今日の小説まとめ
一ちゃんとぐだ子と、年上を落としたい相談
「一ちゃんってさ、結局のところ、土方さんとおつき合いはされてるの?」
マスターちゃんの部屋に呼ばれて行ったところ、お茶と御茶請けの菓子を出されて、聞かれた内容がこれ。
その情報はいったいどちらさまからもたらされたものか問い返せば、食堂で聞いちゃったって式部さんが言ってた、と返される。
ここって閉鎖的な空間だからね、娯楽は内に求めるしかない。だから公共のそれこそ誰もが利用する場での発言には、それなりに気を使うべきなんだよなあ、でなきゃこんないたいけな少女に、よからぬ影響が出る。
「いや、そんな事実は過去にも未来にもないよ」
「本当に?」
別に気にしなくていいんだよと言われるけど、いやねそうやって気にされることのほうが申しわけないのよ僕は、いくらこの諸外国から日本の英雄が闊歩してるカルデアであろうとも、いくら色恋やら性欲に貪欲な奴らが自由にしてようとも、同性だとかそういうのは別問題でしょうよ、あとね若い娘さんの教育によろしくないと思うんだ。
「恋愛が気になる年頃ですんで」
「そういう話なら、他に適任がいるでしょ」
沖田ちゃん捕まえてもいいだろうし、他にもどこぞのお姫さまやら女王さまやら、話に乗ってくれるだろう人は探せばいくらでもいる。魔女と鬼女はできる限りやめといたほうがいい、と直感が告げているけれども、まあ彼女のほうが英霊とのつき合いも長いわけだし、きっと心得てることだろう。
だからこそ聞きたい、なんで僕なのか。
「相手のほうが年が上のとき、どう落とせばいいか攻略法を知りたくて」
「うん、それはもっと適役がいくらでもいると思う」
もう一度言うけど、そういう事実はないからね。仮にそうだったとしても、バーサーカー相手に通用した手法が、他に通用すると思えないから、聞くだけ時間の無駄になっちゃう気もする。
「というか、マスターちゃんにも本命はいるのね」
「そういうんじゃ、ないよ」
返す笑顔に、普段にはない暖かいような甘酸っぱいような、そんな色を感じ取る。ああこれはどうやら本気だな、と温かい目で見つめ返すに留めると、しばらくして隠しごとは無理かあと照れたように笑う。
相手からすれば自分なんて、普通の女の子だ、それは事実だしわかりきっていることだけど、なんともなあと溜息混じりにつぶやくので、いやいや健気に想ってくれているだけで嬉しいもんよ、と応援する。
そもそも彼女は僕らにとっての灯台であり、心の拠り所だ、そんな相手が憎からず想ってくれているなんて、嬉しい以外になにがあるだろう。
「そうだといいけど」
自信はないよとつぶやく。なにせここは美人も多いし、比べられてしまったら終わりだ、あまりにも平凡、あまりに普通、そしてなによりどこまでも幼い。
「まあ子供のサーヴァントもいるんで、マスターちゃんが特別に子供だとは感じませんけどねえ」
「そうかもしれないけど、実際ここだと下から数えるほうが早いし」
なにより年の差は埋まらない、そもそもサーヴァントと人間の恋が叶うものかというのも、まあ主張としてはわかる。
「でも好きになっちゃいけない、なんて誰も決めてないから。そこは、きみの心のままに従えばいいんじゃないの?」
「だったら、斎藤さんもそうしたら?」
心のままに従って見たらいい、そう言う相手の目がこちらを真っ直ぐに射抜いてくる。
全てを見透かされてしまう不思議な色を抱えた瞳の追求に、バツが悪くなって逸らしてしまったら負けている。
「慕っていたのは事実だよ。でもきみと違って叶えるためになにかしようって、思わなかったんだ」
どうしてもできなかったんだよね、あの人に近くのは難しい。よく斬れる刀のようで、怒りに食われた鬼のようで、ともかく近くそばから壊れてしまいそうな荒々しさがあった。想いを通わせても、どこかで壊れてしまうときがくるかもしれない。そうなった後が怖かったんだ。
そしてどうなったのかっていうと、あの別れかただったんだけど。
「今からでも遅くないんじゃない?」
「いやいや、あまりにも今更でしょ。だって僕も副長も、一回死んでますし」
だからこそやり直しの機会だという、今を逃して座に帰ってしまえばもう会えなくなる、次の聖杯戦争に運よく召喚されたとしても、再会できるかはわからない。そりゃそうですよね、人類史にどれほどたくさんの英雄が刻みつけられていることか、ここを歩くだけでも驚くってもんです。
「でもねえ、想いを伝えてどうするんです、マスターちゃんのような可憐な少女ならまだしも、僕ってばそこそこ年いったおっさんですし?」
「好きであることに資格とかいる?」
どう答えたものかしばし迷う、僕の時代は今のように自由に好き合うような形が、当たり前ではなかったからだ。でも彼女は違う、当たり前の内容が異なる、僕たちの知ってる惚れたという形がそもそも違うのだろう。
「それに土方さんは、斎藤さんのことは当たり前のように自分のだって思ってるでしょ」
そこハッキリさせておかないと、この間みたいなことがまた起きるよ。
ああ食堂から廊下から、あの人から逃げるために半壊させたやつね。その節は大変ご迷惑をおかけしました。
「そこまで言うんなら自分が撒いた種を回収するのも、まあやぶさかではなないけど。マスターちゃんから見てどう、僕に勝率ってあります?」
「大いに脈ありかと」
よかった、それならまあ玉砕はしなくて済むかもしれない、ほんの少しだけだけど。
「じゃあもしも、うまくいったらマスターちゃんも腹くくるんだよ」
「ええ、私もなんだ」
「当たり前でしょ、どっちも撃沈したらやけ酒の飲みかたくらいは教えてあげるから」
未成年なんでアルコールはダメですと、おどけたような困ったような顔で返すので、ちゃんと断れるのは偉いですよと頭を撫でる。
「お互い頑張りましょう、年上の男を落とすの」
「はい」
一ちゃんとぐだ子ちゃんと、エドモンの上着の話
小さくクシャミをした相手を見やると、その格好は流石に冷えるんじゃないのと指摘する。一応、寒冷地での活動用の礼装だから平気なんだよと言うけど、女の子が足をさらしてる時点で風邪を引かないか心配になってくる。
「見た目はこんなのでも、意外とあったかいから」
「いや一緒にいる側からすると、見た目から厳しいんですよ」
今日に関しては僕だってコート姿のほうにしてもらってる、風が厳しく寒さも身にしみるとなると、人間じゃなくてもやっぱり体を覆う布が多いほうが安心するのだ。
「うーん、でも今日の編成だったらこっちのほうが、やっぱりセットのスキルの噛み合わせがよくて」
「実用的なのはわかったけど、それ以外よ」
もうちょっと足を覆うとかできたでしょうに、そう指摘すれば私も見たとき思ったとマスターちゃんは言う。
でも本当に平気なんだ、結構厳しいところに足を踏み入れてきたから、これくらいと笑った直後に、後ろからぬっと大きな影が現れた。
「あれ、エドモンどうしたの」
「すまないが、これをしばらく預かっててくれ」
雪道に足を取られる、戦闘の支障になるからと自分の持ってたコートを肩へかけていく色男、こういうのがさっとできるあたり、生前はモテたんだろうなあと思った直後、金色の光る虎のような瞳で睨みつけられた。
「いいけど、きみは寒くないの?」
「これくらいの寒さなど、監獄の床に比べれば雑作もない。行くぞセイバー」
「はいはい、それじゃあマスターちゃん指示をお願いね」
気をつけてと言う彼女が、ぎゅっと両手でコートの前を抑えるが明らかにずり落ちそうになっている。女の子に渡すには大きすぎたんじゃないですかと指摘すれば、生憎と渡せるものがあれくらいしかないと言う。
「なにか言いたいことがありそうですね」
「別に」
「最近、僕とマスターちゃんがよく話してるのが、気にくわないってところです
か?」
黙って睨みつけるので、図星じゃないですかと返せば、あの子が誰を大事にしていようと俺には関係ないと返す。その割には、かなり強引に割りこんで来ましたよね。
「一度は命を狙われかけた、と聞いたからな」
「あのときは仕方なくて、本気でかからないと騙せない人ばっかりでしたし」
それと最近話てる内容とは関係ないですよ、年頃の女の子ですし悩みくらいあるってもんでしょう。
そんな雑談すらも許さないとばかり飛びかかってくるエネミーに剣を抜けば、彼はなに食わぬ顔で両手を伸ばし、その牙を抑えこんだ。いわゆる魔法ってやつなんだろうけど、どうにもそこに詰まった力の流れは禍々しく、重苦しい。
槍や弓矢を使うならまだ僕にも馴染みがあるんだけど、攻撃手段にしても戦いに際した動きにしても、復讐者というクラスの名称ごと他とは異なる存在だと思う。
相談を持ちかけて来た相手に、外の国の人はよく知らないし、会ってみないことにはなんとも言えないよと返した結果、ここに連れてこられたものの。これは応対してみてもわからないことのほうが多そうだ。
消滅していくエネミーを見てまだ群れの本体とは距離もありますし、どうしますと聞けば。マスター側には護衛がいる、心配せずに目の前の敵を叩けという。
「持ち堪えられるか」
「これくらいは軽いってもんですよ」
まあ人じゃないものを斬るのはおっかなびっくりなんですけど、命ある限りは殺せますんで。そう答えると、マスターはそこから動くなと後ろへ向けて答えてあらかた片づいてから、戻りますかと歩き出した直後にマスターの悩みはどんなものだ、打ちつける風に混じって聞かれた。
「最近は、特に悪夢も見ていないようだが」
「暗い悩みじゃなくて、希望のある悩みのようですよ」
どうも落としたい男がいるんだとか、そう言ってやると少し目を見開いて、驚いてたようだけど、ややあってそうかとつぶやく。
「意外と平然としてるんですね、マスターちゃんとは長いつき合いだって聞いてますけど」
「マスターが選んだ相手だからな、部外者が口出しするまでもない」
へえそんなこと言いますか、でも顔に出さないようにしてるけど、動揺してるんだろうなあ。心に入りこむことを許してるってだけあって、自分が一番彼女を知ってるという自負はあるだろうし。
なによりも護りたいと思うんなら、それ口にしたほうがいいですよ。
「俺はあいつの影のようなものだ、影が主人につき従うのはおかしなことではあるまい」
「そうですか、まあ好きにされたらいいですけど」
でも明らかに空気が変わるんだよなあ、僕に対してもそうだったけど、接しかたにトゲがあるというかなんというか。あの二人には関わってもろくなことにならんぞ、まさに馬に蹴られに行くようなものだ、と信長公が言ってただけはある。
大丈夫だったと駆け寄ってきた彼女が返そうとした上着を受け取らず、そのまま次へ行こうとする男の背を見つめ、あれに踏みこむのは、やっぱりマスターちゃんからのがいいだろうなあと苦笑した。
エドぐだ子とゴッホちゃんで、愛することをやめられない話
スケッチブックを片手に歩いていると、マスターさまが背の高い男性とお話をされいた。コートに帽子を深々と被ったサーヴァントは、美丈夫ではあるもののどこがゴッホと似たようなものを感じ取る、それと同時に楽しそうに話をする彼女の横顔からも、普段とは異なるなにかを察知して思わず物陰になんて隠れてしまった。
ここには数多のサーヴァントが居る、その誰もがマスターさまを慕っているし、彼女もまた私たちに分け隔てなく接してくださいます、あの人にとってもそうなんでしょう。けれども、あの目、あの表情、体に流れる血が、感情が敏感になにかを嗅ぎとってしまう。
過去に自分もそうだった、明るい太陽に焦がれて身を焼かれていった恋の火、ひとかけらの小さな火の粉かもしれないけれど、胸を焼くのに充分なそれを、マスターさまは大事にされているようで。
それがなんだか眩しくて、それに内容までは聞こえないけど、盗み聞きのような格好なのがあまりにも申しわけなくて、すぐその場から立ち去ったはずなんですが。
「少しいいだろうか?」
そんなに時間は経ってないというか、逃げてから五分ほどのはずなのに目の前に現れた相手に、情けない悲鳴をあげて後ろに退がってしまった。
「な、なんでしょう、こんな、しがない絵描きのゴッホに、なにか用です?」
「なにか言いたそうにしていたからな、俺ではなくマスターへだったか?」
あの僅かな時間で気づかれてた、というのにも驚きましたが、そもそもサーヴァントですから、人の気配には敏感なのでしょう。ゴッホピンチかもしれません。
「あの、あの、別に用では、その、マスターさまと、親しくされている、殿方が、珍しくて」
「それはサーヴァントとしてではなく、一人の男として、という意味でか?」
どうやらお気に召さなかったようで、別にそんな深い意味はなかったんですけれど、怒ってらっしゃるんでしょうか、ごめんなさい、すみませんと早口に返すと、謝る必要はない、どう見えているのかと思って声をかけてしまったと彼は言う。
「どう、というのは」
「俺があの少女を愛しているように見えるのか?」
厳しい顔のままそう言われるので、ゴッホからはそう見えましたけど、勘違いだったんでしょうか。恐る恐るたずねてみると、いや間違いではないさとしれっと口にする。
「俺はいい、だがマスターからは困る」
「えっと、どうして、です?」
主従関係であることや、サーヴァントという身であることが理由でしょうか。マスターさまは人間ですから、確かに我々よりも本来ならば歳の近い男性に恋に堕ちるのが相応しいのかもしれませんけど、このような状況下でその願いは難しいと。
いくつか考えつく限りのことを聞いても、全て違うと言う。全ては自分の問題なのだと。
「俺は愛を失った復讐鬼だ、マスターにもそのように言っている。今の俺に情はなく、故に愛に相応しくはない」
少女の胸を焦がすのに相応しくはないのだと、彼は言う。
「でも、マスターさまは。幸せそうでした、とても」
背伸びをして、手を伸ばしてみたい人がいる。そばに居ることが嬉しくて仕方がない、たくさんのサーヴァントに囲まれていても、あのように特別なのは一人だけ。あなたさまだけなのでしょう。
ゴッホにはわかるんです、身を焦がし、滅ぼすほどに愛するものがあることの辛さ、それと同時に分け与えられた光と温かさはなににも代え難いものであったとも。
「復讐の炎で焼くわけにはいかん」
「ですけど、理屈で止められるもの、でもありませんよね」
もしできるなら、あなたさまはマスターさまへの想いを絶っているでしょう。それをせずにご自身の胸の内へ大事にしまいこんでいるのは、それほどまに深く想っておられるということなのでは?
「なんて、愛が重すぎて身を滅ぼしたゴッホが言うのもおかしいですね、すみません、出すぎたこと言っちゃいました、すみません」
「いいや、間違いではないからな」
一筋縄でどうにもできないものが、人の情だというのを忘れてしまう。自分だって、愛のために復讐の鬼となったようなものだというのに。
「おかしなことを聞いてすまなかった」
「いいえ、あの、マスターさまのこと、どうか一筋に見つめてあげてください」
わかっていると言うと、初めて少しだけ表情を緩めて笑ってくださいました。あのかたのそばにいるときと似た、優しい瞳の金色は星のようで綺麗で、きっとこの星を独り占めにできたならマスターさまは喜ばれるだろうと思った。
エドぐだ子で隣を歩く話
綺麗に飾りつけられたショーウィンドウを眺めていた。百貨店の店先はいつも、季節イベントに合わせたハイブランドの服や靴が並んでいるけど、ガラスを隔てた向こうにわたしには生涯縁がない、きらびやかな色で満ちあふれてる。
綺麗な白いドレスとハイヒールを身につけたマネキン、ブランド物のカバンの群れも、あれ一個で目がくらむ値段がしたりするんだよね。
「欲しいのか?」
「そういうんじゃないよ」
東京の町に溶けこめるようにと彼が身につけているのは、ガラスの先にあるような高めのスーツと革靴だった。フランス社交界に舞い降りるくらいだから、流石に彼は着こなしている、隣に立っていると場違いだと思われそう。
一応、学生服姿だから親族と思ってもらえるかもしれないけど、それ以上ではない。
「ああいうブランドってさ、めちゃくちゃ高いし、似合わなそうだし」
カバンなら持ち歩くのが怖いし、靴ならまともに歩ける気がしない。ドレスに至っては似合わないんじゃないかって思う、前に新宿に来たときだって、うん。
「身につけたことがないなら、似合うか否かもわからんだろう」
「いやいや、もう住む世界が違う人が着るものだから」
それよりも、そろそろ合流地点まで移動しないと。そう言って店先を離れるとすぐに追いつかれ、車道側に陣取ると手を差し伸べてこられる。
「別にエスコートの必要は」
「なにがあるかわからないだろう」
急に目の前でさらわれたなんてことになれば、俺の面目が立たんと言うけれど、彼に限ってそんなヘマを打つことはないと思う、でも手袋越しで繋がれた手の強さは少し心地いい。
社交場に行くときは、一緒に行く人も見合った姿になるよう飾り立てるって聞いた、本当だったら彼の隣を歩くならあのショーウィンドウの中みたいなドレスやヒールを、履きこなせるようにならないといけないんだろうけど。
うーん、やっぱり無理。どう考えても似合わない、それこそジャンヌ・オルタちゃんなら似合うんだろうけど、わたしじゃ隣に立ってもせいぜいがメイドってところでは。
「俺の隣を行くのがそんなに不安なら、別のサーヴァントに護衛を任せたらどうだ?」
連れて来たアサシンは姿を好きに変えられると聞いた、隣に居ておかしくない姿に変えてもらえば、通りを歩くだけでもそんな顔をする必要もない。なんて指摘される程度には表情に出てたんだろうか、ごめんね別にそういう意味じゃくて、思ってた以上に似合ってるからちょっと萎縮しちゃってさと返す。
「今のその姿どこかの若手社長みたいだし、普通の女子高生が隣歩いてるのおかしくないかなって」
せめてもう少し大人っぽかったら、きみとも釣り合うんだろうけど。この姿じゃそれも叶わないかと、諦めがちに返す。特異点に合わせた魔術礼装だから着替えられないんだよね。
「いざとなれば、俺がある程度カジュアルな服に着替えればいい」
そんなことで誤魔化されるだろうか、エドモンって絶対に安い服でも高く見えるタイプでしょ、羨ましいなあ。セレブリティってかんじで。
特異点の消滅を確認して戻って来たカルデア、所長への報告も終わったからしばらくは休みだとゆっくり伸びをしてマイルームに戻って来たところで、出発時にはなかった小綺麗な箱が置かれていた。
「えっと、これは開けてもいいやつかな」
なにかのトラブルの前触れではと思いつつ、添えられていたカードを手にすれば、見慣れた文字でマスターへと書かれて居たので少しだけホッとする。
「エスコートが必要ならば俺はそれを与えようと思う、急ぐ必要はないがな」
どういう意味だろうと首を傾げつつ中を開けてみれば、入っていたのは赤い革でできた綺麗なピンヒール。
おおっと思わずため息が漏れる、店先に飾られて光を受けて輝いてたあれと全く同じ物、いつの間にと思いつつもそっと足を入れてみると、緩いなんてことはなく足にぴったりとはまってくれた。
履いてしまったのはいいけど、そこそこ高さがあるせいか歩くだけでも足が震える、バランスを取るのが難しいけど、慣れればなんとかいける?
「いや、流石にこれで外は歩けないかも」
じゃあどこで履くんだ、というか靴に合わせる服がそもそもないのでは、なんてぐるぐる考えてみる。
「先輩、おやすみ前に失礼します」
あっと声をあげる前に、子鹿のように震える姿をマシュに見られてしまった。呆然としてる相手に、ちょっと待ってねと言いながらなんとか靴を脱いで椅子に腰かける。
「そちらは、どうされたんですか?」
「ちょっと、突然プレゼントでもらった、というか」
やっぱり似合わないよねとたずねてみると、いえ慣れないものでビックリしただけですと笑顔で返してくれる。
「こう、オシャレな物って、今は不要なんじゃないかなって」
「いえ! オシャレをするのはいつでも大事だ、とマリーさんも仰ってましたし、少しくらい背伸びしてみてもいいんじゃないでしょうか」
贈ってくださった人も、きっとマスターに似合うと思ってのことでしょう。ならいいと思いますと、どこまでも真っ直ぐな後輩は答えてくれる。
「でもまずは、歩けるようにならないと」
急ぐ必要があるんだよ、きみにエスコートもしてもらいたいもん。
あとがき
11月末くらいから、葵のtwitterにて毎日小説を書こう企画のまとめです。
2020年12月31日 Twitterより再掲