拶してくれたマスターちゃんに、ちょっと目を丸くしつつもこちらも機を正して同じように挨拶を返すと、一拍おいてから「どうだった様になってる?」といつもの目を酢かせた笑間を向けてくれる。
 そんな相手に、ビックリさせないでよとこちらもヘラ人ラした笑顔を返す。
「いやあ、この間までクリスマスだって騒いでたけど、そっか年明けなわけだ」
 こうして晴れ着をして浮かれた顔をしてみる、年頃の娘さんらしい姿を見ると少しだけ安心する。
「それとこれ、誕生日おめでとう!」
 大した物じゃないんだけどとつけ加えられる、彼女が手渡してくる包みにえっとと首を煩げる。
「あれ、違った?」
 斎藤さんの誕生日は元旦だって聞いたんだけどと言う相手に、かなと僕のほうも首を傾げる。
 いやどうだったんだろうね、昔の日本じゃ誕生日なんて個別でお祝いする習慣がなかったからね、確かに伝承ではそうなってたかもしれないけど、流石に生まれた瞬間の日付なんて覚えてないよ。
「ええーそんな、斎藤さん誕生日だってみんなに言っちゃった」
 いや江戸時代なら正月にみんな歳をとるから、あながち間違いとは言い切れないかもしれないし、記載が残ってるなら本当かもしれないから、大丈夫だよとマスターちゃんには言ったが。 「まあでも本当に元旦に生まれてたら、申しわけないなって思いますけどね」
「正月に子供が産まれるんだぞ、二重にめでたいだろうが」
「いや年始から産婆を呼んでお産って、落ち着いて年神様も迎えられないでしょ」
 そんなもんかと言う副長に、そりゃそうでしょうと返す。
 自分が生まれた日なんて重要視したこともなかったから、改めて祝われるとこう溝尾のあたりが落ち着かない。なにせ生涯を終えてますから、歳を重ねるわけでもないし。
 それでも年賀の祝いの宴を広げる傍で、誕生日だと聞きつけてめでたいことだとお酌をしてくれる、それがまたどれもこれもいい酒だ。
 飲めればなんでもいい人もいるんだろうけど、どうせ正月だっていうんでこの人たちは飲むんだから。
「いいなあ、斎藤さんマスターからプレゼント貰って」
「この間クリスマスだって、みんなプレゼント貰ったばっかりじゃない」
「それはそれ、これはこれ。斎藤さんのはマスターが選んでくれた物でしょう?」
 特別じゃないですか、私なんか誕生日わからないんで貰ったことないんですよと叫ぶので、子供じゃないんだから駄々こねないのとたしなめる。そうやって足をばたつかせると着物が乱れるでしょ、よくないよそういうの。
「なに貰ったんですか?」
「襟巻きだよ、今で言うとマフラーだっけ?首元を冷やさないようにって」
 大事にしまいこむより使ってほしいって言葉通り、寒冷地に赴く際にはありがたく使わせてもらおうと思う。
 それに対してまたもいいなあと大声で返されるので、ちょっともう抑えなよと返す。随分と酔いが回ってない、大丈夫この子。
 夜も深くなってきていい加減に酔いも回ってきた、カルデアのスタッフも混じっているようだけど、いい心地で楽しんでるのは英霊のほうだろう。
 正月もなにも関係なくって、これはもうただの大宴会だね。
「おい、そろそろ抜けるぞ」
「ええいや、副長が抜けるのまずいでしょ」
 こんな全員ほぼ酩酊状態で誰が抜けたなんて認識してると思うかと聞かれて、そりゃもう引っくり返したような状態ですけど、しかし僕に絡んできてる沖田ちゃんはと言いかけて、掴まれてた肩に思いっきり体重がかかる。
 まさかと思ったら、ぐにゃりと幸せそうな顔のままもたれかかって寝ていた。
 こんなところで寝るもんじゃないよと上着をかけておくと、もういい放っておけと引っ張りあげられた。
「いや、いくらなんでも仲間ですし」
「ここにいる奴等に任せておけ、もう飲みすぎだ」
 そうですかと返しつつ、自分も席を立てばぐわんと頭が揺れる。
 ああこれ飲みすぎっていうのは、もしかして僕ですか、いっぱいお酌受けたからペース崩したかな。
「仕方ねえ」
「うえ、ちょっと」
 それなりに体重を持ってる僕を軽々と抱えあげるんだから、相当に力が強い。
 そのまんま抵抗も許されないまま、自室まで連れて行かれてしまった。正直、職員やサーヴァントの大半が食堂に集まっててよかったと思う。
「それで、僕を連れ出して副長はどうするんです?」
 極めて平静を取り繕って聞き返すと、酔ってるやつにはなんもしねえよと水を差し出された。
「おまえ、俺がやったやつは身につけないのか?」
 俺がやった、に該当する物を考えて直後に顔から火を吹きそうになる。
「剣を握るとき、傷つけてしまいそうなんで」
 後生大事に取っておくもんでもないだろうって、確かにそうかもしれませんけどね。でも戦闘で傷が入ることのほうがもっと嫌なんですよ。
 せっかく、あんたが形に残そうとしてくれた証に、自ら傷なんてつけられないでしょ。
「なら切れてもいいもんにするか」
 どういうことだと思ってたら、赤い組紐に贈られた指輪を通して首へ回して金具を留めてくれる。
 その間の指の動きがもどかしく、かつ少し短いそれはつけ慣れてなくて、どうにも違和感が拭えない。
 まあ、指につけるよりは幾分かマシって程度か。
「これなら、四六時中でも下げて回れるだろう」
「そこまで身につけてほしいんですか」
 大体、こんな物で繋がなくっても、僕はあなたの犬みたいなもんですよと冗談めかして言うと、ちょっと不機嫌そうに顔を歪められる。
「だって、これじゃあ繋がれてるみたいじゃないですか」
「そこが一番、傷がつかねえだろうと思ったからだ、他に理由はねえ」
 てめえの首が飛ぶようなことは絶対にないなんて真顔で言い切られてしまえば、悪い気はしないですよ。
「副長、いや土方さんって、思ったより欲深いですねえ」
「そうか」
「へへ、でも僕は嬉しいですよ」
 こうやって対抗意識燃やしてくれてんのとか、ちょっと気持ちいい。あの副長が、僕のためになんて思うと、余計に。
「今晩は、一緒に居てくれませんか?」
 酔いが覚めるまで、しばらくかかりそうたまけど、それが終わってもきっとあんたの熱は変わらないんでしょう?
 それを間近で見てみたいんですよ。
「いいぞ、なにせおまえ誕生日なんだろうが」
 我儘になりなと頭を撫でてくれた、その指先は眠気を誘うような優しい手だった。

「三千世界の烏を殺し主と朝寝がしてみたい」
 口に出した詩の言葉を飲み干して、都々逸ってやつでしょう昔流行ってましたよねえと、斎藤はいつものヘラっとした顔で返す。
 でもそれって、長州の高杉が作ったとかいうじゃないですか、わざわざ槍玉にあげるんですかと聞かれるので、桂小五郎作とも言われてると書いてあると指摘してやる。
「そうなんですか」
「まあどっちでも構いやしねえ」
 詩は残った奴の勝ちだ。書き記されて誰かの目に触れ、心を揺さぶられる言葉であること、それが名の売れたいい男の詩だと言われりゃ余計に記憶に残る、真偽のほどはどうであれ、いいものはいい。
「そういうもんですか」
「俺の和歌よりも上手いんだろうよ」
 そりゃ違いないですと軽口を叩くので、本当だったとしてもおまえは俺の肩を持てと頭を乱暴に撫で回す。
「まったくなんですか、どうせ僕に和歌のよさなんてわかりゃしないですよ」
 残念なことに剣を振るう才しかなかったもんで、雅も情緒も知ったこっちゃない。そういうのは作家先生にでも指導してもらってくださいよ、それこそ図書館の主人の紫式部さんなんてうってつけでしょうと言うので、そうじゃねえと額を軽く押してやる。
「誰が書いたかはどうでもいいが、これ自体はいいとは思わねえか」
 なにせ覚えがある、朝寝してでもそばに居たかった奴がいるんだと言えば、あんたにそこまで言わせるなんて、随分と果報者なお人がいたもんですねえ、どんな高値の花だったんですと茶化すように聞いてくるので、花街の女じゃねえぞと返す。
 遊郭の女はそれこそ袖を引いて止めてくれたりもした、たとえ金を取るために媚を売ってくれてただけだとしても、彼女たちの甘える仕草ってのは悪い気はしない。
 だというのに他の誰でもない自分を、目が覚めるより先に気配を殺して勝手に帰っていく奴がいた。陽が昇るよりも前に、烏が鳴きだすころに目を開けたら、すでにもぬけの殻なもんで、さては夢だったかと疑ったことも一度ではない。
「しっかり寝入ってたと思ってても、気がつきゃいねえんだよ」
「野生の勘ってやつじゃないですかね。それか、そいつが烏の仲間だったか」
「その仲間は死に絶えたはずなのに、まだ夜明け前に帰りやがる」
 薄情者だとは思わないかとたずねてみれば、烏なんてそう簡単に死に絶えないでしょう、残党が一羽二羽紛れてることもあるかもしれないと言う。
 別に誰かに見られてはばかられる状況でもないだろうが、そもそもここは、京でも江戸でもない、なんなら俺たちは生きてすらいない。だというのに、惰眠を貪るのはいやだという。
「元から朝は早いんですよ、それに落ち着かないでしょう、他人のそばで寝ているのは」
 なにより寝顔を見られるのがいやなんですよと顔を背けられた。
「寝入ってる姿なんざ、死ぬほど見てきたぞ」
「いいでしょう別に、いやなものはいやなんです」
 明るい部屋で起きたらあんたの横にいるなんてのが、あまりにも心臓によくないと、だから烏が鳴くよりも早くに出ていかないといけない。
「羽交い締めにして、抜け出せなくするか」
「絶対に加減しないでしょう」
 いいじゃねえか袖を引いて、少しばかり横に収まって帰るだけだ。
「薄情者と思うなら、夜に呼ぶのやめたらいいでしょう。ここは目移りするくらいに美人も多いですし」
 そうじゃない、なにもわかってない。いやわかっているからこそ避けているのか。だとしたら余計に性質が悪い、人の情と熱だけ食い散らかして飛び去っていく腹づもりだっていうんなら、羽をもぐべきか太陽を落とすべきか。
「物騒ですね、和歌を詠む人とも思えない」
「言ってろ」
 どうやったら願いを聞き入れてくれるのか、夜明けの空を一緒に見てくれりゃそれでいいのに。

 温かい場所から外へ出るのは気合いが必要だ、とはいえ必要とあらばさっさと後にできるもの。後ろめたさなんて持ってたら、すぐにでも首と胴体が泣き別れになってた時代を生きたものだから、決めたら行動は早い。
 気づかれる前に行くかと物音を立てないようにして腕の中から抜け出す、脱ぎ捨ててたシャツに袖をとおしたところで、衣擦れの音と共に伸びてきた腕に捕まった。
「なにするんですか」
 こっちの台詞だと不満たらたらの顔で言うと、無理やり布団の中に引きずりこまれた。もうしませんよと念のために釘を刺しておくと、人をなんだと思ってると眉間の皺が更に深くなる。
「ゆっくりして行け、どうせ非番だろ」
「いやですって、もう戻ります」
 振り払おうにも、絶対に離すつもりはないだろう力で捕まっているので、抜け出すのにも相当の覚悟が必要そうだ。
「そんなに眠いなら、一人で休めばいいでしょう」
 そうじゃないっていうのはわかりますよ、だけど力強い腕に身をゆだねるわけにもいかないんで、どうにかこうにか逃げ道を模索している。
「副長もしかして、寝てないんじゃないですか?」
 黙って帰るのを阻止するために寝てるふりをして、着替えだしたから手を伸ばして止めたってとこでしょう。そう指摘してやると、今から寝るから問題ないと言う。
「今からって、それじゃ昼まで起きないでしょう、そうなると僕は困るんです」
「いいから、まだここに居ろ」
 いいなと有無を聞かない口調で命じられると、仕方ないですねえと小さく溜息をつくだけに留める。つくづく甘いとは思うけど、副長の命令に逆らうことはできないんで。
「わかりましたよ出ていかないんで、とりあえず離すか力緩めるかしてください」
 首が締まりそうなんでと腕を叩いて主張すると、仕方ないと少しだけ締めあげてた力が弱くなる。
「硬いだけで、抱き枕には向かないでしょうに」
 ほっとけ、もう寝ると言うのでそれなら子守唄でも歌ってあげましょうかと茶化してみる。いいから黙ってここにいろとまた腕の力がこめられるので、邪魔しないですから許してくれと再度主張する。
 仕方ないのですっぽり腕の中に収まって、大人しくすることにした。とはいえ居心地がいいわけではない、むしろとても気まずい。昨日のことを思い出すたびに体の芯がずれたような、据わりの悪さを覚えるのだ。
 そうこうしてる間に、満足したのか小さくはあるものの本当に寝息が聞こえてきたので、フリでもなんでもなく寝るつもりだったのかと呆れて溜息をつく。この隙に逃げ出せないかと目論むも、少しも拘束が緩んでないあたり意地でも縫い止める気だ。マスターちゃんは事前に了承を得る子だからいいけど、たとえば信長公にでも開けられたらどう言いわけする気だったんだろう。
 別に気にすることじゃないって言うか、バレたところでどうこう騒ぎになるでもないって。
 気が抜けてるはずなのに眉間の皺が取れないのは仕方ないにしても、新選組鬼の副長も寝顔は可愛いもんですよ。普段されるのとは逆に頭を撫でてあげると、甘えるように擦り寄られる。なるほど大きな野生動物に好かれてるようで、これは悪くない。彼の風貌からすれば狼とかが似合うだろうか、どっかの人斬りが壬生狼と呼ぶから重なって見えるだけかもしれないけど。
 この人は体温高いんで冬場にくっついて寝るとあったかくていい、眠気を誘われるのはそうだけど、居心地がいいのはまずいと思っている。
 短絡的な快楽よりただそばに居ることの価値が高ければ、手放すことが難しくなる。そんな面倒なもの背負いこんじゃ剣もまともに振るえない。あなたのために斬ると決めたのに、これじゃあダメでしょう。
 そもそも他愛もなく伸ばされた手を、最初から取らなければよかったんだ。そうすれば無意味に逃げ回る必要もなかった、求められるのがいやだと今からでも言えば諦めてくれるだろうか。  できやしないことを考えても仕方ないけど。

あとがき
Twitterにアップしてる作品、意外とまとめられてなかったと反省してます。
2021年3月28日 Twitterより再掲

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